001 入国、疲れからか調子出ない
西の方に太陽が沈みかけ、空がオレンジ色に染まりかけた頃。10mを超える門の前に人が1人立っていた。
その人間はフードを被っており顔は見えないが、どこにでもいそうな平民の格好をしている。その右手に革でできた小型のバックを持っている以外、大した荷物を持っていないので他の人が見れば旅人のように見えるだろう。
その人間は微動だにしないで立ちながら待っていると、門の隣の小さい扉が開く。
「えーと、エイジさん。確認が取れましたのであなたの入国を許可します。そこから動かないでくださいねー」
開いた扉から30くらいのおっさんが顔だけを出してそれだけ言って扉を閉める。その瞬間、門の上の方から重々しい音がなり始める。
その瞬間、門の扉が開き始め徐々に中の光景が扉の隙間から見えてくる。
「ようこそガース王国へ。いい休暇をお過ごしください」
扉が半分ほどまで開き、人が充分通れるほどの隙間ができる。半分しか開けないのは理由があり、今この瞬間に敵襲があった時にできるだけ数を入れさせないようにするためだ。
最も、それは表の理由で半分でも充分通れるんだからとか開け閉めがめんどいなどが本音らしいが。
そんな事を門を見ながら考えつつ、エイジと呼ばれた少年は門を通り抜けた。
ここガース王国は東西南北中央と5つのエリアに分かれている。真ん中は首都で、残り4つの地域内に街や村とバラバラに点在する。そして今歩いている門と隣接しているのはルノの街というらしい。
門を通り抜けた先は商業区画らしく様々なお店が開いており、賑やかな空間を作り出していた。店と言っても主に飲食系で夕方ということでそこら中からいい匂いが漂っている。
「疲れた旅人が最初に通る場所がここなら思わず食いつくよな。配置が良く考えられてるなー」
経験上、こういういかにも「外から来た人達をもてなすための店」というのは料金が上乗せされている事が多い。店の前にメニュー表があれど、料金も書いてるお店が見た感じないのでなおさら怪しい。
あいにくと疲れはあってもお腹は空腹とまではいってないのでエイジは匂いの誘惑を無視しながら歩く。
「さてと、まずは宿を探すか? いや、暗くなってから探すのだるいから先に面倒な報告から行くか」
予定を考えつつエイジはポケットに手を突っ込む。ポケットから手を出すとそこには折りたたまれた紙があった。
それを乱雑に広げるとそれは手書きの簡単な地図だった。市販のものと違い、簡略化されてはいるがこの街を初めて訪れた身であるエイジとしてはゴチャゴチャ書かれていても分かりずらいので道と目印になる物が書かれている位で丁度いい。
「えーとなになに? ......あと2本先の道路に曲がってそのまま進んで......」
「何かお困りかい?」
「ん?」
横から話しかけられ、振り向くと優しそうなお婆さんが隣を歩いていた。
「ああ、いえ。この近くにあるはずの『ノルドリー商会』の支部までの道のりを確認していたんです」
『ノルドリー商会』というのは名前の通り、商売関連の組合の事だ。この商会は20年ほど前、ノルドとドリーという個人規模だった商人の2人が各国の特産物なんかを2人の見つけ出した独自のルートで運搬することで財を築き、商会を設立。今となってはその規模をさらに拡大していき各国に必ず支部を置くくらい大きな商会だ。
「おー、ならそこに見える路地を真っ直ぐに行くと近道だよ」
「ほうほう」
近ずいて見ると確かに支部がある方向に伸びている路地がある。知る人ぞ知る、と言った感じな見落としてしまいそうな狭い路地だ。
(こういう道があるなら書いてくれよ......ってこんな狭い路地まで書いたら複雑になるか)
「旅人さん、もし宿が決まってないならそこにある『妖精の寄木』って名前の宿に来なさいな。サービスしとくよ」
「え? あ、はい」
お婆さんが別れ際にそう言い、その『妖精の寄木』という名前の建物に入っていった。てか内心で考え事をしていたせいで思わず返事をしてしまった。
「商売上手だなぁー」
あまりに綺麗な手腕に思わずエイジは納得してしまった。特に予定はないし、お婆さんは優しそうだったから宿はあそこにしよう。
「せっかく近道を教えてもらったんだからこの路地を使わせてもらうか」
路地は人2人分くらいの狭い道で右に左にと分かれ道がある。まあ、真っ直ぐに行けば着くらしいから曲がることなく進む。
(今日は用事が終わり次第寝て、明日は何から終わらせていこうかな?)
旅人というのはこういう大きめの街に着いたら殆どは消耗品や食料、メンテなど旅の途中では出来ないことをしなければいけない。しかもこれは最低限度で、俺の場合だと旅の最中の出来事の確認や次の行き先までの道中の情報収集をしたりたまに路銀も稼がないといけない。
これが毎回知らない街でやらないといけないので案外大変で、あまり悠長にしていると滞在期間が長すぎて追加で税を払わないといけなくなってしまう。
(食料品は最終日に揃えるとして、やっぱ武器の補充か......)
「きゃ!」
「うおっ」
別の路地から突然誰かが飛び出し、ずっと予定を組みてていたエイジは少し反応が遅れた。エイジはぶつかった衝撃で尻餅をつく。
「いたた......」
まさか人が横から来るとは思っていなかったので禄な受け身もしなかったので地味に痛い。旅の疲れが予想以上に出てきているかもしれない。
「す、すいません」
「あ、いえ、こちら.....」
反射的に答えようと、飛び出してきた人を初めて見て思わず言葉が止まる。
歳は15、16くらいだろうか。成人年齢は達していると思われる。問題はその人が女の子で結構可愛らしいということだ。
丸っこいタレ目に透き通るような白い肌、艶のある綺麗な黒髪と幼さを残しつつ、少し大人びた感じが魅力的だ。服装もセンスが良く、チェックのスカートに白を基調にしたブラウスだ。まさしく100人に聞いて100人が美少女と答えるような女の子だった。
そんな女の子を至近距離で見たせいで思わず見とれてしまった。
「あ、あの......」
そんなエイジの挙動を心配してか、声を掛ける。その声でエイジのフリーズ状態から元に戻る。
「ああ、大丈夫です。問題ないです。はい」
普段なら多分冷静に返せると思うのだが不意打ちだったのとやはり疲れが出ているのだろう。思いっきり早口になったり変になってしまったが、なんとか謝ることに成功した。
「こちらこそすいません! あの、私急いでいるので!」
律儀に頭を下げ謝るや、エイジの横を通り抜けようと走り出す。
「おいおい、逃げるなよ」
「!?」
第三者の声に女の子の動きがエイジの横で止まる。「なんだ?」と思い声のした方向、先ほどこの女の子を飛び出してきた方を見るとガラが悪そうな男が5人ほど立っていた。
「おい! こっちに逃げ込んでいたぞ! 連中を回り込めさせろ」
「分かった」
後ろの方にいた奴が指示し、1人がどこかに行く。回り込むって......。チラッと横にいる女の子を見ると分かりやすいくらいに顔が強ばっていた。
「おい! この娘が何かしたってのか?」
状況がいまいち理解出来てないエイジはとりあえず話を聞かないことにはどうしようもないので男達の方に聞く。
「そこにいる女の姉のせいで酷い目にあったんだよ! やられたらやり返すのが普通だろ?」
「は?」
一瞬、本気で言ってるのかと思ったが男達の顔を見るとウケ狙いでもなんでもなく本気で言っているようだ。謎の馬鹿らしい行動理論に思わず、
「やばいな、馬鹿っぽいとおもってたが本当に、いや予想を超える馬鹿だこいつ」
「あぁっつ!?」
本音が出てしまい、男達から変な声が出る。内心、「あ、やべ」と訂正しようかとも考えたが一瞬でその考えを一蹴する。既に声に出して言ってしまった後だし、何より本当に思った事を言っただけなのだ。謝る必要ないなと判断した。
「あ、あの。 逃げてください」
横にいる女の子がエイジの袖を引っ張って震えた声で言う。
「あの人達、戦闘系の恩恵を授かっているんです。巻き込まれない内に早く!」
「え?」
女の子の言った言葉の中に聞き捨てならない単語が聞こえた。もう1度聞きなおそうかと思った直後。
「死んどけやっ!」
先頭に立っていた男が拳を握り、エイジ目掛けて勢いよく突進してきた。