第7話 騎士
「君たち。そこで何をしている。」
制服で身を包んだ男3人が通りの方向から走ってきた。その制服は王都を守る仕事に就く騎士のものであった。騎士は3人に近づくとリーダーと思しき先頭の1人を除いて道に横たわる男たちの様子を確認し始める。
「ここで何があったのか、何をしていたのか、正直に答えてもらおう。」
「私たちは今年のリュートレイ王立霊術学院を受験しているものです。今日の夕方この近くの通りで迷子になっているこの子を見つけこの子のお母さんを探す手伝いをしていたところ男が接触してきてお母さんがこの路地にいるということだったので男の後を追いました、すると数人の仲間と思われる者たちに襲撃され、それを私たちで撃退しました。」
騎士はリュウに問いかけるような視線を向けるがリュウはその通りだとうなずいた。地面に横たわる男を検証していた騎士が地面に散らばるナイフやその男たちの懐から出てくる武器を確認しリーダーに示した。
「なるほど。その者たちを拘束しておけ。聞くが、母親は見つかったのか。」
「いえ、まだです。ただ先ほどこの暴漢たちのリーダーらしき男がそこの扉から出てきて私たちに襲い掛かってきました。その中は確認していません。」
そう言ってレイカは男が出てきた扉を指さす。騎士はその扉を見ると他の騎士たちに合図を出す。合図を出された騎士たちは各々の武器を構え扉の周りに集まり、戦闘準備をする。
「分かった。中を検める。君たちは動かないで私のそばにいるように。」
再び騎士が合図を出すと騎士たちは扉を勢いよく開け放ち、中へ入っていく。そして残った騎士は胸のポケットから紙らしきものを取り出し高々と掲げ、体は青白い光を発する。次の瞬間紙が燃え上がり建物よりもはるかに高く火の球が打ちあげられた。そして空中できれいにはじけた。近辺の騎士に合図を送ったようだ。
「王都守護騎士だ。中を検めさせてもらう。」
騎士たちが中に入ったが音は聞こえなかった。そして入口から少し進んだ先にひもで手足縛られ口に布をかませられた女性が横たわっていた。
「大丈夫ですか?」
1人の騎士か女性に近寄り紐と布を外す。残りの者は建物の中をさらに捜索する。そこは廃屋であったらしく人の生活していた様子もなく壊れた家具があちこちに散らばってほこりが舞うものであった。一通り捜索し中に人間がいないことを確認すると1人の騎士が外に出てきてリーダーに伝える。
「中に拘束された女性が1人一階にいました。それ以外に人、物はありません。」
「そうか。彼らを中に案内する。君は外の男たちを見張りを。」
「はっ!」
騎士が答えるのを確認するとリーダーは3人を中へ促した。
「来たまえ。」
リュウとレイカはそれに続いて建物の中に入る。入ったその先に髪の長い赤い服の女性が座っており、その周りに騎士たちがしゃがみ母親に話しかけていた。その姿を見るとリュウの腕の中のクリラが叫んだ。
「お母さん!」
リュウが彼女を降ろすと一目散に女性の胸元へ飛び込んだ。女性もクリラを優しく抱き上げた。
「よかった。クリラ!」
少し涙ぐんだ声で女性がクリラの名を呼んだ。リュウとレイカはほっとした表情の後嬉しそうに微笑んだ。騎士たちも優しい眼でそれらを見守っていた。
「どうやら母君はあの男たちに捕まっていたのだな。無事で何よりだ。」
周りの騎士も同意するようにうなずいた。
「さて、もう陽が落ちてだいぶあたりが暗くなっている。ここに留まるのはあまりよろしくないだろう。治療および事情を聴くためにこれから騎士と詰め所まで来ていただきたい。」
リーダーはそう言うとレイカ、リュウ、そして女性の顔を見た。全員うなずき同意を示した。
「立てますか。」
女性の隣にいた騎士が問いかけ、手を差し出す。女性はそれにつかまって立ち上がる。クリラは女性のもう片方の手を握ったまま離さない。
「案内する。ついてきてくれ。」
リーダーはそう言うと建物の扉の方へ向かう。レイカとリュウはその後ろに続き、騎士が軽く支えながら女性とその手を握るクリラが後を追う。外に出ると転がっていた男たちはいなくなっており、見張りをしていた騎士だけがそこに立っていた。
「5人の捕縛所への移送は応援に任せました。」
「よし。これから彼らを詰め所に連れていく。ついてきてくれ。」
「はっ!」
そう言い6人のさらに後ろからその騎士はついてくる。そしてそのまま路地を進んでいく。次第に通りの雑踏が聞こえてくる。リュウは心なしかほっとした表情を浮かべている。レイカは少し緊張した面持ちで歩く。クリラは嬉しそうに女性の手を握る。女性は疲れた様子で騎士の肩を借りながらゆっくり歩いていく。そして通りに出た後、7人は学園の前の通りに出てその先にある詰め所に向かった。詰め所に着くとそこには数人の騎士とみられる人たちがせわしなく働いていた。
「すぐに彼女に治療をしろ。2人にはもう少し細かく事情を聴きたいと思う。いいかい?」
騎士がリュウとレイカを見て問いかける。リュウとレイカはうなずく。他の騎士2人は女性とクリラを奥の部屋に案内する。その部屋の前には治療室と書かれていた。リーダーも2人をすぐそばの部屋へ案内した。そして中の椅子に2人に座るように示すと自分は向かいの椅子に座った。
「さて、君たちの名前と今日おこったことをもう少し詳しく教えてもらえないか?」
「レイカ・フォン・クウォルトルーラです。」
「リュウ・アルメリアです。」
そして今日の出来事をレイカが話し始める。ところどころで騎士が問いかけ、その都度レイカとリュウが答える。一通り話し終わると最後に騎士が言った。
「なるほど。了解した。じゃあ、今日君たちが使ったという霊石を見してくれないか?」
◆ ◆ ◆
霊術を行使するにあたってそれを補助する鉱石が存在する。これは霊術の発動スピードを早めたり、威力を上げたりするなど様々なものがある。またその性能はその霊石によって違う。同じ霊石を使っても使う人によってその効果の程度が変化することもある。霊石がなくても霊術を行使することはできるが質が悪いものであればそこまで値が張るものではないため霊術を修める者や未熟ながらも霊術を学ぶ人のほとんどはそれを持っている。またそのような霊石を剣や杖などに埋め込んだものは霊具と呼ばれる。霊術師にとってこの霊具を用いることが戦闘の基本である。騎士が持っていた剣もそれぞれ自分たちに合った霊具である。
◆ ◆ ◆
そう言われるとレイカは胸元のネックレスを外した。そこには白色に輝く石が付けられていた。またリュウはポケットから金属の枠で囲まれた青色の石を取り出した。しかしその輝きはレイカの石のそれと比べると大分くすんだものだった。騎士はそれらを手に取るとじっと見つめていた。
「なるほど。さすがはクウォルトルーラ家といったところか非常にいい色をした霊石だな。」
「あの… そんな質のいい霊石と比べられると俺のが立つ瀬もないというかなんというか…」
「ははは、いやすまん。ありがとう。これらは返すよ。」
二人はそれぞれ霊石を受け取るともとに戻した。その時部屋の扉が開け放たれ一人の騎士が入ってきた。そして部屋の騎士に近づき耳元で囁く。その話を聞くと騎士は退室を命じた。騎士が出ていくと騎士は2人に向き直って真剣な顔で話し出す。
「さて、先ほど君たちが倒した男たちはこの王都で最近暴れていた悪党集団だったようだ。本来この王都に住む者たちの安全を守るのはわれら騎士の仕事でにもかかわらず今回はまだ幼い子供やその母親を事件から守れず、年端もいかぬ子供である君たちに危険を強いるような状況を作ってしまった。申し訳なく思う。この場で謝罪させてくれ。そしてありがとうと言わせてくれ。」
「いえいえ。」
「そんな。」
騎士が頭を下げる。レイカとリュウは困惑したような声を出してしまう。
「ただ、この先今日のようなことがあったら私たち騎士を頼ってくれ。皆の安全のためにもそれが最善だ。」
「はい、分かりました。」
騎士の言葉にレイカがしっかりと返す。リュウもそれに同意するようにうなずいた。その様子を見た騎士は顔をほころばせる。そして立ち上がり言った。
「さて、時間を取らせて申し訳なかったね。事情聴取はこれでおしまいだ。リュートレイの受験生と言っていたね?確かまだ明日も試験があったはずだ。今日はこのまま帰って休んで明日の試験頑張ってくれたまえ。」
「はい。ありがとうございます。」
「頑張ります。」
騎士が退室を促す。2人はそれに倣って部屋を出る。そして部屋を出てすぐにある人が目に留まった。そこには先ほど捕まっていた女性が椅子に座って、クリラがその女性の膝の上に座っていた。女性は2人に気づくとクリラを降ろし、立ち上がろうとする。しかしすぐによろけてしまう。すぐ近くの騎士が女性を支えた。そして椅子に戻るように促した。女性は仕方なくそれに従った。その様子をみて2人は女性に近づいていく。女性は2人が近くに来ると話し出した。
「こんな格好で申し訳ありません。此度は私と娘を助けていただきありがとうございました。おかげで私たちはこうして一緒にいられます。本当にありがとうございました。」
深々と頭を下げる。
「いえいえ。当然のことをしたまでです。」
レイカが謙遜したように答える。すると女性の隣にいたクリラがレイカに抱き着いた。
「レイカお姉ちゃん、リュウお兄ちゃんありがとう。お母さんに会えた!」
ほころばんばかりの笑顔を2人に向けていった。リュウが微笑みながらしゃがんでクリラの頭をなでる。
「よかったね。力になれてよかったよ。」
「うん!ホントにありがとう!」
レイカもその様子をみて笑う。周りの騎士たちも少し和やかな雰囲気だった。すると母親の女性が少しせき込んだ。そばの騎士がそれをみて言った。
「クシアさん。少しここの治療室で休んだ方がいいでしょう。まだ先ほどの疲れが抜けていないようですから。」
そういうと治療室の方へクシアと呼ばれた女性を促す。クシアと呼ばれた女性は2人の方を向くと再び深々と頭を下げた。
「今日は本当にありがとうございました。この恩は必ずお返しします。」
そして顔を上げクリラとともに騎士に連れられて治療室の方へ歩いて行った。
「さて、今日はお疲れ様。ささ、帰って大丈夫だよ。」
先ほど2人の話を聞いていた騎士が話しかける。それを聞き二人は騎士に向き直った。
「はい。」
「お世話になりました。」
そう言って二人は詰め所の外へ出た。外に出るとレイカがリュウに向って問うた。
「アルメリアさん。これからどうしますか。」
そう言った直後ぐうぅぅぅぅとリュウの腹からなんとも情けない音がした。