濡れ衣
街には様々な人が行き交っている。その身なりもまた十人十色だが、その中に、統一されたものも混ざっている。
秩序を表わす白。その団服に身を包んだ団員は、街の至るところで見かけることが出来る。見回り、警備……傍から見ている分にはその詳しい仕事の内容は分からないが、大方、そんなところだろう。
こんなことを考えてがいるが、いつもならそこまで興味を持ったりしない。元々、ギルドと白狗は犬猿の仲なのだから。それでも、声を掛けようと思うこともある。そう例えば、それが知り合いだったりすると、だ。
「こんな昼間から仕事か?」
俺は、街で通りすがった白狗の一人に話し掛ける。薄い金色の髪を左右に靡かせながら歩いているのは、エリアスだ。彼女とは、何度か面識がある。もっとも、あまり良い接触では言えないが。
「今は巡回中です。話し掛けないで下さい」
彼女が歩みを止めないので、必然的に、付いて歩くことになる。まるで付き纏っているようだが、仕方がない。
「ちょっと話をするくらいよくないか? 街人の話を聞くのも白狗の仕事じゃないのか?」
ピタリと足を止めた彼女に、思わずぶつかりそうになる。何だ? 何か気に障っただろうか?
「そう言われればそうかもしれません……」
こちらを振り向いた彼女は真剣な面持ちで、俺の言葉を反芻するように考え込んでいた。俺としては冗談と皮肉を込めて言っただけだったんだが。まぁなんにせよ、話をしてくれるならいいか。
「巡回って見回りのことだよな? それも白狗の仕事なのか?」
「当然です。この街の秩序を護るのが私達の使命ですから。もっとも、今日の私は非番ですが」
当たり前のように言ったが、少し言っていることがおかしい気がする。
「非番ならしなくていいじゃないか」
至極真っ当な指摘をしたつもりだったが、彼女は顔色一つ変えずに
「私は仕事だからという理由で秩序を護っているわけではありません。それが帝国護衛団の在り方だからです」
その瞳には信念が宿っている。
「そうか……大変だろうけど頑張れよ」
激励のつもりだったが、なぜか、彼女のこめかみが震える。
「他人事のように言っていますが! あなたが以前していたことを忘れたわけではありませんよ!」
「していたこと」とは、恐らく、いや、間違いなく炎竜の女皇と路地であった一件のことだろう。
「あれはそのなんていうか……不可抗力でさ」
「いい加減なことを……これだからギルドの人は嫌いなんです」
面と向かって嫌いだと言われると何と答えて良いのか分からなくなる。
「ははっ……俺と違ってエリアスはいつ見ても気を張ってるよな」
俺の言葉は更に彼女の気に障ったらしく
「馬鹿にしているんですか!?」
「悪い悪い、そんなつもりじゃなかったんだ。いつも真面目に働いてるエリアスは偉いと思うよ。俺も見習わないとな」
「なっ……そんな上辺だけの言葉で私はあなたのしていたことを許しはしませんよ!」
頬を赤く染めて顔を逸らす。褒められることに慣れていないのかもしれない。彼女は感情を隠すのがとても下手だ。
俺の言葉にしばらく戸惑っていた彼女だったが、時計を視界に収めて、思い出したかのように
「も、もう話はいいですか? 時間がないので失礼します」
「あぁ、話を聞かせてくれてありがとう。またな」
「『またな』ではありません。もう呼び止めないで下さいね」
そう言い残して、憮然とした態度で歩き去ってしまう。
彼女は冷たい態度を取ろうとしているが、どこか不器用だ。それに、今日話してみて分かった。彼女とは仲良くなれそうだ。
それから、街で会うことがあれば話をするくらいにはなった。彼女は断る素振りを見せながらも結局は話をしてくれた。
そんな日が続き、彼女の方からも声を掛けてくれるようになったある日のこと。
その日は夕方までギルドに居た後、帰りに買い物をして帰ろうと街道を歩いていた。そこに、見慣れた少女の姿を見かける。
「エリアス、お疲れ。見回り中か?」
「いえ、今日の仕事が終わったので家に帰るところです」
「そうなのか。俺もギルドから帰るところだったんだよ」
そう言いながら、彼女の隣を歩く。以前なら嫌がっただろうが、今では何も言われない。
「そういえば、前から聞きたいことがあったんだ」
「なんでしょうか?」
「白狗……じゃなかった、帝国護衛団って具体的にどんなことしてるのかなって。ほら、俺は護衛団の本部に入れないだろ?」
「そうですね……立ち話もなんなので、私の部屋で話しますか?」
歩みを止めた彼女は目の前の建物を指差す。どうやらこの宿に部屋を借りていて、歩いているうちに着いてしまったようだ。せっかくの誘いを断る理由もない。俺は即座に彼女の提案を受け入れた。
案内された部屋は、やはり、と言っては失礼だが、彼女の性格を表わすように、整い過ぎる程に整っていた。客を招くことを想定してではなく、普段からこうなのだろう。
席に促され、机を挟んで彼女の前に座る。
「初めてだな。家に上げてくれるなんて」
「か、勘違いしないで下さいね。護衛団の知り合いに見られては困ると思っただけですから」
何故彼女はこう、嘘が下手なのだろう。
この話を区切るように彼女は咳払いをする。
「それで、護衛団のことについて、でしたね」
それから俺はエリアスから白狗の内情について教えてもらった。正直、世間話の一つとして聞いただけだったのだが、彼女にとってはとても重要なことだったらしく、俺が想定していたよりも遥かに長い話になっていった。真面目な話に少し眠気を覚え始めた頃
「……というわけなんです」
「……へっ? あ、あぁ、なるほどなぁ」
「……? ちゃんと聞いていましたか?」
「も、もちろんだよ」
正直なところ、話の三割も理解出来ていないが、彼女が帝国護衛団の一員であることを誇りに思っていることは伝わった。
「ありがとう。結構遅い時間になっちゃったな」
時計に目を移すと、とっくに日が沈み切っている時間だった。俺の帰りが遅くなるのはよくあることなので今更文句は言われないだろうが、そろそろ帰ったほうがいいだろう。
そう考えて席を立とうとした時、部屋の扉を叩く音がする。エリアスが扉を開けに行こうとしたが、その前に扉は乱暴に蹴破られた。
「なっ……何ですか一体!?」
土足で足を踏み入ったのは、白狗の男二人。
「何の用かは分かっているだろう?」
「私に何か……?」
男が突き出したのは一枚の紙。
「帝国護衛団、エリアス。ギルドメンバー、ワタル。お前達二人を建物に火を放った罪で拘束する」
聞き間違いか……? いや、でも……
「は!? 俺!? ってエリアスも? 火を放ったってどこに……」
「とぼけるつもりか? ギルド、そして、帝国護衛団本部だ」
何を言われているのか分からなかった。放火? 俺とエリアスが? いつ?
「何を言っているんですか! そのようなことは有り得ません!」
「証人が居る。今日の夕刻、ギルドに火を放つエリアス、帝国護衛団本部に火を放つワタル、貴様等の姿を見たとな」
馬鹿な……俺達は夕方に会ってからずっとこの部屋に居た。そんなことは絶対にない。
「エリアスの言う通りだ。そんなことは有り得ない」
「……ならばそれを証明出来るのか?」
……それは無理だ。ずっと二人で居たのだから。
「出来ないだろう? なら、我々と同行してもらおうか?」
「お断りします。応じる道理がありません」
ハッキリと断ったエリアスに、男は舌打ちをすると
「聞き分けのない奴だ。さっさとしろ!」
力任せに腕を掴む。苦痛を伴う悲鳴を上げた彼女に、俺は黙っていられなかった。
俺は男へと駆けると、そのまま体をぶつけてエリアスから引き離す。迷っている暇はない。
「エリアス! 今はここを離れるぞ!」
「えっ、でも……」
「早くしろ!」
彼女は迷いながらも、伸ばした手を取り、俺達は二人で部屋から飛び出した。後ろから男の怒声が聞こえる。『あいつらを捕まえろ』そんな言葉が微かに耳まで届いた。
路地へと身を隠した俺達は、街道を駆ける白狗達の気配に警戒しながら、身を潜めていた。
「どうしてこんなことに……私は放火なんてやっていません……」
「……勿論わかってるよ。それに俺もだ。誰かが俺達を嵌めたんだ。とにかく情報を集めないと……けど今は警戒が強すぎる……」
「私は……一体どうすればいいんですか……?」
不安気な表情を浮かべる彼女。俺も一緒だ。
「大丈夫だよ、俺が絶対に何とかしてみせる」
彼女の不安を煽らないように笑顔で応える。
「けど、これだけ見回りが居たらどうしようもない……明日の朝まで待とう。こんな場所でごめん、一晩だけ我慢してくれるか?」
「それは構いませんが……あなたは?」
「俺は見張りをしてるからエリアスは休んでくれ。何かあったら声を掛けるから」
「ですがそれではあなたが……」
「俺は一晩くらい寝なくたって平気だよ。明日はたぶんハードになるから、今のうちに休んでおいたほうが良い」
有無を言わさないといった俺の言葉は彼女にも伝わったらしく、お礼だけ伝えるとそれ以上なにも言わなかった。
まさかこんなところで夜を明かすことになるとは思いもしなかった。本当にどうしてこんなことに……
白狗の男は証人が居ると言っていた。実際には俺達は放火などしていないので間違いであることは確かだが、それが嘘を付いているからなのかは本人に会わなければ判断することは出来ない。
そもそも、何故俺達に濡れ衣を着せる必要がある? 目的も謎なら、その相手も分からない。ただ一つ言えるのは、今回の犯人が俺達だということにされると、ギルドと白狗との溝が更に深まってしまうということだ。もしかして本当の犯人はそれを狙って……?
いくら考えても今は憶測にしかならない。事実を確かめるには夜明けを待つしか無い。その間に出来ることは、エリアスを守ることだけだ。だからどうか、見つからずに朝まで……