偽りを望む邂逅【挿絵】
兵士に見つからないように身を隠しながら辿り着いたのは、ウォルダムの城の正面入口。ここまではどうにか来れたが、ここからは警備の数も桁違いだ。流石に見つからずに二人に会うというのは難しいだろう。
「そこにいるのは誰ですか?」
打開策を考えていたが、中庭に居た使用人に見つかり、それどころではなくなった。兵士ではないので助かったが。
「待ってくれ! 怪しい者じゃない」
俺は両手を上げて身を晒す。相手は怪訝な顔をしていたが、俺を認識すると、すぐに驚いたように
「あなたは……ワタル様ではありませんか」
申し訳ないことに俺はその一介の使用人の顔までは覚えていなかったが、相手は俺のことを見知っているようだ。以前にこの城で世話になったのだから当然と言えば当然だが。これは都合がいい。
「久しぶりだな。ちょっとアイヴィスに用事があってさ」
「そうでしたか。そのように身を隠さずとも宜しいですのに」
相手は笑顔。なんだ、以前に城に来た時と全く変わらないじゃないか。
「その……悪いんだけど、アイヴィスのところに案内してもらってもいいかな?」
「勿論です。どうぞこちらへ」
付いてくるように促し、静かに廊下を歩き出す。俺はその使用人の後ろを付いて歩いて行く。
当然ながら城の中には何人もの使用人、兵士が居る。すれ違う度に目を向けられたが、案内されている俺を呼び止めたりはしない。だが、その視線に違和感を感じる。具体的には言えないが例えるなら、そう……敵意のようなものを。
案内されたのは玉座の間。以前と外装は変わっていないにも関わらず、何故かまるで別の場所のように感じる。
「こちらで女王様がお待ちです。私はここで失礼致します」
感情の籠っていない定型的な言葉を残して使用人は歩き去る。お礼を伝えたかったが、それすら拒む雰囲気だった。
扉へと手を掛けると、軋む音が静かに響き、中からは冷たい空気が流れ込んでくる。
玉座の間。その広い空間には俺以外に二人しかいなかった。中央の階段を上った先、その玉座に坐すのは現ウォルダム国女王”アイヴィス”、そしてその脇に控えているのがクライスだ。
久しぶりの再開、と言えば聞こえはいいが、今のこの空間には重苦しい沈黙が流れていた。玉座から俺を見下ろすアイヴィス。……彼女はこれほど人を威圧するような人物ではなかったはずだ。
「突然来て悪かったな。少し話したいことがあってさ」
沈黙に耐えきれず溢した言葉は、広い空間に響き渡り僅かに反響する。
「……構いませんわ。私とワタルの仲ではありませんか」
静かに微笑む彼女。以前の彼女もそう答えたであろう言葉。なのに何故だろう……これほどその言葉を信用出来ないのは。
「では、お話というのを伺ってもよろしいかしら?」
この雰囲気……正直にギルドメンバー狩りの件に触れても大丈夫だろうか……? いやでも、俺は取り繕った話をするためにここに来たわけじゃない。
「クライス、お前に聞きたい。アルストライアで何をしてた?」
クライスは何も答えない。表情からは分かりにくいが答え倦ねているようだ。
「……何を言っているのか分からんな。私はアルストライアになど行っていない」
恐らく、俺の記憶がどこまで戻っているのかを確かめるためにあえて惚けているのだろう。……それが気に入らなかった。
「……俺の記憶ならとっくに戻ってる。伝わらなかったなら改めて聞く。アルストライアでギルドメンバー狩りをしてたのはどうしてだ?」
睨め付けた俺を冷たく見下ろし、小さく息を漏らす。
「知らずにおけば穏便に済ませたものを……記憶を取り戻したのなら覚えているだろう? 言ったはずだ、アイヴィス様の御命令だ、と」
アイヴィスを前にしてハッキリと言うということは、本当にアイヴィスに命令されて……? でも……
俺は目はクライスからアイヴィスへと向けられる。
「なんでだよ! なんでそんなことを命令する? アルストライアは今、エレナが治めてるんだぞ。それなのにどうして陥れるようなことを……」
その言葉は、拳を玉座に叩き付けたアイヴィスによって遮られる。
「……だからですわ。エレナ……あの子のことが気に入らなかった……私よりも先に女王になって……誰をも愛し誰からも愛される……そう、誰からも……ワタルもそうでしょう? 私の方が……あなたを愛しているのに……」
「アイヴィス……? そんなこと……」
「だから私は力で全てを奪うと決めましたわ。国も民も、そして、あなたも。……クライスにギルドメンバーを襲うように言ったのもその足掛かりに過ぎませんわ。ギルドの戦力を削ぎ続ければ帝国護衛団はそれを見過ごさない……そして、国の中で対立が激化すれば外から崩すのは容易いですもの」
まさかアイヴィスが、ウォルダムに帰還してからこれほど思い悩んでいたとは考えもしなかった。ずっと彼女はそう思っていたのか……? 俺に見せてくれて笑顔の裏で……? 楽しそうにエレナと話していたのは表面上だけだったのか……?
違う……絶対に違う。あの時のアイヴィスが偽りだったなんてとても信じられるわけがない。間違っているのは……今のアイヴィスだ。
「分かって頂けまして? もう、私はあなたを手放さない。この城で私と永遠に暮らしましょう?」
笑顔の彼女に、心の闇の深さを感じた。
「あぁ……分かったよ」
抜くつもりのなかった短剣を抜き、向けたくなかった相手へと向ける。
「俺がお前を止めなくちゃいけないってことがな」
彼女の笑みは、静かに冷たいものへと変わっていった。
「……あなたならそう答えると思っていましたわ。……クライス」
クライスは何も言わずに前へと歩み出る。
「ワタルを囚えなさい。生きてさえいえば様体は問いませんわ」
「……畏まりました」
躊躇いなく命令するアイヴィスとそれに従うクライス。
……この場に至って漸く理解した。二人が俺に仇なす敵であるということを。