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氷漬けの記憶

 瞼の隙間から入り込む光に、ゆっくりと目を開く。いつも通りの自分の部屋、自分のベッド。変わらない朝の光景。


 静かに体を起こしてベッドから下りると、窓際へと行き、外を眺める。雲一つない良い天気だ。昨日は大雨だったので地面はまだ濡れているようだが。


 昨日は本当に大変だった。この世界には天気予報というものがないので急な夕立には困ってしまう。びしょ濡れで帰ってきたが服はちゃんと乾いただろうか?


 しばらくして、レアがのそのそと起きだす。そろそろ朝食も来る頃だ。



 朝食を終えて、いつも通りギルドへと行き、クエストを受けて仲間と共に依頼を達成して帰る。そんな当たり前の一日を過ごして、ギルドで一息つく。


「相変わらず、ギルドメンバー狩りは見つからないんだってな」


「仕方がないですよ。昨日今日で見つかるなら苦労しませんよ」


「そうだな。だが気を付けて……」


 最近、この話ばかりしている気がする。早く犯人が見つかればこんなことに悩まなくて済むんだが。


 屋敷に戻って夕食をとった後、短剣の手入れをしていると、不意にレアに話し掛けられる。本を読みながらとはいえ珍しいこともあるものだ。


「そういえば昨日、帰りが遅かったですよね」


「昨日? あぁ、修行して帰って来たからな」


 レアがこんなどうでもいいことを話題に選ぶのも珍しい。


「ちょうど大雨が降って来てさ。おかげでびしょびしょになって散々だったよ」


「そうですよね。大雨が降ってましたよね。なのに……」


 静かに本を閉じてこちらを見つめる彼女は真剣な顔をして


「どうして途中で足を止めていたんですか?」


 俺は言葉に詰まる。しばらく沈黙が流れ


「足を止めてたって……そんなわけないだろ? 雨降ってるのに。真っ直ぐ走って帰って来たよ」


「そんなことはありません。あなたは止まっていました。そうですね、ちょうど屋敷に向かう街道と街道の間あたりでしょうか」


 レアがこんなことを言うのは適当に言っているわけではない。女神の力の一つで、一度会ったことがある相手の居場所を彼女は知ることが出来る。


「いやいや、止まってないって。確かに途中でその辺は通ったけどわざわざ路地で立ち止まったりするわけ……」


 一瞬、脳裏に黒い影が映った。雨に遮られたそれは……?


「どうかしましたか?」


「いや、別に……。っ……!」


 頭に鋭い痛みが走る。何だ急に……。何かが……


「今のあなたを見て確信しました。あなた、記憶を消されていますね」


「記憶を……?」


 意識して昨日あったことを思い出そうとすると再び鋭い痛みが走る。


「無理に思い出そうとしない方がいいです。ですが困りましたね……私の力でも他者の記憶の想起は難しいです」


 こういう、状態に異常がある時はいつもレアを頼っていたが、今回ばかりはお手上げのようだ。だがそれにしても……


「記憶を消すなんて例のギルドメンバー狩りが関係してるとしか思えない……でも、俺はどこも危害を加えられてないし……どうしてだ?」


「私に聞かれても分かりませんが……」


 頭を悩ませる俺とレアのそばに、いつのまにかもう一人立っていた。


「うわっ! エイラ、どうしたんだ急に?」


「お二人の話に割って入り、申し訳ありません。少々宜しいでしょうか?」


 普段、滅多に姿を顕現しない彼女。今、現れたのにはそれなりの理由があるのだろう。


「どうかしたのか?」


「主様が自覚しないままなら敢えて触れずにおくつもりだったのですが、件の記憶に関して私から一つ」


「……って言うと?」


 言葉を促したが、彼女はどこか躊躇っているように見える。


「お察しの通り、昨日、主様は他者による記憶への介入により、その記憶の一部を想起出来なくなっています。ですが、主様と意識を共にする私の記憶には干渉されていません」


「ってことは、エイラは覚えてるのか?」


 頷く彼女を見て、この状況に光が差した気がした。


「それは助かる! じゃあ、昨日あったことを教えてくれるか?」


「……」


 俺からこう言われることは分かっていたはずだが、彼女は言葉を詰まらせる。


「……? どうした?」


「私から申し出ておいて恐縮ですが、この記憶は主様にとって快いものではありません。それに、思い出さずとも主様とその御仲間の方に不利益なこともありません。寧ろ知ってしまうことによって危害が及ぶ可能性もありますが……どうされますか?」


 初めてかもしれない。エイラが自分の意思で、俺の頼みに難色を示すのは。しかもそれは俺を想ってのことだ。


 ここまで言われると流石に少し考える。知らずにいれば俺達には危害を加えない……あえて俺達を避けている? その”誰か”は、恐らく俺と敵対したにも関わらず、怪我を負わせず記憶を消すことでその場を収めた……会ったこともない相手がそれほど気を使うだろうか? 違うな。エイラがこれほど難色を示すのは俺がそれを知ると辛いから……つまり……俺が知っている相手なんだ。


「……教えてくれ。責任は俺が取る」


 しばらく視線を結んだ後、彼女は静かに瞳を伏せる。


「承知致しました。では……」


 エイラが俺の額へと手を触れると、その周りは淡い光に包まれる。彼女に身を任せるように力を抜き、ゆっくりと瞳を閉じる。


 真っ暗な視界の中にエイラの意識を感じる。暗い海の底に沈んでいく感覚の中、朧に風景が映し出される。これは……雨? そうだ、俺は昨日、大雨の中を走っていた。そして、路地を通ろうとしてその途中……


 一気に弾けるように大量の光が通り過ぎる。そうか……あの時、俺は彼女と……


 ゆっくりと瞳を開く。エイラは手を放して立ち佇んでいた。その顔には不安と自責が表れている。


 一度に大量の記憶を思い出したために頭がぼやけ、俺は大きく項垂れる。


「……エイラ」


「はい……」


「ありがとう。確かにこの記憶は思い出さないほうが良かったかもしれない……けど……これは忘れちゃいけない記憶だったよ」


「大丈夫でしょうか? 顔色が優れませんが」


「気にしなくていい。……レア、昨日あったことを話すよ」

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