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慮外の遭逢【挿絵】

 女神は俺に対して好意を丸出しにしたりはしない。人目のあるところでは致し方ないことなのかもしれないが、二人きりの時くらいはもう少し表に出してくれてもいい気がする。というより、そうして欲しい。だから俺は


 チラリと横目で、部屋の反対側で本を読むレアを視界に収める。「静かに本を読むのを邪魔するな」と言わんばかりの雰囲気だ。それでもいつも気にせず話かけているが、今日はある考えがあり、機を窺っている。


 こちらを見ていないのを確認しながら、服のポケットから一つの小瓶を取り出す。これは中の液体を霧状にして吹き出すもので、中身はもちろん、香水等ではない。


 これには、吹き掛けた対象を見た相手を魅惑する効果がある……らしい。誰かに試すわけにもいかないのでぶっつけ本番だが、信じて試すしかない。まあ、もしおかしな効果があってもレアにしか迷惑は掛からないだろうし大丈夫だろう。


 こんな物は当然ながら普通の店には置いていない。これを手に入れたのは、今までも何度かお世話になっている、路地裏の暗い店でだ。そこでは少し怪しい物や効果の疑わしい物が売られている。そこで店主のエンクリットに相談して、勧められたのがこれだ。


 俺は早速、静かに液体を吹き掛ける。一度では心配なので念の為に三回ほど。


「な、なぁレア、今日は何か用事とかあるのか?」


 自然に話し掛けたつもりだったが、意識してしまうと若干不自然になってしまう。


「特にありませんね。だからこうしてゆっくりと本を読んでいるんですが」


 遠回しに、「ゆっくり本を読ませろ」と言われている気がする。まあ、これは取っ掛かりなので問題はない。


「そっか……その今、読んでる本ってさ……」


 会話を続けながらさりげなく彼女の元へ近付く。対象の近くに行かなければ意味がないからだ。


「どうしたんですか? あなたが本に興味を持つなんて珍しいですね」


 まさにその通りだ。本当に興味があるかどうかはその雰囲気で如実に出てしまうのかもしれない。


「ま、まあ、ふと気になっただけだよ」


「そうですか。たまにはその頭に何か入れた方がいいかもしれませんね」


 遠回しの皮肉にいつもなら噛み付いていたのかもしれないが、今はそんなことよりも気になることがある。


 手の届く距離まで近付いているが彼女の態度に普段との差異は感じられない。目線を本に落としているからだろうか?


「なあ、レア」


「なんですか?」


 こちらに目を向けさせようと思ったが、声を掛けただけでは適当に返事をするだけだ。


「今日の俺、どこか違わないか?」


 意味ありげな言葉に、ようやく俺へと顔を向ける。下から上まで体を眺めて、俺と視線を結んでしばらく沈黙が流れる。これはもしかして効果が……


「……髪を切ったとかですか……?」


 心底、何の変化も分からないといった様子で首を傾げる。


「切ってねーよ! 切るならもっとバッサリ切るわ!」


 やはり彼女には普段と変わらないようにしか見えない。今回の薬は失敗作か? 俺は溜息を付いて肩を落とす。


「なんなんですか一体……」


 勝手に一喜一憂している俺の姿は、彼女にしてみれば相当変に映っていることだろう。


「いやいい……なんでもない……」


 トボトボと自分のベッドに戻る。俺に魅了されてるレアとか見てみたかったんだけどな……


 レアは不思議そうにこちらを見つめていたが、何も言わずに再び本を読み始める。


 俺はどうするかな……。エンクリットに、薬の効果について教えて欲しいと頼まれているので、伝えてこようか。というか効果がないなら金を返して欲しいくらいだ。


 そう決めて俺は立ち上がり、部屋の扉へと手を掛けた。



 街に出た俺は、街道脇の長椅子に腰掛け、行き交う人々をぼんやりと眺める。


 すれ違う人の反応を見ても、やはりこの薬に効果はないらしい。元々、レアにはダメ元で試してみただけだったが、まさか完全に不良品だとは思わなかった。エンクリットの錬成した物にしては珍しいこともあるものだ。


 効果の検証も済んだところで、さっさとエンクリットに報告しに行こう。


 俺は溜息をついて立ち上がり、再び街道を歩き出そうとする。だが、その足は、視界の端に映った一人の姿によって止められる。見間違いか? いや、でも……


 人でごった返している街道で知り合いと他人を見間違えることはよくあることだ。だから、普段ならスルーしたかもしれない。だが今回は、こんなところに居るはずのない相手だったのでどうしても気になった。


 俺は人を掻き分けて、その相手の肩へと手を掛ける。


「ちょ、ちょっと待ってくれ!」


 これで他人だったらナンパか何かと誤解されそうだが、振り向いたその顔、特に瞳を見て確信する。


「なにかしら? 気安く手を……」


 相手の瞳が僅かに開き、その表情は驚きに変わる。


「貴方……ワタル?」


 竜族特有のその瞳で、俺をまじまじと見つめる。見慣れない橙黄色の髪だとは思ったが間違いない。炎竜の女皇、"エルドラ・レクスサンドラ"、其の人だ。いや、人ではないが。


「驚いたよ。なんでこんなところに居るんだ?」


 当然の疑問だ。彼女達、炎竜族は遠い山の山頂に城を構えている。飛んでくれば割りとすぐに着くだろうが、それでもあえて理由がなければ来たりはしないだろう。


「……」


 エルドラは答えない。聞こえていない? それにしてもどこか様子が変な気が……


 俺が首を傾げていると、彼女は、ふと我に返ったように


「……あら、何か言った?」


「いや、なんでこんなところにいるのかなって」


 改めて言うと、今度はすぐに返事が返ってくる。


「今日はお忍びよ。偶には下界のことを知っておくべきでしょう?」


「一人でか? 護衛の炎竜とかは?」


「こういう時はいつも一人で出歩くの。従者を連れるのは煩わしいもの。それに、人間やその辺の劣等種相手に護衛なんて必要ないわ」


「ごもっともで」


 彼女とは行き掛かり上で、何度かその力を目にする機会があったが、生半可な力を持った相手くらいなら指先一つで燃えカスにするだろう。


「それで? 見て回ってみてこの街はどうだった?」


「そうね……そのことなのだけど、実際に住んでいる人間の話も聞きたかったのよ。貴方にお願い出来る?」


 「お願い」と言っているが、どこか断ることを許さない雰囲気を感じる。これが上に立つ者の風格というものなのだろうか。とはいえ、断る理由もない。


「勿論。それじゃ、どこかで座って話そうか」


 俺達は、先ほど俺が座っていた長椅子に二人で腰掛ける。どこかの店に入っても良かったが、亜人種の、それも竜族の、しかも女皇と二人で話しているのは流石に目立つ。


 それから、この街での俺の暮らしや、街がどう変わっていったかなどを聞かれ、答えた。俺の主観もだいぶ入っているのであまり参考にはならない気もしたが、それでも良いと言ってくれた。


 話の区切りが付いたところで、俺はあることを思い出す。


「そういえばこの前、この街に翼竜が入り込むことがあったんだよ。そんなことってあり得るのか?」


 エルドラはすぐには答えず、沈黙の後


「普通なら有り得ないわ。この街に入る時に気が付いたけれど、この周辺には魔除けが施してあるわよね? 入れるとしたら一定以上の上位種ね。野良翼竜がそれに当て嵌まるとは思えないわ」


 言われてみれば、エルドラは亜人種でありながら普通にこうして街に入って来ている。ということは他種族もいたりするのだろうか?


「その他に可能性が二つあるわ。一つは、翼竜の長に指示された場合。それなら、そこが立ち入れない場所であれ、無理矢理にでも入ろうとする。そしてもう一つは……」


「誰かに操られた場合、か」


「そうね。操られているのならもはや魔物ですらないもの。そこに意思は存在しないわ」


 やはりあの時の翼竜は、夕暮れの影の奴が言っていた通り……


「それを人間がするっていうのは可能なのか?」


「不可能よ。……と言ってたでしょうね、一年前なら」


 「一年前」という単語に思い当たるのは一つしか無い。そしてそれは俺に取って無関係なことではない。


「他種族を操る神器。それも自分よりも上位の種族を。それが存在しないと言い切れないのが今の世界よ」


 深刻な顔でこの世界の現状を語る。そして、その発端が自分にあることを俺は言い出せなかった。それは箝口令が敷かれているからじゃない。責められるのが怖かったからだ。


「……ありがとう。参考になったよ」


「お礼なんていいわ。お互い様だもの」


 静かに微笑む彼女。口には出せないが、以前より少し丸くなったのではないだろうか?


「まぁそれはそれとして……」


「どうかしたのか?」


 僅かに俯いた彼女は、俺の手を掴むと、そのまま路地へと歩き出す。それほど力を込められているわけではないが、放さないという意思を感じる。


「……? エルドラ?」


 狭い路地の途中で、突然、体を壁へと押し付けられる。


「あなた……なんだか前より逞しくなったんじゃない?」


 そう言って肩から胸元にかけて、そっと手で触れる。


「そ、そうかな? そんなに変わらな……。っ!」


 その手が体をなぞるように動き、思わず息を呑む。なんか手つきが……


「そんなことないわ。今日のあなたはとっても魅力的だわ……食べてしまいたいくらい」


 俺を覗き込む彼女の瞳には熱を感じる。


「ははっ……食べるって……どういう意味だろ……」


「あら、そんなことを女性に言わせるものではないわ」


挿絵(By みてみん)


 更に体を密着させる。無理にでも振り解くこともできるはずなのに、その目で見られると目を逸らすことすら出来ない。当然、徐々に近付く彼女の口元を拒むことなどできず……


 不意に警笛の音が路地に響いた。体を押さえられたまま、顔を音の方に向けると、見慣れた白い団服を着た少女。最近、知り合った子だ。確か名前はエリアス。


「あ、あ、あなた達! こんなところで何をやっているんですか!」


 顔を真っ赤に染めて、至極真っ当な指摘をしてくる。確かに、俺は何をしようと、じゃなくて、されそうになっていたんだ?


「煩いわね……今なら許してあげるからこの場から失せなさい」


 あからさまに不機嫌になった彼女は言ったが、流石に今回は俺達が悪いような……


「いいえ、不埒な行いを見過ごすわけには行きません!」


 この前の悪漢の時も少し思ったが、彼女には生真面目という言葉が当て嵌まる気がする。対峙した相手が自分の手に負えるかどうかとかは分からないんだろうか。


「そう……なら消してあげる」


「ちょっ、待て待て待て!」


 エリアスへと手を掲げたのを見て、即座に二人の間に止めに入る。エルドラなら本気でやりかねない。


「こんな街中で火の海とかシャレにならないって! 今回は俺達が悪いよ。だから、な?」


 俺が必死に宥めると、納得のいかないといった様子ではあったが、手を下ろす。それを見て、今度は反対を向く。


「エリアスも。俺達が悪かったよ。これからは時と場所を弁えるようにするからさ」


「そうしてください。風紀の乱れに繋がりますので」


 もっと責められるかと思ったが、反省を口にすればすぐに許してもらえた。ちょっと容易すぎる気もするが、今は助かる。


「ってわけだから、行こう。エルドラ」


 手を取って路地から街道へと出て、人の流れに合わせて俺達も歩き出す。路地からエリアスの視線を感じるが、流石に尾行してきたりまではしない。


 手を繋いだまま、少し後ろを歩くエルドラは不機嫌なままだ。


「まったく……とんだ邪魔が入ったわ。あの娘が来なければ……来な……ければ……」


 突然、エルドラが立ち止まり、俺は体ががくりと揺れる。


「……」


 振り向くと、彼女はうわの空のように俺を見つめていた。


「エルドラ……? 大丈夫か?」


 一歩、歩みよると、彼女は我に返ると同時に、徐々に顔を赤く染める。


「わ、私は何をしようとして……」


 慌てて、俺の手を放すと、自分の顔の火照りを確かめるように両手を頬へと添える。なんなんだ一体……


「違うのよ! あれはその……違うの!」


 何と何が違うんだろう。というかこの豹変ぶりはもしかして……


「なんだかあなたを見てると胸が高鳴って……それを抑えられなくて……」


 やっぱりか。どこか様子がおかしいとは思っていたが、恐らく俺が使った魅惑の薬のせいだ。アレは人ではなく亜人種に効果のあるものだったようだ。というか、エルドラにも効くとなると相当なものなんじゃないだろうか。


「いやその……なんでだろうな?」


 言えなかった。俺の勝手な欲望の巻き添いになったせいとは言えなかった。でも言わなきゃ駄目だよな……


 未だに、自分の身に起きたことに対して、訳が分からないといった様子で取り乱す彼女だが、その姿が普段では見ることの出来ないもので、もう少し眺めていたいと思ってしまう。けど説明しなきゃ駄目だよな……あまり怒られなければいいんだが……

書き溜めていた分に追いついたため、これからは不定期更新となります。三日で一話を目処に投稿できればと思います。

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