032_新しい国へと
「それではこの財宝をすべて、アヴィルードの城へ送ってほしいのである」
カトラの言葉は地獄開始の合図だった。
野球場よりも大きく、どれだけの深さに積もっているかわからない財宝をひたすら《次元の扉/ゲート》で廃城へと送り込む日々が続いた。
一時間ほど人力で《次元の扉/ゲート》の穴へと財宝を落とし込む作業をしていたのだが、このままではカトラに運んでもらうよりも、船旅をしていたほうが早かったということになることがわかった。
なので俺はまず《万物創成/クリエイトオール》で効率作業をするための施設から作った。
両側に長いスロープを持った、歩道橋のような施設である。巨大な滑り台といってもいい。
「忠実なる下僕よ。魔術の真理を受け面を上げよ。魔術の理により、我は命ずる。土に還るそのときまで我が言葉に背かず、従順に付き従うことを。《魔法生物支配/コマンドゴーレム》」
次は両腕をショベル状のバケットにした3mほどのゴーレムを十体、《万物創成/クリエイトオール》で作り、《魔法生物支配/コマンドゴーレム》で命令を与える。とにかく財宝をかき集めて滑り台に運搬しておくこと、と。
滑り台の上部はゆるやかな盆地状になったプールになっている。そのプールに腕がトンボ状になったゴーレムを三体ほど配備し、ある程度の量がプールされたら滑り台に向けて財宝を押し出す。メダルゲームでコインを落とすような感じだ。
財宝を落とす滑り台は先細りになっている。勢い良く財宝が落とされるところに、俺が魔法を使う。
「辿り着いた場所から少しだけ。振り返るように記憶も辿ろう。有限の中にある隔たりを無限の輪のように繋げ。はるか遠きわが心の景色を手繰り寄せ、いざ此岸より彼岸へ参ろう 《次元の扉/ゲート》」
俺の生み出した《次元の扉/ゲート》に財宝が滝のように落ちていき、吸い込まれていく。
送り先はカトラの転居先であるアヴィルードの廃城の奥だ。
「どうやらうまくいったかな……」
「なかなか器用な魔法の使い方なのである」
「昔からメテオはおかしな魔法の使い方が得意なの」
お前らなあ……
大空洞にたどり着いた初日、この仕組を生み出すだけで終わってしまった。
さすがの俺の精神力でも、これだけのことをひとりでやらされると見えないステータスがすり減ってくる。
なお、俺が試行錯誤しているとき、カトラとマリアは財宝めぐりツアーに出て、あれこれと巧みな財宝やら美術品について仲良く語り合っていた。
「わたしが手伝えることなら手伝うわよ?」
「わたしもなのである」
そりゃあ特にないけど……それとなく労ってくれるとかあるじゃないか。
「それより本当にいいのか。こんな雑なやり方だし、送り先は無人のアヴィルードだし。 あと魔法の品物とかあったら《次元の扉/ゲート》の通過過程で壊れるかもしれないぞ」
カトラには許可をもらっていたが、この方法には難点がいくつかある。
無人のアヴィルードに膨大な財宝を垂れ流すということ。繊細な美術品の場合、ゴーレムが移動するさい壊してしまう可能性があること。さらに強力なマジックアイテムが混ざっていた場合は、大陸間転移のときに、魔力干渉でどうなるかわからないってことだ。
「あの島に立ち入ってわたしの宝を持ち出すなんて度胸のあるものがいれば、会ってみたいのである。あと、フィレモンの槍みたいな大事なものは手で持っていくから大丈夫なのである」
「マジックアイテムに関してもここにはあまりないみたい。それっぽいのはわたしが調べてハネておいて、カトラに判断してもらうわ」
マリアが持つレベル1の魔術師スキル。《魔力感知/ディテクトマジック》でも抽出しておくとのこと。
いくつかの大事なものはカトラも加わって別にしておくから平気らしい。
「案外と手伝ってくれていたんだな。疑うようなこといってゴメンな」
「よいよいのである」
――そうして、財宝の運び出しにはまるまる一週間かかってしまった。
マリアも俺も得難い体験をしたので、それについて文句はない。
地下の空洞にいるが、運び出しの作業じたいは日の登った時間にのみ行い、夜は財宝に囲まれつつ、焚き火を囲んでのんびりと食事をしながら眠りについた。
日中、マリアとカトラが野鳥や大型の猪や熊といったもの狩ってくる。高山ということで野草などは期待できないかと思っていたが、それなりに香草やベリーなどの果実も集めてくれた。三日目には岩塩までも見つけてくる。
「マリアは凄いのである。あちこちからいい香りの草や実や、しょっぱい岩を見つけてくるのである」
「カトラがいてくれたから採取も楽だったわ。あの大きな熊もわたしひとりだったら、運ぶのが大変だったわ」
焚き火を囲んでの食事。料理人スキルを持つマリアが作ってくれる食事を味わいつつ、いろいろなことを語りつつ過ごす夜は、もう少し長く続けてもよかったと思う。
「人間の作る料理はおいしいのである」
「あら。わたしの作る料理がおいしいのよ?」
「確かにマリアの料理の腕は完全にプロだよなあ」
そんな軽口を叩けるほどに、俺たちは親しくなった。
一週間も火を囲んで、同じものを食べ、よりそって寝れば、龍と人間だって仲良くなれるもんだ。
カトラによれば「魔力のこもった金銀財宝はちょっと臭いのである」とのこと。
実際に敷き詰めるのであれば無垢な貴金属や宝石のほうがいい、ということだ。
さいですか。
おかげで《次元の扉/ゲート》による大陸間引っ越しは順調だ。マジックアイテムの選別もほとんど終わっている。
食事は人間の姿でともにするが、寝るときのカトラは本来の長い胴体の龍本来の姿で寝る。なんでも鱗に当たる金貨銀貨の刺激が心地よい、というのである。
さいですか。
寝しなにカトラとフィレモンののろけ話も毎晩聞かされた。
「ほんの数十年間であったが、フィレモンと過ごした時間は楽しく、満ち足りたものだったのである。龍が人間と恋に落ちるなどとは、人間どものたわごとかとも思ったのであるが、存外よいもものだったのである……」
龍の姿でつぶやくように語るカトラ。銀龍ののろけ話を子守唄替わりに寝るというのも、思えば贅沢なものだ。
七日目の朝。俺とマリアと龍の姿のカトラは銀龍山脈の尾根で、地平線から登る朝日を眺めていた。
「それじゃあカトラ。いろいろ世話になった」
「こちらこそなのである。龍は財宝を溜め込むのが好きなので、なかなか引っ越しなどしないものであるが、メテオが生きているうちに、もう一度くらいは引っ越ししたいのである」
そりゃああんだけの財宝を運ぶなんて、普通はムリだよなあ。
「そのバックパック、きつくない?」
「ぴったりフィットなのである」
《次元の扉/ゲート》ではなくカトラが手搬入する荷物を入れるため、俺が魔法で龍でも背負えるバックパックを作った。ミスリルの糸を編んで作った丈夫なバックパックで、龍の無茶苦茶な飛翔にも耐えられるだろう。色も鱗と同系統の色なのでオシャレなものだ。
「この袋も気に入ったのである。わたしの宝石をみっつ払っただけのことはあるのである」
この袋を作ったカトラは上機嫌で代価を支払ってくれた。
「わたしの宝物から好きな宝石をみっつ持っていっていいのである!!」という具合だったのだが、龍が自分の財宝を他人に渡す、というのはよほどのことだとマリアが教えてくれた。
いかなる龍の財宝もそれを持ち出すとなれば命を掛ける必要がある。さもなくば何かしらの弱みを握る必要があるという。それこそ狂太子のように――いや、この話題はやめよう。
「カトラからもらった宝石も、無事に隠し洞窟に《次元の扉/ゲート》で転移できたから、アヴィルードに飛ばした財宝も平気だ。ずいぶんノイズがひどかったけど《精神感応/テレパシー》でジルメリに確認できたし」
ジルメリには俺の背負った借金を返す名代として、仕事をお願いしてある。
大陸間を越えての《次元の扉/ゲート》が可能であるから、これから金目のものをバカスカ送って、『死者の掟の書』という盛大な無駄遣いの精算をしなくてはならない。
(……テオ…か? 宝……は……無事……それ…アー……が――)
という具合で、レゴリスの端からユルセールのジルメリへの通話はノイズだらけだった。だが、宝と無事という単語が聞こえたので、宝石は無事に送れていたのだろう。アーティアという言葉っぽいのもあったが、俺がアヴィルードから送った自作マジックアイテムに感動していたんだろう。
「それではわたしはアヴィルードに戻るのである」
「会う機会があったらレオンによろしくな」
「ちょくちょく酒をもらいにいくのである。そのときに伝えるのである」
カトラはユルセールの酒がえらく気に入っているらしい。この一週間、酒がないことをしみじみ残念がっていた。
俺も酒を生み出す魔法は知らないんだよな……
「メテオも達者でいるのである。マリアも――な」
カトラが何やら意味深な言葉をマリアに投げかけた。
俺がゴーレムを指揮している間、マリアとカトラは一緒に狩りと野草詰みに行っていたから、何か女同士の話でもあったのだろうか。
「最後に『龍王の装飾卵』を見せてほしいのである――」
俺が懐から卵を出すと、カトラは首をもたげ鼻で卵をすりすりと撫でた。
龍の鼻は犬のようにちょっと湿り気があるようだった。
ふわり。
カトラが宙に浮くと、身体をコルク抜きのようにくねらせ、一瞬でユルセール方面へと消えていった。
――あいつ、俺たちを乗せてたときも本気じゃなかったのか。
「わたしたちも行きましょう」
「ああ」
マリアが尾根を下っていく。
銀龍山脈を超えた向こう側はレゴリスの国ではない。俺にとってもマリアにとっても未知の国だ。
長く、この山脈がレゴリスの侵攻と文化の行き来を阻んできた。
この尾根を下ると、ナバルと呼ばれる国になる。
うっすらと草原があり、砂漠と岩山ががひたすら続く。
数多くの少数民族が暮らし、古代文明の遺跡が眠る地。ということだけはマリアが知っていた。
この地についてはあまり文献がなく、冒険の香りがするようだ。
ナバルの先には大きな文明国があるということだ。そこから帰ってくる冒険者は少なく、ユルセールにはほとんど実体を知られていない。
「置いていくわよ。メテオ」
感慨にふけっている俺をよそに、マリアはすいすい尾根を下っていく。
猟兵という野外活動専門のスキルを持っているマリアは、ステータス頼りの俺よりも鮮やかな山岳歩きを見せる。
「もう少しロマンチックな気分に浸らせてくれてもいいだろ」
「お生憎様。わたしは現実主義者なのよ?」
妖艶に笑うマリアがどんどん俺を置いて遠くへ行く。
「それに女を待たせると、どこかに消えちゃうんだから」
「待って――オウッ!!」
俺のレゴリス越境の第一歩は、まさかの滑落から始まった。




