025_目覚めの茶
朝だ。
ベランダから差し込む日差しが黄色い。
俺は全裸で自分のベッドに呆然と仰向けに寝転がっていた。
同じく全裸のマリアージュの抱きまくらにされて。
完全に主導権を握られていた。あちらの世界で初めてのときとまったく同じだ。
俺、こっちの世界では初めてだったから、二度純潔を奪われた。
というか食われた。
いや、文句があるわけじゃない。いや、文句はある! いやない!!
ああっ、だから文句じゃなくってさ、俺の男としての何かが抗議してくるんだよ!!
呆然としている俺だが、脳内では大変だ。
「んん……」
艶のある吐息を漏らすマリアが俺を引き寄せた。髪の匂いと胸に当たるやわらかな感触が脳内会議を強制終了させる。
こんちくしょう! 幸せだぞ!!
「メテオ……? おはよう」
「おはよう」
ベッドの上でモソモソしていた俺が起こしてしまったのだろうか。気だるげに薄目を凝らして挨拶を交わす。
「けっこう寝ちゃったわね。何かお茶でも淹れるわ」
朝の光を受けたマリアの肌の白さがまぶしい。
何も隠すことなくベッドから起き上がると、そのままの姿で台所へと向かった。
背中に垂れたキラキラと輝く金髪と引き締まった尻から視線を外せない俺。
マリアが出ていくといそいそとパンツとシャツを着込む俺。
さすがに全裸であんな堂々と動き回れないわが度胸の小ささよ。
「あのさ、その。マリ……あっ」
台所に立つマリアはなんたることか。
産まれたままの姿にエプロンだけをかけてお湯を沸かしていた。
これが伝説の裸エプロンか!?
「あら、部屋で待っててくれればよかったのに。すぐお茶を淹れるから座って」
もはや俺の家の主人はマリアのようである。家じゃなくて塔の最上階だけど。
「俺たちさ。すぐってわけにはいかないし、ちょっとした手違いで金を作って送らなきゃいけない用事もあるから、冒険に出て稼がないとだけど……俺。マリアのこと幸せにする自信あるから」
「そう? はいどうぞ。お砂糖は自分で入れてね」
清水の舞台から飛び降りるつもりで絞り出したコメントは、マグカップに注がれた紅茶とシュガーポットにあしらわれた気がする。
「いいお茶揃っているわ。メテオの弟子って台所の管理はとっても上手みたい」
「エステルはいい弟子だ」
それに異論はない。
だが俺は話のとっかかりを失った。いや!? 台所のことだ!! ここから話を持っていくぞ!!
「エステルも料理上手だったけど、マリアの料理は本当に美味しかった。これから毎日あんな料理を食べられると思うと、俺は本当に幸せ者だ」
「毎日? 気が向いたら作ってあげてもいいわよ」
「あれ。話が食い違ってません?」
おかしい。
順序はぐちゃぐちゃになったが、俺はマリアと真剣な交際をしたい。
マリアもそれは同じ――だよね?
「どうしたのよメテオ。昨日はあんなに素敵だったのに。あなた、身体は小さいけどすごく力強くて、それでいて繊細で上手だったわよ」
「へっ? あっ、ありがとうございます」
「わたしはどうだった? 気に入ってくれたと思ったんだけど……気持ちよくなかった?」
「いやそんなことは全然ちっともそんなことなかったです! 最高でした!!」
「こうしてほしいとかあったら、ちゃんといってね。わたしもちゃんと指摘するから」
待って待って。
なんで俺たち昨日のエッチの反省会みたいな会話してるの!?
「あのう……マリア」
「なあに」
「俺たちその……」
「うん?」
「付き合ってるん……だよね?」
本日何度めかの言葉の清水の舞台ダイブ。
マリアは真剣なまなざしで俺を見つめ返し、紅茶の注がれたマグカップをわきによけて言葉を返した。
「一度だけのセックスで、付き合うとかそんなつもりはないわ」
俺は両手に顔をうずめて泣いた。
「うっ、うっ。そんな」
「男のくせに一度抱いただけでなによ女々しい」
「大好きっていってくれたじゃん!?」
「それにウソはないわ。大好きよ。でもそれとこれとは話は別」
「そんなぁ!!」
我ながら女々しいとは思ったが、俺の中ではもう完全に付き合ってる感じだったんだ…… この気持ちをどうしたらいいんだ。
「それにメテオ。あなたさっき手違いで金を作って送るっていってたけど、何よ。離婚した女と子供に養育費でも払ってるの?」
「滅相もない! 純粋な借金です!!」
「へえ。誰からどんな理由でいくら借金しているの?」
うっ。
完全に誘い込まれた気がする。
「誰に?」
「ま、魔法使いのじいさんです」
「どんな理由で?」
「ちょっとアーティファクトクラスの魔法書を……」
「借金額は?」
「……銀貨90万枚」
「……用事を思い出した」
「待って! 捨てないで!!」
「話を聞くだけ聞くわ」
そこで俺は『死者の掟の書』のことについて詳しく喋らざるを得なくなった。
前世の記憶がない自分が欲しがっていたであろうこと。けど俺はアンデッドになるなんてまっぴら御免なので破棄したこと。残ったのは莫大な借金だが、前金を払っているし、あるとき払いでいいってことになっていることなどなどだ。
「にしてもバカね。『死者の掟の書』を転売すればいくらか損切りできたでしょうに」
「いやでも危険じゃないか。あんなのが出回るの」
「そうね。わたしもあなた以外の『不死の王』だったら倒しにいこうだなんて思わなかっただろうし」
俺、望まないところで大人気だ。
「でも、マリアは混沌神の信徒なんだから、『不死の王』だったら仲間になるみたいな展開だって考えられるんじゃないか?」
「イヤよ。骸骨だなんて格好悪い。『吸血鬼の王』だったら考えてもいいけど」
「あっ、そこは考えちゃうんだ」
「でも、生身が一番よ。『吸血鬼の王』って身体が冷たそうじゃない。男は燃えるくらいに熱い身体のほうがいいわ」
さいですか。
「それに、アーティファクトを破壊だなんて凄いじゃない。できたとしても、なかなか思いつかないわよ」
「いやあ……もうけっこう壊しちゃったし」
ストブリの天叢雲剣。カザン王が持っていた漆黒の聖杯。龍王の装飾卵は俺じゃなくてメルが壊したが、身内の犯行だ。売ればいくらになったのか考えたくもない。
「呆れた。人類の宝っていわれるくらいのアーティファクトをそんなに壊してたの?」
「やむにやまれぬ事情があって……」
「いいわ。今度からわたしもその現場に立ち会わせてね。面白そう」
「いやできればそんな――って、今度からって今」
呆れるどころか目をキラキラさせていたマリアがそこにいた。
「あなたと冒険して回るのって楽しそう」
「えっ、ということは俺たちいっしょに冒険するってことでつまり付き合うってことで」
「それとこれとは話が別よ」
ええええええええ。
パーティならともかく若くて健康な男女がふたりきりだけで冒険ってことはもうそういうことなんじゃないですか!?
「わたし、縛られるのはイヤなの」
「……うう」
「だから、わたしを飽きさせないで」
「えっ」
マリアの唇は紅茶の香りがした。
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あけましておめでとうございます!!
元旦は新年会で飲みまくってました!
正月休みの間に書きまくると決めた心が初日から崩れましたが、ビールおいしかったです。




