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024_食べる

 風呂から上がってきた俺を自室で出迎えたのは、意外なほどバリエーションに富んだ料理だった。


「保存食ばかりだったけど、そこそこ作れたと思う。座って」

「お、おう」


 エステル達も冒険に出て、俺も旅に出るつもりだったので、傷みの早い食材はほとんどなかったはずだ。しかも俺が風呂に入っている間にだ。それなのにこの皿の数は一体。

 キノコが浮いたスープ。タマネギと何か肉のサラダのようなもの。何種類かのチーズ。そしてパンケーキ。


「なにこれ素敵。俺が風呂ってるほんの数十分で作ったのか!?」

「使いやすい台所だったわ」


 どうよという具合で、グラスに赤ワインを注いでくれる。いやほんとすごい。あの乏しい台所の食材でこれだけ作れるのか。

 はやる気持ちを抑えて俺はスープに映った自分の姿を睨む。うっすらと脂が浮かんでいるが、具は乾燥したキノコを戻してスライスしたもの。乾燥パセリのひと振りが見た目をそそる。


 スプーンで一口。――ああ、.沁みる味だ。


「うまい……キノコの戻し汁だけかと思ったらしっかり肉の味もある。二種の旨味がよく合う。すんごい身体に沁み込む。塩味はほんのりなのにこの味深さ。この短時間でどうやってこんな熟成した具合を」


 あまりのうまさに半分くらい飲みまくってしまった。いかん。食の組み立てが崩れてしまう。ここはガマンで生野菜に行かなくては。


「なるほど!! あのスープの塩味は水で戻した干し肉を使っているからか! どうりでこなれた味になっていると思った。それで戻した肉はほぐして酢とニンニクと乾燥したバジルを初めとするハーブでさっぱりドレッシングに仕上げているのか。これをタマネギスライスといっしょに食べるとこれから食べるぞって感じになるなあ。でもこの肉、何の肉なんだろ?」

「鹿よ。猪の塩漬けもあったけど、臭み取りに時間がかかるから鹿にしたの」

「鹿かぁ。わからなかった。うまいなあ」


 ちょっと酢をきつめに仕上げている。これはすごく俺好み。ここで次はパンケーキにいくか。やや色の濃い焼きめのパンケーキだけど、卵なんてないだろうからどうしたんだろう。

 薄く焼いたパンケーキにナイフを入れるとナッツとバターの香りが広がった。そして嗅ぐものを落ち着かせるこの香りはまさに。


「すりおろしたジャガイモのパンケーキか。それをいろんなナッツを細かく刻んでバターと練り込んでる。これはぜいたくな味だ。これは冷めてもおいしいだろうけど、作りたては格別だ!!」

「本当は卵があるともっと口当たりがいいんだけど。ジャガイモがあったのに救われたわ。悪くないでしょ?」

「悪いどころかご馳走だ!!」


 砂糖をいっぱい入れれば子供向けになるだろうけど、食事に合うように砂糖はごくわずか。バターと塩。ナッツとジャガイモの風味だけでうまくバランスを取っている。熱々のところを食べて、そこにここまで空気に触れさせておいてこなれた赤ワインをですね……


「――うまい」


 この世界でいろいろと料理を食べたが、これほど俺の好みを突きまくりな料理はない。素材は保存の効くものばかりだけれども、手のかけ方がいちいち丁重なのだ。


「チーズはあるものを出しただけだから期待しないで」

「ふっふっふ。俺がそんな引っ掛けにかかるとでも」


 チーズは確かにあるものをカットしただけ。保存と乾燥に強いハード系のものばかりだ。これはよくいえば濃厚で食べごたえがあるが、悪くいうとボソボソしている。だが俺は皿の近くに置かれた小瓶を取り、とろりとした金色の液体を認めた。


「ハチミツをかけて食べるんだろ? ハードチーズの粉っぽさを補って旨さも増すって寸法だ」

「正解。でもそれはデザートだから、まず食事を済ませましょ。乾杯」

「乾杯」


 ワイングラスを掲げる。

 くっ。マリアの料理の腕は本物だな……

 俺は料理のおいしさに感動しながら、マリアとのひさびさの会話を堪能するのだった。




「――そう。名前も顔も同じなの… ちょっと嫌ね。でも、前世のメテオはそっちのマリアも好きだったの?」

「若い頃、短い間付き合ってた…」

「それで? どうなったのよ??」

「…すぐに振られた。その後もサバサバして友達付き合いだったけど」

「あら、そこはそのマリアとも気が合いそう」


 ほどよく腹も満たされたところで酒も進み、俺は身の上に起こったことをかいつまんで語り始めた。


「一部記憶を失っていて、前世の記憶がある……珍しいわね」

「まあな」

「それって不安にならない? 自分以外の誰かが自分になるってことでしょ。どんな気持ちなのかしら」


 考えたこともないけれど、俺は即座に答えた。


「あまり違和感ないかな。俺にとってメテオであるっていうのは、自分で書いた物語の主人公みたいなもので、それの延長線上っていうのかな」

「今までよりも強い力を持って、変わらずにいられるものなの」

「じつはちょっと不安だった」


 酒で唇を湿らせた。こんなことは人に話したことがなかったし、うまく心の中でまとめられない。


「前世の俺の世界っていうのは、争いごとはあったけど平和でもあったんだ。この世界よりももっと人の悪意や行動は複雑で深刻なところもあったけど、単純に力ではどうすることもできないって、多くの人が理解はしていたんだ」

「理想の世界に住んでいたってことでいいのかしら?」

「とうてい理想とはいい難かったけど、想像の上でいちばんひどい世界や理想の世界ってものを考えられた世界っていうのかな」


 なんといっていいのか。俺は皿の上のチーズをつつき回す。


「演劇とかだったらさ。どんな悲劇や喜劇も再現できるだろ? 俺はそういうのが好きで得意な仲間がいたから、力でゴリ押ししてもロクなことがないって感じたというか。力はそのまま使うんじゃなくて、機転を利かせるほうがいいとわかったっていうか……」


 これはもちろんテーブルトークRPGのことだ。自分のキャラクター。そして皆のキャラクターたちがいなかったら、どうなっていたかわからない。

 二十年もの間、俺はこの世界のシミュレーションをしていたといっても過言じゃない。力は求めるし必要だとは思うけれども、直情的なことに力を。魔法を使おうとはまったく思わない。


「その仲間にわたしと同じ名前の女もいたってことね」

「マリアは俺たちの中でも一番自由にふるまっていたけど、自分の望むことに対して意見や行動を曲げることがなかった。いつも元気で自分に正直で心のままに動くことができた。現実でも演劇(ゲーム)の中でも」


 思えばマリアはテーブルトークRPGでも現実の生活でも、考えや行動が一貫していた。あいつこそ力や技に左右されずに動けるやつだった。


「……少し、妬けるわね」

「ん、何だって?」

「何でもない。それよりもう一杯どう」

「いただきます」


 差し出されたボトルにグラスを寄せると、マリアの手が俺の首に巻き付いた。

 柔らかいものが強く唇に押し当てられた。


「――な!?」

「殺さないで済んでよかった」


 えっえっ!?


「あなたが人間でいてくれて。変わらずメテオのままでいてくれてよかった」


 えっ、ちょ!?


「大好きよ、メテオ」


 えっえっえっ!?


 ええええええええっ!?

大晦日のおやつの時間投稿。

皆さま本年はどんな年でしたでしょうか?

わたしはそこそこ楽しい一年でございました。


来年のワールドトークRPGも週1~2回の更新でやっていきます。

きたる戌年も本作が皆さまにとって、ちょっとした楽しみになれば幸いです。


それではよいお年を!!



しろやぎ 拝

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