表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
24/68

020_技の名前

 突きを繰り出すレイフェスは至極冷静だった。


 命中率や致命傷を与えることこそイルグリムのときと比べ格段に緩やかだが、自分の剣は確実に相手を上回っている実感がある。


 マリアとは闘技場でも数度、戦ったことがある。狂犬のように暴れるような戦い方をするかと思うと、ふいに鋭い打撃を打ち込んでくる。


 五回を戦えば、一回は負けるかもしれない。それほどの差ではあるが、実力はレイフェスのほうが上であるはずだ。もちろん混沌神の回復魔法を使われればその限りではない。


(わたしが本気でかかれば、王者モルガンにだって勝てる)


 熟練の針子が布をかがっていくように疾く、精密な突きを繰り出しながらレイフェスは思う。さきほどはイルグリムの最後の特攻に対して両手での斬撃を使ったが、レイピアという武器は突きが持ち味だ。雑な攻撃にならぬよう、丹念にマリアを穴だらけにしていくつもりなのだ。


(ただ、モルガンとわたしは相性が悪い)


 ウェザリアの地下闘技場の現王者モルガンは、魔法のフルプレートアーマーを纏った、両手持ちの戦槌(バトルメイス)を操る偉丈夫だ。モルガンの鎧はレイフェスの突きに対して、絶大な防御効果を誇る。


(いいだろう。マリア)

 

 レイフェスは内心を秘めたままレイピアを高速で繰り出す。


(この試合に勝てばイルグリムのじじいに勝つより多くの報酬が手に入る。この闘技場五位のマリアをここで退ければ、俺も魔法のレイピアを手に入れるだけの金が用意できる)


 闘技場では魔法の使用こそ認められていないが、魔法の武具については使用を禁じられていない。しかし、魔法の武器はどのようなものでも非常に高額だ。モルガンの強さは本人の力に依るところが多いが、魔法の鎧の効果は決して無視し得ない。


(早く負けを認めるんだな!!)


 レイフェスの刺突の鋭さは、これまでにないほど冴え渡った。






 一方でマリアの内心は穏やかなものであった。

 

 腕や脚、腹などを細かく削られるようにされて、出血こそ派手だが致命的な傷はひとつもない。


(闘技者は相手の技を受けるもの。だったかしら?)


 踊るような気持ちでマリアはイルグリムの言葉を思い返した。


(わたし、強くなっている。技術じゃなくて肉体が。心も今までとは比べ物にならないみたいに軽い)


 幾度となく自らに施した《拷問痛/トゥーチャーペイン》の魔法。毎夜、迎え入れた、大槍に貫かれているかのような痛みに比べれば、レイフェスの突きなど指先に刺さった棘にすら値しない。


 確かに肉は削がれている。だが、レイピアは筋肉の上っ面を滑っていくだけで、多少深く突かれたと思っても、思っていた以上に自分の身体を傷つけることはない。


(楽しいわね。レイフェス)


 途中から、マリアはわざと自らの肉体を傷つけるほどにレイピアを受けてみせた。

 ステップは軽やかに。武器を帯びない両の手のひらは優雅に。顔は娼婦のように妖艶に。

 

 そのころになると観客の気持ちは殺し合いではなく、何か宗教的な舞踏を目の当たりにしているかのようであった。

 首から下を血で真っ赤に濡らした美女が、闘技場の中央で蝶のように舞っている。ただ顔だけは一筋の傷もない蒼白。青い目は油を垂らしたかのようにとろりとどこにも焦点が合っていない。


 マリアは明らかに踊っていた。

 

(どういうことだ? なぜここまで突いても倒れない!? それどころかどんどん踊りのように――)


 その異変はレイフェスにも及んでいた。

 もはや、自分の剣が自分の思い通りに動いているのではなく、あらかじめ決められていた台本でもあるかのように、マリアの急所すれすれに導かれているかのような感覚に襲われていた。


(くそっ! なんでだ!! 倒れろ!! し、死ね!!)


 いくら剣を突いても。しまいには抑えていた斬撃までも駆使してレイフェスは全力で切りかかっていた。

 その剣が外れているわけではない。むしろ確実にマリアの身体から薄皮を剥いでいる。

 ただ、その動きすらもマリアの決めた予定調和のように感じられる。


 突然、レイフェスは雷に打たれたかのように悟った。


 勝てない、と。


 レイフェスがまさに絶望しようというとき、マリアの目に意思が戻り始めた。


(もう終わり――?)


 戦いの最中ということすら忘れ、恍惚の表情は拗ねた顔へと変わる。


(気持ちよかったのに)


 冷静さを欠いたレイフェスの一撃をかわし、恋人にしなだれかかるが如くにマリアは正面から男を抱いた。


「レイフェス、大好きよ」


 熱っぽい吐息とともに男の耳へ囁きかけた。


 ふたりは闘技場の砂地へともんどりを打って倒れ、海辺でじゃれあう恋人のように転がった。少なくとも、観客たちの目にはそう見えた。

 今、この場でそう思っていないのは、転がっているようで転がされているレイフェスだけであっただろう。マリアの手は優しくレイフェスの身体にまとわりつき、気がつけばレイピアをどこかに飛ばされている。

 

 転がり終わったとき、マリアはレイフェスの腰へ馬乗りになっていた。


「ま、まい。――ン!?」


 レイフェスが考えて言葉に出すより早く、マリアはその唇を唇で塞いだ。


「……まだ、駄目」


 唇を重ねると同時に、マリアはレイフェスの喉仏を軽くつまむと、猛烈な指の力でありえない位置へと動かす。


「グゥォォォ! ヌォォォォ!?」


 悲鳴をあげようとするレイフェスの唇を唇で塞ぎ、ふたりはまたも砂の上を転がった。恋人たちがじゃれあっているようでもあったが、抵抗したレイフェスがもがいてマリアを振りほどこうとしているようにも見える。


「喉の軟骨を剥がしただけ。窒息したりしないから安心して」


 マリアが唇を離すと、レイフェスは鯉のように口をぱくぱくとさせるが声が出ない。


「イルグリム師匠から教わった身体の構造を、わたしがアレンジしていろいろ技にしたの。師匠はそんなに力が強くないからできなかったけど、わたしならできると思っていたわ」


 今度はマリアが下になって、レイフェスが馬乗りになる形だ。だが、この体勢すらマリアがコントロールした結果であった。


「――ッ! ――――ッッ!?」

「まともに声が出ないでしょ? 師匠は技に名前をつけなかったけど、わたしは技名をつけようと思う。これは《耳障りな人形/ノイジーゴーレム》なんてどう?」


 レイフェスは目を剥いてマリアから身を離そうとした。しかし、レイフェスの腰にがっちりと回された両脚がそれを拒んだ。


「まだ行っちゃ駄目」

「――――ッッ!! ンーーーーッ!」


 恐慌にかられてじたばたと身を離そうとするが、マリアは胴に回した脚だけでなく、両腕もレイフェスの脇の下を通して頭を抱え込むようにして逃がさない。


 観客には、あたかもふたりが性行為をしているかのように見えた。

 百歩譲って戦闘をしているのであったしても、上になったレイフェスがマリアを組み敷いているかのように見える。もしこれが血にまみれておらず、服も身につけていなければ誤解のしようがないだろう。


「いいわ、レイフェス! もっと、もっと激しく!!」


 あるいはマリアにとってこれは性行為のようなものであったかもしれない。

 しかしレイフェスにそんな余裕はない。かつては情を交わしあった女であっても、このままではなぶり殺しにされると確信していた。

 どうせ馬乗りになっているのであればと、レイフェスの両手は鶴のようなマリアの首にめり込んだ。

 馬乗りになって女の首を締める。

 普段のレイフェスであれば、己の美学がぜったいにそれをさせなかったであろう攻撃方法だ。


「……あ。……ああ、好きよ。レイフェス……もっと強く」


 全力の首絞め(チョーク)がマリアの意識を薄れさせていく。

 背中に回したマリアの手から力が抜けていく。


 カチャリ。何か金属が外れるような音がしたかと思うと、レイフェスの胸当てが外れた。

 マリアは胸当てを優しくどけると、レイフェスのシャツのすきまから手を割り入れ、見た目よりも厚く筋肉質なレイフェスの胸板を撫でる。

 何かが折れる、にぶい音がした。


「ンーーーーーッ! アアアアアアーーーーーーッ!!」

「《耳障りな人形/ノイジーゴーレム》はあんまり長く持たないの」


 マリアがレイフェスの胸板をまさぐると、続けざまに二回。やはりくぐもった破断音が聞こえてきた。


「アァァァァァ!! アッ、アッあッ、アアアあ、ああ! あ!」

「声を出そうとしたり、息を吸ったりすると痛いでしょう? かわいそう」


 万力のようなマリアの指が狙ったものは、レイフェスの肋骨だった。


「あっ! あっあっ……! あッ!!」

「知ってた? 人間の肋骨って二~三本完全に折れると、息をしたり喋ったりするたびに、収縮した胸の中に折れた肋骨がめり込むって。イルグリム師匠から教わったの。習ったのはあばらの治し方だったけど、壊すのもうまくできたと思う。痛くて喋ることも息をすることもできないでしょう?」


 (おこり)にかかったように全身を引きつらせるレイフェス。

 目は飛び出さんばかりに剥かれ、両の手のひらは何かを掴むかのように肘立っている。口からは涎が滔々と流れ、体内へ異様にへこんだ胸部がびくびくと痙攣していた。


「この技は《折れた唐竿/フレイルチェスト》って呼ぼうと思うの。折れた肋骨がぴょこぴょこ動いて、フレイルみたいでしょ?」

「………………!!」


 あまりの激痛に、口からあぶくを出しながらレイフェスはマリアを見た。


「もうちょっと楽しみたかったけど、もう我慢できないみたいね」


 喘ぐレイフェスのわきに寄って、マリアは残念そうにいった。


「けっこう好きだったわよ、レイフェス。もう、逝ってもいいわ」


 へこんだ胸板をぐいっと押す。


 レイフェスは口から勢いよく血泡を溢れさせると、それっきり動かなくなった。

あと二話でひとまず定期更新が終わり、マリアージュの回想編が終わります。

これまで出られなかったマリアの話を力いっぱい書きましたよ!!

次の日、日曜の深夜あたりにもう一度更新して、その次の水曜に更新してまた書き溜めに入ります。

そして、これまでいただいた誤字脱字のチェックをして、もう一回見直して…

というのが五月に入っておしごとが忙しくなるため、定期更新が難しいんです_(;3」∠)_

ひとまず22話までいったらこういう駄文も書きまくります└(・∀・┙≡「・∀・)┍!!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ