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015_初戦

「イルじいさ――いや、イルグリムさん。出番だよ!!」


 そう名をいい戻して医務室に入ってきたのは、闘技場の進行役として下働きをしている若者だった。


「怪我人? まだ第一試合も始まっていないでしょ」

「それじゃあ数十年ぶりに行ってくるわい」


 そう言い残すと、イルグリムは若者の横を通ってするりと行ってしまった。


「ちょっと。どういうことよ」

「えっ、誰ですか!? イルじいのお知り合いで?」


 マリアにとって互いに見知った下働きの若者であったが、身奇麗にしているマリアに胸ぐらを捕まれ、詰め寄られどぎまぎしている。


「わたしよ。マリア」

「えっ! その声は本当に“断頭台”(ギロチン)マリア!?」

「呼び捨ては許してあげるわ」


 片腕だけで若者を釣り上げると、きつい目つきで若者を睨みつける。


「どうなっているの?」

「し、知らないんですか?」


 かろうじて窒息を免れている若者は、足をばたつかせつつ答えた。


「い、イルじい。イルグリムじいさんがじつはこの闘技場の初代王者で、今夜復活試合をするって――」




「レディース・アンド・ジェントルメン!!」


 山高帽に燕尾服。そして泥鰌(どじょう)髭にステッキというあからさまにあやしい姿の男が、地下闘技場の中央で甲高い声をあげていた。平素、この闘技場で進行役を務め、同時にジャッジとしての役目も担っている男だ。


「今夜、観客の皆さまは本当にラッキーだ! なんとウェザリア地下闘技場の初代チャンピオンが、今夜数十年ぶりに復活の名乗りを上げた!! 今宵、あなたがたは伝説を目の当たりにすることになるゥ!!」


 山高帽が大仰な身振り手振りで観客を煽る。観客も心得たもので、次々に歓声と野次を闘技場にぶつけるのだった。 


「常連のみんなは知っていると思うが、闘技場のランク外が王者に挑戦するにはまず三人の上位ランカーを倒してからだ!! およそ五十年前のすでに伝説となった王者のまさかの復活だが、体力は大丈夫なのか!? どう考えても御年(おんとし)七十は越えているッ!! はたして伝説の初代王者はどんな戦いをするのか? 注目の第一戦が始まる! みんな掛札は買ったか!? まだなら券売所のレディに今すぐ突撃だ!! くれぐれも粗相のないようにするんだぞ!?」


 観衆を煽る山高帽にかまわず、マリアはイルグリムが待機している闘技場の出入り口で、血相を変えて問い詰めにかかっていた。


「ちょっとイルじい! なによこれは!?」

「今日はワシの技を見るだけといったじゃろ」

「信じられない。わたしに修行をつけるのだって信じられないのに、いまさら闘技場に出るだなんて年寄りの冷や水どころじゃないわ」


 無茶無理無鉄砲で知られたマリアだが、さすがに老齢のイルグリムが今さら王座挑戦とは予想外だった。マリアですらこの闘技場では上位ランカーとはいえ、上位三人と現王者に敵わない。

 関節の攻撃に特化し、一撃でもまともに貰ってしまえばおしまいのイルグリムの格闘術が、今現在の闘技場に通用するとは思えなかったのだ。


「マリアよ。お前さんはいい弟子じゃ」


 何かをいおうとするマリアを制して、イルグリムは語りだした。


「ワシの技術のほぼすべてを託した。あとは、弟子に使うにはちィとばかり遠慮が必要な技でな。奥義だと思ってよく見ておくんじゃぞ」

「なによそれ。散々わたしの関節を砕きまくって今さら何を――」

「お前さんがワシの技術を身につけたいってことは、相手は魔法を使う人間なんじゃろ?」


 マリアの言葉はイルグリムの言葉にぴたりと止められた。


「冒険者には向かない技術なのはワシがよく知っとる。だが、魔術師相手に先攻を取り、一撃で腕を破壊できれば無力化できるからの」


 図星であった。マリアはまさにそのために自らの身体をいじめ抜き、イルグリムの容赦ない稽古についてこられたのだ。


「ワシは魔術師なんかと戦ったことがないからわからんが、奪うのが腕一本だけで済まないこともあるじゃろう。よっく見ておくんじゃぞ」

「イル――」

「――挑戦者! 初代地下闘技場王者!! イルグリム・グライストォォォォォォォン!!」


 山高帽のコールに続き、観客たちの雄叫びがマリアの二の句を打ち消した。


「なんだよ! 本当にただのじじいじゃねぇか!!」

「俺知ってるぞ! ここの接骨医のじいさんだ!!」

「マジかよ。もう掛札の払い戻しできねえぞ!?」


 イルグリムが闘技場へと姿を現すと、そういった言葉があちこちから聞こえてきた。彼らが考えていたのは老齢の剣士か何かだと思っていたのだろう。大方の予想に反し、イルグリムは小兵のしなびた老人で、およそ武器と呼べるものは何も身に帯びていなかった。


「懐かしいのう。この熱気だけは何十年経とうと変わらんわい」

「骨継ぎのじいさんじゃねえか」


 進み出てきて闘技場の中央で相まみえたのは、鎖帷子のあちこちに板金の補強をつけた鎧を身にまとった、両手持ちの斧を使う偉丈夫だった。彼はこの闘技場で上から四番目のランク持ち。ベルガスという男であった。


「さあ、今日が伝説の復活となるか!! それとも皆が考えているであろう、一方的な虐殺になるか……!! いずれにせよ勝者はひとり! レディ! ゴーーー!!」


 山高帽が手にしていたステッキを地面に叩きつけ、すぐさま後ろに飛び退いた。これが地下闘技場の開戦合図なのだ。


「……ッたく。やりずれえなあ」

「そういうな、お手柔らかにの」


 ベルガスが斧を担いで戦闘態勢に入るが、イルグリムは握手を求めてついと近寄る。


「なるべく殺さないようにする」

「そりゃあ素晴らしい敬老精神じゃ……なッ!!」


 ふたりが握手をした瞬間。ベルガスの巨体がふわりと宙に浮かんだ。

 その異様な光景に、闘技場は一瞬で沈黙に包まれる。

 そこにブツリ、メキメキ、ゴワッ。そういった音が宙を舞う身体から奏でられたかと思うと、ベルガスは脳天から闘技場の砂地に叩きつけられた。


 ありえない角度にねじ曲がったベルガスの右手首、肘、肩。そして首。

 完全に不意を突かれていたせいもあるのだろう。おそらくベルガスは一瞬の痛みの後、自分が何をされたかわからないまま、冥府に旅立っていったに違いない。


「すまんな。弟子のため、死んどくれ」


 本当にすまなさそうにポツリと漏らしたイルグリム。

 その言葉を継ぐものもおらず、地下闘技場はこれまでの営業中にありえないくらい、水を打ったような静けさに包まれていた。


「ほれ、山高帽。ワシの勝ちじゃないのか?」


 尻を叩かれ、山高帽が正気に戻った。

 ベルガスに駆け寄り、折れ曲がった腕と首を見るなり唾を飲み下して絶叫のような宣言を下した。


「し、勝者! イルグリム・グライストン!!」

「ウォォォォォォォォォォォォォ!!」


 次に来たのは、地下闘技場にこれまでありえなかったほどの大歓声であった。


「すげぇぞ! あのジジイ!!」

「なんだよあれ!? ベルガスが自分から浮いたと思ったら妙な音を立てながら首から――!!」

「あれ、接骨のじいさんだろ!? マジかよ! あんなに強かったのか!?」

「初代チャンピオンってマジだったのか!!」


 いわば不意打ちの形であったのだが、あまりに異質なイルグリムの技に観客の心はわしづかみにされた。

 小兵の老人が武器も魔法も使わず、巨漢の男を投げ飛ばして息の根を止める。

 そのギャップが伝説の初代チャンプの存在を、いやがおうにも際立たせた。


「イルグリム! イルグリム!!」

「地下闘技場初代チャンプ!」

「グレート・イルグリム!!」


 強いものには賞賛を。地下闘技場のシンプルな真理であった。


「しっかり見てたか? マリア」

「だまし討ちじゃないのよ」

「それも含めてよく見とるんじゃぞ」


 くしゃっと皺だらけの顔を向けたイルグリムであった。

 マリアは今の技のすべてを見ていた。

 一撃で相手を殺すことを可能とする技。

 弟子相手には気を使うといったイルグリムの言葉がマリアの頭をよぎった。


「わたしの為に――」

「違う」


 イルグリムはマリアの言葉を遮ると、鼻を鳴らした。


「弟子にすべてを渡す前に、もう一度てっぺんが見たくなったんじゃよ」  

予約投稿忘れてのんきに風呂ってました…

マリアの過去話が終わるまでは週二ペースでがんばる_(;3」∠)_

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