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バベルの塔と……望み 1

 冬の足音が今年は駆け足のようで、ぬくぬくと優しくしてくれる布団から出るのが辛い。

 俺を夢の世界から呼び戻す目覚ましに、悪意を感じながら手を伸ばしかけ、代わりに止めてくれた人に感謝しつつ、温かい大きな胸に顔を預ける。

 それは、溶けてしまいたい程に柔らかく、確かな弾力を持っていて、夢の世界への手招きをしていた。

 このまま、至福の2度寝をしてもいいですよね?

 俺の問いかけに、レンズとクックが首を振り、強引にベッドに潜り込んできてギシギシと音を立てた。

 俺を中心に繰り広げられる押し合いへし合いに、毎度のことながら誰も譲らない。


「ジャマすんなよ、今日は挟むって決めてたんだよ」


「勝手に決めないで下さい」


「そーだよー。ズルい」


 ドタバタと俺を取り合う朝の恒例行事に、今日も1日の始まりを実感させられる。

 毎朝これがあるから、目覚ましはいらないような気もしていた。


「今日はよ、祝日なのに目覚ましを止め忘れるおっちょこちょいなゲットを挟んで、まだ寝てていいぜって言うのを先週から決めてたんだよ」


 言われてみればと祝日なことを思い出し、せっかくの昼まで寝ていられるチャンスに、かなり勿体ない気持ちになる。


「私だってそうです。先々週から今日は新しい下着で、朝のご奉仕をと思ってました」


「僕なんて、えーと、ずっと前から思ってたもん」


 みんなありがとう、だけど出来れば昨日の段階で祝日を教えて欲しかった。

 いや、俺がバカなのは承知の上でのお願いだけども。

 たっぷり10分の時間を使い、引き分けの形になって朝ご飯に。

 カタナの作ってくれたご飯を食べていると、インターホンが鳴り箸を止めさせられた。

 朝イチに誰がと考えるが、思い当たる人も用事も解らず玄関に向かう。

 こんな時間に死神はないだろうとスコープを覗くと、手を振るベルが見えてドアを開けた。


「おはようございます。えへへ、朝のご挨拶をするのは初めてですね」


 ペコリと頭を下げてから、鼻をクンクンさせてお腹を押さえた。

 口には出さずに、朝ごはん美味しそうでいいなと言っている。

 その仕草が可愛いのと、朝に会うベルが新鮮で一緒に食べると誘ってしまう。


「わー、いいんですか。お仕事の帰りでお腹がペコペコだったんです」


 ベルは俺の家に来るのは慣れていて、自然な振る舞いで靴を脱ぎ、みんなに挨拶をしてテーブルに着いた。

 それについては誰もなにも言わず、カタナがご飯をよそってあげて、改めていただきますをする。


「ほんと、カタナさまのゴハンは美味しいですよね。ここのお家の子になりたいです」


 よほどお腹が空いていたのか、1杯目を平らげてお代わりをするのも慣れたものだ。

 褒められて嬉しいカタナは、しょうがねえやつだなと笑ってる。

 卵焼きを頬張るクックが、当然のことだけど用事を聞いた。


「はい、あのですね。お金を貸して欲しいんです。あ、明日には必ずお返ししますので」


 生活が苦しいのかもと、真っ先にカタナが口を開く。


「ガキどもが腹を空かしてるのか。なんか作るか」


「いえ、そーじゃないですよ。今日の……なんでもないです。なんというか、お仕事のお給金が遅れてまして」


 とにかく子供が心配で、大丈夫か問い質そうとすると、またインターホンが来客を伝えてきた。

 私が出ますと言って、レンズが玄関に向かった。

 どうなんだとベルに聞く前に、レンズがチャルナを連れて戻ってきた。


「おはようございます。美味しそうですね」


 チャルナは丁寧に頭を下げてから、テーブルの上の朝ごはんを、いいなと首の角度を変えながら覗き込んでいる。

 何度見ても息を飲むほどのチャルナの美貌の虜になっていると、ついでに息を止めますかと囁かれ、レンズの怖すぎるお気遣いに謝った。

 1人や2人くらい増えても構わず、みんなでテーブルに着いて、再度いただきますをして朝食を再開する。

 チャルナもお腹が空いているようで、ペロリと1杯目をクリアして、食べるのに忙しいベルに耳打ちをした。


「奇遇ですね、ベルさん。アレですよね?」


「アレなのですよ。負けませんからね」


 耳打ちの意味もなく、ベルが大きな声で答える。

 こういう時は、ベルに話を合わせてやれば勝手に喋り出すのは心得ていた。


「アレ大変だよな。俺たちもさ、負けないからな」


 どうだと反応を伺うと、みんな知ってるんだとベルが肩を落とした。

 チャルナが目を細め、少しだけ疑いの顔を見せる。

 なにか重要なことをと感じた3人が目を光らせ、無言の打ち合わせを交わす。

 続いて、食わせて口の滑りを良くさせろ作戦に移行し、レンズとクックがおかずを分けてあげて、カタナが2人のお茶碗に大盛りのご飯をよそった。


「俺たちも行くことになってんだよ。会場はどこだっけ。あと、内容を忘れてさ、教えてくれないか」


 知ってるなら隠す意味ないですねと、残念そうな2人が食べながら教えてくれた。


 今日は100年に1度の、ある重要な祭事が行われる。

 それは、バベルと呼ばれる塔を舞台に行われる戦いの武祭。

 この祭事は塔を司る意志へ捧げるものであり、行わなければ大変なペナルティがあった。

 その代わりに、最上階に辿り着いた者には、それ相応のご褒美が用意されていた。


「ペナルティは、えーと、なんか言葉が変になっちゃうらしいです。ですよねチャルナさん?」


「ええ、世界の言語が乱されるとのことです。ですが、これまで1度も失敗はないらしいです。ご褒美は、1つだけ望みがなんでも叶えてもらえます」


 マジでと、みんなテーブルに身を乗り出す。

 もしかして知らなかったのと困る2人に、聞いてしまえばこっちのものだと、3人が叶えて欲しいお願いを悩み出す。

 この3人が参加をしては、自分たちの勝つ確率が下がってしまうと、ベルが裏返った声でウソですと言うが、誰の耳にも届かない。


「ううっ、騙されました。どうしましょう?」


 半泣きのベルに、チャルナは首を振り肩に手を置いた。


「きっと、これはバベルの意志ですね。参加者はバベルが決めるらしいですから。それに……」


 一瞬だけレンズを鋭い目で見つめ、すぐに楽しみですと笑った。

 レンズはなにも言わず口の端に笑みを乗せ、こちらもですと呟いた。

 みんなで行くことに決まり、ご飯の続きに戻るが食べるのはベルとチャルナだけで、うちの3人は上の空で箸を動かしていた。

 微妙な空気のまま食べ終わり、ごちそうさまをすると、ベルが忘れていた用件を切り出した。


「お金を貸して欲しいのですが」


 私もいいですかとチャルナも続き、いいよと言って使い途を聞くと、どうやら今回の祭事の参加費のようだ。


「1人1800円です。少し持っているので、7100円貸して下さい」


「あ、私は7000円でお願いします」


 どっちも4人分なのだろうけど、相変わらずギリギリの生活を送っているようで涙を誘われる。


「いいよ、あげるよ。ウソついて教えてもらったし、うちの方たち嬉しそうだしね」


 同時に俺の名前を呼んで抱き付いてくる。

 いつもなら、速攻で引き剥がされるハズが、3人はお願いを考えていて忙しそうだ。

 滅多にないベルとチャルナの抱擁を楽しみ、お金を渡すとベルが継扉(ゲート)の鍵をくれた。

 じゃあ会場でと手を振って見送り、一時の解散となった。

 しばらく誰も動かないので、その間に洗い物を済ませた。

 準備をして行かないのと聞くと、みんな大きく頷いた。


「決めたぜ」


「決まりました」


「きーめた」


 まだ考えていたのか、やっと口を開いたと思えばこれだ。

 すでに勝ったあとのことを考えていて、お願いはなんだろうと気になったが、きっと教えてくれなさそうで止めておいた。

 すぐに行くぞと、みんな急いで準備をして、ベルから貰った鍵を回し、それぞれの望みを持ってバベルの塔へ向かった。



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