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禁句と……ゴリ押し 後編

「いーい、許してほしかったら、僕の言うこときいて」


 ゆらゆらと潤みを帯びたクックの目に、誰も逆らう気力がなく、俺達は解りましたと声を揃えて答えた。

 それでいいんだよと、順番に頭を撫でてくれて、不可思議な高揚感に包まれる。


「今からね、僕とお兄ちゃんをジャマしちゃダメだからね。あと、終わったら、みんなでオモチを食べにいくこと」


 歯を食い縛る隣の2人は、どっちかにしてと泣きそうだ。

 クックは優しく頬に手を置いて、ダメだよと黙らせた。


「じゃ、始めよっか。いっぱい考えたんだからね」


 そう言いながら部屋に行き、透明なビニールの袋を持ってきた。

 なにが始まると見ていることしか出来ない。

 クックは1つ深呼吸をして、履いていたスニーカーを脱いで袋に入れた。


「カタナとレンズのオモチャがね、とっても羨ましかった。だけどね、僕はスニーカーだから、ヌルヌルとかはイヤだった」


 ああ、試してはみたんだね。

 やっぱり、悔しかったんだ。

 それはそうだ、自分だけ無いなんて、きっと俺でも羨ましくなるに決まってる。


「お兄ちゃん、袋に口と鼻をつけて(スニーカー)をクンクンして。見ててあげるから」


 その行為はどうなのだろうか、隣の2人の顔を見れば危ない趣味だということだけは解る。

 止めておけという空気に、クックが構わずに早くとご命令をくれた。

 渡されたスニーカーの入った袋に、戸惑いと禁忌を感じながら、勢いだけを頼りに顔を突っ込んだ。


「くぅ……」


 クックの小さな抑えた声が聞こえ、自分は今なにをしているのか、そう考えるだけで息は上がり匂いを楽しんでしまう。


「お兄ちゃん……どんな……くぅ……気持ち?」


 俺の呼吸に合わせ袋が膨らんでは萎んで、ビニールを白く曇らせクックを高めさせる。


「はぁはぁ、はい、靴屋さんに入った時みたいな匂いと、クックが近くにいる感じです」


 もっといいよと湿った声で囁かれ、失礼しますと靴ヒモを口に含もうとして、後ろから羽交い締めにされた。


「てめえ、なにしようとした?」


「返答によっては、明日を迎えられない可能性が出てきます」


 口に含むのはダメだったのか、マジ切れの2人が怖すぎる。

 女王さまはと助けを求めると、可愛らしいほっぺを桜色に染めてノビていた。

 助けは期待できず、見られていたので正直に言うと、カタナが押さえてろとレンズに言って、ゆっくりと腰の刀を抜いた。

 鞘から抜かれた刀身は、光を返し怒りに震えている。


「ほらよ、口に入れたいんだろ。好きなだけやれよ」


 すいません、始めてなんで刀なんて突っ込んだら血だらけになってしまいます。

 口先に突き付けられた刀身は、カチャカチャと音を立て、なにか違和感があった。

 それに気付いたレンズが、変態と叫んで俺から手を離した。


「刀のさきっぽをゲットさまに含ませるのが目的ですよね、騙されるところでした」


「さきっぽって言うな。切っ先って言えよ。それにこれは、お仕置きなんだ。押さえてろよ」


「いいえ、お仕置きの名を借りて、そのイヤらしいさきっぽを、口に突っ込むつもりだったのでしょう。変態の度を越えています」


「てめえに言われたくねえよ。なにが潔癖症だよ、夜な夜なメガネを汚しては喜んでる変態が」


 お互いに変態と罵り合い、やっぱり殴り合いになって仲良くノビてしまった。

 みんな変わらず懲りないし、これが楽しいと思う俺は1番の変態かなと自覚させられる。

 そのまま幸せを噛み締めていると、気持ちよさそうにノビているクック改め女王さまのお腹が慎ましく鳴いた。

 お昼ご飯だったと当初の目的を思い出し、クックを起こしてオモチどうすると聞くと、最高の笑顔でみんなで行こうとのご命令だ。

 また騒がれても困るからと、2人を寝惚けたままの状態で甘味屋まで連れていくことに。


 お店に着いて、まだうつらうつらする2人を席に座らせ、オススメと聞いていたお汁粉を4つ注文した。

 待つこともなく、お汁粉が運ばれてきて2人が完全に目を覚ます。

 お碗には小豆と一緒に、美味しそうにオモチが浮かんでいる。

 怖いと目を逸らす2人に、オモチはなにもしないからと宥めて、みんな一緒にいただきますをした。

 楽しみにしていたクックが、お箸でオモチを伸ばして嬉しそうな顔を見せてくれた。


「みよーんだね。カタナとレンズは食べないの。とってもおいしいよ」


 俺も釣られて、オモチを伸ばして美味しさを伝えてあげる。

 どうしようと迷いながら、でも俺とクックが羨ましくて2人は箸を持った。

 そして、カタカタと手を震わせオモチを口に運び、すぐに美味しいと口を揃えた。


「旨いな、初めて食べたよ。これ、今まで損してたな」


「ほんとですね。あの事件がなければ、もっと食べていましたね」


 今までの分を取り返すように、何度もお代わりをして、きな粉や磯部巻きなんかも頼み、お財布の中身が気になってしまう。

 トラウマを1つ乗り越え、上機嫌でオモチを頬張っていると、クックがごめんねと謝ってきた。


「えとね、どーしてもオモチを食べたかったの。えへへ、オモチャを試したくて、イジワルしちゃった」


 いまいち意図が通じずに、恥ずかしそうなクックから詳しく聞くことに。

 どうやら、本体(スニーカー)を袋に入れて俺にクンクンさせる遊びは、かなり前から考えていたようで、いつ切り出すかをずっと悩んでいたようだった。


「うんとね、オモチとオモチャって言葉が似てるよね。オモチおいしかったねー、次はオモチャだねーにしたかったの」


 そう、このゴリ押しの流れに持って行こうとして、まさかのカタナとレンズのトラウマに邪魔をされて、上手く行かない怒りと、普段の生活の不満が爆発したようだ。

 同じ女だからと、カタナとレンズは気にしてないと言っている。

 俺もクックの気持ちに気付いてやれず、カッコいい男になるには、まだまだ修行が足りないなと反省させられた。

 そして、なぜか俺だけココアの件を注意され、話を蒸し返されて3人から怒られた。

 小言が済むと、帰ってからのデザート用の串団子を買い、ごちそうさまを言ってお店を出た。

 これも納得がいかないけど、俺の奢りになって、お財布を空っぽにされた。

 帰りの道すがらカタナとレンズの件は許して、どうして俺だけと聞いてみると、お土産を持って楽しそうに先を歩くクックが振り返り教えてくれた。


「それはね、僕たちが女の子だからだよ。好きな人がほしくて、だけどガマンして戦ってるからね」


 カタナとレンズが苦笑いを浮かべ、刺を含む目でクックを見据えた。


「だな、戦いだからな。なんでもするさ」


「ええ、ズルいことだってしますよね」


「へへ、負けないからね」




 女の子の戦いが、男の俺にはよく解りませんでした。

 だけど、カタナとレンズが初めて見せた、恋敵(ライバル)を見るような目が、とても印象的でした。



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