表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

96/112

禁句と……ゴリ押し 中編

 このまま行くしかないと、逃げる体勢で餅をひっくり返そうとして杵が振り下ろされた。

 顔のスレスレを通った杵に、こいつワザとやってと、カタナを見ると好奇の目でレンズを見ていた。


「遅いよー、ほら、ペッタンペッタンしよ」


 もうペッタンという言葉を聞きたくはなく、今の1振りにより、更にメガネをずらされた。

 もはや、メガネはかけているのではなく、顔に引っ掛かっている状態にされている。

 位置を直したい、だけど汚れた手で触りたくないと、迷うレンズに不運な風が吹く。

 不意の突風に背中を押され、臼を覗き込む形になり、メガネが餅の上に落ちた。

 温かく柔らかな感触に晒された本体(メガネ)は、恍惚の世界への手招きを兼ねて、レンズの動きを止めて置くには十分な快楽を用意していた。

 初めて味わう感覚に身を任せる寸前に、死の恐怖が待ったをかける。


「ちょっと待っ……」


 当たるワケがないと思っているカタナが、全力で杵を振り下ろす。

 レンズはスローモーションの世界に足を踏み込み、どうすると考えた。

 ここで体を引けば、確実に本体を壊される。

 かといって守ろうにも、今の体勢では後頭部を差し出すくらいしか策がない。

 こうなればと、お餅の弾力によるクッション性能を信じて賭けに出た。

 迫る杵と走馬灯の中、レンズはメガネをお餅でくるみ覆い被せ、さっき中指を立てた神様に祈った。

 賭けの結果はどうなったのか、臓腑を揺さぶる音を響かせ、杵は真っ赤な花を咲かせた。


「え、レンちゃん?」


 どうしてと呆然とするカタナに、レンズの頭は噴水のようにケチらずに血を浴びせた。

 黙って見ていた観客達が騒然となり、辺りに血の匂いが充ち、風がお裾分けの役を買って出る。

 ドン引きの空気にカタナは困り、なにか言わなくてはと口を開いた。


「ええと、紅白餅とか……ダメ?」


 雪のように白かった餅は、レンズの命に染められ朱を纏ってはいるが、めでたさの欠片もなく禍々しいだけだった。

 最前列の客が、カタナ渾身のボケと濃密な鮮血と匂いに嘔吐で答えた。


「オモチって……キモチイイ……モチだけに……」


 レンズは大輪の血染め花を大盤振る舞いし、うわ言のように繰り返していた。

 完全にレンズが壊れたと思い、カタナは混乱し杵をぶん投げた。

 それは回転しながら神社の本殿に飛び、扉をぶち破り派手な土煙を上げてくれた。

 観客達がカタナを狂った破壊者と認識して、恐れのままに逃げてゆく。

 誰かが呼んだのか、救急車のサイレンが聞こえ、恐怖を増幅された子供が泣き叫び、大人達が吐きながら逃げ惑う地獄絵図の様相に陥った。

 自分のせいだと、この場を治めようと努めて明るい声で、精一杯の機転を利かせる。


「あはは。おっぱいペッタンコのレンちゃんが、頭までペッタンコになっちゃった」


 反応を伺うカタナに、あいつ狂ってると声が次々と上がる。

 頑張ったが洒落で乗り切れるような惨状ではなく、ごめんなさいと大声で泣き出した。

 サイレンに混じるカタナの泣き声に、レンズが正気を取り戻した。


「カタナ、私は平気。行くよ」


 ここで救急車に乗せられるのは、人間なら問題はないが、レンズは付喪神で大問題でしかない。


「急げ、私を担いでここから離れろ」


 うんうんと頷き、動けないレンズを担ぎ上げて、カタナは一目散に逃げ出した。

 それからというもの、2人はペッタンという言葉がトラウマとなり、お餅を見るだけで震えるようになった。



「でな、そん時にレンズの頭のネジを飛ばしちまったみたいで、潔癖症だったのにメガネを自分から汚すようになったんだ」


「カタナの馬鹿力のせいで、頭から流れた血と一緒に、大きかった私の胸が小さくなったんです」


 2人の思い出を聞き終わり、メガネをかけている方の締めの言葉を聞き流した。

 俺とクックは、途中までキレイなお話だったのにと、惜しいというのが素直な感想だった。

 それに、今でこそレンズはメガネをズルズルにするのが好きだが、間接キスは相当にイヤがる特殊な性癖のルーツを知れて、俺は得したような気分だ。

 もういいよなと、カタナがクックのご機嫌を伺い、レンズもそれに続いた。


「うーん、じゃ仕方ないね。僕とお兄ちゃんだけで食べに行ってくるね」


 なんでそうなると、2人が怒りだす。


「絶対にオモチを食べたいの。着いてきてなんて言わないから、お留守番してて」


「それならさ、学校の近くに美味しいって評判の甘味屋があるんだ。お汁粉がオススメだって」


 余計なことを言いやがってと、尖った視線がキッチリ2人分やってくる。

 すぐ行こうねと笑顔のクックに、ズルいと待ったが入り、いつもの乱闘へ。


「モチを食いに行くならな、俺を倒していけ」


「外には行かせません。ここで、慎ましくゲットさまと2人で昼食を摂るんです」


「ヤダ、オモチ行くの。お兄ちゃんと僕だけの思い出を作るんだもん」


 勝手に2人きりになろうとするレンズに、仲間割れまで足して、終わるまでの間は正座で待つしかなかった。

 いつもなら、戦闘に特化したレンズが有利だが、今日のクックは譲らないのと武器を持っていた。


「もー怒った。ペッタンペッタンペッタン」


 クックの連呼する禁句(トラウマワード)に掴み合う手を引っ込め、カタナもレンズも座り込み耳を塞いだ。

 やりすぎに思い止めに入ると、クックの目は完全に据わっている。


「みんな、そこに座って。お兄ちゃんもだよ」


 あまりにも怖くて、誰も逆らえずに素直にクックの前に正座を。


「もう僕はね、ガマンしない。いっつも2人の楽しそうな思い出を聞いて羨ましくてイヤだ。お兄ちゃんも、カタナの胸とか、レンズの洗浄器ではぁはぁ言って気持ちワルいし」


 これは相当だと、すいませんでしたと謝るが、クックの怒りは治まらず、ついでとばかりに日頃の不満を1人ずつ指摘されることに。


「カタナは少し変。洗い物をしてる時に、お兄ちゃんのお箸をくわえたりしてる。あれやめて」


 驚愕の事実に俺は嬉しいけど、レンズの顔から表情が消え、隣に座るカタナを睨み付ける。


「どーいうことですか、変態さん。あれほど間接キスはイヤだと言いましたよね」


「ち、ちげーし、間違えただけだよ。箸なんかに興味ねえよ」


 苦し紛れの言い訳に、レンズがこめかみを抑え深い息をついた。

 思えばカタナがマイ箸がどうのと言って、それぞれ違う箸を用意していた。

 あれは、誰の箸かを識別するタメだったようだ。


「信じてくれよ、俺はそんなことしてない。ゲット……頼むよ」


 辛そうな顔で俺に助けを求めるカタナに、クックがウソつきと遮った。


「レンズのお箸もやってるの知ってるんだからね。たまに、こっちもオツだよなーとか言ってた。オツってなにかわかんないけど」


 クックがカタナの口調を真似して、トドメを差してあげた。


「どーいうことですか、どーいうことですか。オツってなんですか」


 レンズがテンパり、カタナの襟を掴んで前後に激しく振り問い質す。

 されるがままのカタナは、もう殺してくれと言っているように見える。


「ゲットさま、この変態になにか言ってやって下さい」


「変態、乙」


 カタナが虚ろな顔で立ち上がり、部屋の隅に行き膝を抱えてしまった。

 言い過ぎたかなと慰めに行く前に、次はレンズだよとクックに手で制された。


「洗浄器を使うのはいいけど、お兄ちゃんのお部屋ではやめて。バレないようにお掃除するの大変なんだから」


 なんだってと隣を見ると、メガネに光が反射していて表情が読めない。

 レンズは下を向いたまま首を振るが、耳まで真っ赤になっていて全く意味がない。


「あとね、ベッドの下にある本を入れ替えたりするのズルい。メガネさんのメイドさんがアレされるのも、たまにはオツでいいですよねって言ってた。だから、オツってなに?」


 買った覚えのない本があるのはそのせいかと、レンズに感謝の気持ちが湧く。

 ジャンルはもちろん、メガネさんやメイドさんが出てくるやつだ。


「言いたくないけど、こういうズルいのは大キライ。お兄ちゃん、レンズになにか言ってあげて」


「ありがとう。だけど、卑怯者、乙」


 さっき誰かも見せた虚ろな顔で立ち上がり、レンズはカタナの隣に膝を抱えて座り込んだ。

 2人には悪いけど、ここはクックとオモチを食べに行くことになりそうだ。

 行こうかと立ち上がりかけ、お兄ちゃんもあるんだよという冷たい目に、正座の続行をやむなくされる。


「お兄ちゃん、前にあれだけ言ったのに、ココアの粉を舐めてるよね。あの時のスプーンで」


 ウソだ、見られてるワケがない。

 絶対に周りを確認しているし、なにより偽装工作は完璧だったハズだ。


「違うって、俺はココアの粉が好きなんだ。スプーンはなんでもいいんだ」


 落ち着けよ俺、この言い訳のタメに頭を悩ませて考えたんだ。


「ふーん、スプーンは関係ないの?」


 大丈夫、俺はこの場面すら予測して、ココアと言い訳を練っている。


「ほら、ココアの粉さ色んな種類あったろ。メーカーによって味が違って楽しめるんだ」


 俺はこのタメだけに、数種類のココアの粉を買っていた。

 うっかりバレても、利きココアをやっていたことにすれば乗り切れると信じて。


「ふーん、じゃ聞くよ。前にさ、たくさんあったココアの粉がさ、ぜんぶなくなってた時なかった?」


 そういえば、あの時は不思議だった。

 前の日に消費しすぎたと少しだけ反省して、スプーンだけもオツだな、とか思ったんだ。


「ココア美味しかったなー。捨てるのはイヤだったから、おなかがいっぱいになったよ。お兄ちゃん、言い訳とココアごちそうさま」


 なにか言うことはあると、冷たすぎる目に晒され耐えられなかった。


「俺、言い訳、乙」


 フラフラしながら、隣いいですかと言って、カタナとレンズの側に体育座りをした。

 支えを失ったように虚ろな俺達を、クックは歪んだ笑みを浮かべて見ていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ