禁句と……ゴリ押し 前編
休日の昼下がり、各々が好きなことをして過ごしていた。
我が家では休みの日を出来るだけ合わせていて、休日といえば、みんな一緒が通例となっている。
カタナはソファで雑誌を眺め、レンズはテレビ画面とにらめっこしながらゲームをしている。
俺とクックは床に寝そべって、一緒に絵本を広げていた。
1冊の絵本を読み終わり、そろそろお腹が空いたなと時計を見ると、クックも同じみたいで、モグモグしたいと頬を膨らませて口を動かしてアピールしている。
そのほっぺが可愛すぎて、つんつんしていると、カタナが察してくれて、なに食べると聞いてきた。
「両手が塞がらない物であれば、なんでもいいです」
レンズが画面からは目を離さず、ゲームをしながら食べられる物をと言っている。
どうするかと冷蔵庫を開け、クックがはいと元気に手を上げた。
「僕、オモチが食べてみたい。ペッタンペッタンしたやつ」
その瞬間、カタナが両手で顔を抑え座り込み、レンズの手からコントローラーが落ちた。
そのまま、2人ともガタガタと震えて怖いと繰り返した。
なにが起こったのと、クックはキョロキョロしながら困りだす。
今のやり取りの、一体どこに泣く要素があったのか、2人を慰めることしかできない。
泣き止まない2人を落ち着かせ、ワケを聞いてみることに。
お腹が空いたままでは可哀想だから、お昼ご飯を食べながらと提案して、クックがペッタンがいいと言って、2人が悲鳴をあげた。
「そんなにイヤなの、ペッタンが?」
止めてと耳を押さえるカタナとレンズに、クックが背後に忍び寄り囁いた。
「ペッタン……ペッタン……」
ぎゃーと騒ぎ出す2人を、クックは唇を歪め目を細めて見ている。
この子、最近になってエスな顔を出すことが多い。
俺の可愛くて優しいクックが、遠くに行ってしまったような、寂しい気持ちになってしまう。
いや、正直な所は寂しい気持ちより、期待の方が大きい。
だってだ、クックがエスなら、色々と妄想のバリエーションが増やせる。
この今の気持ちを大事にしたくて、無性に1人になりたい。
「せっかくだから、ちょっと部屋に行ってきていいかな?」
「マジで殴るぞ、そこに座れ」
「せっかくの意味も解らないですし、殴られたくなかったら、正座して下さい」
怖がっていた2人が顔を上げ、変態を見る目をしている。
了解ですと正座をする俺を、クックは楽しそうに笑っていた。
そして、思い出したくなさそうな2人が、オモチが苦手な理由を教えてくれた。
「あれだ、とにかく手に残る感触と雰囲気がダメなんだよ。あの寒々しい空気と狂人を見るような視線が」
「はい、あの血の匂いが渦を巻いて、遠くに聞こえるサイレンと、大切な物を失うような喪失感がムリなんです」
この2人がオモチと思っているのは、なんなのだろうか。
とてもじゃないが、食べ物の話をしてる気がしない。
クックの頭の上には、大きな疑問符が浮かんで揺れている。
「それ、オモチじゃなくないか。そんな得体のしれない儀式じゃなくて、クックが言ってるのはさ、白くて柔らかい食べ物なんだけど」
バカにすんなよとカタナが怒ったように言い、レンズが解ってますと頷いた。
「とにかく食べられません。いつかこの世から消そうと思ってます」
話を終わらせようとするが、クックは納得がいかない。
「よくわかんない。ちゃんと教えてくれないとね、へへ、ペッタンするよ」
クックがイジワルな顔でオモチをつくジェスチャーをすると、ひっと短く悲鳴をあげ2人が抱き合って震えた。
さすがに可哀想になってくる。
「あのさ、こんなにイヤがってるから、もういいんじゃないか」
「ふーん。そっか、お兄ちゃんは僕のジャマをするんだね」
いつものクックの顔のまま、俺の中を見通すような視線を向けてきた。
なぜだろうか、逆らう気も起きず、逆に従いたくなってくる。
「いいえー、お兄ちゃんはクックの味方です」
だよねと笑い、怯えているカタナとレンズに向き直った。
「ね、どんなことがあったのか、僕とお兄ちゃんに教えて。もうイジワルしないから」
2人は諦めたように思い出したくない記憶を、雨の降り始めのようにポツポツと語ってくれた。
ある時、カタナとレンズは通りかかった町で、お祭りに出くわした。
それは、暮れかけた赤い太陽を背に、くたくたで寝る場所を探している時のことだった。
疲れを訴える足を引き摺り、野宿の場所を探していると、暖かな光に目が吸い付いた。
そこだけは夕闇に沈まずに、灯された提灯の明かりに照らされ、朱の大きな鳥居を浮かび上がらせている。
楽しげな喧騒に包まれた神社の境内には、夜店が群れを成し、美味しそうな匂いが漂ってきて足を止めずにはいられなかった。
カタナは浮かない顔のレンズの手を取り、引き寄せられるように鳥居に向かい歩き出した。
近付くにつれ、わたあめの甘い匂いが鼻をくすぐり、ヤキソバの香ばしい匂いにお腹が鳴いた。
「食べたいね」
カタナがポツリと呟いた。
「ごめんな」
レンズが謝り、昨晩の博打の結果を悔やんだ。
あそこで負けなければと、レンズは爪を噛み俯いた。
一緒に食べられたら、どんなに楽しい思い出になったかと、メガネ越しの景色が滲み出す。
目を拭おうとして腕を上げる前に、カタナが袖を引き、アレと言って前方を指差した。
曇りかけた先に目をやると、大きな看板に餅つき大会と書かれているのが見えた。
すぐ下には、お餅の無料配布と飛び入り参加歓迎の文字が。
「レンちゃん、行こうよ。あたし、オモチ食べてみたい」
「行くしかないな、腹減ったしな」
行かない理由もなく、それに昨日からなにも口にしていない。
今の状況において、渡りに船で神様はいるのかもと淡い信心が芽生え、それなら博打を勝たせろよと、レンズは神社に向けて中指を立てた。
鳥居をくぐり境内に行くと、人だかりとお酒の匂いに迎えられた。
参加を締め切られてはことだと、浴衣ではしゃぐ人込みを掻き分け最前列に向かう。
後ろの方から、酔っ払いに胸でも触られたのか、カタナが悲鳴を上げている。
そいつはあとで殴ると決めて、司会者と思われる人の前に辿り着いた。
「参加したいんだけど」
「う、うん。ダメですか?」
周りにいる男達は、衣服の乱れたカタナの胸元に、遠慮のない視線を送っている。
終わったら暴れてやると、レンズは怒りを抑えた。
珍しい若い女の子の参加に歓声が沸き、お酒や夜店の食べ物を振る舞われた。
「あはは、来てよかったね。ほらほら、ヤキトリもたこ焼きも美味しいよ」
両手に串や皿を持って、レンズにあーんと勧め、美味しいねと嬉しそうに笑った。
この歓迎は、餅をつく際のカタナの胸を見たいだけだと解っていても、レンズは自然と浮かぶ笑みを抑え切れなかった。
嬉しくて慌てて食べるレンズの頬についたソースを、カタナはさりげなく指先で拭ってあげた。
見られないようにソースの付いた指をそっと舐めて、幸せだねと声には出さず口だけを動かした。
「ねえ、レンちゃんは、どっちやる?」
リンゴ飴と同じ色に頬を染めたカタナは、レンズの力持ちな所を見せたくて、つく方をさせたかった。
自分は飽くまでもサポートとして、そう女房役となりたかった。
魅惑的な女房という言葉と、少しのお酒に酔い、うっとりしながらレンズを見つめた。
「どっちでもいい。カタナに食べ物をくれたんだから、こいつらの好きに選ばせてやればいいよ」
お好み焼きを食べるのに忙しいレンズは、餅つきはどうでもよくなっている。
レンちゃんらしいと思い、大好きだなとカタナの大きな胸が高鳴った。
いくらでも差し入れられる食べ物と戦っていると、2人の順番がやってきた。
景気付けにと、お酒を一気に煽り前に出る。
レンズにと思っていた杵は、下世話な男の欲望からカタナの手に渡された。
「あの、これ、レンちゃんの役なんだけど」
やっぱりこうなったと、レンズはムカつきと諦めを飲み込んだ。
「これでいい、このタメに食べ物をくれたんだから、さっさとやるよ」
そんなにデカイ胸がいいのかよと、寂しい自分の胸元を確かめた。
意外と軽いんだねと、カタナは杵の重さを手に馴染ませる。
レンズが手を拭いてから水に濡らし、臼の前に片膝で座り餅つきが始まった。
観客達は当然とばかりに、カタナの胸に視点を固定させた。
「行くよ、レンちゃん頑張ってね」
こうなったら、せめてレンズにいい所を見せようと気合いが入る。
「言っとくけど、ペッタンだからな。ドカンじゃないからな」
馬鹿力を知っているレンズは、僅かな身の危険を感じていた。
お酒に後押しされていて、カタナは聞いているか判断がつかない。
レンズの方も、いざとなれば、かわせるという自信は、お酒により油断に変えられていた。
司会者らしい男の、どうぞという声に、カタナが杵を振りかぶる。
はいはいと、濡れた手でお餅をひっくり返す。
レンズの手が離れると同時に、臼に怨みでもあるのか、とんでもない衝撃が地面を揺らした。
もはや爆音と言ってもいい音に、観客達は声を失い後ろに下がった。
下がりたいのはレンズも同じで、衝撃にメガネをずらされ、冷や汗が背中を伝っていた。
「レンちゃん、ペッタンペッタンってリズムよくだよ。早く早く」
もっと力を入れられるよと、得意な顔をしてレンズを急かす。
やるかと覚悟を決め、メガネをかけ直そうとして手が止まる。
潔癖症な所があるレンズは、餅の粘りのついた手で本体であるメガネを触りたくなかった。
位置を直さなければ落ちると思っても、どうしても出来なかった。