表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

95/112

禁句と……ゴリ押し 前編

 休日の昼下がり、各々が好きなことをして過ごしていた。

 我が家では休みの日を出来るだけ合わせていて、休日といえば、みんな一緒が通例となっている。

 カタナはソファで雑誌を眺め、レンズはテレビ画面とにらめっこしながらゲームをしている。

 俺とクックは床に寝そべって、一緒に絵本を広げていた。

 1冊の絵本を読み終わり、そろそろお腹が空いたなと時計を見ると、クックも同じみたいで、モグモグしたいと頬を膨らませて口を動かしてアピールしている。

 そのほっぺが可愛すぎて、つんつんしていると、カタナが察してくれて、なに食べると聞いてきた。


「両手が塞がらない物であれば、なんでもいいです」


 レンズが画面からは目を離さず、ゲームをしながら食べられる物をと言っている。

 どうするかと冷蔵庫を開け、クックがはいと元気に手を上げた。


「僕、オモチが食べてみたい。ペッタンペッタンしたやつ」


 その瞬間、カタナが両手で顔を抑え座り込み、レンズの手からコントローラーが落ちた。

 そのまま、2人ともガタガタと震えて怖いと繰り返した。

 なにが起こったのと、クックはキョロキョロしながら困りだす。

 今のやり取りの、一体どこに泣く要素があったのか、2人を慰めることしかできない。

 泣き止まない2人を落ち着かせ、ワケを聞いてみることに。

 お腹が空いたままでは可哀想だから、お昼ご飯を食べながらと提案して、クックがペッタンがいいと言って、2人が悲鳴をあげた。


「そんなにイヤなの、ペッタンが?」


 止めてと耳を押さえるカタナとレンズに、クックが背後に忍び寄り囁いた。


「ペッタン……ペッタン……」


 ぎゃーと騒ぎ出す2人を、クックは唇を歪め目を細めて見ている。

 この子、最近になってエスな顔を出すことが多い。

 俺の可愛くて優しいクックが、遠くに行ってしまったような、寂しい気持ちになってしまう。

 いや、正直な所は寂しい気持ちより、期待の方が大きい。

 だってだ、クックがエスなら、色々と妄想のバリエーションが増やせる。

 この今の気持ちを大事にしたくて、無性に1人になりたい。


「せっかくだから、ちょっと部屋に行ってきていいかな?」


「マジで殴るぞ、そこに座れ」


「せっかくの意味も解らないですし、殴られたくなかったら、正座して下さい」


 怖がっていた2人が顔を上げ、変態を見る目をしている。

 了解ですと正座をする俺を、クックは楽しそうに笑っていた。

 そして、思い出したくなさそうな2人が、オモチが苦手な理由を教えてくれた。


「あれだ、とにかく手に残る感触と雰囲気がダメなんだよ。あの寒々しい空気と狂人を見るような視線が」


「はい、あの血の匂いが渦を巻いて、遠くに聞こえるサイレンと、大切な物を失うような喪失感がムリなんです」


 この2人がオモチと思っているのは、なんなのだろうか。

 とてもじゃないが、食べ物の話をしてる気がしない。

 クックの頭の上には、大きな疑問符が浮かんで揺れている。


「それ、オモチじゃなくないか。そんな得体のしれない儀式じゃなくて、クックが言ってるのはさ、白くて柔らかい食べ物なんだけど」


 バカにすんなよとカタナが怒ったように言い、レンズが解ってますと頷いた。


「とにかく食べられません。いつかこの世から消そうと思ってます」


 話を終わらせようとするが、クックは納得がいかない。


「よくわかんない。ちゃんと教えてくれないとね、へへ、ペッタンするよ」


 クックがイジワルな顔でオモチをつくジェスチャーをすると、ひっと短く悲鳴をあげ2人が抱き合って震えた。

 さすがに可哀想になってくる。


「あのさ、こんなにイヤがってるから、もういいんじゃないか」


「ふーん。そっか、お兄ちゃんは僕のジャマをするんだね」


 いつものクックの顔のまま、俺の中を見通すような視線を向けてきた。

 なぜだろうか、逆らう気も起きず、逆に従いたくなってくる。


「いいえー、お兄ちゃんはクックの味方です」


 だよねと笑い、怯えているカタナとレンズに向き直った。


「ね、どんなことがあったのか、僕とお兄ちゃんに教えて。もうイジワルしないから」


 2人は諦めたように思い出したくない記憶を、雨の降り始めのようにポツポツと語ってくれた。



 ある時、カタナとレンズは通りかかった町で、お祭りに出くわした。

 それは、暮れかけた赤い太陽を背に、くたくたで寝る場所を探している時のことだった。


 疲れを訴える足を引き摺り、野宿の場所を探していると、暖かな光に目が吸い付いた。

 そこだけは夕闇に沈まずに、灯された提灯の明かりに照らされ、朱の大きな鳥居を浮かび上がらせている。

 楽しげな喧騒に包まれた神社の境内には、夜店が群れを成し、美味しそうな匂いが漂ってきて足を止めずにはいられなかった。

 カタナは浮かない顔のレンズの手を取り、引き寄せられるように鳥居に向かい歩き出した。

 近付くにつれ、わたあめの甘い匂いが鼻をくすぐり、ヤキソバの香ばしい匂いにお腹が鳴いた。


「食べたいね」


 カタナがポツリと呟いた。


「ごめんな」


 レンズが謝り、昨晩の博打の結果を悔やんだ。

 あそこで負けなければと、レンズは爪を噛み俯いた。

 一緒に食べられたら、どんなに楽しい思い出になったかと、メガネ越しの景色が滲み出す。

 目を拭おうとして腕を上げる前に、カタナが袖を引き、アレと言って前方を指差した。

 曇りかけた先に目をやると、大きな看板に餅つき大会と書かれているのが見えた。

 すぐ下には、お餅の無料配布と飛び入り参加歓迎の文字が。


「レンちゃん、行こうよ。あたし、オモチ食べてみたい」


「行くしかないな、腹減ったしな」


 行かない理由もなく、それに昨日からなにも口にしていない。

 今の状況において、渡りに船で神様はいるのかもと淡い信心が芽生え、それなら博打を勝たせろよと、レンズは神社に向けて中指を立てた。

 鳥居をくぐり境内に行くと、人だかりとお酒の匂いに迎えられた。

 参加を締め切られてはことだと、浴衣ではしゃぐ人込みを掻き分け最前列に向かう。

 後ろの方から、酔っ払いに胸でも触られたのか、カタナが悲鳴を上げている。

 そいつはあとで殴ると決めて、司会者と思われる人の前に辿り着いた。


「参加したいんだけど」


「う、うん。ダメですか?」


 周りにいる男達は、衣服の乱れたカタナの胸元に、遠慮のない視線を送っている。

 終わったら暴れてやると、レンズは怒りを抑えた。

 珍しい若い女の子の参加に歓声が沸き、お酒や夜店の食べ物を振る舞われた。


「あはは、来てよかったね。ほらほら、ヤキトリもたこ焼きも美味しいよ」


 両手に串や皿を持って、レンズにあーんと勧め、美味しいねと嬉しそうに笑った。

 この歓迎は、餅をつく際のカタナの胸を見たいだけだと解っていても、レンズは自然と浮かぶ笑みを抑え切れなかった。

 嬉しくて慌てて食べるレンズの頬についたソースを、カタナはさりげなく指先で拭ってあげた。

 見られないようにソースの付いた指をそっと舐めて、幸せだねと声には出さず口だけを動かした。


「ねえ、レンちゃんは、どっちやる?」


 リンゴ飴と同じ色に頬を染めたカタナは、レンズの力持ちな所を見せたくて、つく方をさせたかった。

 自分は飽くまでもサポートとして、そう女房役となりたかった。

 魅惑的な女房という言葉と、少しのお酒に酔い、うっとりしながらレンズを見つめた。


「どっちでもいい。カタナに食べ物をくれたんだから、こいつらの好きに選ばせてやればいいよ」


 お好み焼きを食べるのに忙しいレンズは、餅つきはどうでもよくなっている。

 レンちゃんらしいと思い、大好きだなとカタナの大きな胸が高鳴った。

 いくらでも差し入れられる食べ物と戦っていると、2人の順番がやってきた。

 景気付けにと、お酒を一気に煽り前に出る。

 レンズにと思っていた杵は、下世話な男の欲望からカタナの手に渡された。


「あの、これ、レンちゃんの役なんだけど」


 やっぱりこうなったと、レンズはムカつきと諦めを飲み込んだ。


「これでいい、このタメに食べ物をくれたんだから、さっさとやるよ」


 そんなにデカイ胸がいいのかよと、寂しい自分の胸元を確かめた。

 意外と軽いんだねと、カタナは杵の重さを手に馴染ませる。

 レンズが手を拭いてから水に濡らし、臼の前に片膝で座り餅つきが始まった。

 観客達は当然とばかりに、カタナの胸に視点を固定させた。


「行くよ、レンちゃん頑張ってね」


 こうなったら、せめてレンズにいい所を見せようと気合いが入る。


「言っとくけど、ペッタンだからな。ドカンじゃないからな」


 馬鹿力を知っているレンズは、僅かな身の危険を感じていた。

 お酒に後押しされていて、カタナは聞いているか判断がつかない。

 レンズの方も、いざとなれば、かわせるという自信は、お酒により油断に変えられていた。

 司会者らしい男の、どうぞという声に、カタナが杵を振りかぶる。

 はいはいと、濡れた手でお餅をひっくり返す。

 レンズの手が離れると同時に、臼に怨みでもあるのか、とんでもない衝撃が地面を揺らした。

 もはや爆音と言ってもいい音に、観客達は声を失い後ろに下がった。

 下がりたいのはレンズも同じで、衝撃にメガネをずらされ、冷や汗が背中を伝っていた。


「レンちゃん、ペッタンペッタンってリズムよくだよ。早く早く」


 もっと力を入れられるよと、得意な顔をしてレンズを急かす。

 やるかと覚悟を決め、メガネをかけ直そうとして手が止まる。

 潔癖症な所があるレンズは、餅の粘りのついた手で本体であるメガネを触りたくなかった。

 位置を直さなければ落ちると思っても、どうしても出来なかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ