患いと……煩い 11
暗い顔のグリムは俺を見つめ、寂しそうに俯いた。
どうしたと聞くと、なんでもないと返ってくる。
やっぱり、順番が気に入らなかったのかもしれない。
「最後でごめんな。グリムの番だよ」
甘酒を持って手招きをしたが、グリムはいらないと辛そうに首を振った。
ずいぶんと機嫌を損ねたようで、いくら誘っても乗っては来ない。
約束は守ってやりたいし、まだやることが残っている。
どう宥めようか考えていると、グリムが座ったまま俺の側に来た。
やる気になったのかなと、甘酒が入ったカップを渡すが、受け取ってはくれなかった。
「ボクのこと好きじゃないゲットとは、ちゅーしたくない」
グリムは今にも泣き出しそうで、真剣に話を聞いてあげなければと思えた。
隣に腰を下ろし話をしようと言うと、胡座をかく俺の足の上にオズオズと乗ってきた。
「ゲットは、あの人たちが好きなんだよね。ボクじゃなくて」
耳を澄まさなければ聞こえないほどに、グリムの声は小さくて震えていた。
ここでやっと、鈍感な俺にもグリムの言いたいことが理解できた。
みんなと甘酒を飲んでいた時の俺の様子から、気持ちがバレて拗ねていると。
「ごめんな、俺はあの3人が好きなんだ」
嗚咽が肩を小刻みに震わせ、ポロポロと涙が光り落ちていった。
「ボクが男の子だから、ゲットは好きになってくれない」
どう言えばいいか解らないけど、重要なのはそこじゃない。
カッコいい男なら、こんな時はなにをするだろうか。
自分のせいで女の子が泣いて、いや男の子だけどもだ。
俺が持ってる引き出しは多くなく、これしかないかと後ろから抱き締めた。
抱いたグリムの体は細くて、力を入れれば壊れてしまいそうだった。
お次はなんだ、なにを言えば笑ってくれるかと頭を回す。
俺に体を預けるグリムの震えが増した。
「ボクにも……チャンスある?」
即答したいが、ここは真剣に考えて返さなければ、相手に失礼だしウソをつくことになる。
「なくはない」
抑え切れないのか、グリムの押し殺すような声が聞こえ、伝わる震えが大きくなった。
あると言ってやれない俺は、きっと優柔不断で最低な男だ。
これ以上に泣かせでもしたら、俺の方が持たない。
残る手は土下座くらいしかと、オロオロして違和感に気付いた。
グリムは、泣いているのではなく笑っていることに。
「くふふー。ボクにもチャンスあるんだ。ゲットは男の子でもいいんだ」
嬉しそうに笑いながら、足をバタバタさせた。
いまさらナシにも出来ず、こんなグリムの顔を見られるのなら、俺はなんでもいいのかも知れない。
「甘酒どうする。あとさ、まだやることあるんだ」
「いらない。ゲットが好きになってくれた時まで取っておくね。くふふ、その方が面白い」
そっかと答え、グリムの顔を目に焼き付けて、頭を撫でておしまいだ。
忘れていたが、グリムの持っていた神薬甘酒を勝手にあげた事を謝った。
グリムはいいよと言って、簡単に許してくれた。
こっちの方が美味しそうだしと、俺が作った甘酒を小瓶に入れていた。
くふふと笑うグリムを見ながら、センに電話をかけた。
「神薬甘酒を作れたんですが、要りますか?」
「ふふ……ケホケホ。量はどれくらい、言い値で全て買い取るわ」
予想はしていたけど、お金の話をするのが、この人らしい。
タダでいいと言って、代わりに他の条件を。
「量は大きな鍋に並々です。命に危険がある人に、タダで回してあげて下さい」
「正気かしら、今はね売り手相場よ。いくらでも値が釣り上げられるのよ」
この人の頭にはお金しかないのか、残念な気分になってくる。
病気で弱ってる人からお金を取ろうなんて、俺は考えもしてない。
この人に頼むのは、広い人脈を持っていて、苦しんでいる人に神薬甘酒が行き渡るのが早そうだからだ。
「じゃあいいです。自分でやりますから」
「わ、解ったわよ。焦らないで、私も病人よ、優しくしてもいいんじゃなくて」
ズルいと思ったが、確かにセンも病人だ。
神患を治したら、タダで配る約束を取り付け、どこまでも続く文句を聞き流し電話を終わらせた。
気分を切り替え、みんなのために買い物に。
どこ行くのと聞くグリムと一緒に、財布を持って家を出た。
自然と手を繋ぎ、冷えてきた夜の道をアイスの自販機を目指して歩いた。
「ねえ、そこにもあるよ、どこまで行くの?」
グリムが不思議そうに、通りかかった自販機を指差した。
寒いし悪いけど、俺の目的はまだ先だ。
「この先の自販機のアイスがさ、最高に美味しいんだ」
なんでと聞かれ、自慢話をするように、みんなでアイスを買いに行った思い出を話した。
羨ましそうに聞いて、グリムは俺の手を握り直した。
「ねね、今はボクと行ってるよね。次はボクも思い出してくれる?」
「きっとな、次に買いに行く時は、もっと美味しくなってる」
「くふふ、面白い。でもなんでアイスなの?」
それはなと、歩きながら俺が小さい頃のことを教えてあげた。
俺の母さんは普段は乱暴で、口より先に手が出る人だった。
だけど、俺がカゼを引くと一変して、とても優しくしてくれた。
その時は、決まって甘酒を作ってくれて、治ったらご褒美だと言ってアイスを買ってくれた。
それが嬉しくて、カゼを引きたいと思うこともあるくらいだった。
「それでな、弱ってる人には優しくしろって何度も言われたんだ。ほんとに優しいやつは、困らなくなるらしいんだ」
「ふーん。でもさ、ゲットやりすぎじゃない。神薬甘酒の作り方って……痛かったよね」
大したことないさと誇らしい気分で返し、目的の自販機に辿り着いた。
アイスを買い、ポケットに入れようとして、あることに気付き、自分の格好を確認して青ざめる。
この寒空の下で、俺が着けている衣服は腰のタオルしかなかった。
思い返すと色んなことがありすぎて、着替えているヒマも記憶もない。
どうもこうもなく、通報される恐怖に晒され急いでアイスを買い、走りたくないというグリムを背負い家に戻った。
道すがら、アイスを食べたら帰ると聞こえた気がしたが、聞く余裕なんてなく一刻も早く帰るので必死だった。
家の前に着くと、大きな鎌を支えに立っているシルエットが2つ見えた。
死神かと警戒する前に、ベルとチャルナであることが解った。
側に行くと、2人とも肩で息をしていて、血だらけで立っているのも辛そうだった。
「お帰りなさい、旦那さま」
「お風呂にしますか、それともお食事になさいますか」
なにがあったと聞くと、なにもと教えてくれない。
まさかと思い、2人が戦ったのかと聞いたが、それも違うらしい。
知らないままでは気が済まず、問い詰めるとベルが折れた。
「えーとですね、みなさんが弱ってると情報が流れまして、大勢の死神さんが押し寄せまして……えへへ、帰ってもらいました」
ベルがバラしてしまい、諦めたのかチャルナがため息をつき、詳しく教えてくれた。
ある2つの情報が風に乗って、死神達の間に流れた。
1つは、俺を守ってくれている3人の付喪神が、神患で弱っていること。
この絶好の好機に、神患にかかっていない、もしくは神薬甘酒を持っていた死神達が、俺の命を狙いやってきた。
もう1つは、ある重要な死神が側にいて、今までにない大きな手柄に、みんな血眼になって探していた。
「それは、グリムさまです。稀有なる男の子の死神。私たちの存続に関わり、行方不明だと上の方達は大騒ぎしてます」
俺の背中にいるグリムが、チャルナの視線に体を強ばらせた。
みんなのことが心配すぎて、今まで気にしていなかったが、死神の男の子なんて初めてなことに、今更ながらに気が付いた。
「アイス食べたら帰る。賞金は2人にあげるから、もう少しだけゲットといたい」
こんなこと言われたら2人には悪いけど、俺にはグリムを渡すという選択肢が消えてしまう。
「帰るって言ってるんだからさ、いいよな」
聞くまでもなく、もちろんと答えてくれた。
みんなで家に入ると、2人は気を利かせ神薬甘酒をセンに届けに行った。
俺の部屋に行き、ベッドに腰掛け寂しそうなグリムがアイスをかじった。
「これ、食べたらさ、お別れだね。ボクね、ゲットに会いたくてお家を抜け出してきたの」
どうしてと聞くと、この時間を少しでも長引かせようと、ほんの僅かにアイスを口にした。
「ボクは監視されてて、お外に出られなかったんだ。でね、ゲットの色んなウワサを聞いてから、どんな人なんだろって考えるのが楽しみになったの。くふふ、考えてる内にね、ボクの大好きな人になってた」
これは片思いになるのか、よく解らない。
だけど、嬉しいことだけは確かだ。
「また、会えるかな。ここにいたら……いたら……迷惑かかるから……グス」
「また家出したくなったらさ、助けてやるからいつでも言えよ」
なんでと聞きたそうな泣き顔に、言っただろとカッコつけてやる。
「グリムが優しいからだよ」
「どこが、ボクなにもしてない」
「ほら、みんなの体を拭いてくれたり、看病を手伝ってくれたろ」
それがどうしたのと聞いてきて、ほんとにグリムは優しいやつだと確信だ。
ただ、俺にはそれを説明する言葉を持っていないし、見返りを求めない今のままでいて欲しい。
「さあな。でもさ、さっき言ったろ。優しい人は困らないんだって。だからな、グリムが外に出たくて困ったら誰かが助けてくれる」
俺とかなと決めてみた。
残念なことに決めが甘くて、ほんとにとまだ疑いやがる。
「俺がウソをつくと思うのか?」
「うーん、思わない。そっか、さっきの2人も、そうだったんだね」
グリムが理解した通り、ベルとチャルナは俺を守るタメに、同胞であるハズの死神達と戦って追い返してくれたんだ。
「ボクは優しい死神になる。だからさ、呼んだら来てね」
「おうよ、いつでもな」
顔を見合せ笑うと、ここで時間切れと溶けてきたアイスが知らせてきた。
落とさないようにアイスを頬張り、グリムが目を閉じて横を向く。
「まだ食べ終わってないよ。はやく」
なにを望んでいるかは、考えるまでもない。
モグモグしている可愛いらしいほっぺに、そっとキスをした。
「くふふ、男の子でもいいみたいだしね。ゲット、だーい好き」
お返しと、頬にキスをしてくれた。
触れた唇は、ひんやりとした冷たさと気持ちを一緒に連れてきた。
なにか誤解をしているようだけど、男の子とかは関係なくて、グリムだからと言いたかったが、照れ臭くて止めておいた。
笑顔のグリムと手を繋ぎ、リビングに行くとベルとチャルナが待っていた。
「センさまが、ゲットさまにお礼を言ってました。こんな上質な神薬甘酒なら、いくらでも稼げるのにとかもブツブツ言ってました」
センはまだお金を気にしているようだけど、きっと約束は守ってくれそうでよかった。
「2人とも病み上がりなのに、ごめんな。あと、さっきもありがとな」
なにを言うんですかと、ベルもチャルナも血相を変えて床に手をついて、娘達の名前を早口で捲し立て、助かった命にしつこいくらい感謝された。
しばらくお礼を言われ続け、頭を上げさせるのに苦労した。
落ち着くと、行きましょうかとチャルナがグリムに手を差し伸べた。
名残惜しそうに俺と繋いでいた手を離し、チャルナの手を取った。
「いつでも会えるもんね。くふふ、ゲットの初めては、ぜーんぶボクがもらうからね。誰かにあげちゃヤダよ」
「え、なんの?」
「あの、どういう」
「ゲットさま、そっちの趣味が」
あたふたする俺に、グリムはまたねと笑った。
「旦那さま、あとで大切なお話がありますので」
「私もです。妻として、聞かなければなりません」
ベルもチャルナも、じっとりとした目で怖い声をしている。
またねと手を振りごまかしたが、2人の機嫌は直らず、意味深に笑うグリムと一緒に、空間移送で消えるように帰って行った。
やっと、長かった1日が終わり、気が抜けたのか寒気がしてくしゃみが出た。
まだタオル一丁だったと、着替えてから布団に潜り込んだ。
次の日になると、みんなすっかり元気になっていて、代わりに俺がカゼを引いてしまった。
具合は最悪だけど、みんな優しくて嬉しかった。
あと、母さんに電話をするのを忘れていて、怒られる寸前だったけど、カゼを引いているのかと心配されて、事情を話すと許してもらえた。
それと、たくさんのお客さんが、俺を心配してお見舞いに来てくれた。
みんな食パンやジャムを持ってきて、精一杯の感謝の印と言っては、感謝と笑顔をくれた。
来てくれたのは、言うまでもなく俺の作った神薬甘酒をもらった死神達だった。
それから、ある噂が流れることになりました。
なんでもですね、種の存亡に関わる大切で希少な男の子の死神が、初めて恋をしたらしいです。
そのお相手は人間の上に同性で、大変な大騒ぎになっているみたいです。
神患の次は恋煩いかなんて考えながら、カゼが治るまでの間、とっても幸せでした。