表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/112

患いと……煩い 11

 暗い顔のグリムは俺を見つめ、寂しそうに俯いた。

 どうしたと聞くと、なんでもないと返ってくる。

 やっぱり、順番が気に入らなかったのかもしれない。


「最後でごめんな。グリムの番だよ」


 甘酒を持って手招きをしたが、グリムはいらないと辛そうに首を振った。

 ずいぶんと機嫌を損ねたようで、いくら誘っても乗っては来ない。

 約束は守ってやりたいし、まだやることが残っている。

 どう宥めようか考えていると、グリムが座ったまま俺の側に来た。

 やる気になったのかなと、甘酒が入ったカップを渡すが、受け取ってはくれなかった。


「ボクのこと好きじゃないゲットとは、ちゅーしたくない」


 グリムは今にも泣き出しそうで、真剣に話を聞いてあげなければと思えた。

 隣に腰を下ろし話をしようと言うと、胡座をかく俺の足の上にオズオズと乗ってきた。


「ゲットは、あの人たちが好きなんだよね。ボクじゃなくて」


 耳を澄まさなければ聞こえないほどに、グリムの声は小さくて震えていた。

 ここでやっと、鈍感な俺にもグリムの言いたいことが理解できた。

 みんなと甘酒を飲んでいた時の俺の様子から、気持ちがバレて拗ねていると。


「ごめんな、俺はあの3人が好きなんだ」


 嗚咽が肩を小刻みに震わせ、ポロポロと涙が光り落ちていった。


「ボクが男の子だから、ゲットは好きになってくれない」


 どう言えばいいか解らないけど、重要なのはそこじゃない。

 カッコいい男なら、こんな時はなにをするだろうか。

 自分のせいで女の子が泣いて、いや男の子だけどもだ。

 俺が持ってる引き出しは多くなく、これしかないかと後ろから抱き締めた。

 抱いたグリムの体は細くて、力を入れれば壊れてしまいそうだった。

 お次はなんだ、なにを言えば笑ってくれるかと頭を回す。

 俺に体を預けるグリムの震えが増した。


「ボクにも……チャンスある?」


 即答したいが、ここは真剣に考えて返さなければ、相手に失礼だしウソをつくことになる。


「なくはない」


 抑え切れないのか、グリムの押し殺すような声が聞こえ、伝わる震えが大きくなった。

 あると言ってやれない俺は、きっと優柔不断で最低な男だ。

 これ以上に泣かせでもしたら、俺の方が持たない。

 残る手は土下座くらいしかと、オロオロして違和感に気付いた。

 グリムは、泣いているのではなく笑っていることに。


「くふふー。ボクにもチャンスあるんだ。ゲットは男の子でもいいんだ」


 嬉しそうに笑いながら、足をバタバタさせた。

 いまさらナシにも出来ず、こんなグリムの顔を見られるのなら、俺はなんでもいいのかも知れない。


「甘酒どうする。あとさ、まだやることあるんだ」


「いらない。ゲットが好きになってくれた時まで取っておくね。くふふ、その方が面白い」


 そっかと答え、グリムの顔を目に焼き付けて、頭を撫でておしまいだ。


 忘れていたが、グリムの持っていた神薬甘酒(ソーマ)を勝手にあげた事を謝った。

 グリムはいいよと言って、簡単に許してくれた。

 こっちの方が美味しそうだしと、俺が作った甘酒を小瓶に入れていた。

 くふふと笑うグリムを見ながら、センに電話をかけた。


「神薬甘酒を作れたんですが、要りますか?」


「ふふ……ケホケホ。量はどれくらい、言い値で全て買い取るわ」


 予想はしていたけど、お金の話をするのが、この人らしい。

 タダでいいと言って、代わりに他の条件を。


「量は大きな鍋に並々です。命に危険がある人に、タダで回してあげて下さい」


「正気かしら、今はね売り手相場よ。いくらでも値が釣り上げられるのよ」


 この人の頭にはお金しかないのか、残念な気分になってくる。

 病気で弱ってる人からお金を取ろうなんて、俺は考えもしてない。

 この人に頼むのは、広い人脈を持っていて、苦しんでいる人に神薬甘酒が行き渡るのが早そうだからだ。


「じゃあいいです。自分でやりますから」


「わ、解ったわよ。焦らないで、私も病人よ、優しくしてもいいんじゃなくて」


 ズルいと思ったが、確かにセンも病人だ。

 神患(かみわずらい)を治したら、タダで配る約束を取り付け、どこまでも続く文句を聞き流し電話を終わらせた。


 気分を切り替え、みんなのために買い物に。

 どこ行くのと聞くグリムと一緒に、財布を持って家を出た。

 自然と手を繋ぎ、冷えてきた夜の道をアイスの自販機を目指して歩いた。


「ねえ、そこにもあるよ、どこまで行くの?」


 グリムが不思議そうに、通りかかった自販機を指差した。

 寒いし悪いけど、俺の目的はまだ先だ。


「この先の自販機のアイスがさ、最高に美味しいんだ」


 なんでと聞かれ、自慢話をするように、みんなでアイスを買いに行った思い出を話した。

 羨ましそうに聞いて、グリムは俺の手を握り直した。


「ねね、今はボクと行ってるよね。次はボクも思い出してくれる?」


「きっとな、次に買いに行く時は、もっと美味しくなってる」


「くふふ、面白い。でもなんでアイスなの?」


 それはなと、歩きながら俺が小さい頃のことを教えてあげた。


 俺の母さんは普段は乱暴で、口より先に手が出る人だった。

 だけど、俺がカゼを引くと一変して、とても優しくしてくれた。

 その時は、決まって甘酒を作ってくれて、治ったらご褒美だと言ってアイスを買ってくれた。

 それが嬉しくて、カゼを引きたいと思うこともあるくらいだった。


「それでな、弱ってる人には優しくしろって何度も言われたんだ。ほんとに優しいやつは、困らなくなるらしいんだ」


「ふーん。でもさ、ゲットやりすぎじゃない。神薬甘酒の作り方って……痛かったよね」


 大したことないさと誇らしい気分で返し、目的の自販機に辿り着いた。

 アイスを買い、ポケットに入れようとして、あることに気付き、自分の格好を確認して青ざめる。

 この寒空の下で、俺が着けている衣服は腰のタオルしかなかった。

 思い返すと色んなことがありすぎて、着替えているヒマも記憶もない。

 どうもこうもなく、通報される恐怖に晒され急いでアイスを買い、走りたくないというグリムを背負い家に戻った。

 道すがら、アイスを食べたら帰ると聞こえた気がしたが、聞く余裕なんてなく一刻も早く帰るので必死だった。


 家の前に着くと、大きな鎌を支えに立っているシルエットが2つ見えた。

 死神かと警戒する前に、ベルとチャルナであることが解った。

 側に行くと、2人とも肩で息をしていて、血だらけで立っているのも辛そうだった。


「お帰りなさい、旦那さま」


「お風呂にしますか、それともお食事になさいますか」


 なにがあったと聞くと、なにもと教えてくれない。

 まさかと思い、2人が戦ったのかと聞いたが、それも違うらしい。

 知らないままでは気が済まず、問い詰めるとベルが折れた。


「えーとですね、みなさんが弱ってると情報が流れまして、大勢の死神さんが押し寄せまして……えへへ、帰ってもらいました」


 ベルがバラしてしまい、諦めたのかチャルナがため息をつき、詳しく教えてくれた。


 ある2つの情報が風に乗って、死神達の間に流れた。

 1つは、俺を守ってくれている3人の付喪神が、神患で弱っていること。

 この絶好の好機に、神患にかかっていない、もしくは神薬甘酒を持っていた死神達が、俺の命を狙いやってきた。

 もう1つは、ある重要な死神が側にいて、今までにない大きな手柄に、みんな血眼になって探していた。


「それは、グリムさまです。稀有なる男の子の死神。私たちの存続に関わり、行方不明だと上の方達は大騒ぎしてます」


 俺の背中にいるグリムが、チャルナの視線に体を強ばらせた。

 みんなのことが心配すぎて、今まで気にしていなかったが、死神の男の子なんて初めてなことに、今更ながらに気が付いた。


「アイス食べたら帰る。賞金は2人にあげるから、もう少しだけゲットといたい」


 こんなこと言われたら2人には悪いけど、俺にはグリムを渡すという選択肢が消えてしまう。


「帰るって言ってるんだからさ、いいよな」


 聞くまでもなく、もちろんと答えてくれた。

 みんなで家に入ると、2人は気を利かせ神薬甘酒をセンに届けに行った。

 俺の部屋に行き、ベッドに腰掛け寂しそうなグリムがアイスをかじった。


「これ、食べたらさ、お別れだね。ボクね、ゲットに会いたくてお家を抜け出してきたの」


 どうしてと聞くと、この時間を少しでも長引かせようと、ほんの僅かにアイスを口にした。


「ボクは監視されてて、お外に出られなかったんだ。でね、ゲットの色んなウワサを聞いてから、どんな人なんだろって考えるのが楽しみになったの。くふふ、考えてる内にね、ボクの大好きな人になってた」


 これは片思いになるのか、よく解らない。

 だけど、嬉しいことだけは確かだ。


「また、会えるかな。ここにいたら……いたら……迷惑かかるから……グス」


「また家出したくなったらさ、助けてやるからいつでも言えよ」


 なんでと聞きたそうな泣き顔に、言っただろとカッコつけてやる。


「グリムが優しいからだよ」


「どこが、ボクなにもしてない」


「ほら、みんなの体を拭いてくれたり、看病を手伝ってくれたろ」


 それがどうしたのと聞いてきて、ほんとにグリムは優しいやつだと確信だ。

 ただ、俺にはそれを説明する言葉を持っていないし、見返りを求めない今のままでいて欲しい。


「さあな。でもさ、さっき言ったろ。優しい人は困らないんだって。だからな、グリムが外に出たくて困ったら誰かが助けてくれる」


 俺とかなと決めてみた。

 残念なことに決めが甘くて、ほんとにとまだ疑いやがる。


「俺がウソをつくと思うのか?」


「うーん、思わない。そっか、さっきの2人も、そうだったんだね」


 グリムが理解した通り、ベルとチャルナは俺を守るタメに、同胞であるハズの死神達と戦って追い返してくれたんだ。


「ボクは優しい死神になる。だからさ、呼んだら来てね」


「おうよ、いつでもな」


 顔を見合せ笑うと、ここで時間切れと溶けてきたアイスが知らせてきた。

 落とさないようにアイスを頬張り、グリムが目を閉じて横を向く。


「まだ食べ終わってないよ。はやく」


 なにを望んでいるかは、考えるまでもない。

 モグモグしている可愛いらしいほっぺに、そっとキスをした。


「くふふ、男の子でもいいみたいだしね。ゲット、だーい好き」


 お返しと、頬にキスをしてくれた。

 触れた唇は、ひんやりとした冷たさと気持ちを一緒に連れてきた。

 なにか誤解をしているようだけど、男の子とかは関係なくて、グリムだからと言いたかったが、照れ臭くて止めておいた。

 笑顔のグリムと手を繋ぎ、リビングに行くとベルとチャルナが待っていた。


「センさまが、ゲットさまにお礼を言ってました。こんな上質な神薬甘酒なら、いくらでも稼げるのにとかもブツブツ言ってました」


 センはまだお金を気にしているようだけど、きっと約束は守ってくれそうでよかった。


「2人とも病み上がりなのに、ごめんな。あと、さっきもありがとな」


 なにを言うんですかと、ベルもチャルナも血相を変えて床に手をついて、娘達の名前を早口で捲し立て、助かった命にしつこいくらい感謝された。

 しばらくお礼を言われ続け、頭を上げさせるのに苦労した。

 落ち着くと、行きましょうかとチャルナがグリムに手を差し伸べた。

 名残惜しそうに俺と繋いでいた手を離し、チャルナの手を取った。


「いつでも会えるもんね。くふふ、ゲットの初めては、ぜーんぶボクがもらうからね。誰かにあげちゃヤダよ」


「え、なんの?」


「あの、どういう」


「ゲットさま、そっちの趣味が」


 あたふたする俺に、グリムはまたねと笑った。


「旦那さま、あとで大切なお話がありますので」


「私もです。妻として、聞かなければなりません」


 ベルもチャルナも、じっとりとした目で怖い声をしている。

 またねと手を振りごまかしたが、2人の機嫌は直らず、意味深に笑うグリムと一緒に、空間移送(シフト)で消えるように帰って行った。


 やっと、長かった1日が終わり、気が抜けたのか寒気がしてくしゃみが出た。

 まだタオル一丁だったと、着替えてから布団に潜り込んだ。

 次の日になると、みんなすっかり元気になっていて、代わりに俺がカゼを引いてしまった。

 具合は最悪だけど、みんな優しくて嬉しかった。

 あと、母さんに電話をするのを忘れていて、怒られる寸前だったけど、カゼを引いているのかと心配されて、事情を話すと許してもらえた。

 それと、たくさんのお客さんが、俺を心配してお見舞いに来てくれた。

 みんな食パンやジャムを持ってきて、精一杯の感謝の印と言っては、感謝と笑顔をくれた。

 来てくれたのは、言うまでもなく俺の作った神薬甘酒をもらった死神達だった。



 それから、ある噂が流れることになりました。

 なんでもですね、種の存亡に関わる大切で希少な男の子の死神が、初めて恋をしたらしいです。

 そのお相手は人間の上に同性で、大変な大騒ぎになっているみたいです。

 神患の次は恋煩いかなんて考えながら、カゼが治るまでの間、とっても幸せでした。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ