患いと……煩い 10
バスルームに行くと、俺が出た時のままで4人は仲良く寝ていた。
グリムがぶちまけたローションのせいで、みんなヌルヌルでテカテカしている。
その上ズルズルで、さっきの惨劇を思い出し、二次災害に巻き込まれそうで怖い。
どうしたものかと考え、自力でバスルームから出て来てもらうことに。
急に起き上がらないように、それと刺激しないように静かに名前を呼ぶと、みんな寒いと言って薄目を開けた。
「あのさ、順番でこっち来てくれるか」
話を聞いてくれてないのか、俺の名前を掠れた声で呻きながら、一斉に這ってくる。
みんな顔色が悪く、この場面だけ見ればゾンビの集団に襲われているようだ。
「怖いって、頼むから順番に」
誰も聞いてくれず、我先にと咳をしながら手を伸ばしてくる。
とりあえず、1番近くて被害の出なさそうな位置にいたという理由で、クックの手を取って引っ張り寄せた。
「お兄ちゃん、僕が1番で嬉し……コホコホ」
ごめんよ、近かっただけなんだ。
嬉しそうなクックの顔を見られず、視線を逸らすと、恨めしそうな3人と目が合ってしまった。
「ちきしょう、クックがいいのかよ」
「私は選んで……くれないのですか」
「面白くない」
病気のせいで、みんなネガティブになっていて、もう面倒でしかない。
グリムは単純に文句だろうけど。
かなり危険だが、これ以上、順位を付けてはマズい気がする。
クックを安全な位置に移して、3人に腕を持たせて引っ張り、なんとか危険なバスルームから脱出できた。
なんだか、どっと疲れてしまった。
体を拭いてあげようとすると、また順番がと騒ぎ出して、ジャンケンで決めた。
目を閉じてみんなを拭いていると、グリムがクンクンと鼻を鳴らして聞いてきた。
「ねね、神薬甘酒の匂い……するね」
途中で言葉を飲み、最後は心配そうな声に変わった。
目を閉じていて解らないが、指の絆創膏に気付いたのかも知れない。
グリムは神薬甘酒の作り方を知っていると、今の間が教えてくれた。
言うなよと、背中をトントンと叩くと、グリムは解ってくれたようで、話題を変えてくれた。
「あれ、美味しいよね。みんなで飲も、きっときっとね、病気よくなるよ」
努めて明るくしているのがバレバレで、カタナが心配そうにどうしたと聞いたが、グリムはなにも言わなかった。
着替えを終えて、早く良くなって欲しくて、リビングへみんなを連れていく。
甘酒を作ったからと言うと、みんな喜んでくれた。
台所で温め直していると、グリムが余計なことを言い出した。
「くふふ。これさ、飲み方で効果が変わるんだよ。ボクは口移しね」
みんな目の色が変わり、効果とはなんだと真剣に問い質し始める。
悪気はなかったのだろうけど、厄介なと思ってしまう。
適当に流せと目配せをすると、グリムは大きく頷いてくれた。
「好きな人にね、して欲しい飲み方をするとね、とっても美味しくて効果が上がるんだよ」
伝え方が悪かったようで、俺も知らなかったことをぶちまける始末に。
それを聞いて、ゴクリとノドを鳴らす音が、打ち合わせでもあったように3つ重なった。
「わ、私はメガネに、かけ……」
「おい、ズルいぞ、俺はさ、壁ドン……」
「僕ね、僕ね、足にね……」
「ボクは、口移しで耳をね……」
またも、各々の性癖を暴露しながらの、誰が最初かの揉めごとに。
なかなか決まらずに、掴み合いになりかける。
みんな治ってるのではと、思うくらい激しく順番を譲らない。
公平にしてあげるからと言うと、最初にというのが相当に重要らしく、雨のような文句が降ってきて、決まるまで正座で待たされた。
「はぁはぁ、私が最初です」
結局は殴り合いになり、激戦を制して1番の権利を得たのは、この分野では有利なレンズだった。
病に苦しみながら2回も眼鏡洗浄機を楽しみ、最後の力を使い果たしたハズなのにと、おめでとうの前に引いてしまう。
「甘酒をですね、上から垂らして下さい。ゆっくりと、メガネにお願いします」
レンズには悪いけど、俺には意味が解らない。
というより、これからイタズラされる側みたいな気分になってくる。
「いいですか、レンズ部分を狙い、弦を伝っていく感じです」
それが望みならいいけど、飲まないのか心配になってきた。
「あの、レンズさん、聞いていいでしょうか?」
どうぞと言うので、疑問を素直に打ち明ける。
「飲まないの?」
「はぁ、説明いりますか?」
こいつなんなのみたいな目で、蔑みを頂きながらお説教が始まり、カタナがあとにしろと止めさせてくれた。
レンズは話足りなそうだが、次の機会にと眼鏡をかけ直し、俺を立ち上がらせ、自分は座り上目遣いに。
「ゲットさまの腰の位置から、ゆっくりとお願いします。言わなくても解ると思いますが、焦らして下さい」
言われても解らずに、これは俺がおかしいのかと思い、みんなを見ると、変態だと顔に書いてあって安心できた。
これがレンズたってのお願いだしと、甘酒をカップに移し、少し冷ましてあげる。
もういいかなとレンズを見ると、目を閉じて顔を上に向けてきた。
焦らすとは、どれくらいの時間をかければと考えていると、レンズがちょいちょいと指を動かし催促をしていた。
謎のタイミングだが、今というのは了解できた。
言われた通りに、ゆっくりとメガネにかけると、頬を赤らめて恍惚のため息を洩らした。
「お上手です……ね。もっと汚して下さい」
どうやら、俺は上手らしい。
だんだんと前屈みになってしまう自分が、当然なのか危ないのか迷い所だ。
「早く終われよ、あとがつかえてるんだから」
「そうだよー、長いよー」
文句を言うのはカタナとクックで、グリムは興味深そうにレンズを眺めていた。
楽しくなってきた所で残念だけど、レンズにお時間ですと言うと、メガネから白濁の甘酒を滴らせ、座ったまま気を失っていた。
なんでだよとよく見ると、甘酒がメガネから頬を伝い、筋を引き口の端に続いていた。
効いたのか確認しようと、メガネをずらしてオデコを触ると、熱はないと判断できて、幸せそうな寝顔を見せてくれていた。
「チッ、イイ顔しやがって。よし、次は俺だからな」
手早くレンズを布団に寝かせ、次はカタナの番に。
「お、俺はさ、壁ドンして、綺麗だよって言ってから、口移しで頼む」
どれだけ恥ずかしいのか、カタナは自分が壊れてしまわないように肩を抱いている。
らしくないシチュエーションに、それでいいのと聞くと、ダメかと泣きそうになってしまった。
ダメなんかじゃないと答え、普段とのギャップに心臓がパクパクと鳴り出す。
「じゃ、そっちの壁で待ってるから」
ふらつきながら、壁に背をつけ下を向いた。
カタナには、こんな趣味があったんだなとニヤけそうになる。
手順を思い返し、カップから甘酒を口に含んだ。
本気でやってやると、カタナの前に立つ。
カタナが顔を上げると同時に、壁に掌を叩きつける。
そして、綺麗だよと言って……
「きれ、ゴホッ」
決め台詞と一緒に、口に含んでいた甘酒がカタナの顔に飛び散った。
完全に手順を間違えてしまった。
エライことをしたと、謝ろうとすると、顔にかかった甘酒を、舌だけを動かし舐め取っている。
「んっ……んん……」
その舌の艶かしさに、俺は完全に前屈みになり、カタナは壁に体重を預けて座り込んだ。
大丈夫かなと、オデコに手を置くと、平熱に戻っていて、謝るのは明日だなと楽しみが増えた。
次は僕だよとクックに急かされ、カタナを拭いてあげてから布団に寝かせた。
その間、グリムは指をくわえて俺を見ていた。
「お兄ちゃん、僕ね、僕ね」
なにをして欲しいのか、クックの目付きが怪しい。
不安が過るが、なんでもいいよと言うと、椅子を持ってきてとのことだ。
どう使うか解らないが、俺の部屋から椅子を持ってくると、クックが座わり甘酒の入ったカップを手にしてご命令をくれた。
「お兄ちゃん、そこに座って」
有無を言わせない口調に、ゾクリとしてクックの前に正座を。
目を細め、俺を見ながら唇の端を上げ、足に甘酒を垂らした。
「わかるよね、舐めて」
これは病気のせいなのか、俺にはクックが解らない。
こんな1面と望みがあったことに、驚いて絶句な心境で、舐めていいものか答えも出せない。
「くぅくぅ、お兄ちゃん……。困ってる、ねえ、困ってる?」
仰る通りに、お兄ちゃんは困り果ててます。
俺の様子をオカズに、カップを傾け甘酒を飲み始める。
「困ってるお兄ちゃん、すき……」
カップの甘酒を飲み終わったのか、椅子に体を預け、可愛らしいイジワルさを見せつけ、すうすうと寝息を立てた。
これもありかと、小悪魔なクックのオデコを触り、明日は元気な顔を見せてくれるなと嬉しくなれた。
クックの足を拭いてあげて、布団に移して戻ると、グリムが体育座りで暗い顔をして待っていた。