患いと……煩い 8
叩かれ続けているドアを開けると、銀色の髪を光に散らし、焦りと汗を滲ませたチャルナが寄りかかってきた。
久し振りに会うチャルナは、病に蝕まれていてもキレイで目が離せなくなる。
たけど、せっかくの超絶的な美人さんなのに、病気がチャルナの美貌を損なわせていて、元気な時に会いたかった。
今のチャルナは、幼さと大人の色香を備えていた顔は苦痛に蒼く染められていて、触れる肌と息は火傷をしそうなほどに熱い。
それに、押し付けられる凶悪な胸の大きさのせいで、どれだけ寒気に耐えているかを明確に伝えてきている。
「ゲットさま……準備は……よろしいようですね……失礼します……」
俺に身を預けるチャルナは、躊躇いもなく下半身に手を伸ばしてくる。
なぜだと思うワケもなく、タオル一丁で体がテカテカしてるせいだ。
この件は、ベルともやっていて、説明するのも面倒だ。
「だから、これ違うから。それより、神患の薬がいるんだろ」
「はい、コクが血を吐いて……私の命を……差し上げます……どうか……お金を貸して下さい」
またこれだ、今日は美人な死神の命が安い日のようだ。
ベルもそうだったけど、俺が女の子の命をもらって、本気で喜ぶとでも思っているのだろうか。
女の子がお願いをする時は、笑顔を見せるだけで、お釣まで出るというのに。
「命はいらないし、なんとかする。横になって待っててくれ」
苦しげな顔で信じてましたと言い、額を押さえフラつきながら俺から離れた。
「お金の用意を、お願いします。私は……仕事に……」
だから、この件もベルともやったんだ。
どうして、2人とも同じく仕事と言うのか。
そんなに、稼げる仕事なのだろうか。
あとで聞けばいいと、チャルナを引き寄せ、問答無用でお姫様だっこをしてやる。
抗う力もないのか、俺の腕に重さを預け、抵抗するのは口だけだ。
「困ります……急がなければ……ケホッ……」
俺の首や胸に霧状の血が飛び、拭い切れていないローションと混ざり斑を掃いた。
すいませんと掠れる声で謝り、袖で拭こうとして、また咳をした。
かかった血なんて、心の底からどうでもいい、頼むから自分の心配をして欲しい。
俺の気持ちは伝わらず、チャルナは下ろしてと首を振る。
「チャルナ、お願いだから休んでくれ。あとで大事なことを頼みたいんだ」
チャルナの空間移送があれば、時間をかけずにお金を取りに行ったり、薬を買いに行くのに本当に助かる。
それを説明すると、チャルナは解りましたと頷いてくれた。
どこにチャルナを寝かせようか迷い、リビングのソファに運び、毛布をかけてあげた。
ベッドにはベル達が寝ていて、もうここしかなかった。
ソファでごめんと謝ると、いきなり首に腕を巻かれ引き寄せられた。
「ゲットさま……どうか……娘をお救い下さい」
涙を滲ませるチャルナに、俺は頷いて額に張り付く髪を撫で上げ、頬に手を置いてあげた。
チャルナはくすぐったそうな顔をして、俺の首から腕を解いた。
毛布をかけ直し、やるかと覚悟を決め携帯を手に取った。
携帯を握る手が震えてしまう。
電話をかける相手は、俺の母さんだ。
前に電話をした時も、今回と同じでお金を貸してくれだった。
けっこうな額だし、貸してくれるだろうか。
迷っている場合じゃないと気合いを入れ、母さんに電話をかけた。
コール音が1度2度と聞こえ、その間は祈るくらいしかやることがない。
絶対に親孝行するからと誓い続け、5度目のコールで繋がった。
「母ちゃんが恋しくなったか、マザコン」
乱暴な言い方と言葉に、とんでもなく面倒な予感がする。
きっと、今は機嫌が悪い。
改めてかける時間もなく、このまま行くしかない。
「か、母さん。話があるんだけど」
なぜか、なにも返ってこない。
通話が切れているのかと、携帯の画面を見ると通じたままだ。
もう一度と、同じことを言おうとすると、さらに機嫌が悪くなった声が返ってきた。
「早く言え。話ってなんだよ」
そうか、待っててくれたのか。
これ以上、怒らせると切られてしまう。
「お金を貸してくれないかな」
またも返ってこない反応に、使い途を言わなければと、切られる前に気付けた。
「女の子が病気なんだ。血を吐いてて、とにかくヤバくて、だからその、お金があれば治せて、お願いします」
「てめえ、そんなにヤバいのによ、電話してるってなんだよ?」
なにを間違えたのか相当に怒っている。
ここで切られると大変だ。
「頼み方が悪かったかな?」
盛大な舌打ちと、大きな物音がきこえてきた。
「お前は男だろうが、好きな女がヤバいって時に、たらたら親に電話してんじゃねーよ。そんな時間あんならな、内臓を売るなり、銀行を襲うなりしろや」
もうメチャクチャだ。
だけど、言ってることも解るから質が悪い。
もういい、自分でなんとかしようと考えなかった俺が間違っていたんだ。
「ごめんなさい。内臓でもなんでも売ってくる。お金が足りなかったら、みんなを助けてあげてよ、母さん頼むね」
そのまま電話を切った。
切ったそばから、すぐにかかってきた。
もちろん、相手は母さんだ。
なんだろうか、内臓の取引先でも教えてくれるのかも知れない。
ムシしたいけど出なきゃ出ないで、また怒るしと通話ボタンを押すしかなかった。
「金はいくらだ、殴られたくなかったら早く言え」
ワケが解らないけど、貸してくれる流れになっている。
せっかくのチャンスだ、ここは有りがたく乗るしかない。
神薬甘酒の値段は30万円として、必要な数は何人分だと慌てて計算をする。
余裕を持って、500万円くらいと伝えると、解ったと静かな声が聞こえてきた。
その声は、とても小さくて、母さんらしくなかった。
「ごめんね、母さん。だけど、ほんとに必要なんだ。絶対に親孝行をするから」
「親孝行なんかいらねえし、金はくれてやるから、いっこ約束しろ」
言い方も母さんらしくなく、なぜだかイヤな気持ちになってくる。
「いいか、2度と内蔵を売るとか言うなよ。次はないからな」
最後に取りに来いと言われ、お礼を伝える前に電話を切られた。
切り際の母さんの声は、隠そうとしていたが震えていた。
自分で内蔵がどうのと言ったのに、俺が言うのは例え冗談でもダメだったみたいだ。
「よいお母様ですね。必ずやお礼と、婚約のご挨拶に……コホ」
母さんとのやり取りを聞いていたのか、チャルナが笑っている。
婚約の話はどこから出てきたのか解らない、だけど母さんが誉められたのは嬉しかった。
だから、自慢の母さんなんだと、自信を持って言うことができた。
お金の目処が立って、気が抜けそうになるが、やることはまだある。
次は神薬甘酒を売ってくれる所に電話をして、人数分の注文をしなければならない。
チャルナに聞くと、センという人に連絡をと教えてくれた。
連絡先は、もう電話張に登録されていた。
そう、いつも仕事を紹介してくれる、ケチなあの人だ。
今まで名前も知らず、電話張にも名無しで登録していた。
あの人、苦手なんだよなと思いながら電話をかけると、いつもの冷たい声と咳が応えてくれた。
「あら、ゲットさん。ケホケホ……なんのご用かしら?」
この咳は、もしかして神患なのだろうか。
なんとなく、イヤな予感がしてくる。
「あのですね、神薬甘酒を売って欲しいのですけど。500万で買えるだけお願いします」
答えは咳にジャマをされ、治まるまで待つことに。
イヤな予感が確信に変わってくる。
「ごめんなさいね、品切れよ」
やっぱりだ、この人はお金を持っているハズだ。
なのに、神患を治していない。
つまり、お金があっても買えないんだ。
どうするとチャルナを見ると、この事態は考えてなかったらしく、目眩を起こして娘の名前を呟いている。
それは俺も同じで、頭がおかしくなりそうだ。
「他に売ってくれる人はいませんか?」
「……ケホケホ……いると思う?」
もう十分に解った、この人の咳が答えそのものだ。
仕方なく電話を切ろうとすると、待ってと止められた。
「貴方は、命を削るくらいに誰かを想えるかしら?」
いきなりの質問に、なにか方法がと希望が湧いてくる。
「それが出来るなら、神薬甘酒を作れるわ。製法はメールで。ふふ、私にも回してくれると助かるわ」
それなら行けると、チャルナに親指を立てて安心させる。
電話が切れ、すぐにメールが送られてきた。
なんでもこいと製法を見ると、意外と普通な材料と作り方に、それでいいのとチャルナと一緒に驚いた。




