患いと……煩い 5
グリムが男の子と解り、みんな驚いてはいるけど、安堵の気持ちの方が強かった。
なぜなら、俺にはBLの趣味が無いことを知っているからだ。
裸を見られたと騒いでいるレンズに、そういう目的ではないからと納得してもらい、なんとか楽しい空気に戻れた。
「なんの話だっけ。ああ、ピザの味見だ」
お願いと手を合わせるカタナに、レンズもクックも続いた。
よっぽど食べたいのか、みんな引き下がらない。
うーと唸って、グリムが俺に助けを求めてくる。
「ゲットー。あげたら、ボクのピザ減っちゃう。面白くないよー」
大切な物を守るようにお皿に覆い被さり、困った顔をしてる。
とんでもない可愛らしさだけど、グリムは解ってない。
もっと、美味しく食べる方法があることを。
「また作ってやるから、な。それにな、みんなで食べた方が、もっと美味しいよ」
俺の顔をじっと見つめて、ウソは言ってないと思ったのか、オズオズとお皿をテーブルの真ん中に押してくれた。
「ちょっとだよ、いっぱいはダメだからね」
みんな遠慮しながら、ほんとに少しだけピザを取って口に運んだ。
すぐに、ヤバいとか、なんですかこれとビックリしてる。
その様子を見て、グリムは嬉しさを噛み締めるように笑った。
「くふふ、面白い。ゲットがボクのタメに作ってくれたの美味しいって」
足をバタバタさせて、もっといいよと勧め出す。
さっきは減るからとイヤがっていたのに、食べた時よりもイイ顔をしてる。
「ゲット、ゲット。ほんとだね、みんなで食べるの面白い」
なんて素直なんだろうか、優しく頭を撫でて、みんなで楽しく食事をした。
食べ終わると、みんなの顔色が良くなっている気がする。
洗い物をしながら聞いてみると、かなり楽になったらしい。
やっぱり、病気の時は栄養を取るのがいいよなと言うと、クックが真っ先に違うと首を振った。
「お兄ちゃんの気持ちがね、元気にしてくれたの」
そっかと上機嫌で返して、自然と鼻歌を口ずさみ洗い物を終わらせた。
みんなを寝かせる前に、グリムと一緒に体を拭いてあげた。
もちろん、目を閉じると約束済みだ。
カタナを拭いてる時は、見てはいないけど、なにかに手を挟まれたりで、とてもドキドキだった。
レンズは、背中と前がよく解らなくて、弱々しい力で殴られた。
クックはグリムと一緒に、くすぐったいとドタバタしていた。
みんな、俺のトランクスとシャツというスタイルで、違う意味で顔を赤くしながら床に着く。
眠そうに瞼と戦うみんなに、おやすみと言って、明日にはもっと良くなってなと願いを込めて、寝室のドアを静かに閉めた。
リビングに戻ると、グリムがお風呂に入りたいと言ってきた。
どうぞとお風呂を沸かしてあげると、一緒に入ろうと腕を絡ませてくる。
「あらいっこしよ。面白そう」
うーん、同じ男だけど、これはアリなのだろうか。
それに、グリムは本当に男なのか、いまだに半信半疑だ。
いざ入ってみて、やっぱり女の子でしたでは、通報されかねない。
「マジで、男の子だよな?」
「信じてないの、面白くない」
プイっと横を向いて、いそいそと服を脱ぎ始める。
お、おいと動揺しながら見ると、少し、いやかなり残念だけど、見慣れたアレがあり、ほんとに男の子のようだ。
恥ずかしさはないのか、生まれたままの姿で脱いだ服をテーブルに置くと、ガラスの小瓶がカラカラと音を立てて転がった。
「上がったらさ、これ飲もうね」
たしか、買い物をしてる時に聞いた、神薬甘酒だったかな。
よほど美味しいものなのか、自慢げに小瓶を振ってテーブルに置いた。
「ほら、いこ」
まだ迷っている俺の手を取り、お風呂場に引っ張られる。
どうしようと悩んで、まあ大丈夫かと、一緒に入ることに。
グリムとは違い、俺は恥ずかしさでいっぱいで、どうしてもタオルで隠してしまう。
「なんで隠すの、面白くない」
そう言われてもと困りながら、シャワーを適当に浴びて湯船に逃げた。
すぐにグリムも入ってきて、バスタブから溢れたお湯が逃げて行き、排水口がもったいないとゴボゴボと飲み込んだ。
狭い浴槽に2人で体をぶつけ、肩まで浸かると、グリムは気持ち良さそうに力を抜いて、お湯に身を任せた。
「くふぅ。オフロ面白い」
ゆらゆらと揺れるお湯に、目を閉じたまま口を動かしてる。
なんとなくという理由で、下を見ないでいるせいか、女の子と入ってる気しかしない。
落ち着けよと、もう1人の自分に言い聞かせていると、頬をほんのり上気させたグリムが半分だけ目を開けた。
「ゲットってさ、いっぱいウワサがあるけど、ほんとなの?」
どんなウワサと聞くと、また目を閉じて教えてくれた。
「笑ったらお金をくれたとか、竜ころしの勇者様だったり、統治者の1人と仲良しだとか、深淵の狩手のリーダーと結婚したとか。スゴすぎて面白いよね」
最後のやつ以外は、信じられないかもしれないけど本当だ。
それと、ウワサを流してるのは誰かハッキリ解ったよ。
「それさ、誰から聞いた。ベルじゃないか?」
「だれそれ、しらない。あとさあとね、1番ウソっぽいのが、死神殺しにガードされてるって。すっごく怖い人みたいで、みんな怖がってた。どんな人なんだろね」
「結婚はしてないけど、あとはだいたい本当かな。あと、これだけは解って欲しいんだけど、レンズは怖くないぞ。すげー優しいんだ」
俺の言い方が気に食わなかったのか、レンズって誰と、目を細め口を真一文字に結ぶ。
その目には、嫉妬がアリアリと込められていた。
「は、さっきから一緒にいたろ。メガネかけてる人だよ」
「ウソだー。あんなヌルヌルの人が死神殺しなワケない。ウソは面白くない」
もっともだけど、もはや説明のしようがない。
別にムリに信じてもらう必要もないか。
だけど、これだけは伝えたい。
「あいつさ、ヌルヌル好きだけど、ほんとに優しいんだ。レンズだけじゃない、カタナもクックもな。だからな、命を狙われまくってるのに俺は生きてるんだ」
急にお湯をかき分け身を乗り出し、顔がぶつかる寸前まで近付け、じっと俺の目を覗き込んできた。
「ウソは言ってないね。いいよ、信じてあげる。くふ、あらいっこしよ」
ザブンとお湯と共にいきなり立ち上がり、目の前に見慣れたものが。
グリムは気にする風もなく、バスタブを出て俺に背を向けバスチェアに腰かけた。
「ゲットは髪をシャカシャカする係。ボクは目に入らないようにする係」
ほんとに、どうしようか。
グリムの後ろ姿は、ゆるくカーブを描くような線の細い女の子の背中にしか見えない。
「なにしてるの、楽しいこと待ってるんだから早くして」
楽しいことってなんだ、この先に一体なにが待っているのか。
落ち着け、変な目で見るなよ俺。
頭を洗うだけだからなと、バスタブから出ずに、手を伸ばしてシャンプーをしてあげる。
「うー、とおいよ。こっちきてよ」
それは、ムリなんです。
こっちにも、色々と複雑な事情があるので。
そのまま、うーとか、くふーというのを聞かないように、コンディショナーまで終わらせることができた。
どういうワケか、俺の息は相当に上がっている。
変な気を起こさずにやり遂げたと、下を向いてお湯に映る自分を褒めてあげたい。
だが、次が難関すぎて越えられるかと自分に聞いていると、なにやら粘つく音が。
「くふふ。トロトロ。メガネの人が言ってたとおり」
背を向けていてよくは見えないが、洗面器に手を入れて、なにかを混ぜている。
「あの、なにしてんの?」
「ローションだよ。メガネの人にもらったの。体を拭いてあげたお礼だって」
これは、あとでレンズにお礼を言わなければならない。
いやいやいや、違うだろ俺のバカ。
レンズのせいで、難関の上に最大と付いてしまった。
俺は法を犯さずに、キレイなままでお風呂を出られるのか。
答えは出せず、グリムが無邪気にローションを混ぜる音だけが、狭い浴室に響いていた。