患いと……煩い 4
家に戻ると、またレンズが廊下に這っていた。
さっきと同じように、濡れてテカテカしてるのも同じだ。
「あのさ、レンズって凄いね」
「はい……頑張りました」
凄いと思ってるのは本当だけど、それ以上に引いてしまう。
「気持ちワルい。ほんとに、この人なんなの?」
なんて説明しようか、憶測でしかないけど、俺に言われた言葉が嬉しくて、テンションが上がり過ぎて、ムラムラしたのかな。
「いえ、ムラムラしてたのは、ゲット様のトランクスを着けた時から……」
もういい、早くご飯を作ってあげたい。
買い物袋をグリムに任せて、レンズをだっこしてリビングに連れていく。
苦し気な浅い呼吸と、可哀想なくらい熱い体温に、どうしてこんなムリをと心配の次に、疑問が浮かんでくる。
「ゲット様の言葉が、とにかく嬉しくて、最後の力を……振り絞りまし……ケホケホ」
どう考えても、最後の力を使う所を間違えてるけど、レンズらしくて悪くない気分だ。
カタナとクックの顔も見に行こうと、レンズの着替えをグリムにお願いした。
ヌルヌルでイヤだと拒否られたけど、頼むと真面目に言うと、少し考えてから解ったよと言ってくれた。
着替えを置いて、2人の様子を見に寝室のドアを開けた。
横になっている2人に、ただいまと言うと、体を起こそうとして、そのままでいいからと、手を振って止めた。
「なあ、レンズはどうした。やめとけって言ったのに、また眼鏡洗浄器をさ」
「うん、大丈夫かな」
「たぶん平気かな、最後の力は使ったらしいけど」
あのバカとカタナが呟くと、リビングからグリムの声が聞こえてきた。
「うわわ、ヌルヌルなんだけど、ほんと面白くない。キモっ、なんで、メガネだけキレイなの」
誰も何も言えないで、少し待ってからリビングに戻ると、着替えの終わったレンズがお礼を言っている。
「どなたか存じませんが、手間をかけさせてしまい、すみません。あとで、差し上げますね」
「少し面白い。約束だからね」
なぜだろうか、仲良くなっている。
あとで聞こうかと、買い物袋を持って台所に行き、慣れない料理に取り掛かった。
どこから手を付けようか迷い、始めにご飯を炊いて、その間にピザの生地を練ることに。
携帯のレシピサイトを見ながら、小麦粉の分量を計り、ぬるま湯を少しずつ混ぜ合わせる。
すぐ隣では、グリムがワクワクしながら見ていた。
まとまった生地をコネていると、背伸びをして耳元に顔を近付けてきた。
「ねえ、ボクだと思ってコネコネして」
「だから、普通に言えって」
体の内側をくすぐる声が、だんだん癖になってきている気がする。
いやいやと、にやけそうになるのを我慢して、コネるのに集中した。
「これ、ボクだよ。どう、面白い?」
もう解ったからと、邪魔をされないようにお手伝いを頼んでみると、生地と自分を交互に指差した。
「むーり。だって、ボクは今、ゲットにコネコネされてるピザ生地だもん」
上手いことを言ったと、得意気な顔を見せて胸を張ってる。
ちっとも上手くないけど、可愛いからよしとしておこう。
邪魔されながら出来た生地をボウルに移して、濡れた布巾を被せておく。
待っている間に、サラミとソーセージを慣れないネコさんの手をして切っていると、生地が気になるのか、グリムがそーっと布巾の端を摘まんで中を覗いている。
俺が見ているのに気付いて、まだかなと楽しそうに笑ってくれた。
もう少しなと返していると、炊飯器が自分の仕事を終らせたと電子音で伝えてきた。
グリムと一緒に炊飯器を開けて、炊けたか確かめてから、油揚げの皮にご飯を詰めて、おいなりさんの完成だ。
これは簡単だから、きっとクックも喜んでくれるに違いない。
「ね、ピザは、もういい?」
気になって仕方ないのか、早くと急かしてきた。
まだ早い気はするけど、グリムの顔には待ちきれないと書いてある。
もういいよと言うと、大切そうにボウルを持って布巾を取ってくれた。
さっきよりも、しっとりしてる生地を薄く伸ばしてみるけど、これがなかなか難しい。
「ほら、ちゃんとボクだと思って。きっと美味しくできるから」
いまいち参考にならないアドバイスに、苦笑いしながら気持ちだけは込めてみた。
しばらく悪戦苦闘して、初めてにしては上出来な感じには持って行けた。
次が最後だと、フライパンを2つ火にかける。
片方には普通の油を、もう1つにはオリーブオイルを多目に引いた。
フライパンが温まったのを確認して、ステーキ用のお肉とピザ生地をフライパンに乗せる。
お肉の焼き加減を見ながら、ピザ生地にトマトソースと具を乗せてチーズを散らすと、グリムが口を尖らせてバタバタと足踏みをし始めた。
「ケチー。たくさんチーズないと面白くない」
「違うって、レシピの分量がさ」
言ってから、別にお好みでなんの問題がと思い直して、グリムが笑顔になるまでチーズを足してあげて蓋をした。
「蓋をしてないと、カリカリにならないから、いいって言うまで取るなよ」
「うん、面白いからガマンする」
アゴに人指し指を置いて、チックタックとリズムを取って揺れている。
この愛らしさは、犯罪を助長させるなと考えながら、お肉をひっくり返す。
そのまま、焦げないように注意しつつ、なんとか全部の料理を完成させた。
「くふふ、ボクのタメだけのピザだね。すっごく面白い。たべよ、あーんしてね」
蓋を持ったまま、楽しそうにピザを眺めてる。
頑張って作った甲斐があったと、少しだけ誇らしい気持ちで、お肉とおいなりさんをお皿に盛り付けた。
洗い物の手間を考えて、お刺身は買ってきたままのフードパックにする。
後のことまで計算していると、料理が上手な人みたいな気分だ。
「テーブルに並べるから、みんなを連れてきて。辛そうだったら、手伝ってあげてな」
「うー、ピザ冷めるー。冷めたら面白くない」
なら早くと言うと、駆け足で寝室に向かって行く。
手を洗って、テーブルに料理を並べ終わり、グリムが1人ずつ手を引いて連れてきてくれた。
席に着くと、みんな俺の作った料理に驚いている。
いい意味で、期待が裏切れたようだ。
それもそのハズで、ピザ以外は簡単なものしかなかったからかな。
ちゃんと頂きますをしてから、みんな一斉に食べ始めた。
「あ、そうだ。ゲット、あーんして」
一回だけなと、口にピザの1切れを運ぶと、目を閉じてゆっくりモグモグした。
「くふふ。美味しくて、メチャクチャ面白い」
上手く出来たようで、ほんとによかった。
みんなはどうだと見ると、夢中で食べていて、評価は聞かなくてもいいみたいだ。
「失敗しました。手作りなものを、お願いすればよかったです」
お刺身を食べながら、レンズは残念そうな顔をして、他の料理を見ている。
そういえば、お刺身だけは料理をしていない。
また明日なと言うと、楽しみですと笑ってくれた。
「俺もだからな。それよりさ、ピザうまそうだな。味見させてくれよ」
「僕も、食べてみたいな」
グリムは大事そうにお皿を抱えて、モグモグしながらダメと断った。
「ケチなこと言うなよ。そんなんじゃ、イイ女になれねえぞ」
「なに言ってるの、面白くない。ボクは男の子だから、関係ないよ」
確かに、男の子ならイイ女になるのは難しいとは思う。
色々と割りきれないアレやコレやに、驚きはしたけど、可愛いから性別なんてと、なんとか俺は納得できた。
さて、固まった2人より、騒ぎ出したレンズをどうしようか。
「さ、さっき着替えを……ぜんぶ……み、見られました。男の方に……ケホケホ」
咳き込んでいるレンズの背中を擦って、とりあえず食べてから考えようと食事を再開した。