患いと……煩い 3
食べたい物を買ってくるよと言っても、みんな遠慮をしてるのか、お粥でいいと口を揃えた。
早く作ってよというグリムは、悪いけど最後にしてもらう。
しつこく病気の時くらい好きな物をと、いくら言っても、首を振られるだけだった。
どれだけ、みんなと一緒にいたと思っているのか、なにかを隠しているのだけは解った。
「ウソはナシな。なんの心配をしてるんだ?」
ここで、食費とか言い出したら、きっと俺はマジでキレる。
答えようとするレンズを、カタナが震える手で制して体を起こし、俺の目を真っ直ぐに見つめた。
「お金の心配だよ」
ちきしょう、最悪に言われたくことを言いやがった。
あのなと言いかけ、聞けと強く止められた。
「いつ治るか見当もつかないんだ。その間は、働けないんだぞ」
「んなのは、言われなくても知ってるし、俺がなんとかするよ」
体を起こしただけでも辛いのか、額に手を置いて支え、そうじゃないと続けた。
「前に神患になった時はな、治るのに3ヵ月もかかったんだ」
カタナの言った事に、怒りがどこかに行きそうになる。
お金の話なんてどうでもいい、こんな状態が3ヶ月も続いたのか。
てっきり、1週間やそこらだと勝手に思っていた。
下を向いて黙る俺に、レンズが咳をしながら肩に手を置いてくれた。
「心配なさらずに、長引くようなら、出ていきますか……ケホ」
もう、ムリだ、我慢なんて出来そうにない。
「何て言った……」
俺の目を見たレンズが、体を強張らせ後ろに下がった。
「仕方ないだろ、レンズを責めるなよ。俺も同じだからな」
「うん。よくなったら帰ってくるから」
うるさい、聞きたくない。
暴れそうになるのを、相手は女の子だと必死に我慢をして、視線だけを動かし、カタナとクックを見た。
2人とも、レンズと同じように、怖いものでも見たかのように後退った。
「1回しか言わないからな……。好きな女と離れるくらいならな、死んだ方がマシなんだよ」
みんなに対して、こんなに乱暴に怒鳴ったのは、これが初めてだった。
つっと、3人とも病気なんかよりも、ずっと辛そうな顔をした。
すぐに、自己嫌悪がやって来る。
弱ってる女の子に怒鳴ったりして、なにやってるんだ俺はと。
「大きな声を出して、ごめん。なにがあっても、ずっと一緒って言ったろ」
きっちりと反省して、ありのままの気持ちを込めた。
みんな、顔や口を抑えて、泣いたり笑ったりと忙しそうにして、言葉になってないけど、とても嬉しそうな顔で、何度も頷いてくれた。
さあ来いと手を広げると、みんな一生懸命に寄ってくる。
頑張れと待っていると、1番に抱き付いてきたのは、忘れていたグリムだった。
「ゲットー、カッコいいー。ボクにも言って、ずっと一緒って」
いい場面なのにと、みんな怖い顔をしてる。
ぶち壊しやがってとグリムを見ると、どこか心細そうな顔をしていた。
「神様、いつもは少しも信じていませんが、このレンズに、1秒でいいので力をお貸し下さい」
信心の欠片もないレンズが、神頼みしながらグリムを殺ろうとフラりと立ち上がり、眼鏡に手を置いた。
だけど、やっぱり神様は聞いてくれず、前のめりに倒れ込んだ。
「くそっ、治ったら覚えてろよ」
「うん。僕も怒った……コホコホ」
レンズに期待していた2人が、恨めしそうにグリムを睨んでいる。
「ゲットー、早くー」
空気を読めよと思ったけど、怒るのも違う気がして止めておいた。
なんとなく、グリムは寂しそうだったから。
一段落して、泣いたり笑ったりして、さっきよりぐったりしているみんなに、改めて食べたい物を聞いてみる。
もちろん、遠慮はするなよと念を押して。
「肉かな」
照れ臭そうなカタナは、目を合わせないように、だけどスキを伺いながら、俺の顔をチラチラと見ていた。
「お刺身と、ゼリーいいですか」
ウットリとするレンズは、目が合うと下を向いて逸らすけど、すぐに戻してくる。
「僕ね、うんとね、おいなりさん」
嬉しそうなクックは、ずっと俺を見ていた。
「ボクは、ゲットの作る……」
流れに乗ろうとするグリムに、一緒に買い物に行くんだよと言って立たせた。
弱ってるみんなの側に死神を置いていくのは、さすがにマズイと思ったからだ。
待っててなと言って、面倒臭そうなグリムを連れて、買い物に向かった。
歩きたくないとブツブツ文句を言うグリムと一緒に、近くのスーパーに入った。
家では、みんながお腹を空かせて待っている。
さっさと済まそうと、買い物カゴに頼まれた物を放り込んでいく。
3人が食べたいと言っていた、お肉にお刺身に、おいなりさん用の油揚げの皮とゼリーを、値段は気にせずに、美味しそうに見える物を選んだ。
あとはアレだなと、懐かしい気持ちを思い出していると、グリムにずっと持たれていた左手の袖を引かれた。
「ゲットー、ピザ食べたい。面白くないピーマンとかタマネギ入ってないのを作って」
「ごめん、ピザなんか作れないけど。デリバリーでも頼むか」
ぐっと袖を強く引っ張られ、足を止められた。
「なにそれ、面白くない。ゲットがボクのタメだけに作ったのじゃないとヤダ」
いや、ヤダと言われても、ピザを作る知識も経験もあるワケがない。
じゃあ今度なと言うと、不機嫌そうな眼で掴んでいた袖から手を放し、代わりに手首を掴まれた。
「作ってくれないと、軟禁されて性的悪戯されてるって騒ぐ」
俺を見ながら、うーと唸って、大声を出す準備をしてる。
果てしなく面倒で、あんまり女の子に、こんなこと思いたくないけど、どっか行ってくれないかな。
どうしようか、好きにしろと言いたいけど、ここで騒がれると厄介すぎる。
仕方ないかと、携帯で家庭で出来るピザのレシピを調べると、グリムが腕に寄り添うようにピッタリとくっついてきた。
「くふふ、ゲットのピザ。早くかえろ」
なにこれ、笑った顔と仕草が可愛すぎて、一言で言うと軟禁したい。
そして、ずっと見ていたい。
「美味しいピザを作ってくれたら……いいよ」
ちゅっと、背伸びをして、頬にキスをしてくれて、胸の鼓動が周りに聞こえるくらい激しく鳴り出した。
軟禁じゃなくて、監禁したいとレベルが上がる妄想に、今日は止めてくれる人がいないと我慢しておく。
それより、こいつ俺の頭を読んだのか。
「自分で言ってたけど」
どうやら、口に出していたみたいだ。
いとも簡単にホイホイされてしまったけど、悪い子じゃないみたいだし、こっからは普通にしてあげようか。
「味は保証できないけどさ、頑張ってピザ作るからな」
うんと頷いて、組んでいる腕に顔をスリスリとしてくる。
ダメだ、みんなとは違うタイプで、どうしていいかと戸惑ってしまう。
みんなと言えばと思い出して、最後に酒粕をカゴに放り込むと、グリムが鼻をクンクンとした。
「あれ、神薬甘酒の匂いする。とっても美味しいよね」
なんだそれと聞くと、なに言ってるのと、不思議そうな顔をされた。
「面白くないよ。ボクも、たまにしか飲めないけど、知らない死神なんているワケないよ」
当たり前だけど、俺は人間だから聞いたこともない飲み物だ。
「ほんとに知らないんだ。いいよ、あとで飲ませてあげる」
ゴソゴソと懐に手を入れて、ガラスの小さな小瓶を取り出して見せてくれた。
中には、白い液体が半分くらい入っている。
よく見ようと顔を近付けると、スッと横に移動して耳元に口を付けられた。
「口移しでね」
耳の奥から背中に向けて心地好い震えが走って、グリムがエッチと笑いながら腕を絡ませてきた。
いちいち耳元で言うなよと、動揺を隠してみたけど、きっとバレバレだ。
照れ隠しに、行くぞと言って会計を済ませ、腕にくっついてるグリムと買い物袋を持って、早足で家に戻った。