表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

85/112

患いと……煩い 2

 だっこをしたまま、ただいまと声をかけて家に入ると、レンズが床に這っていた。

 なにをしているのかは不明だけど、汗でぐっしょりと服を体に張り付かせていて、消え入りそうな声で、お帰りなさいませと言ってくれた。


「大丈夫か、なにしてんだよ。寝てなきゃダメだろ」


 動けそうにないレンズが心配で、だっこしていた手を離すと、ガッチリと抱き付いてきて、離れてくれる気はないようだ。

 もう後だと、屈んでレンズの手を握ると、ヌルリとした感触と熱が伝わってきた。


「なに、この人。なんでテカテカしてんの。気持ちワルい」


 この状況を見て、よくそんな事が言えるなと腹が立ってくる。

 レンズはこんなに辛そうにして、脂汗をかいて俺の帰りを待っててくれたんだ。


「言っておくけど、人の気持ちが解らない奴はキライだから」


「なんでボクが悪いのさ」


 ほんと、この子とは話が噛み合わない。

 まあ、俺がイラ立ってるのもあるけど、これもあとにしよう。


「出迎えてくれて、ありがとな」


 あのと、レンズが小さく手を振った。

 なにも、言わなくてもいいんだ。

 全て解っている、それに俺達に言葉はいらないハズだ。


「すいません、眼鏡洗浄機を楽しんで……」


 ああ、もうなにも聞きたくない。

 イヤになるくらい全部、解ったから。

 アレだ、辛さを快楽で誤魔化そうとして、カタナとクックが止めるのを聞かずに、お風呂でローションをかぶったはいいけど、そこで力尽きて布団に戻ろうとしたと。


「ちゃんと、最後までしました」


 はい、ただ単に、戻ろうとした所に、丁度よく俺が帰ってきたワケだ。

 言葉で言わないと解らないことって、たくさんあると、改めて気付きたくなかったよ。

 とりあえず、今はレンズを布団に寝かせるのが最優先事項だ。


「えーと、名前なんだっけ。あとで、またしてやるから、降りてくれないか」


「うー。ま、いっか。ヌルヌルはイヤだしね。あとね、ボクはグリムだよ……」


 優しく呼んでねと、耳に口を付けて零距離で囁かれた。

 体の内側をくすぐられる感覚に、ゾクりとすると、グリムは手を放して降りてくれた。

 意外と重かったと肩を回して、ヌメリを帯びてテカテカしているレンズを、お姫様だっこで連れていく。


「嬉しいです。このまま、2回戦に……」


「ああ、元気になったらな」


 バスタオルを持ってきて、絶対に目を開けないと約束をして、服を脱がせてから体を拭いてあげた。

 着替えは、俺のシャツとトランクスを。

 これは、昨日から何度も着替えをしていて、洗濯が間に合わないからであって、趣味とかそういう考えは少しだけだ。


「殿方の下着って、初めてです。スースーですね。前が開くのですね。便利にできて……」


 病気とは違う理由で息が上がってしまい、ミスったかもしれない。

 でも、ブカブカな服を女の子に着せるのは、こんなにいいものだったのかと、新しい世界への扉を開こうとしていると、寝室からカタナとクックがゆっくりと這ってきた。

 とにかく前へと、ひた向きなクックはいいけど、隣のカタナは引く程に怖い。

 髪が前に垂れて顔を隠していて、掠れた呻き声を発して、フローリングに爪を立てながら近づいてくる。

 その様子は、ホラー映画に出てくる幽霊そのものだ。

 それを見て、ひっと悲鳴を洩らして、レンズとグリムが腕に掴まってきた。


「げっ、と。おか、えり……」


「お兄ちゃん、お帰り、なさい」


 カタナを知らないグリムは仕方ないけど、なんで俺とレンズまで怖がっているのか。

 出迎えは素直に嬉しいけど、そんな場合じゃないと、3人を順番にお姫様だっこで寝室に連れていく。

 今は自分の事だけ考えてと言って、布団に寝かせてあげた。

 みんなを運んでいる間、グリムはずっと俺の服の端を掴んでいた。


「ねえ、この人たちって、病気なの?」


 見れば解るだろと返すと、ふーんと興味がなさそうに部屋を見回した。


「ま、いいや。ごはん」


 そうだ、みんなに食事を用意しないといけない。

 ごはんという言葉に反応したのか、3人がお腹が空いたと言って、カタナがグリムを薄目で見つめた。


「そいつ、誰だ。いつから……いたんだ?」


 誰の事と、クックには見えていないようだった。

 そういえばと、レンズも遠くを見るようにグリムに視線を合わせた。

 どうやら、熱に浮かれていて、目がハッキリと見えていないようだ。

 大丈夫かと更に心配になって、そんな状態で眼鏡洗浄機を楽しんだレンズが、心の底から凄いと思った。

 それよりと、なにが食べたいか聞くと、とにかくなんでもいいと言われた。

 みんな、そんなにお腹が空いていたんだと、可哀想で泣けてきた。

 料理は得意ではないけど、頑張ろうと決意をして、朝に作ったお粥の出来を聞くと、カタナが情けないと言って教えてくれた。


 なんでも、朝に俺が作ったお粥は、温めようとしてカタナが転んでフローリングに食べられてしまった。

 次だと、カップラーメンを用意したが、食べようとした所で、クックが気を利かせて飲み物を持ってきて、テーブルに向かって派手に転んでしまい、またフローリングに食べさせた。

 最後に、冷蔵庫をゴソゴソして、チューブタイプの飲むゼリーを見つけて、みんなで分けようとした。

 だけど、間接キスがと騒ぐレンズの提案で、顔を上に向けて、口から離してから飲む事に。

 最悪なことに、最初の順番のレンズが力加減と位置を誤って、かけていた眼鏡に全てぶちまけた。

 そして、当のレンズだけは、眼鏡をちゅうちゅうして食べたらしく、カタナとクックは、なにも口にしていなかった。


「もうさ、情けなくて……」


「ううっ、お腹すいたよ」


「ゼリーの新しい食べ方を知れました」


 それでレンズは、ゼリー1つ分だけ他の2人より余裕があって、眼鏡が汚れたついでとして、洗浄機を楽しんだと。

 この話を聞いて、明日は学校を休もうと、固く決意した。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ