患いと……煩い 2
だっこをしたまま、ただいまと声をかけて家に入ると、レンズが床に這っていた。
なにをしているのかは不明だけど、汗でぐっしょりと服を体に張り付かせていて、消え入りそうな声で、お帰りなさいませと言ってくれた。
「大丈夫か、なにしてんだよ。寝てなきゃダメだろ」
動けそうにないレンズが心配で、だっこしていた手を離すと、ガッチリと抱き付いてきて、離れてくれる気はないようだ。
もう後だと、屈んでレンズの手を握ると、ヌルリとした感触と熱が伝わってきた。
「なに、この人。なんでテカテカしてんの。気持ちワルい」
この状況を見て、よくそんな事が言えるなと腹が立ってくる。
レンズはこんなに辛そうにして、脂汗をかいて俺の帰りを待っててくれたんだ。
「言っておくけど、人の気持ちが解らない奴はキライだから」
「なんでボクが悪いのさ」
ほんと、この子とは話が噛み合わない。
まあ、俺がイラ立ってるのもあるけど、これもあとにしよう。
「出迎えてくれて、ありがとな」
あのと、レンズが小さく手を振った。
なにも、言わなくてもいいんだ。
全て解っている、それに俺達に言葉はいらないハズだ。
「すいません、眼鏡洗浄機を楽しんで……」
ああ、もうなにも聞きたくない。
イヤになるくらい全部、解ったから。
アレだ、辛さを快楽で誤魔化そうとして、カタナとクックが止めるのを聞かずに、お風呂でローションをかぶったはいいけど、そこで力尽きて布団に戻ろうとしたと。
「ちゃんと、最後までしました」
はい、ただ単に、戻ろうとした所に、丁度よく俺が帰ってきたワケだ。
言葉で言わないと解らないことって、たくさんあると、改めて気付きたくなかったよ。
とりあえず、今はレンズを布団に寝かせるのが最優先事項だ。
「えーと、名前なんだっけ。あとで、またしてやるから、降りてくれないか」
「うー。ま、いっか。ヌルヌルはイヤだしね。あとね、ボクはグリムだよ……」
優しく呼んでねと、耳に口を付けて零距離で囁かれた。
体の内側をくすぐられる感覚に、ゾクりとすると、グリムは手を放して降りてくれた。
意外と重かったと肩を回して、ヌメリを帯びてテカテカしているレンズを、お姫様だっこで連れていく。
「嬉しいです。このまま、2回戦に……」
「ああ、元気になったらな」
バスタオルを持ってきて、絶対に目を開けないと約束をして、服を脱がせてから体を拭いてあげた。
着替えは、俺のシャツとトランクスを。
これは、昨日から何度も着替えをしていて、洗濯が間に合わないからであって、趣味とかそういう考えは少しだけだ。
「殿方の下着って、初めてです。スースーですね。前が開くのですね。便利にできて……」
病気とは違う理由で息が上がってしまい、ミスったかもしれない。
でも、ブカブカな服を女の子に着せるのは、こんなにいいものだったのかと、新しい世界への扉を開こうとしていると、寝室からカタナとクックがゆっくりと這ってきた。
とにかく前へと、ひた向きなクックはいいけど、隣のカタナは引く程に怖い。
髪が前に垂れて顔を隠していて、掠れた呻き声を発して、フローリングに爪を立てながら近づいてくる。
その様子は、ホラー映画に出てくる幽霊そのものだ。
それを見て、ひっと悲鳴を洩らして、レンズとグリムが腕に掴まってきた。
「げっ、と。おか、えり……」
「お兄ちゃん、お帰り、なさい」
カタナを知らないグリムは仕方ないけど、なんで俺とレンズまで怖がっているのか。
出迎えは素直に嬉しいけど、そんな場合じゃないと、3人を順番にお姫様だっこで寝室に連れていく。
今は自分の事だけ考えてと言って、布団に寝かせてあげた。
みんなを運んでいる間、グリムはずっと俺の服の端を掴んでいた。
「ねえ、この人たちって、病気なの?」
見れば解るだろと返すと、ふーんと興味がなさそうに部屋を見回した。
「ま、いいや。ごはん」
そうだ、みんなに食事を用意しないといけない。
ごはんという言葉に反応したのか、3人がお腹が空いたと言って、カタナがグリムを薄目で見つめた。
「そいつ、誰だ。いつから……いたんだ?」
誰の事と、クックには見えていないようだった。
そういえばと、レンズも遠くを見るようにグリムに視線を合わせた。
どうやら、熱に浮かれていて、目がハッキリと見えていないようだ。
大丈夫かと更に心配になって、そんな状態で眼鏡洗浄機を楽しんだレンズが、心の底から凄いと思った。
それよりと、なにが食べたいか聞くと、とにかくなんでもいいと言われた。
みんな、そんなにお腹が空いていたんだと、可哀想で泣けてきた。
料理は得意ではないけど、頑張ろうと決意をして、朝に作ったお粥の出来を聞くと、カタナが情けないと言って教えてくれた。
なんでも、朝に俺が作ったお粥は、温めようとしてカタナが転んでフローリングに食べられてしまった。
次だと、カップラーメンを用意したが、食べようとした所で、クックが気を利かせて飲み物を持ってきて、テーブルに向かって派手に転んでしまい、またフローリングに食べさせた。
最後に、冷蔵庫をゴソゴソして、チューブタイプの飲むゼリーを見つけて、みんなで分けようとした。
だけど、間接キスがと騒ぐレンズの提案で、顔を上に向けて、口から離してから飲む事に。
最悪なことに、最初の順番のレンズが力加減と位置を誤って、かけていた眼鏡に全てぶちまけた。
そして、当のレンズだけは、眼鏡をちゅうちゅうして食べたらしく、カタナとクックは、なにも口にしていなかった。
「もうさ、情けなくて……」
「ううっ、お腹すいたよ」
「ゼリーの新しい食べ方を知れました」
それでレンズは、ゼリー1つ分だけ他の2人より余裕があって、眼鏡が汚れたついでとして、洗浄機を楽しんだと。
この話を聞いて、明日は学校を休もうと、固く決意した。




