不安と……死神殺し 9
レンズを寝かせに行っていたカタナが戻ると、サガは手をついて頭を下げてきた。
「これより、死を持って償いを。ベル、鎌を」
「いや、あのですね。えとえと、ゲット様……」
鎌を貸せというサガに、ベルは困り果てて俺に助けを求めてきた。
もう気にしなくていいと、みんなで説得をすると、誇りがとか面倒な事を言い出した。
「統治者としての……」
そこまで言うと、くぅと可愛らしくお腹が鳴った。
これはと、お腹を押さえて下を向いて黙ってしまった。
ほんと、なんて可愛いらしい、統治者様なんだろうか。
見た目からは、普通の女の子にしか見えない。
気を使って、ベルが私のお腹ですと言ってるのも微笑ましい。
「お詫びはいいからさ、カレー食べよう。レンズが作ったやつだよ」
「レンズ様の」
ばっと上げた顔は、さっきまで死ぬと言っていたとは思えない程に、期待でいっぱいだ。
わーいと、ベルが喜びながら、サガに耳打ちをする。
「レンズ様のカレーですよ。死ぬのは、今度にしましょうよ」
「ですが……ですが……食べたいです」
「お前ら、マジでチョロいな」
カタナが苦笑いしながら台所に向かい、カレーを温め直してから、全員で食べる事に。
テーブルに並べられたカレーは、相変わらず毒々しい色で、さっきも食べたけど、一口目は勇気が必要だった。
最初に手を付ける勇者がいなくて、いただきますと、みんなで手を合わせてから口に運んだ。
やっぱり、味は酷いなんてものじゃないけど、レンズの気持ちが伝わってきて、最高に美味しい。
眉を寄せるカタナとクックの反応は解ってたが、死神の方達は俺達とは違って、美味しそうに食べている。
「美味の極致です。ああ、レンズ様。私は幸せです」
「すっごく美味しいです。おかわり、いいですか?」
レンズに聞かせてあげたくて、起こそうかと思うくらい、最高の評価だ。
こいつらマジかと、引いてるカタナが、おかわりを持ってきてあげた。
楽しく食べながら、サガが来た理由を話してくれた。
「近々、危険な会合がありまして、その護衛にと、お願いに来ました。先程の刺客も、そのせいです」
どうやら、闘技会で見せた3人の強さに惚れ込んで、ボディーガードを頼みに来たようだった。
カレーを口に運びながら、期待の目を向けてきた。
どうすると聞く前に、カタナがゆっくりと首を振った。
「悪いけどな、厄介事はゴメンなんだ。ゲットの守りが薄くなったら困るしな」
「うん。きっと、レンズも同じだよ」
2人の答えに、サガは残念そうだけど、解りましたと、きっぱりと諦めてくれた。
そして、目を泳がせて、話題を逸らそうと声を裏返した。
「あー、えー。ベル、最近ですけど、なにか変わった事は、ありましたか?」
「そうですね、美味しいカレーに出会いました」
夢中で食べているベルには、話が通じていない。
だからと、耳元でヒソヒソと打ち合わせを始め出した。
了解ですと返して、おかわりをお願いしてから、咳払いをして切り出してきた。
「サガ様が、レンズ様とデートしたいそうです。ちゅーして、お風呂に入ってから、お布団でモゾモゾしたいそうです」
他に言い方はなかったのか、みんな時が止まってしまった。
空気を読まないというより、読めないベルが更に続ける。
「恩も売ったし、レンズ様も断れないらしいというのが、サガ様の作戦です。私は、こういう、やり方は好きじゃないですけどね」
満足そうに自分の仕事をしたと額を拭いてから、ベルはカレーに戻った。
サガは俯いて、恥ずかしさと怒りで震えている。
明らかな人選のミスに、気の毒で仕方がない。
可哀想に思ったカタナが、サガの皿に、おかわりを足してあげた。
「ま、食えよ。あとな、デートの誘いは、自分で言えよ」
「そーですよ。サガ様は頑張ったのですから、胸を張って言えばいいんです」
その頑張ったというのが気になり、聞いてみると、スプーンを片手に教えてくれた。
「ゲット様を狙うなって、お触れを出してくれたんです。私の旦那様の為に、とっても尽力してくれたのです」
いつ結婚したのかは知らないけど、1つ謎が解けた。
俺を狙ってくる死神がしばらく来ていないのは、サガのおかげだった。
嬉しいけど、レンズはどう思うだろうか。
戦う機会が減って、かなり悩んでいたから。
とりあえず、お礼をと思うと、カタナとクックが先に口をついた。
「ありがとな。これは、レンズも断りずれーわ。でも、デートは自分で誘えよ」
「ありがとね。お兄ちゃんを守ってくれて。ぜったい、レンズも喜んでくれるよ」
2人とも、レンズが悩んでいた事なんか、少しも気にせずに喜ぶと言い切った。
「はい。嬉しいです」
恥ずかしさを隠すように、カレーを凄い勢いで食べ始めた。
何度もおかわりをして、しばらく話をして2人が腰を上げた。
「会合が終わり次第、レンズ様に逢い引きを申し込みにきます」
「ごちそうさまでした。ほんとに、美味しかったです。今度、子供達にも、お願いしたいです」
丁寧に頭を下げて、最後は笑顔で帰って行った。
「帰ったから言うけどさ、あいつら舌がイカれてるよな」
そうだよねと言いながら、洗い物と割れた窓を片付けた。
一息つくと、カタナがお茶を淹れてくれた。
ふーふーしながら、俺とクックが飲んでいると、カタナはお茶ではなく、お酒をグラスに注いだ。
「なあ、昔話を聞いてくれるか?」
急にどうしたと聞くと、懐かしい歌を聞いたからかなと、そっとグラスに口をつけ、右手で頬杖をついた。