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不安と……死神殺し 7

 頼りなく揺れるレンズに手を引かれ、一片の光もない闇の中を歩いた。

 刻映(こくうつし)の影響で、ごっそり体力を持って行かれたのか、握った手に力がない。


「大丈夫か、おんぶでもする?」


「いいえ、刻映は半分しか使わなかったので、自分で歩けます。それより、2人とも平気ですか?」


 いつものレンズの口調に戻っていて、逆に俺とクックの心配をしている。

 平気だよと答えるクックの手からは、はっきりと怯えが伝わってきた。

 ここに長く居ては精神的に危ないと、頭と心が警報を鳴らし続けている。

 ここにある闇は、ぬるい水の中に居るように体に絡み付いて、恐怖をどこまでも煽ってくる。

 それに、時間の感覚も曖昧で、どれくらい歩いているのか実感がない。

 こんな場所で、カタナは1人きりと思うと、可哀想で焦りばかりが募った。


「あのさ、俺とクックを抱いて、時去(ときさり)でカタナの所まで行けないか」


 俺の焦りからくる問いは、体力が惜しいと冷静に返された。


「それは、最後の手段です。カタナを止める為に」


 レンズの声からは重い疲れと、俺と同じカタナを案じる気持ちが滲んでいた。

 喋るのも辛そうだと感じ、この先の事を理解した。

 今のレンズを考えれば、時去を使えるのは1度だけだ。

 だから、カタナが力を使った時に、側に走り腕を落とすつもりで、体力を残しているんだ。

 余計な事を聞いたと反省して、休む間をあげようと黙って歩いた。

 黙々と歩き続け、ゴールの見えない恐怖から、クックが耐えられずに口を開いた。


「ねえ、カタナって昔は、あたしって言ってたよね。いつから、オレになったのかな?」


「いつからでしたか。ああ、私をレンちゃんと、呼ばなくなった頃です」


 2人とも、気を紛らわせようと口を動かしていた。


「あれは確か、私が博打で……。ん、声が」


 言いかけた言葉を切り、強く手を引かれ、俺とクックは引っ張られるように駆け足で続いた。

 レンズの足が止まると、カタナの声が下の方から聞こえ、本当に良かったと一気に力が抜けた。


「レンちゃん、いつも一緒だよ。あたしのレンちゃん」


 どこか虚ろなカタナの声と、水溜まりに滴が落ちる音が下から聞こえ、座り込んでいるカタナが連想された。

 真っ先に声をかけたのは、見つけたと気の抜けた俺とクックではなく、この後を気にするレンズだった。


「カタナ、私ならここです。みんな、一緒ですよ」


「あれ、レンちゃんの声がする。凄いね、レンちゃんは、手だけでも喋れるんだね」


 また、水音が鳴り、カタナがなにをしているか解った。

 レンズの右腕に縋っていて、切り口から垂れる血が音を立てていたんだと。

 この闇の中で、どれだけ心細かったのか、俺には想像も出来ない。

 1人じゃないと言おうとすると、レンズの手から落ち着けと力を込められた。


「あの時のカタナに……。危険です、刺激しないように。少しずつ」


 解ったと返して、俺とクックは、努めて優しくカタナの名前を呼んであげた。


「うん、なんだろ。主様とクックの声がする。おかしいね、あたしと、レンちゃんしか居ないのにね」


 擦る音に水音が重なり、胸が締め付けられる。

 抱き締めたい衝動を抑え、ゆっくりと言い聞かせるように、カタナに声をかけた。


「俺は、ここに居る。1人じゃないからな」


「僕もだよ。みーんな、一緒」


 何度も繰り返したが、カタナは現実を受け入れず、俺達ではなく、レンズの腕に語りかけ続けていた。


「嬉しいな。嘘でも、大好きな人達の声が聞けて」


 やがて、我慢の限界がと、思っていたのは、俺よりレンズの方だった。


「いい加減にしなさい。怒りますよ」


 刺激しないようにとは、なんだったのか、レンズの声は苛立っている。


「やっぱり、嘘のレンちゃんなんだね。そんな言い方じゃないし、言う前に怒るもんね」


 ねーと、独り言のように語るカタナに、レンズは俺の手を放した。


「ああ、ざけんなよ。何度も言わすな、みんな、居るんだよ」


「わわ、解ったよ。うん、レンちゃんだね」


 見えはしないけど、恐らく襟首を掴んでいる。

 これをやるのに、手を放したんだ。


「聞けよ、ゲットもクックも居るから。余計な真似はすんなよ」


 シンと静まり返り、次にドサッと音が。


「うぐぐ……。レンちゃんだ。良かった、怖かったよぉ」


「ったく。バーカ」


 カタナの泣き声を、レンズの優しげな声が受け止めた。


「1人はイヤなの。怖くて怖くて……」


 レンズは知ってると言って、カタナは更に大きな声で泣き出した。


「1人なのが、ほんとに怖いんだね」


 良かったと呟くクックに、そうなんですよと、レンズが教えてくれた。


「暗い場所で1人が、1番の苦手なんですよ。まだ意思を持ってない……ウルサイ、黙って泣いてろよ」


「グス……はい」


 話の途中で、まだ泣いているカタナを黙らせた。


「何でしたっけ、そうそう。意思を持つ前は、神社の奥で1人きりだったと聞きました。そこは、暗く寂しい所だったらしいです」


 人間にもあるように、カタナも原初の恐怖に縛られていたんだ。

 それは、とんでもなく怖いと、今の状態も納得だった。

 やがて、カタナの泣き声が小さくなり、レンズが確認と決意を口にした。


「いいか、お前にイヤな事をした奴は、私が殺してやるから、もういいな?」


「ううん、殺さなくていいよ。でも、もういい」


 どうやら、終わったようだ。

 このまま、ベル達が犯人を見つけ、暗閉檻(ダークネス)を解いてくれるのを待っていればいい。

 この終わったという状況が、俺は余計というより、当然の事を言ってしまった。


「ベル達まだかな、早く帰りたいな」


「かえり……たい……?」


 背中に冷たい鋭利なものが通り抜け、腹の下から押し上げるように恐怖が湧いた。


「あたしを……残して……帰るの?」


 そんなワケはと言う前に、突然に風が吹き荒れ、誰の声もカタナに届かなかった。



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