不安と……死神殺し 5
失った腕よりも、カタナを返せと怒りのままに戦いを再開した。
ザラームも同じく、腕を持って行かれている。
私を満たす怒りが邪魔だった。
いつものように、戦いに集中できない。
すぐにでも殺して、力を解いてカタナを救いたいのに。
それからも、互いに決め手を探し、血をぶち撒けながらの戦闘が続く。
流れる血と時間に、体力だけが削られて行く。
早く死ねと繰り返す雑な攻撃では、ザラームを捉えられず、更に時が過ぎて行った。
限界が見え初め、上手くやれるか不安の過る奥の手を考えた時だった。
なんの前触れもなく、カタナを持って行った暗閉檻の球が割れた。
同時に赤黒く透き通る霧が渦を巻き、風のように吹き荒れた。
血と夜を憎しみで混ぜた色の禍々しさに、湧き上がる根元的な恐怖に絡め取られ、動けなかった。
霧が街を覆うように吹き抜けて行く。
辺りから、さざ波のように次々と苦鳴が押し寄せてきた。
対峙していたザラームも、顔に苦悶を刻み血を吐き倒れた。
なにが起こったと、霧の中心を見ると、カタナが肘までしかない私の手に頬ずりをして、虚ろな顔で笑っていた。
霧と同じ色をしたカタナの右腕からは、尽きる事を忘れたかのように、殺戮と言うべき力を産み出している。
街の奥から死にゆく死神達の声が届いて来た。
その中には、子供の声も多くあった。
それだけでは終わらず、草や木が枯れ、空をゆく鳥が落ちた。
なぜ、私には効かないのか。
考えるのは今じゃないと疑問を消し、カタナの側に走り肩を揺すった。
私の姿を目に映すと、正気を取り戻し辺りを見回した。
未だ届いてくる断末魔に、カタナは自分の右腕を見つめた。
「レンちゃん。あたし、子供の声……」
止める間もなく、おもむろに刀を抜き、右腕を切り落とした。
血が吹き代わりに霧が消え、落ちた腕が元の色を取り戻した。
「カタナ、なにやって」
あっけに取られていると、落ちていた私の腕を抱き、血を撒き散らしながら駆け出して行った。
気を取り直し追おうとしたが、誰かが助けを呼んだのか、街の入り口から走り寄る死神達の姿が見えた。
今のカタナは気が動転していて、なにをするか解らない。
それに、あいつらがカタナを狙ったらと考えると、選択肢は1つしかなかった。
重い体を気合いで誤魔化し、カタナを案じながら、やって来た死神達の相手をした。
何人かは逃がしてしまったが、今はどうでもよかった。
鉛のように重い足を動かし、死に絶えた街を、カタナの右腕を抱えて探した。
避難していたのか、街の端の建物にたくさんの死神が倒れているのを見つけ足を止めた。
そこには、幼い子供に縋り付き、私の腕を持って気を失っているカタナがいた。
よかったと、気が抜けて座り込みそうになる。
ここにいては、また死神達が来てしまうし、体力も底を尽きそうだ。
座らせろと揺れる膝を、休むのは後だと黙らせる。
帰ろうと呟き、腕を取ろうとしたが、カタナは左手で固く握り、放そうとはしなかった。
「私の……レンちゃんを……取らないで……」
今のカタナから腕を取り戻すのは、嬉しくて可哀想で、私には出来なかった。
片腕でやってやると意を決し、カタナを背負い、腕は口にくわえ、死だけが残る街を後にした。
なんとか山の入り口に辿り着くと、 限界を越えた疲労に、足が言うことを聞いてくれなくなり、カタナを寝かせ腰を下ろした。
横になりたかったが、きっと寝てしまう。
こんな場所で、無防備に寝るのは自殺行為でしかない。
執拗に襲いくる睡魔と戦っていると、カタナが目を覚ました。
起きるなり、互いの状態に驚き、場所を確かめてから、夢で良かったと安堵の声を聞かせてくれて、私の腕を抱いたまま、また気を失った。
街での凄惨な記憶を、全て夢だと思い込んだようだった。
優しいカタナを考えれば、子供を殺した現実を受け入れられないのは当然だ。
幼い子供がいるとは思わなかった軽率な自分を責め、1人で行けばよかったと、激しく後悔した。
一刻も早く、ここから離れなければならない。
次に目を覚ませば、余計な事を思い出す可能性がある。
離れたいのは山々だったが、片手で背負うのはムリだった。
両腕が揃っていても怪しいくらいに、ギリギリの状態だ。
だけど、大切なカタナを思えば、やるしかない。
決意を固め、腕を取り戻そうとすると、カタナは意識のないままに、閉じられた目から涙を溢した。
「レンちゃん……いっしょ……」
悪夢から解放され、安らかな顔で私を求めるカタナを見て、絶対に守ると力が湧いてきた。
そして、なんとなく解った気がした。
私を守ろうとして使った力が、あの街での虐殺を招いたと。
恐らく、三盾の、白黒赤の3種の力を混ぜたと推測される。
今までに、同時に使うのを見たことはあったが、混ぜた所は見ていない。
どうにかして、私を守ろうと自分に出来る事を、全部やってみたのかも知れない。
私には、カタナの気持ちが痛い程に解る。
守る気持ちが極まれば、行き着く果ては、全ての敵を殺す事だ。
敵を全て殺せばと考える私と、全ての敵から守ろうとするカタナは、コインの裏表のように似た者同士だった。
それなら、守ろうとするカタナを、守ってあげるのは誰だろうか。
「カタナは、私が守るから」
全ての力を集め、身体に神去の力を纏わせる。
カタナを悲しませるものは許さないと、力を解き放った。
どうなったのか、結果を確かめるより先に、意識が途切れた。
目を覚ますと、カタナも起きた所だった。
射し込んでくる陽射しが眩しく、薄目で辺りを見ると、なにもない更地が広がっていた。
私の願った通りに、神去は山を消してくれていた。
「いたた、なにこれ、腕が取れてるよ。ここは、どこかな?」
なにも覚えていないのか、カタナは抱いていた私の右腕を自分の物と思い、当たり前のように腕の傷口に押し付けた。
不思議な事に、腕は自然に癒着し、元々あった腕のように同化した。
それを見て、悟られないように、私もカタナの腕を付けた。
自然と馴染む右腕に、いつも側にと誓った。
見渡す限りの更地に変えられた山は、元の面影を映す物は、なにも残ってはいなかった。
これなら思い出す事はないと、命が終るまで吐き通すと決めた嘘を口にした。
「場所を間違えた。あと、幽霊に襲われて、腕ぶった切られた」
「そっか、怖い幽霊さんから、レンちゃんが守ってくれたんだね。さ、お腹すいたし、街に行くのは止めようね。ハンバーグ作ってあげるから」
私を少しも疑わないカタナは、心からの笑顔を見せてくれた。
それから、逃がした死神が伝えて回ったのか、幼い子供すら皆殺しにし、街を消した虐殺者として、私の名は死神達に知れ渡る事となった。
その名とは、畏怖と憎悪を込めて、死神殺しと。
私は死神殺しの名を、命の尽きるまで背負い続ける。
それは、大切な者に、思い出させないように。
そして、まだ見ぬ、愛する者の為に。