不安と……死神殺し 3
玄関に行きドアのスコープを覗くと、黒い服を着たキレイな女の人と、手を振るベルが見えた。
死神だと思うけど、ベルと一緒なら大丈夫と判断して、ドアを開けた。
「先程は、ご挨拶も出来ず、無礼をお許し下さい」
丁寧に頭を下げられ、先程とはと考えて、そうだと思い出した。
帰りの途中で、タコヤキを売っていたキレイなお姉さんだ。
「ゲット様ー、愛してますー」
抱き付いてくるベルに、お、おうと言っていると、みんなが心配してやってきた。
当然のように、ベルを引き剥がしてから、その人はと聞いた。
「なに言ってるんですか、サガ様ですよ。忘れちゃったんですか?」
闘技会で司会をしていたサガは覚えているけど、別人にしか見えない。
「レンズ様、お忘れですか。悲しいです」
潤んだ瞳でレンズを見つめ、引くほどに深爪された人指し指に、ゆっくりと舌を這わせた。
見覚えのある仕草と、レンズの怯えが、間違いなく俺達の知ってるサガだと教えてくれた。
「あの時は、化粧をしていなかったので」
それにしても、変わり過ぎだ。
とりあえず、立ち話もアレだしと、上がってもらう事に。
リビングに通すと、ベルが食事中だったんですねと、メニューを聞いてくる。
教えてやれよと、カタナが肘でレンズを小突いた。
「カレーです。私が作りました」
サガの目が金色に染まり、ベルのお腹がくぅと鳴いた。
「レ、レンズ様が、お作りに。そ、それは、いいですね。出来れば、食べてみたいです」
「さっきまで、お仕事だったので、お腹が空きました」
自分の作った料理を食べたいと言われて、レンズは上機嫌なのに、困ったフリをした。
「これは、ゲット様のタメに作りました。食べたいのでしたら、ゲット様に許可を貰わなくては」
いいですよねと、嬉しさが隠せていない。
ここは、レンズに乗ってあげよう。
「せっかくのレンズの料理だから、勿体ないけど、ベルとサガならいいよ。みんなで、食べた方が美味しいからな」
流石ですと、ベルが手を叩いて喜んだ。
「ゲット様の器の大きさに、感服しました。レンズ様の、料理なんて至宝を……。分けて下さるとは……」
やたらサガは息が荒いけど、俺の株は上がったようだ。
「ゲット様が、そこまで言うのなら仕方ないですね。少々、お待ちを」
ウキウキしながら、台所に飛んで行く。
ったくと、カタナが笑って、サガとベルをテーブルに着かせた。
2人とも、待ちきれないと、台所でカレーを温めるレンズを見ている。
「そういえばさ、なんで、タコヤキ売ってたの?」
レンズに見とれていて、一拍おいてから、は、はいと、教えてくれた。
「人間の世界での、お金を稼ぐ場を作っていたのです」
凄い方なんですと、ベルが続けた。
「サガ様は、貧乏な死神のタメに、とっても尽力してくれてるんです。今日はお手伝いしてたんですけど、私も、ちょっぴり偉くなった気分です」
誉めてと言ってるベルが可愛いらしい。
2人とも立派なんだねと言うと、顔を赤くしてモジモジした。
お前らチョロいなと、カタナが言っていると、レンズがカレーを運んで来た。
「どうぞ、お召し上がり下さい」
並べられたカレーを見て、ベルが変わった色ですねと、当然の疑問を口にする。
サガはどっちも気になるのか、レンズとカレーに、視線が行ったり来たりしていた。
予想していた反応に苦笑いをして、冷めるから食べようと手を合わせた。
「いただきま……」
ベルが手を合わせたと同時に、窓の割れる音を連れて、拳大の黒い球が飛び込んで来た。
全員がカレーに気を取られていて、対応が遅れた。
テーブルの真ん中に落ちた球は、見る間もなく膨れ上がった。
「つっ」
誰の声か解らず、とんでもない速度で引っ張られ、壁に叩きつけられる。
息が止まる感覚と衝撃に、視界が定まらない。
「すいま……せん。緊急でしたので」
助けてくれたのは、レンズだった。
俺は大丈夫だと、レンズを見ると、右腕の肘から下が無く、血が滝のように噴き出していた。
「俺はいい、マジで大丈夫か。みんなは」
反対の壁にクックが張り付いていて、台所の方には、ベルがサガに覆い被さっていた。
部屋に荒れた様子は見えず、テーブルの上もそのままで、割れた窓ガラスだけが散らばっていた。
いくら探してもカタナの姿が見えず、名前を呼ぶと、クックが咳き込みながら答えた。
「僕を助けて、カタナは」
どうやら、クックを突き飛ばして、自分は間に合わなかったようだ。
「これは、非常に危ないです。あの時と、同じ……」
腕を押さえるレンズは、血の気を失い青ざめていた。
「ベルーガ、聞きなさい」
立ち上がったサガは、怒りに顔を歪ませている。
はいと、ベルが目を伏せた。
「私が来たせいで、カタナ様と、レンズ様が……」
後悔と懺悔を滲ませ、レンズの失われた腕を見つめた。
「私は怒りで、おかしくなってしまいそうです。今すぐに、咎人を探しなさい。生きたままです」
最後のセリフに、ベルは浮かんでくる躊躇いを消し、胸に手を置いて一礼をした。
「畏まりました。では」
頭を上げて、懐から継扉の鍵を取り出した。
俺達に、すいませんと目で伝え、鍵を回し行ってしまった。
「全て、私の責任です。急ぎますので、これを」
怒りに震えながら、両手で鍵を差し出した。
「そんなのどうでもいい、カタナはどうなったんだ。どこに行った?」
「お怒りは痛い程に。ですが、今は抑え、お聞き下さい」
落ち着いてと、クックが手を握ってくれて、レンズが頷き、血だらけの手で鍵を受け取った。
「それは、私が特別に作った物です。1度だけ、想い人の場所に行けます」
継扉の鍵とは、サガの力を押し固め、誰にも使える形にした物だった。
「カタナ様は、生きています。この力は……」
「知ってます。犯人を探しに行って下さい。私達にも、する事があるので」
愛するレンズに申し訳が立たず、噛み締めた唇に血が滲んだ。
それよりもと、いい事を思い付いた。
「その鍵で、犯人の場所には行けないのか?」
「特別な想いがなければ、使えないのです」
いまいち使い難いが、他の使い途があると、イラ立つのは後だと言い聞かせた。
「罰は後程、お受け致します」
顔向けが出来ず俯いたまま、首の高さで手を横に振り、初めから居なかったかのように消えた。
「行くぞ」
カタナが生きてるなら、この鍵で助けに行ける筈だ。
「ゲット様はダメです。行くのは、私だけです」
腕の傷口の少し上を、口と左手を使いヒモできつく縛った。
血が垂れているが、気にもしていない。
クックがタオルを持ってきて、レンズに渡した。
「僕も行く。カタナは、僕を助けてくれたから」
たぶん、カタナは自分には効かないと思い、クックを助けたんだ。
「いいえ。クックには、ゲット様と一緒に、ここから離れてもらいます」
「なんでだよ、絶対に行くよ」
あれをと、テーブルを指差した。
指の先を追うと、小さな黒い球が落ちていた。
「カタナは、その中です。力の名は、暗閉檻。過去に、今と同じ事がありましたから、よく知っています。私が死神殺しと呼ばれる事になった元凶です」
青ざめるのを通り越し、紙のように白い顔で、レンズは黒い球を見ていた。




