不安と……死神殺し 2
レンズの言葉に、カタナは舌打ちを堪えた。
アレってなんだと、疑問が浮かんで、2人のやり取りを見守るしかない。
「それは、関係ないだろ。お前はそんな奴だったのかよ。見損なったぜ」
「それは、私のセリフですね。カレーを食べない理由が解りません」
レンズには悪いけど、仕方ないと思う。
なぜなら、食べ物に見えないから。
「別にいいですよ。あーあ、今日はナシですね。我慢が出来るのか楽しみです」
からかう口調に、足下を見やがってと憎らしそうに俯いた。
弱味を握られているのか、いつも強気なカタナが、見る影もなく暗い顔をしている。
「イジワルすんなよ、頼むよ……」
「どうしましょうか。では、お願いしてみて下さい。昨日と同じように。そして、カレーを食べると誓いなさい」
しおらしいカタナに、レンズは勝ち誇った顔で眼鏡に手を置いた。
「い、今かよ、後でいいだろ。ゲットもいるし……」
俺がいると都合が悪いようで、また俯いてしまった。
「いいえ、私はゲット様にも見て頂きたいのです。カタナの本当の姿を」
「イヤ……だ。我慢……する……」
歯を食い縛り、途切れがちに言葉を絞り出した。
「レンズ、やめなよ。イジワルしたら可哀想だよ」
クックが見かねて止めに入った。
さすが、我が家の天使だ。
「止めてもいいですよ。では、これは要らないという事になりますね」
いつ取り出したのか、レンズの手にローションのボトルがあった。
それを見て、カタナがゴクリと喉を鳴らした。
ここで、やっと俺にも解った。
ローションが欲しくて、レンズに強く言えなかったと。
数日前に、みんなで作ったエッチな鞘の生み出す快楽に、カタナは虜になっていた。
ただし、使用するには、ローションが必要だった。
給料日まで、お小遣いのないカタナは、大人買いしたレンズにお願いをして、分けてもらっていたようだ。
俺が状況を飲み込めたと悟り、レンズが畳み掛けた。
「給料日まで、まだ遠いですよ。貴女には耐えられません。お願いすれば、楽になれますよ」
飢えを宿した目でローションを見つめ、握り締めた親指の付け根を噛んだ。
女王様なレンズと、堕ちていくカタナの葛藤に興奮を抑えられない。
快楽に負けて欲しくないとも思うし、堕ちる姿も見てみたい。
どっちだと、ドキドキしながら見ていると、カタナが諦めたように肩を落とした。
そして、俺を見ないように、媚びを含んだ声を。
「レンズ様、どうか、この卑しい……」
言いかけた言葉を、ピンポーンと間の抜けた音が遮った。
それは、堕ちていくカタナを止めようと、運命が待ったをかけたのかもしれない。
いい所だったのにと立ち上がると、クックが駆け足で玄関に向かい、レンズが時計を確認した。
時間的に考えて、死神が来たと思っていると、クックが小包を抱えて戻ってきた。
「ほんとは、昨日に来るんだったんだけど、遅れて今日になったの。はい、カタナ」
精神的に屈服していて、項垂れたまま、なにと聞きながら受け取った。
「ほらほら、開けてみて」
ニコニコするクックに言われるままに、カタナは小包を開けた。
「えっ、マジか?」
箱の中には、ローションのボトルが2つ入っていた。
信じられないと、何度もクックと箱を確認する。
「カタナがね、頼みにくそうに、レンズにお願いしてたから。ごめんね、僕のお小遣いじゃ、2つしか買えなかったの」
クックは我が家の天使だと思っていたけど、もしかしたら神様なのかもしれない。
バカ野郎と言って、クックを抱き締めた。
「なに、謝ってんだよ。ありがとうな。給料日には返すから」
「いらないよ。僕もね、いつも、美味しいご飯をありがとね」
「嬉しいこと言うなよ。明日は、ハンバーグにしような。クックだけ特製にしてやる」
わーいと喜んで、大きな胸に顔を埋めた。
たくさんの感謝を伝えてから、レンズを睨んだ。
「おい、腐れメガネ。その錬金術の失敗作を下げろよ。あと、お前はハンバーグないから。堕ちる所が見たいとかいう変態もな」
いつものカタナに戻っていて、爪を噛むレンズが焦っている。
ついでに、俺の頭の中もバレていた。
「ず、ズルくないですか。そ、それに、2つでは持ちませんよ。そんな態度で、いいのですか」
もう、レンズが憐れで見てられない。
残念だけど、形勢は逆転されたんだ。
「いらねえよ。クックのおかげで、目が覚めたからな。人の弱味につけこむ奴は、大嫌いなんだよ。早く片せよ、晩飯を作るんだから」
誰も味方がおらず、謝ろうという空気に、レンズは泣き出してしまった。
「……グス……。私は……」
次々と溢れる涙を拭って、だってと繰り返した。
これは、なにか理由があるなと、カタナが来いよと言った。
レンズは、とんでもない速さで、カタナの胸に飛び込んだ。
「だって、戦わない私は、ここにいていいか、怖くて」
何度も言葉を詰まらせた。
仕方ない奴だなと、カタナは頭を撫でてあげた。
「聞いてやるから、言ってみな」
コクコクと頷いて、心の内に湧いた不安を静かに口にした。
「しばらく、ゲット様を狙う死神が来てません。それは、いい事だと思います。だけど、不安にもなりました。戦わないなら、私は必要ないですから」
言われて気が付いた。
俺の命を狙う死神が、しばらく来ていない事に。
それで、自分の存在理由に悩んで、料理をしてみたり、カタナにイジワルをしていたんだ。
声には出さず、カタナに代わってくれと伝えると、解ってるじゃんと、ウィンクを返してくれた。
離れたカタナに代わって、優しくレンズを抱いてあげた。
「ごめんな、気付いてあげられなくて」
背中に回された手から、レンズの想いが伝わってきた。
俺を守る役目を失いかけて、なんでも出来るカタナが、羨ましくて堪らなかったと。
「つ、辛かったです。実験って言われたり、魔女とか錬金術って……。ううっ、カタナが羨ましいです。料理も出来て、キレイで胸もあって……私は……なにも……なくて……」
思えば、料理をしていた時のレンズは、ずっと笑ってた。
バカにされるのが解っていたから、白衣を着たり、帽子を被っておどけて見せてたんだ。
こんなに悩んでいたのに、気付きもせずに、必死に作ってくれた料理を悪く言ったりして、俺は大バカだ。
「カレー、ありがとうな。食べるよ」
俺は、レンズの気持ちを踏みにじったんだ、謝っても赦されるレベルじゃない。
どうすればいいか、そんなの決まってる、俺も気持ちで応えてやるしかない。
「ムリしないで下さい。余計に、辛いです」
不安に塗り潰された顔に、涙が頬を伝い床に落ちた。
女の子に恥をかかせて、泣かせてしまった自分を殴ってやりたくなる。
「全部、食ってやる。誰にも、分けてやらない。絶対に美味しいって知ってるからな」
「ざけんなよ、俺の分はやらねぇよ」
「僕もだよ。みんなで、食べよ」
みんなテーブルに着き、カレーを食べた。
不味いとか、食感が悪いとか、そんなのはどうでもいい。
正直に、そのままを伝えてあげる。
「味は悪いけど、こんなに、気持ちが伝わってくるカレーは初めて食べたよ」
これは、ウソじゃない。
食べる毎に、レンズの想いが伝わってくる。
ルゥが多めのカタナは無心で口に運び、クックは味わうようにモグモグしていた。
「おかわり」
3人で一緒に言って、皿をレンズに見せた。
口を押さえて、嬉しいですと泣きながら笑ってくれた。
どうして、最初からこうしなかったと、後悔するくらいに、イイ顔を見せてくれた。
気を利かせ温め直してくれているレンズに、カタナが気になった事を聞いた。
「味はアレだけど、どんな作り方をしたんだ。やたら、お前の気持ちが流れてくるんだけどさ。教えてくれよ」
「ふふ。隠し味に、精神感応物質を。高かったですけど、バッチリですね」
聞き慣れないワードに、少しの沈黙が。
「いいか、なにも聞いてない。いいな?」
小声のカタナに、もちろんだと答える。
どこで買ってきたのと不思議がるクックに、食べてからなと、考えるのを止めさせた。
楽しげなレンズの鼻唄を聞きながら、カレーを待っていると、インターホンが鳴った。
またかと、誰も荷物はないか確認を取ると、レンズが少しだけ期待しながら、死神だったらと呟いた。




