郵便と……お願い 中編
やって来たベルに、みんな口を揃えてチェンジと言ってしまった。
「ひっく……。酷いです、チェンジなんて」
悪いとは思うけど、遊びに行くとか他の仕事なら大歓迎なんだ。
正直な所かなり可愛いし、本当は強いのも知ってるけども、今回はちょっと辛い。
これも知ってるけど、念の為に苦手な物はなにか聞いてみる事に。
「オバケが、この世で1番キライです」
ほら、これだよ。
前の仕事の時も、気絶したり塩をぶちまけたりで大変だった。
「ごめん、歴戦の死神って聞いてたから、ベルとは思わなくて」
「もう1度、言って下さい」
「いや、ベルとは思わなくて」
そこじゃなくてと、もう少し前でとお願いされる。
「歴戦の死神?」
「えへへ。誉められました」
やっぱり可愛い。
ほんわかした顔で喜んでる。
後ろの方では、チェンジだと騒いで、怖がり2人が必死に電話をかけていた。
「くそっ。あのアバズレ、電話に出やがらねぇ」
「もう終わりです。最後に……」
レンズが箱からローションを取り出して、風呂場に行こうとするのをカタナが止める。
「ざけんな、ラリったまま行く気かよ。だったら、俺も考えがあるからな」
大人のオモチャを持って、なにかやろうとしている。
このまま見ていたいけど、仕事が終わってからだと大きな声を出して止めた。
「みんな、落ち着け。あと、クック以外の人はチェックするから」
3人を並ばせてから、1人ずつ確認と約束を。
「はい、ベルは鎌を持って来てるな。レンズは、お酒と眼鏡洗浄機を持ってくなよ。カタナは力業で気絶するのはナシな」
「気絶じゃなくて、寝てしまったら……。クック様はいいのですか?」
「クックは大丈夫。幽霊退治では、俺の心の支えだから」
ズルいとか聞こえてきたけど、今までの事を考えてくれ。
台所にある塩を持って、全員に分けようとして止めておく。
他の人はあてにならないし、持ってるのは俺とクックだけでいい。
塩を渡すと、時計を気にして困った顔を見せた。
「お兄ちゃん、僕の荷物が……。待ってちゃダメかな?」
ごめん、クックが行かないなら、俺も絶対に行かないよ。
じゃあ私もとか聞こえるけど、ダメに決まってる。
珍しくクックが譲らないから、もう少しだけ待つ事にして、その間に詳しく仕事の内容を確認した。
「なんでもですね、手当たり次第に想いを集めてる幽霊さんみたいです。怨みとか恋慕を抱いた幽霊さんを取り込んでるらしいですよ。それより、報酬は12万円ですよ」
ああ、それは危険だ。
ハンパな金額なのはいいけど、報酬の額が破格すぎる。
ケチなあの人が出す額じゃない。
クックも乗り気じゃないし、明日にしようと提案してみる。
「報酬はキャリーオーバーみたいです。前の2組が失敗したので、上乗せされたんです。あと、明日になれば半額にされちゃいます」
そんな、宝くじみたいな感じなのか。
どうせやる事になるなら、今日しかなさそうだ。
行くぞと立ち上がると、インターホンが鳴り、クックが玄関に駆け出して行った。
よかった、間に合ったようだ。
すぐに荷物を抱えて戻ってきたけど、頭にはハテナマークが浮かんでいる。
「僕のだったけど、なんでかな?」
伝票に書かれていたのは、なんとPC部品だった。
「え、なに買ったの?」
まさか、クックがPC部品に手を出すとは、全く思ってなかった。
そっと箱を開けて、中を確かめた。
「うん、僕のだ。お仕事がんばろ」
気になるのは俺だけで、ベルは報酬に目が眩んでいるし、後の2人は怖くてそれどころじゃないようだ。
「よし、行くぞ。終わったら、みんな楽しみがあるんだから、頑張ろう」
届いた荷物を見つめ、カタナとレンズが唾を飲み、クックが大切そうに箱を胸に抱いた。
「あ、そのローション、スクちゃんも愛用してます。お風呂をヌルヌルにされて、大変なんですよね」
「この粘度が……」
話に乗ってくるレンズを遮り、後にしてと言うと、はいとベルが継扉の鍵を出した。
「行きますね」
床に鍵を差してガチャりと回した。
ぐるんと景色が回転し、朽ちかけた一軒家の前に移動した。
人里から離れているのか、辺りには他に民家は見えない。
タイミングを合わせたかのように、日が沈んで暗くなっていく。
周りを林に囲まれ、暗い中にポツンと建つ家が寂しさと不気味さを伝えてくる。
怖がり2人が、ガッチリと俺の両腕をキープした。
掴まる場所を探して、ベルが後ろから俺の服を握った。
「あれ……」
持ってきたのか、箱を抱いてクックが膝をついた。
なにか様子がおかしい。
「どうした、大丈夫か?」
魅入られたようにクックは動かず、怖がり達が怯え出した。
「か、帰ろうぜ。ヤバいって、クックがビビるってマジだって」
「は、はい。これは、ダメなやつです」
盛大にテンパり、ベルが寝ようとしている。
「いいから落ち着けって。クック、大丈夫か?」
「え……だって……」
「キャー」
黙っててと言うと、アレと指差した。
家の入り口を見ると、どこから湧いたのか人影があった。
もうお出ましか。
慌てて塩を出そうとすると、ガッチリ掴まれ腕を動かせない。
「ちょっと、離せって、ヤバいから」
完全にムシされ、更に力が込められる。
ベルに至っては、腰に抱きついてスヤスヤ寝てやがる。
器用だけど、イライラしてきた。
「頼むって、ほら、来てるから」
ゆっくりだけど、幽霊が近付いてきていた。
「……ゲ……ッ……ト……」
あれ、俺の名前を言ったのか。
目前に迫る幽霊は、どこかで見たような面影がある。
それに、服装が不自然だ。
こういう時の幽霊の服は、白いワンピースとか着物が定番の筈だ。
だけど、この幽霊の服は、カジュアルで明らかにサイズが合ってない。
はち切れそうな胸に、小さなカットソーが悲鳴を上げて頑張っていて、下はキュロットのホックとチャックが閉まっていない。
まるで、大人が無理をして子供用の服を着ているように見える。
「てめえ、ゲットになんかする気か」
「赦しません」
幽霊が俺の名前を呼んだせいで、本能的に守らなければと2人が恐怖に打ち克った。
そのまま、幽霊に向かい突っ込んでいく。
「ダメー」
クックが叫び、幽霊が消えたと同時に2人がぶっ倒れた。
なんだ、攻撃されたのか。
「逃げ……ぐっ」
「ゲットさ……」
更なる攻撃をされたのか、苦鳴を上げて気を失ってしまった。
この2人が瞬殺されるって、マジでヤバすぎる。
「ベル、起きろ。俺が塩で時間を稼ぐから……まず、起きろ」
ベルはダメだと判断するしかない。
俺の腰にしがみついて、意地でも起きようとしないから、ストラップ的な物とする。
「クック、2人を連れて離れてくれ」
「お兄ちゃん、よく見て。あれは、僕……だよ……」
なに言ってと、幽霊を見ると涙を流し俺を見つめていた。
襲ってくる様子はなく、声にならないのか口だけを動かしていた。
唇の動きを読むと、お兄ちゃんと言っているように見える。
「もう1人の……僕……。お兄ちゃんに、嫌われたくなかったって言ってる」
もしかして、クックの別人格なのか。
前に、暴走したクックを止めるのに、キライと言ってしまった事を思い出す。
よく見れば、そっくりだ。
クックが成長したと考えれば、妙にしっくりくる。
大人クックが手を伸ばした。
「うん、おいで、じゃないね。おかえり」
クックも手を伸ばし触れると、一瞬だけ光を放ち、2人が1つに溶け合った。
「ゲットお兄ちゃん、あの時はごめんね。私が間違ってた」
口を開いたのは、見た目も口調も大人の方のクックだった。
まずですね、あの服がですね、ビリビリなんだけど。
元から着ていたクックの服は、急激な成長に耐えられず、まるで役目を果たせていない。
「あれれ、お兄ちゃんのエッチ。待ってて」
俺の視線に気付いて、イタズラっぽく舌を出した。
クックが持ってきていた箱を開けて、ニッコリ笑った。
「さっすが、もう1人の私だね。はい、お兄ちゃんは、そっち向いて」
そういや、荷物の中身は聞いてなかったと、まだ離れないベルと一緒に、後ろを向いた。
聞こえてくる衣擦れの音に、着る物かと想像が湧いてくる。
「いいよ」
振り替えると、下着姿のクックが目に飛び込んできた。
いや、これは下着なのかと疑ってしまう。
体を覆っているのは、赤いヒモ状のリボンだ。
それを際どくエロく重ねられていて、隠されている部分が気になってしょうがない。
「もう1人の私が、サイズの関係ない下着を選んだんだね」
そうか、幼いクックでは、サイズの問題で大人の下着を買えなかったんだ。
「えーと、クックは大丈夫なのか?」
「うん、今だけ体を貸してくれるって。すぐ消えるから、心配しなくていいよ」
なんて言った、消えるってなんでだ。
「そんな顔しないで。私は会えただけで、十分なんだから。もう、やりたい事は終わったからね」
俺のセリフだと言えるくらい、寂しそうな顔でクックは笑った。