日常と……探し物 前編
目覚まし時計が1日の始まりを告げ、夢の世界から現実に連れ戻される。
喧しく鳴り響く音に、はいはいと手を伸ばす前に、自然に止まってくれた。
2度寝のチャンス到来と、止めてくれた人に感謝しながら目を閉じる。
背中になにかを押し付けようと、回された小さな腕と空間に苦笑いが浮かぶ。
「ムリかなぁ。ぐってやったら、起きちゃうし。どうしたらいいかな?」
ああ、ぜんぜん大丈夫なんで、ぐぐっーとお願いします。
いいですよね?
いいえと、首を振るレンズと目が合う。
ベッドの中には、胸を押し付けようと頑張っているクックがいる。
これは、レンズにとっても切実な問題らしく、ペタペタと自分の胸を確認した。
「もっとこう……。じゃなくて、代わって下さい」
「ヤダ。今日は僕だもん」
俺が起きた事で、遠慮なく力が込められる。
パジャマ越しに体温が伝わってというか、クックは服を着ていない。
なんでと、俺の声とレンズの驚きが重なってしまう。
凄まじい速さでレンズが服を着させ、ベッドから降ろさせた。
「ズルいです。そ、そんな大胆な」
「レンズに言われたくないもん」
よく見れば、レンズも下着しか着けていない。
それも、かなり際どく目のやり場に困ってしまう。
胸はあれだけど、下はヒモしかない。
それ、どうなってと目を奪われ、クックが頬を膨らませた。
「ズルいー。僕もそれ欲しい」
「ふふん、いいでしょう。さ、ゲット様。朝のお世話をするのは、メイドの役目です」
いそいそとベッドに入られ、たどたどしい手つきでパジャマを脱がされていく。
朝からダメだろと立ち上がろうとして、今は動けないと知らされる。
いや、ある意味で立ってはいるけども、そうじゃない。
されるがままの俺に、クックが服を脱ぎ捨てベッドに入ってきた。
「僕だって負けない」
「また裸で、はしたないです」
言い合いをする2人に前後から挟まれ、更に動けないけど、とっても幸せです。
このまま、どうなってしまうのか。
「どうもならねぇよ。さっさとメシ食えよ」
唐突に入ってきたカタナに、2人は首根っこを捕まれ、ベッドから出された。
「お前も、収まったら来いよ」
そう言って、2人を捕まえたまま、部屋から出て行ってしまった。
俺の動けない状態をお見通しで、メチャクチャに恥ずかしい。
そういえば、今日はカタナが来るのが遅かったな。
1番の早起きの筈だけど、なんて考えて自分を落ち着かせた。
顔を洗ってからリビングに向かうと、カタナが楽しそうに沢山のお弁当を作っていた。
手際の良さを披露しながら、プラスチックのフードパックに料理を詰めていく。
いつもは、俺とレンズの分だけなのに、数が合わない。
ようやく起きてきた頭が、昨日の会話を思い出す。
「明日さ、保育園の遠足なんだよ。弁当を作ってもらえないガキが何人かいてさ、俺が作ってやる約束をしたんだ。食費がどうとか、ゲットはガタガタ言わないよな」
そうだ、俺は当たり前だと言ってた。
子供が喜びそうなオカズの数々に、クックが羨ましそうに眺めている。
「僕もー。僕も食べたい」
あいよと、カタナはクック用のフードパックを追加した。
着々と出来ていくお弁当を、クックはわくわくしながら見ている。
レンズはというと、自分にはないスキルに暗い顔で爪を噛んでいた。
「どうよ、キャラ弁なんて初めて作ったけど、けっこう楽しいな」
流行りのキャラクターを模したお弁当は、非の打ち所がないくらい完璧だ。
これは、絶対に子供が喜ぶと太鼓判を押せる。
わーいと、クックも嬉しそうだ。
「お兄ちゃん、時間だよ」
おっと、もう行く時間だ。
みんなに見送られ、行ってきますと家を出た。
学校に着くと、緊急の全校集会がと担任に言われ体育館に。
やたら話の長い校長から、昨日の事件を知らされた。
なんでも、うちの生徒が通り魔に合って怪我をしたらしい。
俺は全く知らなかったけど、けっこう噂になっているみたいだ。
その噂というのが、口裂け女だというから笑ってしまう。
生徒のほとんどは、適当に聞き流していた。
だらだらと続く校長の話に、PTAが騒いだおかげで、今日は2限で授業は終わると聞いて、ラッキーとテンションが上がった。
教室に戻ると、みんな終わったらどうすると、盛り上がっていた。
誰も口裂け女なんて、少しも信じてはいなかった。
授業が終わり、さっさと帰ろうとカバンを持つと、後ろから声をかけられた。
「遊びに行こうぜ」
声をかけてきたのは、数人しかいない友達と呼べる奴だ。
言い訳になるけど、地元じゃもう少し友達がいる。
こっちの高校では少ないだけだ。
「お前、最近つき合い悪いけど、彼女でもいんの?」
うーん、彼女かどうかは解らないけど、3人くらいはいるかな、絶対に言わないけど。
つき合いが悪いのも、1人で待ってるクックが寂しいと思って、速攻で帰ってるだけだし。
まあ、断り続けるのも悪いし、いつもの時間に帰ればいいかと、遊びに行く事にした。
他にも仲のいい2人を誘い、4人でどこ行くと話しながら学校を出た。
ゲーセンでも行くかという提案に、この近くのは確かと考えていると、おい見ろよと立ち止まる。
道を挟んで見えるのは、列を作って歩いている小さな子達だ。
その先頭には、エプロンを着けたカタナがいた。
どうやら、朝に言っていた遠足の途中のようだ。
「あの先生、マジで美人じゃね。胸すげぇし」
確かに、エプロンを押し上げる胸はハンパない。
髪はポニーテールにしていて、化粧もナチュラルで、先生と呼ばれ柔らかい表情で笑ってる。
仕事中のカタナは、こんな感じなのかと新鮮な気持ちだ。
俺の視線に気付いたのか、小さく手を振ってくれた。
「おい、こっちに手を振ってねえか?」
ごめんな、あれは俺になんだよ。
マジでいいなと友人達がカタナを誉めるのは、自分の事みたいに気分がいい。
「先生、どうしたの?」
「ううん、なんでもないよ。行こうね」
子供達から急かされ、カタナは俺から目を離し、遅くなっていた足を前に進めた。
他の連中に解らないように、少しだけ手を振って見送った。
「あんな先生がいるなら、ガキに戻りたいよな」
みんなカタナの美貌と胸にやられ、羨ましいと話をしている。
カタナは俺が好きなんだよと、言いたいのを必死に我慢してゲーセンに向かった。
初めて来たゲーセンは、さっき考えていた通りだった。
カウンターには、制服姿で仕事をしているレンズが見える。
「なあ、あの眼鏡の店員、かなりイケてね?」
入ってきた俺達に、レンズは笑顔で頭を下げた。
仕事の邪魔をしては悪いと、カウンターから離れたコーナーで遊ぶ事に。
レンズはさりげなく、俺達の側で掃除をしてみたり、景品の補充をする。
もはや、さりげない感じはなくて、ワザとらしくて、さすがに気付かれた。
「あの店員さ、俺達を見てないか?」
これもごめんな、見てるのは俺なんだよ。
みんなが気にするのもよく解る。
外で見るレンズはかなりイケてるし、ちゃんと胸もある。
あれ、胸はなんでだろうか。
目の錯覚か、いや今朝も下着姿を見ている。
きっと、便利な物があるんだ。
それは置いといて、彼女として隣にいたらとか、スタイルいいなとゲームよりレンズの話で盛り上がる。
みんながレンズを誉めるのは、素晴らしく気分がいい。
あのイケてる店員と一緒に暮らしていると、言いたいのを堪えて話を合わせた。
あんまりにも、レンズがうろちょろするから、勘違いした1人がナンパしてくると、行ってしまった。
結果は、好きな人がいるからと、あっさり断られたようだ。
レンズがモジモジしながら、遠目に俺を見ていた。
「まあ、あんな美人なら仕方ないって」
好きな人は俺だと、言ってやりたいのを堪えて肩を叩いた。
だよなと解っていたのか、あまり落ち込んではいない。
だけど、フラれたせいで居心地が悪いと言い出して、カラオケでも行くかという流れになった。
今から行ったとしたら、帰るのは遅くなってしまう。
止めとくと言って、友人達と別れ俺はゲーセンに残った。
俺が1人になると、周りを確かめてからレンズが側にきた。
「ゲット様が来て、ビックリしました。言って下さればよかったのに」
「いや、偶然だよ。学校が早く終わってさ。さっきカタナにも会ったんだ。先生やってるカタナは家に居る時と別人だな」
そうですかと、カタナの話は気に入らないと顔に出てる。
これはミスった、話を変えた方がよさそうだ。
「友達がさ、みんなレンズがイケてるって。俺も鼻が高いっていうか、うん。よかった」
「え、あ、はい。ゲット様がよければ、私はなんでも嬉しいです」
声が裏返るくらい慌てて、恥ずかしそうにしてる。
こんな顔を見れるのも、俺だけだと思うとかなり嬉しい。
このまま話をしていたいけど、仕事の邪魔かなと言うと、そんなことはないですと全力で否定された。
それでも、いつまでも俺の側にいるワケにはいかず、そうだと時計を見た。
「もう少しで、休憩時間になります。一緒にお昼を食べませんか?」
せっかくのお誘いだけど、休憩を潰すのは悪く感じる。
それに、仕事が終われば家で気にせずに話が出来るから、ここは我慢する事に。
「クックが待ってるから帰るよ」
「そうですか。やっぱり、落ち着かないですよね」
残念そうなレンズが、クックにお土産をとプライズコーナーに案内してくれた。
「今日は、お菓子のプライズが狙い目です。私が設定したんですよ」
「そんな情報を教えていいの?」
見て下さいとレンズの指差す先には、プライズのオススメとサービス台のポスターが貼ってある。
なるほど、秘密でもなんでもないようだ。
「ごゆっくり、お楽しみ下さい」
丁寧に頭を下げて、100点の接客で仕事に戻って行った。
どれがいいかなと、クックの喜びそうな駄菓子のプライズをやってみると、面白いように取れる。
財布の小銭をお菓子に替えて、カウンターにいるレンズに、後でねと目で合図をしてゲーセンを後にした。




