闘技と……手段 10
例のごとく俺は後ろを向いて、みんなは着替えた。
お腹が空いたとか、疲れたと話しながら待っていると、ベル達と3姉妹がやってきた。
スクの姿が見えず、さすがに顔を出しずらいかと聞かないでおいた。
少なくて悪いなと、カタナが3姉妹に賞金を分けてあげる。
あげたのは賞金の3分の1だ。
なにも言わなくても、カタナの考えは解っている。
もう3分の1を、ベルの手に握らせた。
当然のようにベルも理解してくれて、体でお返ししますと脱ぎ出して、俺も一緒に殴られた。
少しだけ話をして、3姉妹が時間を気にしているのを見て解散に。
近い内にお礼をと頭を下げる3姉妹に、チャルナによろしくと手を振り見送った。
俺達も帰ろうとすると、ベルがもう少しだけ待って欲しいと、言い難そうに口を開いた。
「あのですね、スクちゃんが、えーと」
まあ、レンズに会わせる顔がないのは解るけど、水に流そうと本人が言っている。
むしろ、無かった事にして欲しいみたいだ。
「違うんです。全部は買えないので、気に入ったのを迷ってるんです」
え、なにをと、不吉な予感がレンズを襲う。
そういえば、即売会がどうとかサガが言っていた。
見に行ってみるかと、控え室を出て入り口に向かうと、人だかりが出来ていた。
背伸びをして群がる先を見ると、ちょっとした販売ブースに、忙しそうに売り子をするサガが見えた。
「このイベントの目玉の1つです。写真を売ってくれるんです。すっごく売り上げがあるみたいですよ」
この売り上げから、運営費や賞金が出ていると教えてくれた。
なるほどと思い、周りのウットリしたお客さんの持っている写真に目を向け、俺もと走り出す。
写真には邪魔無しで、モロに色々と写っている。
人混みをかき分け最前列に辿り着く前に、かなり本気で殴られ、レンズに引き摺られ戻された。
「殴りますよ」
もう、殴ったじゃないですか。
クラクラして、足に来ているダメージに耐えていると、息を弾ませたスクが側に来た。
「値が釣り上がって、1枚しか買えませんでしたけど、とっても嬉しいです」
どれどれと見ようとするのと、目にレンズの指が滑り込むのが同時だった。
痛すぎて、目を開けられない。
またしても、音声しか楽しめないのか。
「お、いいじゃん」
「うん、ドキドキだね」
カタナとイグの声に、どんなアングルだと想像する。
「レンズ、かあいい」
「ほんと、2人とも恋人みたいですね」
「わー」
誉めているクックとベルに、騒いでいるレンズの声が重なる。
絶対に見てやると、必死に痛みを乗り越えると、今度は真っ暗になった。
「お前は見んなよ。武士の情けだ」
後ろから目を塞いだのはカタナだ。
仕方ないかと、目を閉じて解ったよと伝えると、手を離してくれた。
大切な宝物のように写真を眺めるスクを、ベルも同じ想いで見ていた。
「あの、せっかく分けて頂いた賞金なんですけど、少し使ってもいいでしょうか?」
好きにしろよとカタナが言うと、目を擦すりながら頭を下げた。
「スクちゃん。これで、好きなの買ってきていいですよ」
お金を渡すと、ほんとにと目を輝かせた。
「いつも家計を助けてくれてますからね。少しは返さないと、バチが当たっちゃいます」
「お母さん、大好き」
抱き付いてから、売り切れちゃうと慌てて人混みに戻って行った。
もういいぞとカタナの声に目を開けると、ベルがお母さんの顔で、幸せそうに笑っていた。
「私達は先に帰りましょうか。きっと、迷ったりするのも、楽しいと思いますからね」
お腹が空いたし、待たせていると思いながらじゃスクも楽しめない。
なにより、レンズが早く帰ろうとソワソワしていた。
買い物を終えたお客さん達は、レンズを妖しい目付きで見ている。
そうするかと決めて、ベルが継扉の鍵を取り出した。
もう遅いからと、眠そうなイグを先に家に送り、すぐにベルは戻ってきた。
俺達も帰ろうとすると、売り子をしていたサガが、話をしませんかとやってきた。
まだ賑わいの収まらないブースには、スクが売り子をしている。
「スクには、罰として売り子を任せました。どうぞ、あちらでお話を」
はいと丁寧に頭を下げるベルに、なかなか帰れないねと言いながらサガに続いた。
通されたのは会議室みたいな部屋で、大きなテーブルと椅子があった。
椅子に座ると、サガが飲み物を出してくれた。
「ありがとうございました。写真の売り上げが凄いです。出来れば、次の闘技会にも出てはくれませんか」
特にレンズにと、熱い視線を送っている。
「あ、あの、死神じゃないですから。これで最後にしたいと思います」
答え難そうなレンズは、目を合わせないようにモジモジしてる。
その仕草に、もう可愛いなぁと、自分を抱き締めた。
「サ、サガ様」
妄想の世界に行こうとするのを、ベルが気を使いながら止め、レンズが震えて俺の背に隠れた。
「すみません、レンズ様との妄想遊は後にします。あまり引き留めても悪いので、これをお納め下さい」
レンズから目を逸らさずに、懐から封筒を取り出した。
アレってなにと、ガタガタ震えるレンズを見ないようにして、カタナが封筒を受け取った。
「では、今宵の素晴らしき闘技会に。我、サガ・ネグル・リーパー・ロード。語るには足りぬ程の感謝を捧げます」
胸に手を置いて、恭しく頭を下げてるのはいいけども、名前ってなんて言った。
「レンズ様。次にお会い出来たら、私にも……。いえ、お慕いしております」
顔を赤くしたサガは、そそくさと行ってしまった。
「えっと、サガって統治者なの。あれだよね、死神の最高位だよね?」
「そうですけど、なにか」
なにを今更みたいに言うけど、もういいです。
遠い目をするカタナが話を変えようと、厚さが気になるなと、期待しながら封筒を開けた。
中には2万2千円と、レンズへの想いを綴った分厚い手紙が入っていた。
「なんで死神は、いつもハンパな金額なんだよ」
カタナは手紙にはなにも言わないで、無理矢理にレンズの手に握らせた。
「おし、ベル。ガキ共と一緒にメシ行くぞ。今日はレンズの奢りだかんな」
わーいと喜ぶベルに、微妙な顔のレンズが、好きにして下さいと手紙をしまった。
すぐに子供達とミノを連れてきて、みんなでファミレスへ。
クックの希望する、ハンバーグを食べられるお店が、時間が遅いせいでファミレスくらいしかなかったからだ。
「好きな物を、たくさん食えよ。今日はレンズ姉さんの奢りだ」
カタナは保育士をしているだけあって、引率の先生みたいだ。
はーいと、みんな喜びながらメニューとにらめっこをしている。
ちなみに、ファミレスは初めてらしい。
ベル達の黒1色の姿に、店員さんから、なにかの集まりと思われてそうだ。
ワイワイと楽しく食べて、お腹がいっぱいなると、みんな眠そうな顔をした。
はい、みんなとベルが声を合わせた。
「レンズ様、ごちそうさまでした」
一生懸命に感謝を伝える子供達に、レンズは照れながら笑っていた。
会計をすると、サガから貰ったお金が飛んだけど、ちっとも惜しくないと、レンズの顔に大きく書いてある。
最後にカタナが、スクの分のお持ち帰りのご飯を頼み、お開きになった。
ベルが子供達を先に送り、戻ってきたベルと一緒に俺の家に戻った。
「なにからなにまで、ありがとうございました。返せるのは、体くらいしか」
家に着くなり、いそいそと脱ぎ出すベルにツッコミを入れ、カタナがお茶を淹れて一息ついた。
落ち着くと、ベルが手をついてレンズに謝り、責任は全て私にあると言い出した。
「スクちゃんが、女の子が好きなのは元からです。でも、あんな事をするなんて……。私の育て方が悪かったからです」
ダメな母親ですと涙を溢すベルに、レンズは気にしてないと首を振った。
目をゴシゴシ擦って、タコさんの口をする。
え、なんでと、レンズが後退る。
「だって、この場面は、スクちゃんにもして……」
最後まで言わせず、ベルの襟首を持って、ガクガクと揺すった。
なんて言ったのと聞き返して、怖い顔のレンズに睨まれ、俺とベルはもう言いませんと誓わされた。
「きっと、あの子は大丈夫です。レンズ様のおかげで、道を外れずに済みましたので。写真も、たくさんありますしね」
目眩に襲われるレンズに、カタナが追い討ちをかける。
「はは、今日は何人がレンズをオカズに、メシを食うのかな」
言わないでと浮かんでくる想像を、必死にかき消した。
「レンズってオカズになるの、美味しいの?」
よく解らないクックに、ニヤニヤするカタナが教えようとする。
「暴れますよ」
かなりマジな顔に、ご、ごめんと謝った。
その件には触れないように少しだけ話をして、名残惜しいですがと、ベルが重い腰を上げた。
「最後にレンズ様。サガ様には、お気を付けて」
そう言い残し、ベルは帰って行った。
もうイヤだと暗い顔をするレンズに、まあまあと慰めて、寝て忘れる事にした。
みんな疲れていたので、歯だけ磨いて布団に入りました。
何度も喰らった目突きのおかげで、音声だけも悪くないなと思いました。
目隠しふぇち、いや、声ふぇちになるのかなと考えていると、レンズの怯えた叫び声が聞こえてきました。
きっと、サガから貰った手紙でも読んだんでしょうね。
明日も学校なので、聞くのは起きてからにします。