闘技と……手段 9
「もういいです。貴女には失望しました」
「嘘つき。初めから、期待なんてないクセに」
寂しそうな顔をするスクを無視して、レンズは右足を光に変えた。
神去で地面を抉り取り、下から壁を抜けようと思案していた。
二回戦での闘いから、床を破壊する事は出来ると承知の上だ。
壁の端に移動し、地に向けて神去を解き放つ瞬間、視界の端に影が写り軌道を逸らされた。
爆発が起こり、専戦場の中に煙が舞う。
爆心地はというと、レンズの望む結果は得られず、足を押さえるスクに威力を殺されていた。
「させませんよ。この中ならダメージは有りませんので、いくらでも無茶が出来ます」
スクも同じく、二回戦で見せたレンズの闘いから策を講じていた。
とんでもない破壊力を持つ神去も、今なら受け止められると。
離して下さいとレンズは、足を掴んだままのスクを乱暴に振り払った。
「ああ、レンズ様。その顔は、次の手を考えているのですね。私から逃れる為だけに」
私の為と繰り返し、感極まって涙が頬を伝った。
「所詮は、死神と付喪神。結ばれない運命です。それでも、赦される愛はあると信じています」
どうやってスキを作ろうかと、頭を働かせていたレンズは眉をひそめた。
「私もレンズ様も、幸いな事に時間はあります。新たな愛の形を探しましょう」
スクの話を聞く度に、レンズの顔が曇っていく。
会場のみなも、話に聞き入っている。
壁の外では、ベルがスクの名を呼び、サガが怒りの声を上げていた。
「ここにいる方達は、いつか飽きて居なくなります。ですが、私達だけは永遠に一緒です。ああ、サガ様もでしたね」
忘れてましたと、怒鳴っているサガに目配せをした。
「私は……ゲット様……」
頭を振り考えるのは後だと、反対の壁に向かい神去を放った。
さっきと同じく、スクが間に滑り込み、地面には破壊が及ばない。
「こうやって、無限に繰り返しますか?それもいいですね。死神と付喪神の始まりの愛は……殺し愛としますか」
「もう止めて」
執拗に愛を語るスクに、心の奥底にある恐怖を呼び起こされ、少しでも離れようと距離を取った。
スキを作らなければと、必死にまとまらない頭を動かした。
こんな時こそ以心伝心というか、俺でもレンズがなにを考えているか解った。
だから、俺の頭の中なんてレンズにはお見通しと、読んでくれると信じてる。
心の中でレンズを強く思うと、やっぱり気付いてくれた。
スクに悟られないように、目だけを僅かに俺に移し、解ったと眼鏡にそっと手を置いた。
今のスクから、スキを作るのは容易じゃない。
なにせ、母親のベルも妹のイグの声さえも、意味を成さないのだから。
だったら、絶対に聞かざるを得ない事を言ってやるだけだ。
「スク。どうやったら、レンズが好きになってくれるか、知りたくないか?」
分かりやすいくらいに、スクの顔に動揺が走る。
でも、まだ甘いか。
気にはなっているようだけど、レンズから目を離していない。
「レンズを落とすには……」
ワザとらしくポケットに手を入れて、スクの背後に走り、勿体つけた間を取って言ってやった。
「これだよ」
言ったと同時に、レンズが俺の前に現れ、神去で床を砕いた。
呆然としたスクの足から力が抜け、膝をついて顔を覆った。
俺達の作戦とは、振り返らせる事なんかじゃない。
いくら気になったからと言って、スクがそこまで間抜けなワケはない。
だから、見せてやった。
レンズが俺の方に移動して、イヤでも目に入るように。
目に入れば嘘と見抜いていても、もしかしたらという可能性が芽生える。
作戦通りにスクは俺に気を取られ、スキを作ってしまった。
床に空いた穴を通るまでもなく、専戦場が消えた。
どうやらスクが諦め、サガから奪っていた権限を手放したようだ。
良かったとレンズに声をかけると、目突きをくれた。
どうしてと、痛みと涙が止まらない。
「嘘はいけません。あと、スクを見ないで下さい」
それはそうだけど、さっきの嘘のせいじゃないだろこれ。
手探りをする俺の手を、レンズが両手で握った。
「真剣な方に嘘をついてはダメです。ですから、謝りに行きましょう」
ああ、一緒に謝りに行くのに、俺の視界を奪ったのか。
目を閉じてるとか、やり方はあると思うけど、いいよこれで。
レンズに手を引かれ、顔を覆ったままのスクの側に行くと、サガとベルの声が聞こえてきた。
「死を持って償ってもらう」
「どうか、赦してあげて下さい。罰なら私が」
怒りの収まらないサガを、カタナとクックが後ろから引っ張り下がらせた。
気を利かせてくれた2人に、レンズは目でお礼を伝えた。
顔を上げないスクに、ベルが優しく声をかけた。
「ほら、スクちゃん、レンズ様がお話があるって。顔を上げて」
「イヤです。もう殺して下さい」
レンズはスクの頬に両手をあてて、顔を上げさせた。
目を固く閉じて、スクは手から逃れようと暴れた。
謝りたいと言うと、驚いたように目を開けた。
「スクエア。嘘をついて、ごめんなさい」
音声しか解らない俺は、今かとレンズに続いてごめんと謝った。
俺の役目は終わったらしく、カタナに手を引かれて下がる。
後は任せましたと伝え、ベルも手を引いてくれた。
お話をしましょうと言うと、スクは抵抗を止めて力を抜いた。
「私は弱くて、貴女が怖くて羨ましかったんです。好きな人から拒絶されて、辛かったでしょう」
ひっくと嗚咽から、わーと泣き叫ぶスクを胸に抱き、ごめんねと涙を溢した。
「私は人間を愛してしまいました。付喪神と人間は赦されるのか。いつも、考えないようにしてたんです。だから、死神の貴女に想われると、自分に重ね合わせてるみたいで、怖かったんです」
レンズの溢す涙が落ち、スクは自分の為にと思い顔を上げた。
「前に、私も好きな人を力で奪おうとしたんです。でもね、すぐに後悔しました。泣いてる私に、その人はどうしたと思いますか?」
目を白黒させるスクに、こうしてくれたのと呟き、唇を優しく重ねた。
「私を、好きになってくれて、ありがと」
そっと唇を離して、あの人も見てないし内緒ですよと、人指し指を口元に置いた。
その瞬間、会場の全てからキャーと歓声が轟いた。
メチャクチャ見られてたと、レンズが真っ赤になって顔を抑えた。
夢中になっていたせいで、周りの事を忘れていたようだ。
「えぐっ……大好きです……。ごめんなさい」
わんわん泣き出したスクに、会場からの暖かい声がさざ波のように押し寄せ、レンズは更に恥ずかしくなり、うずくまってしまった。
会場の空気とベルの謝罪に、もういいとサガは怒りを収めてくれた。
まだ視力の戻らない俺に、カタナが終わったと教えてくれて、結末を聞くと知らなくていいと返された。
なんでと言う前に、終了を告げるサガの大きな声が響き渡った。
「優勝は、愉快な付喪神さん達チーム。これにて、闘技会の終了とします。続いて、表彰と即売会となります。どうか、走らないようにお願い致します」
待ってましたと、観客達は我先に会場から出て行ってしまった。
残ったのはベル達と3姉妹だけになり、なんか売るのとサガに聞くと、良かったら買って下さいねと教えてくれなかった。
そのまま人気のない会場で、最も盛り上がった闘技会になったと優勝を讃えられ、賞金とトロフィーを貰った。
たくさんのギャラリーに、キスシーンを見せつけたレンズは、もう殺して下さいと言って下を向いている。
あれで良かったと、カタナとクックに背中を擦られ、闘技会は幕を降ろした。
売り子がありますからと、サガが行ってしまい、着替えてから集合と決めて控え室に戻った。