闘技と……手段 7
灼熱の痛みと、ノワールを見られなかった悲しみで、霞む目を擦りながら控え室に戻った。
戻ってからずっと、レンズの機嫌が悪い。
どうして、カタナもノワールも隠さないんだと、文句が止まらない。
きっと、この後の事を考えたくないから、口を動かして誤魔化しているだけに見える。
はいはいと、カタナが適当に相づちを打っていると、少しだけ疲れた顔をしているクックのお腹が、くぅと可愛らしく鳴いた。
お腹が空いたねとクックが言って、最後の作戦会議になった。
恐らく、決勝の相手はベル達だ。
ベルとスクが強いのは知っているし、イグは人数合わせだと予想される。
俺達が勝つには、ベルとスクのどちらかに勝てばいいワケだ。
だけど、絶対にスクとは闘いたくないと、レンズが震えてる。
組み合わせ次第では、どうなるかと話していると、ドアがノックされ係の人が出番ですよと教えてくれた。
ずいぶん早いなと思いつつ、作戦会議を切り上げた。
まあ、3姉妹に賞金を分ける約束をしたから、勝つしかない。
怯えているレンズは、スクと当たらないでと祈り続けてる。
見かねたカタナが、いい加減にしろと強く言って、レンズを立たせた。
「お前は、うちの主力なんだから、しっかりしろ」
「ううっ、スク怖い……」
ダメだ、精神的に負けてる。
ヤバいなこれはと慰めようとすると、係の人がレンズをガン見しながら、お時間がと急かしてきた。
仕方ないねと顔を見合わせ、泣きそうなレンズを、みんなで引っ張りながら闘技場に向かった。
闘技場に入ると、レンズだけではなく、カタナとクックの名前を叫ぶ観客達の声に迎えられた。
これまでの闘いで、2人もファンを獲得したみたいだ。
「けっこう気分いいな」
「うん、いいね」
少しだけ照れた顔で、カタナとクックは、手を振って声援に応えた。
いいなぁと思っていると、俺の名前も聞こえてきて、マジかと声のする方を確かめる。
「ゲットさまー。愛してますー」
一生懸命に俺の名前を叫んでいたのは、チアガールのような戦衣で、手を振るベルだった。
隣にいるイグは、洋人形を連想させるゴスロリドレスで、お兄ちゃんと言って手を振っている。
あ、ありがとうと、微妙な気持ちで返した。
まだ、怖がっているレンズを見つめ、黙っていたスクが、ツカツカと前に出て、司会のサガからマイクを受け取った。
マイクパフォーマンスかと、会場が静まり返った。
会場の空気を確かめ、スクは一礼をして、羽織っていたマントを脱ぎ捨てた。
マントの下は、上と下も微妙にしか隠せていない、レザーのボンテージ姿だった。
え、女王様なのと思ってしまう。
アレもいいなと言うカタナに、変わってるねと、クックはよく解らないようだ。
震えて俺の背に隠れるレンズは、あの人なんなのと、更に怯えてしまった。
熱く潤ませた目をレンズに向け、マイクに思いを込めてスクが語り出す。
「レンズ様。勝っても負けても、約束通りアナタの全てを貰います」
なにその約束はと、混乱してあたふたするレンズに、キャーと会場から歓声を上がった。
観客達は、素敵とか羨ましいと、メチャクチャに騒ぎ出す。
全ての観客達と空気を味方につけ、スクはワケの解らない約束を、取り付けた事にしようとしている。
「そんな約束、してないです」
勇気を振り絞りレンズが否定するけど、誰も聞いてない。
聞けよとレンズがキレると、今度はベルがマイクを握り語り出した。
「私はスクちゃんに弄ばれ、汚されてしまいました。だけど……汚れた私でも、ゲット様は貰って下さると……約束して下さいました。それだけを心の支えに……」
なんの話だとツッコミを入れる前に、観客からの、ベル様は汚れてなんかない、という声が沸き上がった。
隣にいるイグが、そうなのと聞くと、しっーと口に人指し指を置いて誤魔化してる。
どうやら、この場のノリに乗っかり、自分もと思ったようだ。
「よし、あいつらの頭はおかしい。さっさとギタギタにして、飯いくぞ」
面倒になったカタナが、いいなと俺達に確認をする。
ベルの哀れを誘う告白を、涙を堪えて聞いていた司会のサガに、早く始めろと促した。
ちょっと待ってと、レンズが止めたけど、決勝戦の開始が告げられた。
「愉快な付喪神さん達 VS 百合愛の女帝 」
続けて対戦カードを発表しようとするサガに、お願いだから待ってという、レンズの言葉はスルーされた。
1戦目はカタナとイグ、2戦目にクックとベル、3戦目がレンズとスクに決まった。
発表されたカードに、スクがゴクリと喉を鳴らし、レンズが八百長だと抗議した。
納得の行かないレンズに、サガは不正は絶対にありませんとだけ答えて、あとは聞いてはくれなかった。
「誰か、お願いですから聞いて下さい。勝っても負けても、私は……」
目をウルウルさせて助けを求めるレンズに、なに言ってんだとカタナが返した。
「してもいない約束を、守る必要がドコにあるんだよ?」
そう言われてみればと、レンズはポンと手を叩いた。
真面目な所があるから、当たり前の事なのに、真剣に考えてしまったようだ。
お前もだからなと、ベルの約束の方も注意された。
解ってるよと返していると、サガが1戦目の選手の名前を呼んだ。
「愉快な付喪神さん達、カタナ。百合愛の女帝、イグニス。前へ」
はーいと元気に手を上げ、イグはベルの応援を聞きながら前に出てきた。
初めて聞いたイグの本名に、どこかで聞いたようなとレンズはオデコに手を当てた。
頭を捻るレンズを構わずに、頑張ってと言う俺とクックに行ってくると応え、カタナが前に出てイグと対峙した。
開始の合図が響き、向かい合う2人が専戦場に包まれた。
子供相手だとやり難いなと考えているカタナに、イグはペコリと頭を下げた。
ゆっくりと顔を上げたイグは、どこか大人びた表情でパチンと指を鳴らした。
「炎獄精兵。炎女帝に歯向かう愚かな者が目障りです」
幼さないイグには似合わない口調と雰囲気に、カタナは黒と白の盾を同時に発動させた。
ザザッと、ノイズのような物が辺りに走り、勘がヤバイなと伝えてくる。
攻撃をされる前に決めるかと、前に足を踏み出すと同時に、炎が目の前に吹き上がった。
なっと驚き下がると、戦衣から解放された胸が派手に揺れた。
「嘘だろ、本物の火か」
死神の力の効く筈のない、カタナの戦衣を奪ったのは自然の炎だった。
イグの能力は、炎を操るのではなく従える力。
炎が自らの意思で、イグを主として従っている。
そこに、死神としての力は通わない。
純粋にイグに尽くす為に、空気を摩擦させ炎を作り、酸素を喰らい己を大きくし、主の敵を焼き尽くす。
ダメだなと、観念したカタナの周りには、いつの間にか現れた炎が揺らめいていた。
命のやり取りなら他の手もあるが、今の状況だと、もう一歩進んで終わりだ。
「やりな。だけどな、その表情は可愛くないぜ」
側に炎を従えるイグは、他者を見下すような顔をしていた。
「お母さんにも言われたから、知ってるよ」
不機嫌そうに答えるイグに、炎は主を愚弄したと、怒りのままにカタナを飲み込んだ。
すぐに、もう終わりとイグが慌てた声で炎に言うと、始めから無かったように消えた。
さっきまでの高圧的な態度と声は、すっかりナリを潜めている。
全ての戦衣を失い、自慢の体を晒すカタナを確認して、サガがイグの勝利を宣言した。
「可愛くないの知ってるけど、戦ってる時はダメなんだよね」
そう言って、生意気そうに笑った。
「じゃあ、イグは戦うな。せっかくの美人が台無しだからな」
考えとくと答えるイグに、ほんとに生意気だなと苦笑いを浮かべ、歓声を背に堂々と胸を張るカタナが戻ってきた。
「ダメだったわ。あとは任せる」
「だから、隠して下さい」
イライラしているレンズが、俺に見せないようにカタナを座らせ、その上にちょこんと座った。
さりげなく横に回ろうとして、クックが口を尖らせていたから止めておいた。
勝ったよとイグは駆け足で戻り、ベルに抱き付いた。
頑張りましたねとベルは頭を撫でてから、真面目な顔をした。
「いい、イグちゃん。カタナ様の言った事を、真剣に考えてね」
どれのことかなと、イグは首を傾げた。
「こーれ。可愛い」
ベルは笑いながら、イグの頬をプニプニと掴んで引っ張った。
そのまま、イグがカタナの気持ちが解るまで、手を放さなかった。