闘技と……手段 5
専戦場が展開され、エプロンドレスを纏うネロが丁寧に頭を下げた。
「カタナ様、御無礼をお許し下さい」
背負った両刃の鎌を構え、カタナの周りに視線を走らせた。
答える代わりに、カタナは左拳に赤盾の力を込め、一直線に走り出す。
拳の届く間合いに入るまでに、見えないなにかが肩に当たった。
ネロの力は不可視の刃だと、カタナは知っている。
自分には効かないと、構わずに進み顔面を狙う。
やはり止められないかと、ネロは鎌を上げ受けた。
カタナは鎌ごと撃ち抜くつもりだった。
想定通りに鎌をバラバラに砕き、少しも勢いを殺さずに目標を襲う。
「透地雷刃」
拳が届く前に、ネロの呟きを引き金に、カタナの肩が爆発した。
ゼロ距離での爆発に、ダメージはないが伝わる衝撃に、横倒しに体を持って行かれる。
肩に当たった刃が、離れずに付いていたのを、見えないが故に、カタナは気付けなかった。
痙攣する肩に手を置いて、過去のレンズとネロの戦いの結末を思い出す。
あの時の爆発を、能力とは考えなかった自分を恨んだ。
立ち上がろうとして、またも起こった爆発に耐えられず膝をつき、左拳に込めた赤盾を消した。
始めにカタナが倒れた時に、ネロは刃を仕掛けていた。
当然のように、次の刃も。
「もう、立つ事は許可しません。次で、終わりです」
膝をつくカタナを見下ろし、尊敬する相手に勝ったと喜びを胸に、透地雷刃に起爆を命じた。
だが、期待した勝利の瞬間は訪れず、爆発は起こらなかった。
なぜと不発の原因を目で追うと、黒く染まったカタナの左手が、本体に仕掛けた刃を掴んでいた。
「残念、チャルナに聞いてなかったか?」
カタナの左手に込められた黒盾の力は、触れた死神の力を無効とし、更に封じてしまう。
それに、見えない刃と言えど、本体とは付喪神にとって急所であり心臓だ。
触れる物に気付かないなんて事は、絶対にあり得ない。
握った刃を地面に叩きつけ、電光の速さで立ち上がり、懐に手を入れるネロの首を掴んだ。
「もう、力は使えないぜ」
ネロの首を捕まえた黒い左手に、抵抗を許さない力を入れ、右拳に赤盾を纏わせる。
悪いなと拳を叩き込む前に、ネロのスカートの中から金属の塊が落ちた。
首を絞められ、声を出せないネロが、口だけを動かした。
言葉にすれば、こう言っていた。
「時限式にしておきました」
ヤバいと、カタナは無効化しようと、掴んでいた首から手を放そうとしたが、今度はネロがそれを許さない。
カタナの腕を両手でガッチリと抑え、勝利を確信し微笑んだ。
「特殊ルールに、感謝します」
次の瞬間、2人の足元に転がる塊が、光と共に四散した。
衝撃を糧にして、金属片が散弾のようにバラ撒かれる。
それは、透地雷刃を幾つもの金属片で固めた、即席の手榴弾だった。
ちきしょうと毒づくカタナと、笑みを浮かべるネロは爆煙に包まれた。
漂う黒煙が薄れ、姿を表した2人の勝敗は決まっていた。
「負けたぜ」
全ての戦衣を失い、体を隠そうともしないカタナは、負けを認めて舌を出した。
「ふふっ、勝ちました」
心から嬉しそうに笑うネロは、胸に手を置いて隠し、下半身に残る戦衣に感謝した。
勝敗を分けたのは、戦衣の差だった。
同じダメージを受けたなら、初めからハンデを持つカタナが負けるのは必然となる。
爆発そのものではなく、死神の力が通わない金属片での攻撃も功を奏していた。
2人を讃える声が観客達から沸き、サガがネロの勝利を宣言した。
少しも恥じる様子を見せず、観客のカタナ様という黄色い声を背に、堂々と胸を張るカタナが戻ってきた。
「悪い、やられたわ」
あの、目のやり場にとガン見する前に、レンズの目突きに視界を奪われる。
「目を潰しますよ」
もう、やった後じゃないですか。
灼熱の痛みを乗り越え、もう一目とカタナを見ると、すでに対策を取られていた。
胡座をかいたカタナの上に、レンズがちょこんと座っている。
ダメだ、これでは見られない。
怒っているレンズは、隠せとか見るなと、俺とカタナにガミガミと文句を言う。
うっせえなと、カタナも負けじと言い返す。
「好きな男の為の、自慢の体だからな。見られて困るようにはしてねぇよ」
お前のもんだぜと、カタナはウインクをくれる。
嬉しすぎて舞い上がる俺を、レンズは見えない速さでぶん殴り、元の位置に時間差を感じさせずに戻った。
そのまま、悔しいけどカッコいいと、レンズはガリガリと爪を噛んだ。
ペタペタと自分の胸を確かめるクックは、カタナに憧れの目を向けた。
ネロは胸元に集まる視線を、少しだけ気にしながら戻り、ルールのおかげで勝てましたと報告をした。
コクは無邪気にやったねと笑い、ノワールはいいえと首を振った。
「立派な勝利です。引け目を感じる必要はないですよ」
ノワールはカタナの事を、誰よりも尊敬し、よく解っていた。
この闘いが、好きな人を守る為のものだったとしたら、カタナはどんな卑怯な手も使ったに違いない。
それこそ、始まる前に手を打ったと思われる。
今回は互いにルールを納得し、闘いの場に立った結果に、言い訳などする筈はないと、ノワールには疑う心は微塵もなかった。
迷いの浮かぶ目を閉じ、ネロは自分を誉めるように答えた。
「頑張りました」
ゆっくりと開けた目に迷いは欠片もなく、カタナに向けて小さくお辞儀をした。
頑張った2人の妹を眺め、次は自分の番だと決意を固めた。
「では、行ってきますね」
抱いていたコクをネロに任せ、ノワールが前に出た。
ヤバいと思っていた3戦目に、あれこれとレンズはアドバイスをした。
カタナは、自信を持てと一言だけ。
2人にウンと頷き、クックは俺を真っ直ぐに見つめた。
「もう、負けても恥ずかしがらない」
僕だって自慢の体なんだからと、カタナの真似をして、苦戦しながら慣れないウインクをしてくれた。
ニヤけそうになる俺に、クックはニッコリ笑い、ノワールの前に立った。




