闘技と……手段 4
控え室に戻り、洗濯とダシを取らせろと言われまくり、落ち込んでいるレンズを慰めながら、二回戦の作戦会議になった。
次の相手は、恐らく3姉妹だ。
1度やり合っているから、けっこうな実力を持っているのを知っている。
闘技会の特殊ルールと組み合わせによっては、どう転ぶか解らない。
それに、3姉妹の目的が親孝行だから、気が引けてしまう。
それでも、負けるワケにも行かないしと、みんなスッキリしない顔をしている。
負けてあげるかと提案すると、レンズが首を振った。
「手を抜くのは、あの子達に対して侮辱になります。全力でやりましょう」
ボソリと、裸になるのはイヤですと続けた。
そっちが本音のような気がするけど、やるかとカタナとクックも腹を決めた。
方針も決まった所で、敵の情報収集に行こうと誘うと、裸が見たいだけだろとカタナに見破られ、大人しく二回戦まで待機する事に。
まあいいかと、ダシってなんだろうなという話題で、レンズ以外が楽しく話していると、コンコンとドアがノックされた。
誰だろとは思ったけど、どうぞと言うと、失礼しますと言いながらドアを開け、3人の死神が入ってきた。
ファンですと言う3人は、ウットリとした目でレンズを見つめた。
ハッキリと感じる欲情の視線に、ひっと怯えて体を隠すレンズに、ああ、その仕草もイイですと、目眩を起こして喜んでいる。
もう止めてあげて、せっかく取り戻したやる気が、みるみる落ちてるから。
見かねたカタナが、もういいだろと言っても、3人はお構い無しに、レンズへの愛を語り出す。
命を捧げますから始まり、洗濯とダシを取らせろの流れに、レンズはすっかり小さくなってしまった。
いつまで聞かされるんだと思っていると、ある話題をきっかけに、キッとレンズの目が鋭くなり俯いた。
「死神殺しと呼ばれるレンズ様が、こんな可憐だなんて。あの街での真相は……」
ガンと壁を叩く音が響き、続く言葉を止めさせた。
壁に叩きつけた拳を戻し、カタナは行けと強く言った。
有無を言わせぬ雰囲気に、3人は顔を見合せ、アナタのせいよと言い合いながら出ていった。
気まずい空気になってしまい、気を利かせたクックが、飲み物を買ってくるねと小走りで控え室を出た。
レンズとカタナは、何も言わず黙っている。
言いかけた言葉が気になるけど、ここで聞く程、俺は野暮じゃない。
女の子の過去は聞き出す物じゃなく、聞いてあげるのがカッコいい男だ。
だから、余計な事は聞かず、ファンが付くなんて凄いなと明るく言って笑ってやる。
だよなとカタナも続いてくれて、それでいいとウインクをくれた。
レンズも暗い顔を消して、イヤですよと苦笑いを浮かべた。
「応援してくれるのは嬉しいですが、洗濯とダシは絶対にイヤです」
ほんと、なにに使う気なんだろなとカタナが返し、噴き出してしまう。
改めて、ダシの使い途を考えてしまったレンズは、頭に浮かんだ想像を、両手を振って消し去った。
なんとか、いつものレンズに戻ったようだ。
それに合わせるように、クックが手ぶらで帰ってきた。
「あのね、販売機なかったの。あとね、お金もなかったの」
そういえば、お金がなかったねと、クックの頭を撫でてあげる。
そして、ここにいる意味と、お腹が空いてる事を思い出した。
いいなと全員で顔を寄せて、絶対に優勝して美味しい物を、お腹いっぱい食べようと誓い合った。
もう迷わずに、なにを食べに行くか話して待っていると、係の人が二回戦の開始を伝えにきてくれた。
係の人と一緒に闘技場に向かい、他のチームの結果を聞いてみた。
やはり、次の相手は3姉妹で、ベル達も勝ったようだ。
それと、ルールを破った為に、失格となったチームがあると教えてくれた。
なにをしたのか聞いてみると、小さなカメラを仕込み、戦っている間に盗撮をしたらしい。
ルールブックにも書いてあったけど、選手と観客は、どんな理由があっても撮影は禁止とされている。
自分達も撮られたのではと、あたふたするレンズに、係の人が後で厳重なチェックをすると頭を下げた。
死神としてあるまじき行為だと、真剣に怒っている様子に、大丈夫そうだとレンズは胸を撫で下ろした。
深爪された指を噛み、私だって我慢してるのにと呟きが聞こえ台無しに。
聞こえなかった事にして、闘技場に続く扉を開けた。
闘技場に入ると、歓声と既に待っていた3姉妹に迎えられた。
俺達に小さくお辞儀をして、本気でやるとノワールが目で合図をしてきた。
こっちもだと返すと、サガが二回戦の始まりを告げた。
「愉快な付喪神さん達 VS シュヴァルツ」
次に、対戦カードを発表した。
1戦目はレンズとコク、2戦目にカタナとネロ、3戦目がクックとノワールに決まった。
組み合わせを聞き、互いに勝敗の鍵は、3戦目だと確信する。
クックには悪いけど、先の2戦で決めなければヤバい。
3姉妹の中で、1番強いのはノワールだ。
恐らく、クックでは勝てないと思われる。
俺達が勝つには、3戦目をさせるワケには行かない。
自分の役割を理解して、寂しそうな顔をするクックがムリに笑顔を作り、頑張ってとレンズに声をかけた。
負けた時は任せましたよと、クックの気持ちに答え、レンズは前に出た。
3姉妹は逆に、3戦目に行ければと考えていた。
血の滲むような修行と、大好きな母親を想い、頼みましたよと、ノワールがコクとネロに願いを託した。
行ってくるねと元気に答え、コクが前に出てレンズと対峙した。
エプロンドレスをビキニスタイルにしているレンズと、スクール水着を可愛らしく着こなすコクが睨み合い、始まりの合図と共に、専戦場に包まれた。
始まりと時を同じくして、コクの目が深紅に染まった。
コクの力を知っているレンズは、不用意には動かない。
もうすでに、力を行使されているのを察していた。
動かない代わりに、過去の経験と対策に頭を働かせる。
コクの力は、運命操作。
運命を確率の重なりとして、思うままに確率を自由に操作してしまう。
過去にレンズは、運命操作の力を持つ死神と戦った事があった。
あの時はと考え、今の特殊ルールではムリだと考えるのを止めた。
仕掛けられないレンズに、コクは落ち着いた足取りで近付き、本体である眼鏡を狙い鎌を振るった。
それなりに速いが、レンズにとっては容易にかわせる速度のはずが、足に力が入らず顔をしかめて腕を上げ受けた。
腕に受けたダメージで、胸元の戦衣が削れ、歓声が上がる。
受けた鎌を掴み、拳を突き出す。
コクの顔面に当たる前に、踏み込んだ足を滑らせ派手に転んだ。
地面に勢いよくぶつかったダメージで、更に戦衣を失ってしまう。
次の攻撃がくる前に、必死に飛び起き距離を取った。
減らされた戦衣と、集まる観客の視線に、レンズは歯を食い縛って耐えた。
胸を隠している戦衣は、僅かな紐くらいになっていた。
レンズでなければ、隠すのはムリな面積に、コクの応援を叫ぶ観客の声が響いた。
戦衣を減らした代わりに、レンズは分析を終わらせていた。
操作されている確率は、コクに対する攻撃の失敗と、レンズのかわせる確率だった。
それは、当てられず、かわせないという事になる。
「2つが限度ですね」
絶望に思える状況に、レンズは口元に笑みを浮かべ、なにかを確認するように、爪先で地面をトントンと叩いた。
レンズの言葉に、どうして解ったのと、首を傾げて不思議がっている。
ふふっと笑い、ごめんねと謝り、左足を青い光に姿を変えた。
当たらないと解っているのに、神去の発する光に恐怖を感じて、コクは後退ってしまう。
大丈夫と言い聞かせ、自分に対するレンズの攻撃の失敗する確率を更に上げた。
どう来ると警戒するコクを見ずに、レンズは地面を蹴飛ばした。
爆発が起こり、抉られた床の破片がコクを襲った。
爆風に身動きが取れず、破片もかわせる数とスピードではなかった。
顔に体にと当たり、悲鳴を上げながら壁まで持って行かれた。
レンズは見抜いていた。
幼いコクが、操作できる限度が2つであると。
それに、複雑な確率も操れない事も。
全てを理解した上で、レンズはコクに対するのではなく、純粋に地面への攻撃として神去を使った。
結果的に、破片を利用した攻撃にはなるが、間接的な事への確率も含めるのは、今のコクには出来なかった。
治まった爆風と煙に、びっくりしたと立ち上がるコクは、生まれたままの姿だった。
観客からの興奮した声に、あーあと、残念そうな顔をして、手で上と下を隠した。
コクの姿を確認して、サガがレンズの勝利を宣言した。
紐としか見えない戦衣を、手で隠しながらレンズが戻ってきた。
「初めて、胸が小さくて、良かったと思いました」
自分のコンプレックスに感謝する程に、危なかったと顔に書いてある。
それはそうだ、レンズだからこそ隠せているような面積で、カタナならどうなってと、考える前に睨まれて止めておく。
ハラハラさせんなと、カタナが文句を言って、信じてたとクックが笑った。
俺もお疲れと言うと、見ないのですかと聞いてくる。
さすがに、コクを見ようとすると、通報されてしまう。
本当は見たいけど、あ、ああと、誤魔化した。
ほんとにと、クックに疑われて、嘘を吐きたくなくて、正直に言うと殴られた。
トコトコと姉達の元に戻るコクは、ノワールに抱き付いて、負けちゃったと戦衣を濡らした。
「レンズ様を相手に、頑張りましたね」
コクの体を優しく隠すように抱いて、ノワールは誉めてあげた。
後はお姉ちゃんに任せてと、コクの頭を撫でてネロが前に出た。
決めて下さいとレンズに送られ、俺とクックに任せとけと勝ち気な顔を見せて、カタナはネロと対峙した。