闘技と……手段 2
引く程に深爪をした受付の人は、レンズの全身を遠慮なく見つめ、ゆっくりと人指し指を舐めた。
「申し遅れましたが、サガと申します。今宵、死神殺しがどのように散るか、それとも咲くか、楽しみにしております」
目付きと言い方はアレだけど、レンズを知っている。
有名だから不思議ではないけど、知っているのに恐れないという事はと考えてしまう。
俺と同じく、みんなも警戒の色を強めた。
おかしな空気を気にもせずに、お急ぎをと言って、サガは控え室から出ていった。
目をウルウルさせるレンズは、迫る身の危険に戦意を失いというか、普通に怖がってる。
だんだん可哀想になってきた。
「とりあえず着替えるぞ。ゲット、後ろ向いてろ」
動こうとしないレンズの腕を掴み、ロッカーを開けた。
解ったと見ないように、後ろを向く。
いっぱいあるねとクックの声と、なんでだよとカタナのツッコミと衣擦れの音が聞こえ、振り返りたい衝動に駆られる。
3分くらい我慢していると、いいぞとカタナに言われ振り返ると、おおっと声が出た。
それぞれ違う戦衣を着て、どうと聞いてくる。
自信満々の顔で胸を強調するカタナは、漆黒に染められたウエディングドレスを纏い、ウインクをした。
ミニ丈にカットされた裾から覗く足と、大胆に開けられた胸元から目が離せない。
「もう一回さ、結婚式やろうぜ」
いつかの記憶を思い出して、こっちのドレスもいいなと、ニヤけてしまう。
顔を赤くして俺の目を気にするレンズは、夜を連想させる暗夜色のエプロンドレスを着て、肘まであるグローブに包まれた手で、短めのスカートを押さえている。
やっぱりレンズは、メイドさんがよく似合う。
「あの、下着がないのですが」
それは聞かなかった事にして、とっても似合ってるとパチパチと手を叩く。
へへと笑うクックは、カラスの濡れ羽色をイメージさせるスクール水着で、胸にくっくと平仮名で書かれていて、どこかで見たポーズをしてる。
「お兄ちゃん、みてみてー」
食べてしまいたいくらい可愛くて、行動に移すと通報されるので見るだけにする。
みんなよく似合っているけど、黒1色なのと戦衣というより、コスプレだよねと思ってしまう。
ロッカーの中には、様々な衣装が見える。
他のコスも見たいなと考える前に、カタナが行くぞと気合いを入れてドアに向かい、クックがウンと頷いて続いた。
俯いているレンズだけは、スカートを押さえて動こうとしない。
時間がないとか、腹を括れと言ってもダメで、解ってないですと逆ギレに。
「だから、下着がないんです。気にならないのですか」
水着だから元々ないクックが大丈夫と言って、カタナが俺もねえよと返す。
そのまま、言い争いが始まり、カタナが言ってはいけない事を。
「揺れる胸もないんだから、お前にブラは必要ないだろ」
レンズの顔から表情が消え、次にカタナがふっ飛んだ。
壁に叩きつけられたカタナが、てめえと立ち上がり、クックが慌てて止めに入る。
「上じゃなくて、下のです」
叫びながらレンズが殴りかかり、3人で取っ組み合いが始まってしまった。
あーあ、でもこれはカタナが悪いよと思いながら見ていると、ある事に気が付いた。
みるみる戦衣が減って行き、露出度が増して行く事に。
ちょっと待てと止めた時には、みんなかなりの戦衣を削られ、ビキニみたいになっていて、目のやり場に困りドキドキしてしまう。
さっき見たルールブックに書いてあるように、痛みやダメージがないから、全力でやり合ってしまったようだ。
自分の格好を確認したレンズが、キャーと赤くなって我に返る。
舌打ちをするカタナに、クックが着替えなきゃねと口を尖らせた。
カタナが後ろ向いてろと壁を指差し、また着替える事に。
時間は大丈夫かなと、手持ち無沙汰にルールブックをパラパラめくると、ある一文に目が止まった。
闘技が終わるまで、戦衣の替えは赦されない。
これ、ヤバイのではと、報告するまでもなかった。
「脱げませんし、他のも着れないのですが」
泣きそうなレンズの声に振り返ると、みんな顔に困ったと書いてあった。
戦衣は体に張り付いていて、どうやっても脱ぎようがないみたいだ。
他の戦衣は、接着剤で固められたようになっていて、ロッカーから出す事も出来なくなっていた。
着てきた服も同じで、1度でも戦衣を着てしまうと、闘技が終わるまで、着替える事は禁じられるようだ。
戦意と戦衣を喪失したレンズが、棄権しますと言うので、ルールブックの最後の一文を読んであげた。
難しく書いてあるので、簡単に略す事に。
「棄権すると、終わるまで、裸で目立つ所で生き恥を晒せって」
ご丁寧に、可愛らしいイラストで生き恥を晒すポーズが書かれている。
土下座にM字開脚にと、たくさんあって笑えない。
どうすると聞くまでもなく、やるしかない状況に追い込まれてしまった。
いいなとカタナが疲れたように聞くと、はいと消え入りそうな声でレンズは頷いた。
なんとかなるよと、クックが無邪気に笑い、闘技場に向かった。
戦う前から約7割の戦衣を失った、愉快な付喪神さん達チームが闘技場に入ると、大きな声援と他のチームからの、ネットリとした視線に迎えられた。
声援の多くは、レンズ様と聞こえる。
オドオドして体を隠そうと必死なレンズとは違い、カタナとクックは堂々としていた。
他のチームの選手達も、様々な戦衣を着ていて、コスプレのイベントと勘違いしそうになる。
その中でも特に気になるのが、はぁはぁ言いながらレンズを見つめるスクだ。
側には、小さく手を振るベルとイグがいた。
俺も手を振り返していると、隣にいるチームの懐かしい顔に気が付いた。
向こうも気付いたのか、わーと言って寄って来た。
それは、前に戦ったり遊んだ事のある、3姉妹達だった。
お久し振りですと俺に抱き付いてきて、当然のようにみんなに引き剥がされ、再開の挨拶をする。
よく見ると、こちらと戦衣が丸被りだった。
こぼれ落ちそうな胸に、ウエディングドレスを纏うノワールは、優雅に一礼をした。
スレンダーなボディラインに、エプロンドレスを飾るネロは、丁寧にお辞儀をする。
幼さを隠そうともせずに、スクール水着を晒すコクは、ペコリと頭を下げた。
会いたかったですとか、見られて怖いですと話をしていると、係りの人に代表は前へと言われ中断された。
どうやら、トーナメントの抽選のクジ引きのようだ。
行ってこいと、カタナがレンズの背を押すけど、絶対にイヤですと言って、クックが代表としてクジを引きに行った。
クックを待ちながら話をすると、3姉妹も俺達と同じように、賞金につられて来たようで、このイベントの真の目的を解ってはいなかった。
そして、詳しく聞かなければ良かったと、後悔する事に。
「もうすぐ、お母さんの誕生日なんです。しゃぶしゃぶを食べさせてあげたくて」
お母さんの為にと、優しく笑うネロの言葉に、また、しゃぶしゃぶかとは思ったけど、戦い難くなってしまった。
親孝行の邪魔をしてしまうと、ため息をついていると、クックがクジを持って戻ってきた。
「1番だよー。やったね」
嬉しそうだけど、トーナメントだから、番号に意味はあんまりないね。
強いて言えば、シード権がある9番か10番が良かったかな。
発表されたトーナメント表を確認すると、3姉妹は4番で、ベル達は10番だった。
イヤでも2回戦で、3姉妹と当たってしまう。
それに、他のチームの特殊な名前に、カタナが遠い目をしながら、少しは隠せよと呟いた。
それはそうだ、俺達と3姉妹以外のチーム名は、かなりアレだ。
色んな意味で、やる気を失いかけていると、マイクを持ったサガが、大きな声で闘技会の始まりを宣言した。
続いて、一回戦の対戦カードを発表した。
「愉快な付喪神さん達 VS 百合の女王 (ネコ)」
発表と共に、他の選手達が専用の観覧席に行ったり、控え室に行く中で、スクがレンズの前で立ち止まる。
そして、戦衣の薄いレンズを、トロンとした目で見つめ、人指し指と中指に舌を這わせた。
「レンズ様、今宵、貴女は私達のオカズです」
ジットリとした言葉と、深爪された指先に、オカズってなにと、レンズが悪寒に身を震わせる。
ふふと笑いながら、楽しみですと囁きスクは行ってしまった。
が、がんばれと声をかけて、俺も観覧席に行こうとすると、ここにいてと、怯えたレンズにお願いされてしまう。
係りの人に、いいか聞くと、オッケーを貰えた。
側にいるよと安心させて、一回戦が始まった。