約束と……迷路 7
みんな緊張しながらお箸を持って、お肉を鍋に浸して、しゃぶしゃぶする。
もういいと聞きながら、タレにつけて口に運ぶ。
ワクワクしながら、みんなの反応を待つ。
とっても美味しいと言って、モグモグする最高の笑顔に、これが見たかったんだと、心の中で嬉しさを噛み締める。
笑顔を肴に、カタナが満足そうにお酒に口をつけた。
スクがレンズに、立って食べましょうと、ローアングルから誘っているのを、見なかった事にした。
とにかく、初めてのしゃぶしゃぶに、それぞれの楽しみ方でみんな夢中だ。
隣に座るイグが、勝ち気な顔で俺の袖を引く。
「お兄ちゃんは、私の下僕なんだから、食べさせてくれてもいいよ」
そういえば、王女様がどうとか設定を言ってた事を思い出す。
大きくなったら小悪魔系になるなと、予感させられるイグに、かしこまりましたと、頭を下げてみる。
ちょっとしたオママゴトに、イグはご満悦だ。
お肉をしゃぶしゃぶして、王女様どうぞと言うと、うむ、なんて偉そうに言って、あーんと口を開ける。
ゆっくり口に入れると、美味しいと笑って、次をとご命令が下される。
生意気で、ほんとに可愛い。
俺とイグのやり取りを、羨ましそうに見ていたみんなが、私もと言ってきて、順番に色んな設定でやらされ、俺はしゃぶしゃぶする係になっていた。
子供達はいいけど、設定は夫婦でお願いしますというベルには、カタナがツッコミを入れていた。
もうお肉は見たくないミノは、クックと仲良くお菓子を食べている。
ミノの牛さんみたいな胸に、なにが入ってるのと聞くクックに、なんだろねと笑っていた。
スクはレンズにお酒を飲ませ、酔いつぶれるのを、血走った目で待っている。
怖くてお酒を飲んでしまったレンズは、ほんとに危ないかも知れない。
デザートのケーキも食べ終わり、楽しい時間の終わりがやってきた。
俺の側から離れない子達が、眠そうに目を擦っている。
台所で片付けをしていたカタナが、寝たら帰るぞと合図するのを、解ったと頷いて答えた。
やがて、1人また1人と、くーと寝息を聞かせてくれて、またねと言って布団に寝かせた。
子供達の寝顔を目に焼き付けて、帰るよとベルに告げた。
そうですかと、淋しそうなベルが継扉の鍵を弄んだ。
酔っぱらっているレンズにカタナが肩を貸して、眠そうなクックを俺がおぶった。
貸した服は洗濯をしないで返して下さいと、真剣に頼んでいたスクは、レンズに殴られてノビてしまっている。
ミノはベルの薦めで、しばらくここで暮らす事になっていて、お礼と一緒にまたねと手を振った。
名残惜しいけど、また来るからとお別れを告げて、ベルが継扉の鍵を回して俺の家に戻った。
家に戻ると、レンズとクックを、カタナが着替えさせてから布団に寝かせた。
一息ついて、リビングでベルが何度も頭を下げてきた。
俺達も楽しかったよとお礼を言うと、ポロポロと涙を溢して、とってもイイ顔を見せてくれた。
お金では買えない、最たる物が手に入った気分だ。
このご恩は命に代えてもとか、堅苦しい事を言い出すベルに、じゃあとカッコつけて言ってやる。
「俺達が、ベルと子供達の笑った顔が見たくなったら、いつでも呼ぶからな」
口を抑えて涙声で、は、はいとベルは必死に答えた。
決まったと思ったのに、カタナから長いとダメ出しされてしまう。
一言で決めろよと、やり直しに。
ちょっと恥ずかしい。
カッコいい男なら、考える前に言葉が出るはずだ。
「次の笑顔の約束だ」
これで、どうだ。
キザすぎると、カタナが噴き出したけど、オッケーのようだ。
ベルはというと、ゴシゴシと目を擦って涙を拭い、今日1の笑顔を見せてくれて、速攻で約束を守ってくれた。
そのまま、結婚ですと飛びかかってくるのを、カタナに止められる。
気の済むまで取っ組み合いをして、そろそろ行きますねと、ベルが重い腰を上げた。
最後に1つお願いがと言われて、なにと聞くと、レンズに貸した服がとモジモジした。
「スクちゃんの為に、そのですね、洗濯する前に返して欲しいんですけど」
ああ、そんな事を言ってたね。
大切な娘を思って、こんな微妙なお願いをしている。
お母さんは大変なんだと、しみじみ思う。
持ってけよと、遠い目をしたカタナが服を渡すと、娘がすいませんと苦笑いを浮かべた。
「スクちゃんは、ほんとにレンズ様が大好きで、妄想品をあげないと、可哀想なのと危なくて」
なにがと聞くと、色々ですと返され、それ以上は止めておいた。
「いつでも、約束を果たしますので、お呼び下さいね」
そう言って手を振り、継扉の鍵を回し帰って行った。
楽しかったなと言うと、次は俺の約束だなとカタナは真面目な顔をした。
帰ったら妹の話を聞く約束したのを、忘れてなんかいない。
全部、聞くよと答えると、少し考えて、やっぱりそんな気分じゃねえやと舌を出した。
「女は気まぐれだからな、話したくなったら、聞いてくれよ。でも、これだけは……」
どこか申し訳なさそうな顔で、服を脱いで背を向けた。
いや、なんでと聞くのを途中で飲み込んだ。
カタナの背中の真ん中には、抉られたような傷跡が刻まれている。
コダチにやられた物だ。
消せないのかと言うと、背中越しにごめんと謝られた。
「俺の体の全ては、ゲットの物だ。だけど、妹と喧嘩して噛みつかれてな。傷物にして、ごめん……な」
震えて行く声に、全て伝わった。
消せないのではなく、消さないと。
僅かに残った妹との絆と、俺への懺悔を、あれからずっと考えながら我慢していたんだ。
なのに、いつもと変わらずに笑っていた。
カッコつけすぎだと、後ろから抱き締めた。
そして、思ったままを口にした。
「たまには、カッコ悪い所も見せろよ」
震えが大きくなり、抑えていた感情が弾けるように、カタナはわんわん泣いた。
何度も妹と俺の名前を呼んで、大きく口を開けて泣き続ける。
俺はなにも言わず、カタナの悲しみを受け止めた。
涙と喉が枯れた頃には、空が明るくなり初めていた。
窓の外を見て掠れた声で、守ってくれたなと呟いた。
カタナと約束を交わした時に、今夜は寝かせないと言っていた事を思い出す。
ああと答えて、抱いていた腕を離した。
向き直ると、泣き腫らした目に化粧が崩れ、鼻水とヨダレでヒドイ事になっている。
滅多にないチャンスに、笑いながら言ってやる。
「カッコ悪い」
更にと、髪の毛をクシャクシャにしてやった。
「お前が、カッコ悪い所を見せろって言ったじゃん」
これで満足かと、怒ったフリをした。
もちろん、1度で満足するはずがなく、オデコをつけて一言で解らせる。
「足りないね」
この先、何度も見せろと、気持ちを込めまくってやった。
恥ずかしそうにバカと言って、俯いてしまう。
らしくない可愛らしい姿に、ドキリとする。
下を向いたまま、ふふっとカタナが笑った。
「カッコいいな」
最高の誉め言葉をくれて、カタナは立ち上がった。
時間だぜと言われ、時計を見ると、俺の部屋の目覚ましの音が聞こえてきた。
ひっでー顔と、鏡を見てグチるカタナが、顔を洗ってから朝食を作ってくれました。
レンズとクックが起きてくるまで、楽しそうに料理をするカタナを眺めて、みんなで朝食を食べて家を出ました。
今日は眠いですが、カタナのカッコ悪い姿と、子供達の笑顔を糧にして、学校に行ってきます。