約束と……迷路 6
拐われたみんなは、むにゃむにゃと気持ち良さそうに寝ていた。
ほんとに良かったと、ベルが宝物を見るように微笑んだ。
寝顔を見ていたいのと、帰りを待っている3人を早く安心させてあげたくて、このままおぶって戻る事にした。
俺がクックを、カタナがイグ、ベルがルク、ミノがアクを背負った。
可愛らしい顔と背に預けられる重さに、守った物の大きさを実感させてくれる。
「さ、帰ってしゃぶしゃぶです。私も初めてなので、楽しみです」
頬の怪我を気にしながら、とっておきの顔を見せてくれるベルに、おうと答えて歩き出した。
来た時よりも複雑に感じる迷路を、アリアの糸を頼りに進む。
歩きながら、ベルが在喰の事を教えてくれた。
存喰とは、禍津神が稀に持つ、生ある者にとって最悪と言える力。
喰らった者の時を、自らの寿命に変換し、永遠に近い生を得る。
だが、変換効率が悪く、食べ続けなければならない。
その理由から、長い時を生きる死神を好んだ。
迷宮に来たのも、食糧庫にするのが目的で、ここなら死神が邪魔をしに来るリスクを、減らせるからだと思われる。
それに、迷宮から自由に出入りが出来る手段も、持っていたと推測できる。
そして、自分達は在喰を始末する為の部隊だと。
深淵の刈手とは、対在喰の殲滅部隊。
ただ、滅多に在喰はいないので、雑用係が本職になっている。
戦うのが嫌いなベルが長を務めているのは、前に聞いた継扉の鍵と、子供達を育てるのに、報酬は低くても仕事が回ってくるからだった。
そこまで話し、少し間を開け、俯き加減にベルが意味深な顔をした。
「ふふふ、貴方は深淵の刈手の長である、私の秘密を知ってしまいました。狙われる事になりますよ」
ニヤリと悪い顔のつもりだろうけど、イタズラを思い付いた子供みたいで可愛いらしい。
ペラペラと勝手に喋ったじゃねえかと、カタナがイラ立ち、ミノが私も狙われるのと不安そうにする。
厄介事を増やさせれてしまい、あーあと思いながら誰が狙いにと聞くと、ベルが俺の腕にピッタリと寄り添い、頭を寄せて私ですと自分を指差した。
「私が狙うのは、ゲット様のこれから先に生きる時間の全てです。旦那様として、一緒に時を過ごしたいです。ああ、カタナ様と、ミノさんは大丈夫ですよ。スクちゃんみたいな趣味はないので」
ふざけんなとカタナが間に割り込み、ミノがホッと胸を撫で下ろし、なんの趣味と聞いてる。
なんのでしょうねと微笑み、声には出さず、本気なんだからと唇だけを動かした。
カタナが完全にベルをライバルと認め、けっこうマジな感じで警戒しながらひたすら歩き、糸の終着点に辿り着いた。
着いたはいいけど、どうしたものかと困ってしまう。
糸は壁から生えているように見えて、進みようがない。
てっきり、門かなにかがあると思っていたのに。
これどうすると聞くと、完全にテンパるベルと、まいったと天を仰ぐカタナに、やっぱりムリなんだねと呟くミノで、答えが見つからない。
ぶっ壊してみるかと、カタナが物騒な意見を言って、試してみる前に、少し離れた壁が爆発した。
まだやってないんだけどと思いながら、爆風と破片からクックを守る為に、前に抱き込み屈んだ。
みんなも同じようにしていた。
爆音と衝撃に、クックと子供達が目を覚ましてしまう。
子供達は、キョロキョロしたり、おはようと言っている。
見てくると目で合図をして、爆発した壁に近付くと、壁には大きな穴が空いていて、覗くと迷宮の外が見えた。
よし、理由は解らないけど、ここから出られそうだ。
良かったと思う間に、穴が小さくなって行く。
治るのかよと急いでみんなに伝え、子供達を抱いてダッシュで穴から外に出た。
状況が解っていないクックと子供達に、背中を擦られ荒い息をつく。
壁を見ると、もう穴は閉じていた。
ほんとに危なかったと、顔を見合せていると、先の方にレンズ達を見つけた。
なにやら、不穏な状況になっているのが見える。
ぶっ倒れているスクと、服がボロボロで座り込んで震えているレンズに、暗い顔のアリアが側に立っていた。
一目で敵と戦ったんだと解った。
すぐに逃げれるようにと、無言で作戦を立てる。
俺の腕を掴んで怖がっているイグを背負い、カタナとベルも、アクとルクを背負った。
3人に大丈夫かと言って駆け寄ると、レンズが俺を見て、涙目で服を押さえて俯いた。
敵はどうしたと、カタナが辺りを警戒しながら聞くと、レンズは泣き出してしまった。
「こ、怖かったです。スクが、しゃぶしゃぶの練習しようって……グス」
ごめん、意味が解らない。
しゃぶしゃぶするのに、どんな練習がいるんだ。
本当にごめんなさいと、アリアが丁寧に謝っている。
全く状況が理解できない俺達に、泣き止まないレンズの代わりに、アリアが教えてくれた。
心配で辛そうなスクを落ち着かせようと、レンズがしゃぶしゃぶの話しを振ると、最初は楽しく話していた。
だけど、時間が経つにつれて、スクの話が怪しくなっていき、最後には不安と自分の欲望を解放した。
「ええとですね、しゃぶしゃぶを食べる時は、下着を着けないとかって言って、嫌がるレンズ様にムリヤリ……」
そこまで言って、アリアは赤くなって下を向いてしまう。
ああと、ベルが遠い目をした。
「グス、下着だけじゃなくて、もっと大切な物を……下さいって……」
なるほどなと、状況が飲み込めた。
ガチの貞操の危機に、死闘を繰り広げ、最後に神去で止めを入れて、偶然にも壁に穴が空いたと。
そのおかげで出られたから、なんとも言えない気持ちになる。
泣きが入るまで、レンズを追い詰めた事を、ある意味で凄いなとカタナが誉めていた。
そうだねと、俺とベルが同意する。
レンズに奥の手を使わせるまでに、迫ったのだから大したものだ。
ベルはなにかを決意し、泣いてるレンズの肩に手を置いた。
「スクちゃんは、とってもいい子です。幸せにしてあげて下さいね」
大切な娘を送り出す、お母さんの顔をしている。
イヤですと言って、レンズは更に泣いてしまった。
かける言葉が見つからず、意味が解らない子達には、適当にごまかして継扉でベルの家まで戻った。
家に着くと、お昼寝をしてお腹を空かしたみんなが、ケーキと元気よく騒いだ。
ベルが少し勿体つけて、ケーキはデザートにしましょうと言った。
「ふふ、今日の夕食は、しゃぶしゃぶですよ」
この件を知らない子達が、えーと驚く。
その言葉に反応してスクが目を覚まし、レンズが俺の背に隠れた。
「こちらにいるミノさんは、お肉をいっぱい出せるんです」
すごーいと視線がミノに集まる。
注目されたミノは任せて下さいと言って、お皿を撫でて、あれと首を傾げた。
何度やっても、お肉は出て来なかった。
涙ぐむミノに、マズいと思い冗談なんですと、ベルがあたふたする。
違うのと首を振り、目を擦った。
「私の罰が終わったみたいで、嬉しくて。お肉は出せなくて、ごめんね」
そうだ、お肉が出なくなったら、刑期の終わりだと言っていた。
俺を見つめ、貴方を信じて良かったと抱き付いてくる。
牛さんみたいな胸を押し付けられ、ありがとうございます。
当然のようにみんな怒って、引き剥がされる。
特に、カタナとレンズとクックはマジの勢いだった。
なんとか事態が治まると、しゃぶしゃぶはムリかと、ガッカリの空気になってしまった。
たぶん、みんなと目的は違うけど、スクの落ち込み方が酷い。
スクの熱い視線から逃れるように、レンズはまた俺の背に隠れた。
カタナが俺に目配せしてくる。
言われるまでもなく、ちゃんと解ってる。
元々、ミノと会う前にした約束だし、カッコいい男が、約束を破るのは論の外だ。
「買い物に行ってくるから、準備しててくれ」
俺の言葉に、わーいと場が途端に明るくなる。
うん、最高の気分だ。
少しだけ、レンズが震えた気がしたけど我慢してもらおう。
買い物には、俺とカタナで行った。
お財布の中身のほとんどを、お肉に替える。
あとは、お酒とジュースに、甘い物が食べたいと言っていたミノの為に、お菓子も忘れなかった。
明日からの食費がゼロだけど、俺もカタナも、それ以上の物が手に入る確信があって、困ったなと顔を見合せて笑った。
きっと、レンズとクックも、文句なんか言わないと思う。
両手いっぱいの袋を抱えて戻ると、早く早くとみんなに手を引かれ家に入る。
ベルが大きな鍋に、お湯を沸かして待っていた。
レンズとスクの姿が見えず、どこ行ったのと聞くと、ベルがお着替えにと答え、服がボロボロだったなと考える前に、丁度よく戻ってきた。
似合ってますと、ウットリするスクの目を気にしながら、黒1色の服でレンズがスカートを押さえている。
確かに似合ってるけど、まるで死神みたいだ。
レンズが死神だったらと想像して、瞬殺されるなと寒気がした。
「あの、下着も……貸して下さい」
必死にスカートを押さえるレンズに、スクはゾクゾクしながら、そんな物はないんですと答えた。
スクの趣味を知っている子達は、大好きなお姉ちゃんの為に、う、うんと気を使っている。
ベルはずっと遠い目をしていた。
助けを求めるレンズを見ないようにして、さあ、食べようと、しゃぶしゃぶが始まった。




