表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

56/112

約束と……迷路 6

 拐われたみんなは、むにゃむにゃと気持ち良さそうに寝ていた。

 ほんとに良かったと、ベルが宝物を見るように微笑んだ。

 寝顔を見ていたいのと、帰りを待っている3人を早く安心させてあげたくて、このままおぶって戻る事にした。


 俺がクックを、カタナがイグ、ベルがルク、ミノがアクを背負った。

 可愛らしい顔と背に預けられる重さに、守った物の大きさを実感させてくれる。



「さ、帰ってしゃぶしゃぶです。私も初めてなので、楽しみです」



 頬の怪我を気にしながら、とっておきの顔を見せてくれるベルに、おうと答えて歩き出した。



 来た時よりも複雑に感じる迷路を、アリアの糸を頼りに進む。

 歩きながら、ベルが在喰(ときくらい)の事を教えてくれた。



 存喰とは、禍津神(まがつがみ)が稀に持つ、生ある者にとって最悪と言える力。

 喰らった者の時を、自らの寿命に変換し、永遠に近い生を得る。

 だが、変換効率が悪く、食べ続けなければならない。

 その理由から、長い時を生きる死神を好んだ。

 迷宮(ラビュリントス)に来たのも、食糧庫にするのが目的で、ここなら死神が邪魔をしに来るリスクを、減らせるからだと思われる。

 それに、迷宮から自由に出入りが出来る手段も、持っていたと推測できる。



 そして、自分達は在喰を始末する為の部隊だと。

 深淵(アビス)刈手(ハンド)とは、対在喰の殲滅部隊。

 ただ、滅多に在喰はいないので、雑用係が本職になっている。

 戦うのが嫌いなベルが長を務めているのは、前に聞いた継扉(ゲート)の鍵と、子供達を育てるのに、報酬は低くても仕事が回ってくるからだった。





 そこまで話し、少し間を開け、俯き加減にベルが意味深な顔をした。


「ふふふ、貴方は深淵の刈手の長である、私の秘密を知ってしまいました。狙われる事になりますよ」


 ニヤリと悪い顔のつもりだろうけど、イタズラを思い付いた子供みたいで可愛いらしい。

 ペラペラと勝手に喋ったじゃねえかと、カタナがイラ立ち、ミノが私も狙われるのと不安そうにする。


 厄介事を増やさせれてしまい、あーあと思いながら誰が狙いにと聞くと、ベルが俺の腕にピッタリと寄り添い、頭を寄せて私ですと自分を指差した。



「私が狙うのは、ゲット様のこれから先に生きる時間の全てです。旦那様として、一緒に時を過ごしたいです。ああ、カタナ様と、ミノさんは大丈夫ですよ。スクちゃんみたいな趣味はないので」



 ふざけんなとカタナが間に割り込み、ミノがホッと胸を撫で下ろし、なんの趣味と聞いてる。

 なんのでしょうねと微笑み、声には出さず、本気なんだからと唇だけを動かした。




 カタナが完全にベルをライバルと認め、けっこうマジな感じで警戒しながらひたすら歩き、糸の終着点に辿り着いた。



 着いたはいいけど、どうしたものかと困ってしまう。

 糸は壁から生えているように見えて、進みようがない。

 てっきり、門かなにかがあると思っていたのに。

 これどうすると聞くと、完全にテンパるベルと、まいったと天を仰ぐカタナに、やっぱりムリなんだねと呟くミノで、答えが見つからない。


 ぶっ壊してみるかと、カタナが物騒な意見を言って、試してみる前に、少し離れた壁が爆発した。


 まだやってないんだけどと思いながら、爆風と破片からクックを守る為に、前に抱き込み屈んだ。

 みんなも同じようにしていた。

 爆音と衝撃に、クックと子供達が目を覚ましてしまう。

 子供達は、キョロキョロしたり、おはようと言っている。



 見てくると目で合図をして、爆発した壁に近付くと、壁には大きな穴が空いていて、覗くと迷宮の外が見えた。

 よし、理由は解らないけど、ここから出られそうだ。


 良かったと思う間に、穴が小さくなって行く。

 治るのかよと急いでみんなに伝え、子供達を抱いてダッシュで穴から外に出た。



 状況が解っていないクックと子供達に、背中を擦られ荒い息をつく。

 壁を見ると、もう穴は閉じていた。

 ほんとに危なかったと、顔を見合せていると、先の方にレンズ達を見つけた。



 なにやら、不穏な状況になっているのが見える。

 ぶっ倒れているスクと、服がボロボロで座り込んで震えているレンズに、暗い顔のアリアが側に立っていた。



 一目で敵と戦ったんだと解った。

 すぐに逃げれるようにと、無言で作戦を立てる。

 俺の腕を掴んで怖がっているイグを背負い、カタナとベルも、アクとルクを背負った。


 3人に大丈夫かと言って駆け寄ると、レンズが俺を見て、涙目で服を押さえて俯いた。

 敵はどうしたと、カタナが辺りを警戒しながら聞くと、レンズは泣き出してしまった。



「こ、怖かったです。スクが、しゃぶしゃぶの練習しようって……グス」


 ごめん、意味が解らない。

 しゃぶしゃぶするのに、どんな練習がいるんだ。

 本当にごめんなさいと、アリアが丁寧に謝っている。


 全く状況が理解できない俺達に、泣き止まないレンズの代わりに、アリアが教えてくれた。



 心配で辛そうなスクを落ち着かせようと、レンズがしゃぶしゃぶの話しを振ると、最初は楽しく話していた。

 だけど、時間が経つにつれて、スクの話が怪しくなっていき、最後には不安と自分の欲望を解放した。



「ええとですね、しゃぶしゃぶを食べる時は、下着を着けないとかって言って、嫌がるレンズ様にムリヤリ……」


 そこまで言って、アリアは赤くなって下を向いてしまう。

 ああと、ベルが遠い目をした。



「グス、下着だけじゃなくて、もっと大切な物を……下さいって……」



 なるほどなと、状況が飲み込めた。

 ガチの貞操の危機に、死闘を繰り広げ、最後に神去(かむさり)で止めを入れて、偶然にも壁に穴が空いたと。


 そのおかげで出られたから、なんとも言えない気持ちになる。

 泣きが入るまで、レンズを追い詰めた事を、ある意味で凄いなとカタナが誉めていた。

 そうだねと、俺とベルが同意する。

 レンズに奥の手を使わせるまでに、迫ったのだから大したものだ。



 ベルはなにかを決意し、泣いてるレンズの肩に手を置いた。


「スクちゃんは、とってもいい子です。幸せにしてあげて下さいね」


 大切な娘を送り出す、お母さんの顔をしている。

 イヤですと言って、レンズは更に泣いてしまった。

 かける言葉が見つからず、意味が解らない子達には、適当にごまかして継扉でベルの家まで戻った。






 家に着くと、お昼寝をしてお腹を空かしたみんなが、ケーキと元気よく騒いだ。

 ベルが少し勿体つけて、ケーキはデザートにしましょうと言った。


「ふふ、今日の夕食は、しゃぶしゃぶですよ」


 この件を知らない子達が、えーと驚く。

 その言葉に反応してスクが目を覚まし、レンズが俺の背に隠れた。



「こちらにいるミノさんは、お肉をいっぱい出せるんです」


 すごーいと視線がミノに集まる。

 注目されたミノは任せて下さいと言って、お皿を撫でて、あれと首を傾げた。

 何度やっても、お肉は出て来なかった。

 涙ぐむミノに、マズいと思い冗談なんですと、ベルがあたふたする。

 違うのと首を振り、目を擦った。



「私の罰が終わったみたいで、嬉しくて。お肉は出せなくて、ごめんね」


 そうだ、お肉が出なくなったら、刑期の終わりだと言っていた。

 俺を見つめ、貴方を信じて良かったと抱き付いてくる。

 牛さんみたいな胸を押し付けられ、ありがとうございます。


 当然のようにみんな怒って、引き剥がされる。

 特に、カタナとレンズとクックはマジの勢いだった。

 なんとか事態が治まると、しゃぶしゃぶはムリかと、ガッカリの空気になってしまった。

 たぶん、みんなと目的は違うけど、スクの落ち込み方が酷い。

 スクの熱い視線から逃れるように、レンズはまた俺の背に隠れた。



 カタナが俺に目配せしてくる。

 言われるまでもなく、ちゃんと解ってる。

 元々、ミノと会う前にした約束だし、カッコいい男が、約束を破るのは論の外だ。



「買い物に行ってくるから、準備しててくれ」


 俺の言葉に、わーいと場が途端に明るくなる。

 うん、最高の気分だ。

 少しだけ、レンズが震えた気がしたけど我慢してもらおう。




 買い物には、俺とカタナで行った。

 お財布の中身のほとんどを、お肉に替える。

 あとは、お酒とジュースに、甘い物が食べたいと言っていたミノの為に、お菓子も忘れなかった。

 明日からの食費がゼロだけど、俺もカタナも、それ以上の物が手に入る確信があって、困ったなと顔を見合せて笑った。

 きっと、レンズとクックも、文句なんか言わないと思う。




 両手いっぱいの袋を抱えて戻ると、早く早くとみんなに手を引かれ家に入る。

 ベルが大きな鍋に、お湯を沸かして待っていた。

 レンズとスクの姿が見えず、どこ行ったのと聞くと、ベルがお着替えにと答え、服がボロボロだったなと考える前に、丁度よく戻ってきた。



 似合ってますと、ウットリするスクの目を気にしながら、黒1色の服でレンズがスカートを押さえている。

 確かに似合ってるけど、まるで死神みたいだ。

 レンズが死神だったらと想像して、瞬殺されるなと寒気がした。



「あの、下着も……貸して下さい」


 必死にスカートを押さえるレンズに、スクはゾクゾクしながら、そんな物はないんですと答えた。

 スクの趣味を知っている子達は、大好きなお姉ちゃんの為に、う、うんと気を使っている。

 ベルはずっと遠い目をしていた。


 助けを求めるレンズを見ないようにして、さあ、食べようと、しゃぶしゃぶが始まった。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ