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約束と……迷路 5

 ワザとらしい悲鳴を止め、なーんてねと、投げキッスをした。

 首の側面には、ノコギリのような歯を持つ口が、鎌の刀身に噛みついている。

 絞るように力を込め、首を持って行こうとする2つの鎌に、邪魔と言って外しにかかるが叶わず、どうやって取るのとベルに問いかける。



「首を貰えれば、耳無鋏(シザー)は離れてくれますよ」


 なるほどねと、鎌を外すのをあっさり諦め手を放す。

 今までに、耳無鋏が獲物を逃した事はない。

 だから、ベルは冷静に待っている、首を失い無防備になるのを。

 どんな生き物でも、殺せないまでも、首を失えば必ず動けなくなる。

 そのスキを逃さずに、本体を壊す。

 油断も躊躇いもない、ただ、確実にという決意があるだけ。



 首元で行われる牙と鎌のせめぎ合いを気にもせず、聞いてもいいと、キガはこめかみに人指し指を当てた。



「これってさ、耳無鋏って言ってるけどハサミじゃないよね?1つ足りないけど、アレだよね」


 ウソつきと言って、あっかんべーと目の下に人指し指を置いて舌を出した。

 顔には出さず、ベルは警戒を強める。


 美味しくないんだよねと言いながら、首にある鎌の少し上に手を当て、肉を噛み千切る音を立てた。

 クチャクチャと咀嚼を続けるのは、左手に開いた口。

 驚きを隠せないベルに、千切れかかった喉を見せつける。



「まっず、口直しは……あん……た……だよ」


 減っていく首に合わせ、声は掠れていく。

 半分まで無くなり、右手で髪を掴みガブリと、骨ごと一気に左手に食わせた。

 その瞬間に、抑えていた牙から解放され、ジャキリと鎌が閉まった。


 対の鎌は空を切り、獲物の消失を認められず、同じ位置で開いては閉まるを繰り返す。


 その様子を、右手に掴まれている頭から眺め、声にならない声で、仕方ないかと言い、血の滴る左手を鎌の開閉地点に差し出した。


 ストンと左手首を切断し、鎌は満足したのか、地面に落ち動かなくなった。


 落ちた手首が血溜まりを作る。

 忌々しそうな視線を自らの手首に向け、頭を元の位置に押し付けた。

 瞬きの時間もかけず傷口は癒着し、あーあーと喉の調子を確かめた。



 初めて自分の力を破られたのが、こんな方法だなんてと、ベルは唖然とし足の震えを抑えようと努めた。

 手首を拾い、傷口に押し付けるが元に戻らず、

 やっぱりと呟き、ゴミでも捨てるように、放り投げた。



「首ならなんでもいい、バカで助かったよ。笑っちゃうよね、手首で満足しちゃうんだから」


 あははと笑い、どうしてくれんだよと急に怒り出し、左手を突き出した。

 動揺しているベルに、聞けよと手を振った拍子に、顔や手に血がかかった。



「これから先ずっと片手無しでいろってか、笑えないんだよ」


 怒り狂うキガを見つめながら、顔にかかった血を拭った。


「いいえ、両手無しですね」


 防げるのは、あと1度だけですよと続け、指でハサミを見立てる。

 指が閉じられる前に、痛っと手を押さえた。

 手を見ると、血がかかった場所から、擦るような音と一緒に、ベル自身の血が滲んでいる。



「ばーか、同じ手は食わないって。うん?食うのはあたしだね。美味しいよ」


 怒ったり笑ったりと忙しいキガは、恍惚の表情を浮かべた。


 ベルは気付いた、食べられていると。

 血がかかった場所が、針で刺されるような痛みを伝え減っていく。


 キガの体の全ては、補食する為の口となる。

 例え一滴の血液だとしても。

 在喰(ときくらい)に喰われた者の末路を思い出し、必死に服に擦りつけたが、ムダだった。



 在喰に命を喰われると、存在を無くす事になる。

 最初からいなかったように、全ての者からの記憶までも。

 それにより関わった者の、生と死の運命が変わってしまう。

 死神達は、死の管理者としてそれを赦さない。




 頬と手の痛みが拡がっていく。

 このままでは、食われてしまう。

 もう1度、耳無鋏を仕掛けても、ベルが喰われるまで、キガは待てばいい。

 ベルを喰い尽くしてから鎌を外せば、残った右手は失うがキガの勝ちだ。



 負けられない、自分が殺られれば、子供達まで食われてしまう。

 子供達は自分の命だ。

 それに、友達も好きな人も出来た。

 絶対に、誰一人として欠ける事は赦さない。

 手を蝕む痛みを無視し、指でハサミを見立て閉じた。


 キガの首に再度、鎌が現れる。

 ベルを味わいながら、またこれと言い、首から開いた口で鎌を止め、恍惚の世界に戻っていく。



「ミノさん、鎌を貸して下さい」


 突然のベルの頼みに、震えていたミノが首を振る。

 持ってないのというミノの答えに、あてが外れ顔をしかめた。

 隠せない程の焦りに、泣きそうになるベルにカタナが叫んだ。



「使え。みんなで帰って、しゃぶしゃぶ食うぞ」



 言葉と一緒に、飛んできた刀をしっかりと受け取った。

 いいのですかなんて聞かず、お礼は後で必ずと誓い、刀を鞘から抜いた。



「耳無鋏……。勝手でごめんね。刻針断(ルースリィス)


 心の中で、自分の力に千の言葉で謝り、万の気持ちを込める。



 耳無鋏の真の名は、刻針断といった。

 残酷すぎるその力に、ベルは名を変え封じていた。

 本当の名を呼んでくれない主に、いつしか耳を閉ざし、ベルの望みのままに、耳無鋏と。



 白い骨が見え始めた手を開き、ハサミを見立てる。

 人指し指と中指に、親指を足して。



「ごめんね……」



 その言葉は、誰に向けたのか。

 ベルの指が閉じられた。


 刀と鎌が消えた。

 息をつく間もなく、左右から縦に体を鎌の刀身に挟まれる。

 腕に開いた口で刀身を止め、降って湧いた絶望にキガは顔を歪ませた。


 カチッカチッと、聞き覚えのある音を響かせ、足元に現れた刀が起き上がってくる。

 その姿は、時針と分針を追う秒針のように見え、キガに時計を連想させた。



「くそっ、全部、使えたのかよ。弱っちいフリしやがって……頼むよ……お願い……もう食べないから」



 迫る刀に、怯えと恐怖を浮かべ、キガは哀れを誘う声で命乞いを始めた。

 もう無理ですよと、ベルは優しく諭すように言った。



「時は誰にも、平等で残酷で……無慈悲なんですよ」


 私達だけは、忘れないからと伝えると同時に、3つの刀身が合わさり、悲鳴を残し消えた。

 落ちた刀と鎌を見つめながら、ごめんなさいと、キガの為に涙を流した。




 刻針断とは、対象の存在した時を断ち切る力だった。

 この場にいない者の、記憶すらも切り取ってしまう。

 奇しくも、在喰と同種の力。

 だが、1つ決定的に違う所がある。

 それは、理由と意図。

 在喰は己が生きる為に、他者の存在を喰らうのに対し、刻針断は使う者の都合だけ。

 だからベルは、この力を嫌い、これまでも、この先も使う気はなかった。



 死ぬのがベル1人なら、絶対に使わなかった。

 ただ、この場には守りたい者が多すぎた。

 失いたくない気持ちと、この先も自分も一緒にという欲に勝てなかった。




 ベルは涙を拭って、刀を拾い丁寧に鞘に納めた。


「カタナ様、私は間違っていたと……思いますか?」


 両手で持った刀を返し、問いかける。

 カタナにはベルの考えている事が解っていた。

 死神の職務としてではなく、自分の気持ちを優先し力を振るったと。

 母親として、1人の女として。



「女は欲張りだからな。自分の大切な物を奪う奴は赦せなくて当たり前だ。それで後悔するなら、女なんか止めちまえよ」


 カタナの言葉に、下唇を噛んで絞り出すように、はいと答えた。

 それと、もう1つと指を立てた。



「イイ女はな、大切な奴を守った時は、とっておきの顔を見せるもんだぜ」


 そう言って、子供達に視線を向けた。

 歯を食い縛って、ベルは後悔を振り切った。

 そして、しゃぶしゃぶですと、精一杯の笑顔を見せて、子供達に向かって走り出した。




 とんでもなく、カッコいいカタナに、俺とミノが憧れの顔で拍手を送る。



 ミノは気付いてないけど、へへんとカッコつけるカタナの手が小さく震えているのが見えて、本当に凄いなと思った。

 全員を助ける為に、躊躇いなく自分の本体を預けたんだ。

 それに、殺すのに自分を使うのを、メチャクチャ嫌っていたはずなのに。




 いつもカタナがしてくれる事を、返すなら今しかない。

 誰かに見られる前に、最後までカッコつけさせてやる。

 さりげなく肩に手を置いて、カッコよかったよと、たくさんの気持ちを込めた。



「チッ、お見通しかよ。カッコいいじゃん」


 ありがとなと、重ねたカタナの手は、もう震えてはいなかった。





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