約束と……迷路 4
金属の打ち合う澄んだ音を響かせ、すれ違い互いに背を向け動きを止めた。
「死神の力に頼った、お前の負けだ」
言うと同時に、咳き込み血を吐いた。
カタナの体には、無数の小さな鎌が刺さり、意思を持っているかのように、もっと深くと蠢いている。
体に刺さる鎌を刀で振り払う。
赤盾の力を纏い、赤熱したように赤銅色に染まった刀身が当たると同時に、鎌は微塵に砕け散り、傷痕はかじられたように抉られていた。
「どうし……て」
コダチの持つ刀が折れ、後を追うように両腕もろともに、上半身が滑り落ち、下半身が倒れた。
上半身には、鎌のついた触手のような物が幾つも生えている。
カタナは最初に殴った時に、コダチの力が死神に近いと感じていた。
そして、コダチは知らなかった、カタナに死神の力は効かないと。
「姉の力くらい、知っとけよ」
紅に染まった刀を握り直し、止めの覚悟を決める。
「姉様、カタナ姉様」
肘までしかない腕で後退り、姉の名前を口にする。
命乞いをする前に、見下ろすカタナを見つめ、悟ったように力を抜いた。
「姉様、お化粧して」
穏やかな顔で目を閉じるコダチに、ああと、答え身を屈めた。
薬指で溢れる血を掬い、そっと唇に薄く塗り、閉じた瞼の端に朱を置いた。
それは、古式の死化粧。
取られた首が見苦しくならないようにとの、古い習わしだった。
キレイになったぞと伝え、刀に手をかけた。
「ありがと、姉様。昔もしてくれたね。安心したよ……姉様が変わらずお人好しで」
言うと同時に、カタナの背中に折れた刃が突き刺さる。
「俺も安心したよ。もう、妹のコダチはいないんだな」
ガリガリと音を立て、身を削り喰らう刃を気にもせず、刀を逆手に持ち、折れた刀の柄を地面に縫い付けた。
「姉……様……おい……しい……主様……」
透き通るような音を最後に、コダチが消え、刀が塵となり、鍔に括られていた鈴だけが残った。
「殺す事しか出来ない、お姉ちゃんを赦して」
うずくまり、鈴を胸に押し付け、何度もコダチに謝った。
見ていられずに、カタナの名を呼ぶと、主様と泣きながら抱き付いてくる。
カタナの悲しみが痛いくらいに伝わってきて、なにも出来なくて、本当にごめんと謝った。
ミノも自分の事のように涙を流して、お肉でも食べてと七輪をカチャカチャと用意をした。
「あれは、コダチじゃなかった。喰奴に喰われて、だって、だって、コダチは妹は」
伝えたい事がありすぎて、涙声を詰まらせる。
カタナは最期の瞬間まで、ずっと迷っていた。
殺すとは口だけで、本当に自分に出来るのかと。
妹を殺すと覚悟を決めたのは、化粧をした時。
前と同じく、化粧をして観念されたら、覚悟なんて絶対にムリだった。
だが、コダチはカタナを喰おうとした。
「解ったんだ、コダチは容れ物なんだって。どうやっても、助けられ……だから……コダチ」
妹の名前を大声で叫び、ゴシゴシと目を拭い立ち上がり、ぎこちない笑顔を見せた。
「あとで、聞いてくれな。可愛い妹の話を」
やっぱりカタナは、メチャクチャにカッコいい。
ここで、泣いてる場合じゃないのを解って、辛いのを我慢して、気丈に振る舞っている。
帰ったら、ゆっくり聞くよと約束をして、俺も立ち上がった。
長い話だから、色んな意味で今夜は寝かせないぜと、ウインクするカタナの腰の刀には、鈴が揺れていた。
「あの、お肉は」
そういえば、ミノがカタナの為にお肉を焼いていた。
なんなのこいつと聞くカタナに、ミノを紹介して、お肉を食べながら糸を辿った。
幾つもの曲がり角に邪魔されながら進み、体の疲れではなく、精神的な疲労に、急がなければという焦りが増していく。
そんな俺に、カタナが落ち着けよと背中に手を置いてくれた。
あんな事があったのに、カタナはいつも通りで、俺の心配までしている。
見習わなければと思い、ごめんと返す。
気を使うミノが、お肉でもと言いかけるのを、苦笑いしながら断り、おかげで先の話をする余裕ができた。
「ミノがいればさ、お肉が食べ放題だよな。しゃぶしゃぶの心配もないな」
ほんとだなとカタナも笑って、薄切りも出来るかと聞いた。
薄切りでも、厚切りでも任せて下さいと、ミノはとんでもない大きさの胸を張る。
ミノの規格外の胸を見て、負けたよとカタナが舌を出した。
そんなやり取りをしている内に、焦りはなくなっていた。
歩きに歩いて、先の方から声が聞こえてきた。
やっとだと、走って辿り着いた先には、ベルと白衣の女の人が対峙していた。
今までで1番の大きさの円形の広場の奥には、縛られたみんなが見える。
女の人が俺達を確認して、うんざりしたようにため息をついた。
「だっさ。なーにが、姉様は私が食べるだよ。役立たないなー」
コダチの事を言っていると、カタナが鋭い目をして睨み付けた。
前に出ようとするカタナを、ベルが後ろ手に制した。
「この方は、在喰です。死神として、私が刈るべき相手です」
ベルの言葉に、はいはい、そーですよとバカにしたようにおどけてみせる。
手出しは無用と俺達に視線を送り、ではと、背中に交差させた対の鎌を眼前に立てた。
「深淵の刈手が1人。臆病親指ベルーガ。盟約に従い、不浄を刈り取ります」
おっとりした優しげな雰囲気は失われ、己の職務を全うする厳格な死神の姿がそこにあった。
対する女の人は、中二病、丸出しだと大笑いしている。
じゃ、私もねと、収まらない笑いを抑えながらベルの真似をした。
「禍津神が1人。在喰キガ。盟約に……なんだっけ?」
顔を押さえて、恥ずかしいと続けた。
こいつも禍津神かと、カタナが腰の刀を握り締め、ミノが恐怖を感じて震えた。
ベルじゃムリだとカタナに耳打ちされ、スキを見て助けようと決めた。
もう1回、今のセリフを言ってとスタスタと近付くキガに、言ってる方も恥ずかしいんですよと返し、鎌を左右から挟むように振るった。
キガの腰の位置に、ガッチリと鎌が合わさり止められる。
鎌を止めたのは、両の腰に開いた口から生える牙だった。
離れようとして鎌を引くと、牙が刀身に噛みつき放さない。
いただきと頭に伸ばすキガの掌には、肉を寄越せと牙を剥く口があった。
ご馳走様が言えない口ではイヤですと、鎌を諦め身を反らして後ろに飛んだ。
「あれ、鎌いらないの?ほら、取りにおいでよ」
手招きをする動きに合わせ、掌の牙がギチギチと音を立てた。
次の手を考え動かないベルに、貰っちゃうよと、噛みついて放さない鎌を見せつけ、早くと挑発をする。
「お気に召したのなら、差し上げますよ。丁度いいですから、使い方をお教えしますね。貴女は私の宝物を、奪おうとする方ですから……」
耳無鋏と呟き、怖いようとバカにするキガを見つめ、人差し指と中指をハサミに見立て、チョキリと動かした。
あれと驚くキガの首には、腰にあったはずの鎌が現れ、左右から刀身が挟み込んでいた。
ちょっと待ってと、命乞いは聞いてもらえず、ザクリと鎌が閉まり、悲鳴が上がった。




