約束と……迷路 3
その人の前には七輪があり、美味しそうなお肉が並べられている。
お肉をひっくり返し、おいでと手招きをした。
「美味しいよ。一緒に食べよ」
食べるワケないだろと思う俺とカタナで、食べますと元気に答えるベルを止める。
お肉もあの胸も、罠に決まってる。
ベルもそうだけど、どうして死神達は疑ったりしないんだ。
ピュアなのか、俺並のバカなのか。
ほらほらと手を振る度に、牛さんみたいな胸が揺れている。
その様子から、戦う気はなさそうと判断して、なにをしてるか聞いてみた。
キョトンとして、お肉食べてるけどと返ってくる。
そうじゃなくてと説明するのも面倒だし、先を急ぎたい。
行くぞというカタナに、待ってと泣きそうな顔をする。
お仕事なんで、お肉を食べてと頭を下げてきた。
スーパーの試食以外で、お肉を食べろなんて、罠以外のなんだよとカタナが言うと、私だって辛いんですと逆ギレし始めた。
「お肉がなくならないと、出られないの。私だって、大変なんだから」
さあ、行くぞと聞く耳を持たないカタナに、そうですかと同情するベル。
真剣に話を聞こうとするベルを、カタナが腕を引っ張り先に向かった。
苦労してるようだけど、俺達も急いでいる。
ごめんなと言って、2人を追いかけようとして立ち止まる。
あれ、どこに行った?
2人の姿が見えず、大声で呼んでも、返事はない。
そんなに先に行ったのかと、急いで追うと道が別れていて、どちらに行ったのか解らない。
ヤバい、完全にはぐれてしまった。
ここは下手に動かずに、さっきの広場まで戻って待つ事に。
トボトボ戻ると、お帰りと嬉しそうな顔に、ただいまと返す。
たまに道が変化するから、気をつけてねと注意されたけど、遅すぎて泣けてくる。
また、お肉たべよと勧めてくる。
断れずに、お皿を受けとると、楽しそうに七輪にお肉を並べ始めた。
時間が出来たしと、名前となにをしているか聞くと、お肉の焼き加減を気にしながら、自己紹介をしてくれた。
彼女の名前は、ミノタウロス。
ミノちゃんがアダ名で、死神らしい。
ここで、看守の仕事をしている。
名前と仕事は、親から継いだ物で、あまり好きではなく、ここから出たくて仕方ない。
看守とは名ばかりで、先祖がとんでもない罪を犯して、その罰として仕事をさせられていた。
その仕事とは……
「お腹が減ってる死神さんの前で、美味しそうにお肉を食べるの。でも、絶対に分けてあげないの」
そう言って、俺のお皿に焼けたお肉を置いてくれた。
ああ、ベルの言っていた、心と魂をズタズタにとは、これだと思った。
地味な嫌がらせに、苦笑いしか出ない。
お皿に盛られたお肉を見て、分けないんじゃないのと聞くと、もういいのと首を振った。
「監視とかされてないから平気。お肉がなくなれば、出られる契約だから」
監視者すらいないような場所で、たった1人で長い時を過ごしてきた。
ミノの一族は、そうやって罪を償って生きてきたと教えてくれた。
「私がお仕事に就いて、初めてのお客さんだったから、来てくれて嬉しかったんだよ」
いっぱい食べてと、心からの笑顔に、助けてあげたくなる。
そんなにお腹は空いてないけど、少しでも協力しようとお肉を口に運んだ。
無心で食べていたけど、そろそろ限界に近い。
ミノはせっせとお肉を焼いて、ワンコそば状態になってきている。
ちょっと待ってと止めて、お肉の量はあとどれくらいか聞いてみた。
解らないと辛そうな顔で、ミノがお皿を撫でると、山盛りのお肉が現れた。
「終わりが見えなくて、とっても辛いよ」
お肉を見ながら、頑張らなきゃと健気に笑った。
どうやら、残りの量が解らないみたいだ。
お皿を撫でて、お肉が出なくなったら終わりらしい。
ゴールが見えないのは、確かに辛い。
どれくらいここにいるのか聞くと、70年くらいかなと教えてくれた。
マジでとしか言えない。
こんな所で、たった1人で誰かが来るのを待っていたのか。
なのに、どうしてミノは笑っていられる。
ミノの顔からは、恨みや悲しみが欠片も見えない。
俺なら、とっくの前に気がおかしくなってる自信がある。
考え込む俺に、どうしたのと優しくミノが笑ってる。
なにか助ける方法はと考え、ミノが死神な事を思い出した。
アリアの糸が見えるか聞くと、うんと頷いた。
「よし、決めた。ミノも一緒に、ここから出よう。イヤだって言っても連れて行く」
ムリだよと寂しそうに言って、気持ちは嬉しいとお礼を口にした。
ミノは解ってない、カッコいい男には、二言がない事を。
「絶対に出してやる、約束だ。自力で出れば、免罪になるって聞いたんだ」
俺の言葉にどうしようと、ミノの目が泳ぐ。
はあ、もう一押しいるか。
立ち上がり、手を引いて抱き締める。
「淋しかっただろ」
少しずつミノの体が震えて、わーんと泣き出した。
「辛くて、淋しくて……1人で食べても、美味しくなくて……」
一緒に行こうと改めて聞くと、行くと涙声だけど元気に答えてくれた。
ミノは涙を拭いて、約束だからねと、とってもイイ顔をした。
約束だと返して、アリアの糸を頼りに歩き出した。
どれくらいカタナとベルから、遅れたか気になって早足で進む。
ミノは外に出たら、甘い物をたくさん食べるんだとニコニコしてる。
俺には糸が見えないのが、もどかしい。
複雑すぎる道を、ミノの後に着いて歩きながら、みんなの無事を祈っていると、あっと言って足を止めた。
道の先には、さっきの場所に似ている円形の広場があり、カタナの後ろ姿が見えた。
よかったと駆け寄ると、広場には眼帯の女の子もいて、カタナと睨み合っていた。
俺を横目で確認して、来ると思ってたと呟き、眼帯の女の子に視線を戻した。
その子は、俺を見つめて唇をゆっくりと舐めた。
「これはこれは、主様ですか。想いは捨てたはずなのに、胸が高鳴りますね。殺したら、どんな気持ちになるのでしょうか?ね、姉様」
最後の姉様という言葉に、悪意が込もっていた。
「知らねぇし、姉なんて呼ぶんじゃねぇよ。お前はこれから死ぬんだ。自分の心配をしな」
こんなに怖いカタナを見た事がない。
カタナの死の宣告に、ああ、コダチは悲しいですと、芝居がかったように挑発をした。
「このバカは俺に任せて、先に行け。ベルが行ってる」
いや、ダメだ。
俺が来るのを計算に入れて、ベルを先に行かせたはずだ。
俺とミノが行ってしまえば、糸の見えないカタナでは、帰れなくなる。
「カタナと一緒じゃなきゃ行かない。これは譲らない」
俺の考えを読んだのか、解ったよとため息をついて、口元に微笑みを浮かべた。
お手伝いすると聞くミノに、カタナは1人でやらせてくれと答えた。
「茶番は終わりましたか、麗しの姉様の顔を見るのも飽きてしまいました」
ケラケラと笑い、サッと表情を消し、低く冷たい声で、死ねよと呟きカタナに突っ込んできた。
レンズを見慣れているせいか、そんなに速くは感じない。
真っ直ぐに顔を狙う拳を、カタナは余裕でかわしカウンターを決める。
動きの止まった所に、全力の右を入れた。
口から血を吹きながら倒れた。
「弱くなったか、それとも遊んでるのか。答えなくていい、じゃあな」
一切の迷いを見せず、コダチの腰の刀を踏み砕く。
だが、刀は砕けず、コダチがカタナの足を払った。
舌打ちをして、カタナは倒れるのを拒み後ろに飛んだ。
「ダメですよ、姉様。昔みたいに、自分を使わないと」
口元の血を拭い、不敵な笑みを浮かべ立ち上がった。
呼び起こされる過去の記憶に、カタナは込み上げる吐き気に顔をしかめた。
前にカタナが言っていた。
殺す為に、自分を使ったのは1度だけだと。
それは、禍津神を倒した時だ。
その1度が、妹だったなんて皮肉にも程がある。
「さ、本気でやりましょうか。数多の死神を喰らい得た力を、姉様にお見せしたいです」
コダチの目が白目まで黒く染まり、腰の刀が早く抜けとガチガチと音を立て、鍔に括られた鈴が鳴き揺れた。
ゆっくりと抜かれた刀身は、夜のように黒く禍々しい。
喰奴という力を、カタナから聞いた事を思い出した。
人や付喪神、それに死神までも喰らい、力と命に変える、過去に殺した禍津神の力だと。
「バカは治ってないんだな。そんな気持ち悪い姿になりやがって」
悲しそうなカタナは、コダチの持つ刀が地に落とす影を見ている。
影は生き物のように、飢えを訴え牙を鳴らす獣の姿を地に描いていた。
「今、お姉ちゃんが……綺麗にしてやるからな」
歯を食い縛り、腰の刀を抜いた。
言葉を交わさずに想いを合わせ、互いの名を叫び、銀線が煌めき交差した。