約束と……迷路 1
今日は早起きをして、みんなでケーキを作っていた。
前の日からカタナが仕込みをしていた、美味しそうな料理の数々も、5段重ねの重箱に詰まってる。
ゲームの世界で、ベルとスクとした約束の、自慢の子達を紹介するので遊びに来て下さいというお誘いが、昨日きた事が始まりだった。
「すみません。皆さんのお話をしてから、いつ来るのと何度も言うので、ご予定を伺いたいのですが」
申し訳なさそうなベルに、カタナが二つ返事でオッケーを出した。
ベルは戦えない死神の子供達の面倒を見る、孤児院的な事をしてる。
それに、とっても貧乏で、他の死神と同じように、主食は食パンだと言っていた。
子供が好きなカタナは、とても上機嫌で、今日の約束を楽しみにしていた。
今月分のギリギリの食費だけを残して、あとは全て、料理とお菓子に替えた。
「よし、これでオッケーだ。ガキ共の笑った顔が見れるな」
大きなケーキの仕上げを終えたカタナは、嬉しそうに笑った。
料理のほとんどを1人でこなす姿に、レンズが体育座りで爪を噛んでる。
俺とクックは、お手伝いをしていたが、料理が壊滅的に苦手なレンズは、台所に近付く事を禁じられていたからだった。
これは、意地悪ではなく、子供達の為だ。
毒物を食べさせるのは、さすがにダメだと、本人も文句は言わなかった。
後片づけをしながら待っていると、インターホンが鳴り、ベルが迎えに来た。
「わあ、美味しそうですね。見てるだけで幸せです」
ケーキを見て、ヨダレを拭くベルが子供みたいで、ほんとに、お母さんなんて呼ばれているか、疑わしくなってくる。
じゃあ行くかと、ケーキと料理を持つと、お出かけですかと不思議な事を聞いてきた。
なにを言ってるか意味が解らない。
お前の家だろとカタナが言うと、えーと驚いてしまう。
「もしかして、うちの子達の為の物なんですか?」
いや、マジで驚いてるけど、それ以外になにがと返す。
「約束したろ、美味しい物を作ってくってよ」
カタナの言葉に、ううっと涙を浮かべ、みんな喜びますと言って、なぜか考え込んでしまった。
少し間を置いて、聞いていいですかと、小さく手を上げた。
「どうして、こんなに良くして下さるのですか?恩も義理もない、ましてや会った事もない子達に」
ベルの疑問に、カタナが解ってねぇなと呟き、言ってやれと俺に振ってくる。
カッコつけるポイントを譲ってくれて、感謝しながら言ってやった。
「ベルと同じだよ、子供達の笑った顔が見たいんだ。それだけだよ」
目を白黒させて、結婚して下さいと抱き付いてくる。
もちろん、速攻でみんなに殴られた。
俺も一緒に。
どうやら、ニヤニヤする俺の顔が、気に入らなかったみたいだ。
待ってんだから早く行くぞと、カタナが急かすと、ベルが懐から鍵を取り出した。
前にも見た、継扉の鍵だった。
「私のお家は、次元の狭間にあるので、これで行きますよ」
この継扉の鍵を手にする条件として、仕方なく深淵の刈手をやっていると教えてくれた。
そういえば、そんなのやってたね、苦労してるんだとしみじみ思う。
行きますよと言って、床に鍵を差し、ガチャりと回した。
上下がひっくり返る感覚がして、景色が入れ替わった。
辺りを見回すと、夜かと思う程に暗く、なにもない空間で、先の方には大きめの平屋の家が見えた。
「あれが、私のお家です」
ベルには悪いけど、少し不気味で寂しい場所に感じた。
カタナとレンズは、俺の腕に捕まり、クックは変わってるねとキョロキョロしてる。
住めば都ですよなんて言いながら、ベルに着いて行くと、窓から4人の子達の顔が見えて、俺達を確認して家から出て駆け寄ってきた。
みんな黒い服で、女の子しかいないのが気になった。
ベルから話を聞いていた、竜殺しの勇者だと顔を輝かせて、全員がレンズを見ていた。
え、あの、俺ですとは言えない空気だ。
子供とはいえ死神だ、本能的に強い者が解るのかも知れない。
「私じゃなくて、勇者様は、こちらのゲット様です」
困ったように、レンズが俺を紹介してくれた。
ベルも慌てて、勇者様は男の方だと言ったじゃないですかと困ってる。
えーと驚きの声が上がる。
この中で、1番の年長さんの女の子が、まあ、年長さんと言っても、13才くらいかな。
その子が、俺とレンズのプライドを砕きにきた。
「この冴えない方は、村人Aですよね?こっちの眼鏡のカッコいい方は、男の人じゃないのですか?胸ないですけど」
なんで村人だった事を、見破られているんだ。
立っていられず膝をつく、もちろんレンズも一緒だ。
カタナが笑いを堪えていて、クックが違うよと説明してくれてる。
「だって、スクお姉ちゃんが、眼鏡をかけてる方が、カッコ良くて好きっ……」
最後まで言う前に、わーと叫びながら、スクが走ってきて、慌てて口を塞いだ。
「はぁはぁ、お久し振りです。立ち話もアレなので、お入り下さい」
必死に話を反らそうとするスクに、そうしましょうとベルも同意した。
男と間違われて落ち込むレンズは、憧れの勇者様の待遇で、みんなに手を引かれ、家に入って行く。
トホトボと着いて行く俺に、カタナがフォローをくれた。
「レンズはさ、女からモテるんだ。黙ってればクールに見えるし。なにより、強いしな」
そっかと返すと、耳元に顔を近付けて、勇者はお前だよと言ってくれた。
ゾクゾクするくらい嬉しくて、機嫌が良くなる俺は、きっと単純なんだと思う。
どさっと、クックが後ろからおぶさってきて、僕もだよと言ってくれて、テンションはマックスだ。
リビングに通されて、テーブルに料理とケーキを広げると、目を輝かせる子達と、ベルとスクの顔に、来て良かったと心の底から嬉しさが込み上げる。
早く食べて、もっとイイ顔を見せてくれと、思って待ってるけど、誰も手を伸ばさない。
どうしたとカタナが聞くと、食べるのが勿体なくてと、さっきの年長の子が答えた。
「ガキがそんな事を言ってんじゃねぇよ。また、作ってやるから、食えよ」
でもと、顔を見合わせる中で、じゃ食べますと最初に手を伸ばしたのはベルだった。
サッと重箱のウインナーを口に運び、美味しいとモグモグした。
「この方達は、幼女の笑顔が見たい、ちょっとアレな趣味があるんです。いっぱい、イイ顔を見せて、欲求を充たしてあげましょう」
あの、間違ってないけど、その言い方は誤解をと思ったと同時に、ロリなんとかと言いかける子の口に、唐揚げを放り込んで阻止する。
そのままモグモグして、とっても美味しいと、ニッコリした。
そう、これだ。
この顔が見たくて、ここに来たんだ。
カタナがガッツポーズで喜び、食わねぇと口に押し込むぞと言って、パーティが始まった。
食べながらベルが、1人ずつ歳の順に紹介をしてくれた。
年長の子はアリアちゃん。
とっても優しくて、心配性。
裁縫が得意で、服を仕立ててくれる自慢の娘。
2番目の子は、イグちゃん。
ちょっと短気で、おませさん。
料理が得意で、食パンを上手に焼いてくれる自慢の娘。
3番目の子は、アクちゃん。
すっごく賢くて、怖がり屋さん。
洗濯が得意で、どんなに服を汚しても、キレイにしてくれる自慢の娘。
最年少の子は、ルクちゃん。
とにかく元気で、さみしがり屋さん。
みんなを笑わせてくれる、ムードメーカーの自慢の娘。
全員に自慢の娘と付けて、紹介してくれた。
なんだかんだ言っても、みんな幼くて生意気そうで、好奇心でいっぱいの顔だ。
あ、忘れてましたと、スクの紹介もしてくれる。
「名前は知ってると思いますが、スクちゃんです。素直ですが融通が利きません。あと、女の子が大好き……」
わーと叫んで、ベルの口におにぎりを突っ込む。
ベルは笑いながらムシャムシャして、家計を助けてくれる自慢の娘ですと言った。
はいと言って下を向いたけど、スクの顔は笑ってた。
料理を食べ終わる頃には、すごく仲良くなれた。
なぜか、俺は気に入られたのか、周りをガッチリと固められている。
両腕はイグとアクに掴まれ、膝の上にはルクがいて、妹達に気を使うアリアが側に座ってる。
うーん、嬉しいけど、他の方達の視線が少し痛い。
そんな事はお構いなしに、妄想を絡めて俺の将来を決めていく。
「もう少し大人になったら、一緒に旅をしてくれると嬉しいです」
ウットリするアリア。
「王女様になったら、下僕にしてあげてもいいよ」
生意気に言うイグ。
「私を守る、騎士になって下さい」
真剣にお願いをするアク。
「あたしと、お菓子屋さんをしようね」
ニコニコするルク。
空気を読んだのか、困ってるでしょと、ベルが止めに入ってくれる。
「ゲット様は、私と結婚するんです。みんなのお父さんになるんですよ」
なんでだよと、ツッコミがうちの陣営から入った。
え、違うのですかと、ワリとマジメに返される。
この人、どこまでマジなのか。
スクはチラチラと、レンズと俺を見て、ブツブツ言っていた。
そして、みんなが最後にと言っていた、手付かずのケーキを食べるか聞くと、お腹がいっぱいで、後でいいと遠慮をした。
ったくと、カタナが苦笑いをして、また作ってやるからと約束をしても、まだ食べないと頑なに手をつけない。
なにか理由があるか聞くと、みんなを代表してアリアが教えてくれた。
「ケーキを食べ終わったら、みなさんが帰ってしまうから」
なんて、嬉しい事を言ってくれるのか。
感動して言葉も出ない。
カタナとレンズは、涙ぐんでいる。
そんな俺達とは違い、クックは持ってきたお菓子を広げた。
「じゃあさ、お菓子たべよ。僕が選んだんだよ」
たくさんのお菓子に、みんな料理とは違う、嬉しそうな顔を見せて喜んでる。
凄いでしょと、クックも鼻が高そうだ。
ワイワイ子供同士のお話をしながら、とっておきの場所で食べようとクックを誘った。
クックが行ってきてもいいか聞くので、いいよと答えると、アクとイグに早くと手を引かれ、楽しそうに外に出て行くのを見送った。
子供達とクックが家を出たのを確かめて、ベルとスクが、丁寧に頭を下げてきた。
「今日は本当に、ありがとうございました。このご恩は一生、忘れません」
「私もです。どのようにご恩を返していいか、見当もつきません」
もう充分、返して貰ったよと答えて、頭を上げさせる。
なにをと聞いてくる2人に、さっき言ってたじゃんと、少しカッコつけて返す。
「俺達は、みんなの笑った顔が見たくて、ここに来たんだ。貰いすぎたくらいだよ」
顔を赤くするベルとスクが、カッコいいと言ってくれた。
ほんとに、来てよかった。
ベルが決めましたと宣言をして、体でお返ししますと、凄い力で抱き付いてくる。
カタナが止めるが、本気のようでレンズに手伝えと言うと、レンズはスクに抱き付かれていて、忙しいようだ。
「ゲット様は、お母さんに譲ります。レンズ様には、わ、私が」
固まるレンズに、タコさんの口でスクが迫る。
ガチのやつじゃねーかと、カタナがツッコミを入れ、手を放したスキに、ベルが俺にタコさんの口を向ける。
いい加減にしろと叫び、ベルをジャーマンスープレックスで引っこ抜き、スクの頭にぶつけた。
ゴンと音がして、2人はキュウと言って気絶した。
本気で同性から迫られたレンズが、まだ動けずにキョドってる。
こいつらマジだぞと、カタナが荒い息をつく。
なんだかなと思っていると、アリアが青い顔で慌てて帰ってきた。
どうしたと聞くと、呼吸が整わないのか、何度も息継ぎをした。
「大変です。お母さんは、どこですか?」
あー、言い難いんだけど、お母さんならノビてます。