喧嘩と……通り名
ベッドの中で眠りを楽しんでいると、突然の衝撃に体がくの字に跳ね上がる。
「朝だよー。起きないとダメだよー」
俺の上できゃっきゃっと騒いでいるのはクックだった。
寝ぼけている俺は、ああはい、と言って二度寝に入る。
クックは頬を膨らませ騒いでる。
「がおー。起きないと食べちゃうぞー」
なんだろ、めちゃくちゃ可愛い。
睡眠欲が薄くなり、別の欲が湧いてくる。
寝起きのテンションと欲望に任せ、布団ごとクックを抱き締めた。
「がおー。食べるのは俺の方だー」
いいですよね、このまま最後まで行っても。
首を振るカタナとレンズ。
ああ、ダメですか。
三人で起こしに来てくれてたんですね。
本当にありがとうございます。
「お兄ちゃん、早くー」
さあて、クックさん遊びは終わりですよ。
ジト目の二人にさりげなく、おはようと言っても、飛んで来る拳からは手加減はありませんでした。
ふらふらする頭でリビングに行くと、朝食の用意がされていた。
とても美味しそうな匂いに腹がぐうと鳴った。
誰が作ったかは、なんとなく解る。
「レンズ、ありがとう。こんな朝食は久し振りだよ」
唇の端を噛んで、レンズは下を向いてしまった。
あれ、違うんですか?
「作ったのは俺だよ。裸エプロンで作ろうとしたら、レンズがエプロンをビリビリにしやがってさ。それはまた今度な」
裸エプロンですか。
きっと最高ですね。
「今度なんてありません。食事は私が用意しますので」
イライラしながら言うけど、妄想が広がります。
裸エプロン見たいです。
カタナなら、どうなってしまうんでしょうか。
収まるのですか……?
「聞いてましたか、次は私が作ります」
コツコツと脛を蹴られ現実に。
カタナは馬鹿にしたように笑ってる。
「レンズが作る?なにを?豚のエサか。ああ、豚に悪いよな、あれは食い物じゃないもんな」
カタナが台所を指差した。
そこには、なにか見たことのない物体があった。
ああ、レンズさんも作ってくれたんですね。
アート……かな?
気持ちだけ貰っておきます。
「れ、冷蔵庫がいっぱいだったので、食材が選べなかっただけです」
苦しい言い訳に、カタナは更に調子に乗って行く。
「俺も同じだけどな。わざわざ買い物に行ったなんて、口が裂けても言えないよな」
そういえば、冷蔵庫はお酒と飲むゼリーとレトルトご飯でいっぱいでしたね。
少し減らしてくれると嬉しいのですが。
レンズはなにも言い返せず、爪を噛んで黙ってしまった。
「冷めるからさっさと食べようぜ。ほら、レンズも座れよ」
カタナの誘いにレンズはなにも言わず、冷蔵庫からゼリーを取り出し、部屋の隅に座った。
暗い目でゼリーをちゅうちゅうやっている。
もうほっとけと言い、カタナがご飯をよそってくれた。
クックは白いご飯にご機嫌だ。
「ふりかけー、ふりかけー」
足をバタバタさせて笑うクックが可愛らしい。
カタナは、はいはいと、自家製のふりかけを渡した。
ふりかけも作ったんですか?
カタナさんは、料理が得意なんですね。
感心しました。
並べられた料理の味は本当に美味しく、俺もクックも満点の評価を出した。
それに気を良くしたカタナが、言わなくてもいい事を。
「大事な人の為に、これくらいは出来て当たり前だよな。ああ、出来ない奴がいたな。誰だったかな」
レンズの手からゼリーが落ちた。
下を向いたまま立ち上がる。
表情は見えない。
ただ、怖いです。
レンズは、ゆっくりとカタナに近付き、目の前まで着くと、いきなりカタナが吹っ飛んだ。
え、なにしたんですか?
壁にキスをしているカタナ。
下を向いたままのレンズ。
頭を振りながらカタナが立ち上がった。
「上等だ。やってやる」
下を向いたままのレンズに向かってダッシュをかける。
あのあの、なにがとは言いませんが、すっごく揺れてます。
そのままの勢いで、右の拳を突き出す。
レンズは見てもいないのに必要な分だけ身体をかわし、クロスカウンターを決めた。
また壁に吹っ飛ばされた。
今度はなかなか立てないカタナに近付き、髪を持って立ち上がらせる。
カタナの足が揺れている。
無慈悲に腹に膝を入れ、折れ曲がった所に踵落としを決めた。
勝負ありに見えた。
レンズさんやり過ぎです。
また髪を持って立たせようとするレンズが怖かった。
「レンズ、やり過ぎだよ。もう止めよう」
レンズが首を振った。
「カタナが参ったと言ったら止めます」
カタナは揺れる膝を抑えながら立ち上がった。
やっぱり、すっごく揺れてます。
「誰が負けるかよ。おら、こいよ」
カタナの虚勢に、レンズはエグい攻撃を再開した。
もう見てられません。
俺に止めるのは無理です。
なにかないか、ああ、直ぐ側にいました。
止められる方が。
「クック、二人を止めてくれ」
口いっぱいに詰め込んだご飯を、モグモグやっているクックは首を振った。
「モグモグ、今はご飯を食べてるからダメだよ」
いやあの、よくこの状況で美味しそうにご飯が進みますね。
「大丈夫だよ。レンズは優しいから、本体には攻撃しないよ」
箸をくわえたまま、おかわりをしにいくクックさんが、ある意味で怖いです。
ああ、そういえば、本体がやられない限り大丈夫でしたね。
でも、レンズさん強いですね。
うん?
どうして、こうも一方的なんですかね。
殴り合いなら、カタナの方が強そうなのに。
おかわりに、ふりかけをたっぷりとかけるクックが答えをくれた。
「うんとね、レンズは強いんだよ。なんだったかな、死神ころし?死神ごろし?どっちか忘れたけど、レンズはそう呼ばれてるんだよ」
モグモグと教えてくれました。
お行儀が良くないですよクックさん。
しばらくモグモグして、行儀よくご馳走さまをしてからレンズを止めに行った。
「お兄ちゃんが、もう止めようって。だからね、おしまい」
クックを無視してレンズは手を止めなかった。
あれ、止めてくれません。
どうしよう。
「ふーん、止めないんだ」
急にレンズがクックから距離を取るように飛び退いた。
なにが起こったか解らず、見ていることしか出来ない。
カタナはボロボロだし、レンズとクックは睨み合っている。
「これが最後だよ。もう止めようね」
俺の方からクックの顔は見えないが、言い方は優しく聞こえた。
レンズは大きくため息をつき、肩の力を抜いた。
「負けて……ねえ……からな」
ボロボロのカタナが、途切れ途切れに強がりを言って咳き込んだ。
「もういいです」
レンズからは、戦意が消えていた。
「良かったね。二人とも止めてくれたよ」
そう言って、クックは無邪気に笑った。
止めてくれたのはいいのですが、クックさん、なにをしたんですか?
「お兄ちゃん、そろそろ学校の時間だよ」
そうでした。
学校の時間です。
色々と気になる事しかありませんが、行ってきます。
ああ、昼間は死神さんは来ないそうです。
人目につくのを嫌うみたいですから。
クックの笑顔に見送られ学校パートへ。
はい、学校パートは特になにもなかったので飛ばしますと。
帰り道の途中でレンズが待っていた。
少し話をしませんかと一緒に歩く事に。
「今朝は本当にすみません。カタナが羨ましくて、我慢が出来ませんでした」
はい、怖かったです。
レンズさんは、本当に強いんですね。
なんでしたっけ、死神殺しですもんね。
「付喪神は人型を得た時は、曖昧な影のような姿から始まります。そして、大切な方の為の想いを糧に人型を作ります」
ぽつぽつと、付喪神の事を話すレンズが小さく見えた。
「私は大切な方を守ろうと想いました。だから、死神を殺す力を望みました。例え貴方と出逢えなくても、死神を全て殺せば貴方を守る事になると」
寂しそうに少しだけ笑って、先を続けた。
「私は戦う事しかできません。胸も小さいし、料理も出来ません。それでも、側にいてもいいでしょうか」
自分の弱味を晒すレンズは、抱き締めたくなるほどに弱々しく感じた。
当たり前だと言う代わりに抱き締めた。
胸の辺りが濡れたように感じた。
あのと、レンズが周りを見ていた。
ああ、そういえばお外でしたね。
めちゃくちゃ見られてます。
二人で顔を真っ赤にして、その場を後にしました。
レンズはいつもの調子に戻っていた。
なんか話が聞けて嬉しかったです。
帰りの道のりはまだあります。
カタナとクックの事も聞いておきましょうか。
レンズとカタナは、意外と古い付き合いだそうです。
「カタナは尽くそうと想いました。だから、あんな忌々しい胸を……」
なんかダメなモードに入りそうです。
レンズさん、しっかりして下さい。
「すみません、話が飛びました。カタナは大切な人を、その身を持って守る為の力を望みました。カタナに死神の攻撃は効きません。ついたアダ名は死なずのカタナ。私が矛ならカタナは盾ですね」
なるほどですね。
だから、色々と真逆なんですね。
矛盾って言いますからね。
お家までもう少しです。
最後にクックの事を。
クックは特別だそうです。
「クックは、独占したいと想いました。大切な人の側には自分だけでいいと望みました。クックの力は付喪神を殺す為の物です。ついたあだ名は、同族殺しです」
え、あんなに無邪気なのに、何人も同族を殺めているんですか。
ご飯をモグモグするクックの顔が浮かんで、少し信じられません。
「私とカタナを殺さないのは、死神から貴方を守るのに都合がいいと思ったからです。危険がなくなったと判断したら、きっと……」
もう止めましょう。
俺はクックを信じます。
ほら、お家に着きました。
家に入ると、カタナとクックが出迎えてくれた。
カタナの顔には絆創膏と青アザが。
クックの顔は満点の笑顔だった。
「今朝は悪かったよ。ゼリー作りすぎたから、お前も食ってもいいぞ」
カタナさん、自分から謝るなんて素敵です。
こういう所も羨ましいですと、ぼそりと呟くのが聞こえた。
「ちゃんと、イチゴ味でしょうね。私は味にはうるさいですよ」
レンズさんも、とってもいい顔してます。
「うるせえな、食ってから言えよ」
リビングに入ると、テーブルいっぱいに並べられたゼリーに驚いた。
すっごく美味しそうです。
ゼリーを口に運ぶレンズを、三人で注目しながら見ている事に。
「ま、前に作った物の方が美味しいですね。腕が落ちましたか?」
言葉とは裏腹に顔には、美味しいですと書いてあった。
レンズさん、それバレバレです。
「誰かに殴られて、調子が悪かったんだよ。我慢して食えよ」
「そ、そうですか。きっと、その方は謝りたいでしょうね。最高のゼリーが食べられなかったのですから。か、代わりに謝ってあげます、ごめんなさい」
素直じゃないけど、とっても微笑ましいです。
その後、みんなでゼリーを食べました。
本当に美味しかったです。
揺れるゼリーと、カタナの胸を見比べて、レンズとクックの目が少しだけ怖かったですが、まあいいです。
ただ、何気なく言った、クックの言葉に少し不安を感じました。
「2人には仲良くしてくれないと困るもんね」
きっと、いい意味だと俺は信じます。