罠と……ガチャ 10
始まりの合図もなく、レンズが消え、スクの右1歩分の場所に血が舞った。
ゆっくりと、首の高さに上げていた鎌を下ろし、振り返る。
後方に現れたレンズの首からは、斬線が刻まれていた。
もう1度、レンズが消えると、今度は左側に血の霧が撒かれた。
いつものように後ろに回れず、ダメージを負った代わりに、力の分析を終わらせた。
「貴女の引く線とは、視線だったのですね。てっきり、鎌で引くと思い込んでいました」
線動禁とは、スクの視線によって引かれる物だった。
相手がどう動こうと、例え目で追えない速度であろうと、スクの視線の引いた線上しか移動が出来ず、見つめる先が終着点になってしまう。
ある意味で、レンズにとっては最悪の相性と言える力。
「ご名答です。私の視線の通りにしか、動く事は叶いません」
言い終わると同時に、スクが動いた。
真っ直ぐに、目で追えるギリギリの速度で突っ込んで来る。
レンズは動かずに迎え撃った。
既に線道禁を引かれ、前進以外は出来ないと解っていたし、前に動いたとしても、ゴールは鎌の刀身だ。
ぶつかる少し前に、線上に鎌の刀身だけを残し、体を横にずらした。
それは、レンズの攻撃が届かない距離だった。
絶対の自信を持つスクの、すれ違い様の鎌は、
レンズの手による、パシッという小気味のいい音に止められた。
スクが驚き、なにが起こったか確認する前に、首元に突き付けられた、黒い刃に金縛りにされる。
レンズは両手で鎌の刀身を挟み、右足の爪先を上へ向けていた。
爪先には、魔剣靴が生成した黒剣が、鈍く光を返していた。
「あら、これはズルですね。次は魔剣靴を使わないので、もう1度です」
黒剣を消し、鎌を掴んでいた両手を放す。
慌てて距離を取るスクの顔には、まさか鎌を掴まれるなんてと、焦りが刻まれていた。
呼吸を整え、懐から薄い板のような物を幾つか取り出し、レンズの周りにばら蒔いた。
それは、地面に突き刺さり、日の光を反射する鏡だった。
「これが、私の奥の手です」
混線と呟くと、レンズの視界がぐるぐると回った。
スクは、引いた線道禁を、自由に動かす事もできた。
それは、線上にいる者の前後左右を、好きに決められるという事でもあった。
さらに、鏡に写る視線にも影響を及ぼす。
合わせ鏡のスクの視線により、線動禁が動き続ける。
行きますと、全力で鎌を振る。
レンズの目には、次々と変わる万華鏡のように、幾つものスクの姿が写っていた。
パシッと、さっきと同じように、レンズは鎌を掴まえた。
掴んだ刀身を力任せに引き、自分と同じ線上に引きずり込んだ。
「攻撃が単調すぎます。首しか狙わず、前からしか来ないのは、どうしてですか?」
レンズの問いに、どこか清々しい顔で、スクは鎌を持つ手から力を抜いた。
「ふふ、苦しまないように。それと、殺した相手の顔を目に焼き付け、忘れない為です」
私の敗けですと目を閉じた。
それは、殺せというサインだった。
そこで、ベルが止めに入った。
「はい、スクちゃんの敗けです。お礼と、ごめんなさいを言って下さい」
ううっと泣くのを堪えながら、ベルの胸に抱き付いた。
大粒の涙でベルの胸を濡らし、涙声でレンズに謝罪とお礼を言った。
「ほんとに、真っ直ぐな方ですね。もっとズルく使えば、恐ろしい力なのですが」
レンズのアドバイスに、そうなんですよとベルが同意する。
「でも、スクちゃんは、これでいいんです。この子は、私の自慢の娘ですから」
え、娘さんなんですか。
みんな驚いて、ベルを見た。
「あ、ほんとの娘じゃないですよ。えーと、戦えなかったり、小さな子とかを、育ててるんです。お家では、お母さんなんて、呼ばれたりもしてるんですよ」
そう言って、誇らしげにエッヘンと胸を張った。
人は見かけによらないというけど、ベルは立派な方だったんだと、過去の記憶と照らし合わせる。
うーん、塩を被ったり、気絶したりとロクな記憶がないから、もういいです。
和やかに、ベルの育てている子達の話を聞いていると、泣き止んだスクが、憧れのような目で、レンズを見つめていた。
視線に気付いたレンズが、なんですかと聞くと、あたふたしながら、顔を赤くして下を向いて、ベルに抱き付いてしまう。
ベルが頭を撫でながら、うんうんと話を聞いてあげた。
「レンズ様の事が、好きって言ってます。ちゅーしたいそうです」
そこまでは言ってないと、スクがポカポカと胸を叩く。
固まるレンズに、この展開がキライじゃない俺と、からかおうとするカタナ。
可愛い女の子同士が、アレをと考える前に、2人仲良く、ダブルラリアットで宙を舞う。
「申し訳ないのですが、その趣味はなっ……」
レンズは、言葉と一緒に血を吐いた。
なんだと思う暇もなく、視界が赤く染まり、体が熱を発した。
辺りからは、風を裂く甲高い音が聞こえ、俺の口からも血が垂れた。
みんなも、苦しんでいるのが見えた。
耐えられない痛みに、強制的に意識が途切れる前に、カタナの手が触れ、嘘みたいに楽になった。
「大丈夫か?くそ、あいつだ」
いつからいたのか、鎌を片手で旋回させる死神がいた。
それは、昨日レンズが倒した、コールだった。
「奏怒に身を焦がし、死ね」
目に狂気を宿している。
仲間がいるのを、気にする様子は欠片もない。
「コールさんですか。止めて下さい」
苦しげなベルが頼むと、コールは狂ったように笑い出した。
「お前も気に入らなかったんだよ。弱いくせに、深淵の刈手の長なんて。出世も出来ずに、腐れ仕事ばっかり」
喋り続けるコールに、ベルは目を細めた。
スキを窺っていたカタナは、少し我慢なと俺に囁き、コールに突っ込む。
カタナが離れると同時に、痛みが振り返し、視界が赤く染まった。
カタナの行動を読んでいたコールは、俺に向かって、短剣を投げた。
舌打ちをして、カタナが手を伸ばす。
魔塞の盾が、防いでくれると思い込んでいた掌に深く刺さった。
どうしてと、そのスキに、次々と投げられる短剣に、肩から始まり、腹や足と突き刺さった。
魔塞の盾には、使用回数があったようだ。
でなければ、無敵すぎる。
血塗れにされたカタナが、俺の方に這うように手を伸ばす。
ごめん、俺のせいだ。
おれを守る為に、痛みより、こっちの方がよっぽど辛い。
「コールさん。最後のお願いです。止めて下さい」
ベルの懇願に、優越を味わうコールは、中指を立て、聞けないねと答えた。
悲しそうに、そうですかと言い、人差し指と中指を、ハサミのようにチョキンと動かした。
それと同時に、なっと驚くコールの首には、2つの鎌が挟むように交差されていた。
「死にたくな……助け……」
「それは、耳無鋏に言って下さい」
ジャキンと鎌が閉まり、首が落ちた。
首が地面に着くと、体の痛みが消えた。
みんな、荒い息を吐いている。
ベルが震えながら、自分を抱いた。
「同胞に手をかけて……しまいました」
ベルの力とは、視認した者の首に、鎌を仕掛ける力だった。
1度かかると、首を落とすまでは決して終わる事はなく、命乞いも、ベルの意志すらも聞いてはくれない。
だから、耳無鋏とベルは呼んでいる。
そして、本来の使い方は、遠くから戦う事なく、一方的な暗殺を旨とする。
この力を知る者は、恐れを悟られぬように、直接に戦えない臆病者の力と、言葉を変え忌み嫌った。
「私は……もう……」
奏怒のダメージで立てないスクが、必死にベルに手を伸ばす。
みんなも、悲しそうな顔をしている。
こんな時、カッコいい男なら、どうするんだ俺。
そんなの決まってる、笑った顔を見せてくれるまで、抱き締めてやるだけだ。
痛みなんか知るかと立ち上がる。
よし、さすが俺の足だ。
カッコつける時は、必ず頑張ってくれる。
ガクガクしているが、贅沢は言わない。
ベルに1歩と近付くと、なんの前触れもなく、炎が降ってきた。
まともに食らったベルが、コンガリ黒くなって、ケホと煙を吐いて、パタッと倒れた。
はい?
今度はなにと見ると、グギャーと鳴き声を上げる、竜と目が合う事に。
ああ、ここって、竜さんのお家でしたね。
お家の前で、うるさくしてすいません。
立てそうにないレンズとクックとスクに、血塗れのカタナと、黒コゲのベル。
今、立ってるのは俺だけだ。
俺しか戦えない状況に追い込まれてしまった。
逃げるなんて選択肢は、カッコいい男にはない。
側に倒れているスクに、借りるなと伝え、鎌を拾い腹を括った。