罠と……ガチャ 7
街に戻り、真っ先にガチャに向かう。
巨人退治の報酬のガチャ券を、宝物のように持っているレンズが微笑ましい。
だけど、俺は焦りを感じていた。
ガチャのチャンスが、今回と明日のログインボーナスに、最後のイベント報酬の3回しかない。
ガチャ券に換算すれば、20回あるかないかだ。
楽しい思い出で終わりたいと、俺は願ってしまう。
今回こそは、神話の時代から受け継がれる武器が出る気がしますと、自分の運のなさを疑わないレンズは、ガチャ券を胸に抱いた。
「ウプ……ゲホ……」
あまりの辛さから、えづいてしまっている。
側に転がるハズレ8連続の結果に、目を覆いたくなる。
ガチャの神様に、なんか悪い事でもしたのか、疑いたくなるくらいの酷さだ。
咳き込みながら、ハズレ武器をぶん投げる。
目に追えない速さで消えて行った。
「もう止めような」
レンズの背中を擦るカタナが、とっても優しい声で言った。
うんうんと、クックも同じ気持ちだ。
「イヤです。この辛さを乗り越えれば、きっと、ガチャの神様は振り向いてくれます」
だから、その神様から、とんでもない嫌われ方をしてるよ。
どうやったら、それを解ってくれるのか。
吐きそうなレンズを、みんなで慰めていると、他のプレイヤーがガチャを回しに来た。
すいませんと言って、レンズを退かせて、場所を譲る。
ほんとに、どう慰めていいかと考え、そうだと思い出した。
「ほら、これから夜明けのコーヒーあるんだから、元気出して行こうな」
涙でグショグショの顔に、光が差すように笑顔が戻る。
よかったと思う間もなく、イヤな音が聞こえて来て、全員がその方を見る。
さっきのプレイヤーが、ででーんと偉そうな音を響かせ、URを出しやがった。
なんで、このタイミングだ。
「あと、1回だっ……」
あまりのショックに、言葉を続けられずに、うずくまってしまう。
レンズが回していたら、たぶん出てなかったと思うけど、気持ちも解る。
もうね、プレイヤーは悪くないよ、全く全然ね。
だけど、今じゃなくていいだろ。
歯を食い縛って殺意を押さえるカタナに、殴りに行こうとするクック。
慌てて、ダメだと止める。
俺もキレそうで、クックを止めていられない。
早く行ってくれと願うが、そのプレイヤーは、ゆっくりと俺達の前にやって来た。
「まーた、UR被っちゃった。あげるわ。欲しかったら拾いなさい」
そう言って、うずくまるレンズの前に、キラキラするアイテムを落とした。
正直な話、女の人にマジ切れしそうになったのは初めてだ。
俺達の悔しそうな様を見て、悪意をたっぷり含んだ顔をした。
「そうやって、ピンピンしてる所を見ると、薬指と小指には、会ってないようね」
なんの話をしているか、怒りが邪魔で咄嗟に理解できない。
ふふと笑い、左手を振ると、黒一色の服に変わり、手に鎌が握られた。
「深淵の刈手が1人。苛立中指コール」
鎌を前に立て、盟約に従いとかなんとか、どこかで聞いた言葉を口にした。
え、死神なのか。
見た目は完全にそうだけど。
「は?その指がなんとかって、ラヴィとナキが、中2病を拗らせただけじゃなかったのか」
カタナの言うように、てっきり黒歴史になりそうなキャラ作りだと思ってたんだけど、五人集的なアレか。
「あの2人に会ってるのね。どうせ、ガチャでもやってサボったのね。でも、いいわ」
言わなくても解るくらい、賞金を独り占めと顔に書いてある。
「さ、始めましょう。私の力は奏怒。鎌の奏でる旋律を僅かでも聞けば、味わった事のない激情に、血が沸騰し血管がぐっ……」
得意になって、自分の力を語るコールの体が、くの字に折れ曲がる。
誰の目にも止まる事なく動いた、レンズの拳が腹にめり込んでいた。
「なんですか?貴女の力は、私の前でURを出す事でしょうか?」
だったら、凄い力ですねと皮肉を口にした。
あっと、カタナが青い顔をする。
あとで聞いた話だけど、レンズはマジ切れした時は、冷静になるらしい。
プンプン怒っている時の方が、逆に安全みたいだ。
くの字のまま動けないコールの髪を持って、真っ直ぐに立たせた。
そして、ゾッとするくらい冷たい声で、私の力も知りたくないですかと聞いた。
ヤバい、レンズの最強の力と言えば、神去だ。
この距離は危ない。
逃げようとする俺達に、レンズは大丈夫と首を振った。
「時去重と名付けました。貴女の力に比べれば、些末な技ですが、どうぞ、御堪能を」
髪を掴んでいた手を放し、優雅に一礼し消えた。
それはほんとに、一瞬だった。
俺の目には、コールの前後に、2人のレンズが現れたようにしか見えなかった。
ゴボとイヤな音を立て、コールの口から血が吹いた。
そのまま、白目を向いて倒れる。
いったい、なにをしたんだ。
「ふぅ、少しスッキリしました」
眼鏡をかけ直すレンズは、首をコキリと鳴らした。
なんだったのと聞くと、嬉しそうに教えてくれた。
時去重とは、異速同撃ができる、レンズならではの技だった。
初めの攻撃の衝撃が抜ける前に、反対の方向に回り、同じポイントに当たるように攻撃を加える。
すると、衝撃の逃げ場がなくなり、体の内側で破裂する。
「今日は疲れていたので、二重でしたが、八重までは行けると思います」
自慢気に語るレンズを見て、自分の力に自信がある人は、教えたくなるんだなと思った。
凄い技に、クックがキラキラした憧れの目で、レンズを見ている。
大惨事にならなくてよかったと、カタナが深い息を吐いた。
さあ、行きましょうと言って、レンズはコールの落としたURアイテムを蹴飛ばした。
いつもの俺達なら、死神の心配もするけど、今回は同情する気にもならない。
コールをそのままにして、食事とホテルを探しに向かった。
お金を気にせずに、豪華な食事をしながら、敵の事を話し合った。
「あいつらさ、なんとかハンドって言ってたよな。人差し指と親指もいんのかな」
美味しそうに、お肉を頬張るカタナの疑問に、きっと、いるだろうねと答える。
「油断できませんね。中指の方は覚えてませんが、ラヴィとナキは、けっこう強かったですから」
今さっきの事を、記憶から消しているレンズは、お刺身に手を伸ばした。
「帰ったらさ、さっきの教えてね」
レンズの強さに憧れるクックは、モグモグと口を動かすのに忙しそうだ。
気の済むまで食べると、レンズが外を何度も見ながら、ソワソワし始めた。
どうやら、夜明けのコーヒーの事を考えているようだ。
「いいか、コーヒー飲むだけだからな。それ以上はダメだからな」
「そーだよー。約束だからね」
けっこう本気の感じで、約束させられる。
「ひひ、でも私はか弱い女です。殿方にムリヤリに迫られたら、抵抗できません」
ですよねと、俺に聞いてくる。
ちょっとだけズルい顔になってるけど、ハンパじゃないくらい可愛い。
「お前のどこが、か弱いんだよ。破ったら、マジで眼鏡洗浄器、壊すからな」
「うん、僕も約束を破っちゃうかも、だからね」
2人の言葉に、レンズはヤバっと顔を青くした。
はははと、作り笑いを浮かべた。
外も暗くなってきていて、行こうかと、ご馳走さまを言って、お店を出た。
幸せで、いっぱいのレンズに着いていくように、この街で1番のホテルを探した。