罠と……ガチャ 6
ナキが懐から、殺手配書を出して、俺達を鋭い目で観察するように見た。
「ねえ、こいつら賞金がかかってる。殺れば、ガチャが回せる」
「そうだね、嘘吐きはキライだよ」
パラパラとめくり、2人とも驚きの声を上げた。
それは、俺達の賞金の額のせいだった。
「レンズって、あの死神殺しのレンズだったの」
「凄いね、あっちは、死なずだよ」
更に殺手配書をめくり、えーと最大級の驚きを見せた。
「か、確認していい?物部月仁だったりする?」
声が震えるナキに、違うと答えると、ビックリしたと額の汗を拭った。
なぜか騙されてくれた。
けっこう、チョロくて助かる。
嘘は好きじゃないが、カタナとクックは、それでいいと頷いてる。
変な話だけど、自分にかかった賞金の額が気になる。
俺より気になったのか、レンズが聞いてみた。
「レンズが14万に、カタナが6万で、クックが7千円ね。ゲットって人は、29万円だよ。思わず確認しちゃった」
とっても、中途半端な額だ。
まあ、死神の報酬としては、2人の様子と、過去の経験から破格と思えるけど、リアクションに困る。
クックは低くて気に入らないようだし、カタナはどうなんだという顔をした。
俺を除いて、1番になれたレンズは、ドヤ顔でご満悦だ。
そして、俺の方を向いて、言わなくてもいいことを口にした。
「ゲット様の半分にも届きま……」
誇らしそうなレンズの言葉を、バカとカタナが止めたが、遅かった。
「あなたも、嘘吐きなんだね。よかった、可哀想って思わなくて済むから」
「とんでもないツキが来たようね。何回ガチャが出来るかしら」
あーあ、バレてしまいました。
俺達のジットリとした視線を浴びるレンズは、言っちゃったと、テヘペロな顔をした。
では改めてと、2人は目の前に鎌を立てた。
「深淵の刈手が1人、泣虫小指ナキ」
「深淵の刈手が1人、倒錯薬指ラヴィ」
盟約に従い、不浄を刈り取りますと、声を合わせた。
中二病にどっぷりな二つ名に、カッコいいと思ってしまう俺とレンズ。
面倒臭そうなカタナとクック。
自分達の役職を、気に入ってるナキとラヴィ。
開始の合図もなく、レンズが消えた。
音もなくナキの後ろに現れ、魔剣靴での攻撃を仕掛ける。
キギィンと金属の擦れる音が響き、鎌がバラバラになった。
さすが魔剣靴と言うべきか、よく防げたとナキを誉めるべきか、迷ってしまう。
敵の武器を破壊したのに、レンズは怪訝な顔で次の攻撃を仕掛けた。
ナキの口許が笑いの形に歪んだ。
バラバラになった鎌の破片が、渦を巻きレンズに襲いかかった。
出しかけていた足を止め、後ろに飛び距離を取ったが、幾つか鎌の破片が腕と胸に食い込んでいた。
「ふふ、速いから驚いたわ。貴女はもうお仕舞いよ」
人差し指をクイと引くと、バラバラになった破片が集まり、元の鎌の姿に復元された。
速いと驚いているが、レンズの速度にキッチリ反応している。
この2人は、かなり高位の死神なのかも知れない。
ったくとカタナが間に入った。
痛いと苦しそうにレンズが膝をつく。
大丈夫かと聞くが、レンズは傷を押さえて答えられない。
今までレンズから、痛いなんて聞いた事がない。
例え、どんな深手を負っていても。
レンズの傷口から、滝のように血が吹き出した。
カタナが敵から目を放さずに、レンズの側に向かい、死神の力を無効化しようとすると、いつ動いたのか、ラヴィが2人まとめてと鎌を振り降ろす。
カタナは右手を上げて防いだ。
ぶつかった先は、魔塞の盾に、白盾の力を加えた白く輝く光だった。
ラヴィが忌々しそうに、URのアイテムを見た。
カタナの反撃を、ラヴィは後ろに下がってかわした。
レンズが気になり、視線を逸らすスキを許されず、ナキの蹴りを喰らい吹っ飛んだ。
盾のおかげで、ダメージ自体はないが、攻撃による慣性は防げないようだ。
ラヴィが動けないレンズに、鎌を振り降ろす。
ぐぐっと肉に食い込む感触に止められた。
「いつつ」
鎌を止めたのは、クックだった。
小さな手で、刀身を掴んでいる。
クックの白盾は完璧ではなく、血が垂れている。
ダッシュで戻ってきたカタナの拳をかわし、ラヴィは距離を取った。
よくやったとカタナがクックを誉めるが、反応がない。
クックが下を向いたまま、俺の方に走ってきた。
そのままタックルをもらい、馬乗りで首を絞められた。
「な、なんで?」
凄い力で絞められる。
クックの顔からは、悦楽を感じさせる歪んだ表情が伺えた。
操られているのか。
「好きな方を助けなさい。その代わり、片方は死ぬわ」
「私達の力を知りたい?ねえ、知りたい」
自慢げに能力を語るラヴィを無視して、レンズに向けて悪いなと呟き、降ろした右手を振った。
苦しそうな顔で、レンズは頷いた。
どちらを助けるかの究極の2択を、カタナは俺を助ける方を選択した。
俺の首を締めるクックを、後ろから羽交い締めに捕まえ、暴れるのをムリヤリに顔を引き寄せ、口づけをした。
みるみるクックの目に正気の光が宿り、ラヴィの力を無効化した。
こちらを見もせずに、動けないレンズに、ナキとラヴィは鎌をなぐように振るった。
2人の顔が驚きの表情を作る。
レンズの右手には、指輪が光を放っていた。
カタナが俺を助ける前に、レンズに右手を振ったのは、敵に気付かれないように、魔塞の盾を渡す為だった。
驚き動きを止めたスキを、クックは逃さなかった。
全力の時去で、2人をぶん殴り、吹っ飛ばした。
カタナがレンズに駆け寄り、傷に口をつけ、ナキの力を消した。
苦しそうに礼を言い、ゆっくりと立ち上がったがフラついている。
さっきペラペラと、自分達の力を言っていた。
ナキの力は、血涙。
痛いと泣くように、傷口が涙の代わりに血を流し、死ぬまで泣き止まない。
ラヴィの力は、倒錯者。
自身の最も愛する者を殺す倒錯的な、歪んだ快楽を得られる感覚を植え付ける。
その悦楽の誘惑に、抗える者はいない。
クックが大粒の涙を溢している。
俺にどう謝るか考えて泣いていた。
気にしないと言っても、きっとクックは、自分を責めてしまう。
とんでもなく、質の悪い力に腹が立つ。
それに、レンズがこの力にやられると、確実に全滅すると確信できる。
殴られた頬を擦りながら、2人が起き上がった。
ほどんど、ダメージを受けてないように見える。
「もうナメた攻撃はするな、いつも通りにやれよ。いいな?」
はいと、素直に答えるレンズの最初の攻撃は、魔剣靴で遊びたい心と、自分以外の力に頼った侮りを写していた。
本気の攻撃なら、最初の一撃で倒せていた程に、甘かったようだ。
「私がナキを、カタナはラヴィをお願いします。クックは解りますね?」
涙を拭いて、大きく頷いた。
「コツはな、手がないと思え」
カタナが言うと同時に、3人は動いた。
レンズはナキの背後に、カタナはラヴィの前に、クックは俺の側に立った。
ナキの背後から、レンズの右足が襲った。
初めとは比じゃない速度に、ギリギリで鎌を上げたが、攻撃は来ずに、その背後からの蹴りを喰らい、地面に顔から突っ込んだ。
魔剣靴を使わず、いつものレンズの動きだった。
倒れたナキが起き上がり様に、鎌をバラして後ろに立つレンズに向けるが、そこにレンズの姿はなく、更にその後ろから殴られ、また地面にキスをする。
もうナキには、起きる事さえ許されなかった。
呻くナキを見下ろし、少しの迷いを浮かべ、うつ伏せの頭に止めの一撃を入れた。
動かないナキを確認し、目眩に膝をつく。
血涙のダメージが深く残っていた。
秒の決着に、ナキと叫び、ラヴィが鎌をレンズに投げた。
カタナが手を伸ばし、鎌を受ける音に、肉を貫く音が重なった。
くっと押さえるカタナの腹には、短剣が深く刺さっている。
それは、死神の力が通わない、ガチャでのハズレ武器だった。
間髪入れず、懐からもう1本の短剣を抜き、突き刺す。
その腕を、カタナの血塗れの手が掴んだ。
「やれ」
突然、背後に湧いた気配に、振り返りかわそうとするが、カタナの手が万力のような力で邪魔をした。
歯を食い縛るラヴィの顔に、クックの拳が叩き込まれた。
その拳は、金属が赤熱したように真っ赤に染まっていた。
カタナのアドバイス通りに、赤盾を使えたようだ。
その力は、触れた死神の抵抗力をゼロまで落とす。
付喪神としては非力なクックの力でも、耐えられる死神はそうはいない。
ラヴィは糸が切れた人形のように、崩れ落ちた。
ひっくと目を拭うクックに、よくやったとカタナが辛そうな笑顔を見せた。
3人ともに、ラヴィを倒すのはクックと決めていた。
受けた屈辱を晴らす為に。
とにかくこれで、終わったようだ。
受けたダメージのせいで、カタナとレンズがしばらく動けず、効くかも知れないと、クックが街まで薬草的な物を買いに行った。
側には、ラヴィとナキがノビている。
クックの帰りを待っていると、2人が目を覚ました。
敗北を認めている2人は、見苦しさを欠片も見せず、自らのプライドを守るように、止めを刺せと言ったが、レンズは首を振った。
「ガチャ仲間じゃないですか。それに、URが出るまで死ねないでしょう」
なんの仲間かは解らないけど、2人は肩から力を抜いて、そうだねと笑った。
それから、レンズが魔剣靴は俺から貰ったと言うと、本当にとしばらく疑っていたけど信じてくれた。
そして、俺をURを他人にあげる神と言って、顔を赤くしてモジモジし始めた。
「死神って、みんなチョロすぎだろ」
2人の俺を見る目が、カタナは気に入らないようだ。
レンズも、それは仲間でもダメです、なんて言ってると、クックが薬草的な物を抱えて帰ってきた。
薬草的な物は、バッチリと効果を発揮してくれた。
治療の間中、ラヴィがクックに、土下座をしながら謝っていた。
みんな元気になって、行くかと立ち上がりお別れに。
「いいですか、今日の事はゲーム内での遊びです。負けたからと、気にしないで下さいね」
レンズの言葉に、2人は少し考えて、ゲームだねと頷いた。
「現実では、会わないようにしないとね」
「そうね、現実でも敵わないから」
そして、お互いにガチャ頑張ろうと手を握り合った。
2人は名残惜しそうに、チラチラと俺を見ながら行ってしまった。
2人の姿が見えなくなると、元気いっぱいのレンズが、街に戻ってガチャと夜明けのコーヒーですと、幸せそうに笑った。