罠と……ガチャ 4
さあ、1番いい宿を探しましょうと言って笑うレンズが、俺はこの中でも群を抜いてバカだから、スッゲー可愛いと思ってしまった。
普段はメチャクチャ強いレンズが、こっちに来てから子供みたいで、見てて愛らしく感じる。
これが噂に聞く、ギャップ萌えかと考えながら、宿屋を探した。
着いた宿屋は、この街で1番大きなホテルだった。
一般人には、縁のなさそうなホテルに、テンションは上がるが、この世界で眠れるのか心配でもある。
そんな俺の心配を気にする事なく、レンズは受付の人にロイヤルスイートとか言ってる。
カジノで稼いだから、お金は大丈夫だけど、ガッカリしないか不安だ。
初めてのスイートルームに、みんな緊張しながら、部屋に入った。
中は笑ってしまうくらい広くて、豪華でキラキラだ。
みんなが、真っ先に反応したのは、天蓋付きのベッドだった。
お姫様仕様のベッドに、クックが飛び込み、カタナとレンズはウットリしてる。
みんなが喜んでるのはいいけど、ベッドが1つしかない。
スイートとは、こういう物なのかすら縁のない俺には謎だ。
まあ、4人で寝ても充分な大きさだけど、あとで、喧嘩になりそうで怖い。
一通り部屋を見て回り、今度は食事は出来るか確かめる事に。
「体力の回復とかの目的で、食事のメニューあるけどさ、今の俺達でも食べられるかな」
期待を込めて、ルームサービスを頼んでみる。
待つ事なく、豪華な食事が運ばれてきた。
見た目には、凄く美味しそうに見える。
恐る恐る、口に運ぶと、とんでもなく美味しい。
どんな仕組みかは解らないが、この世界に来て、良かったと初めて思えた。
楽しく食事をして、寝る段階になると、当然のように揉め事が始まった。
もちろん、ベッドのポジションでだ。
「お前は金を出してないんだから、両隣は俺とクックだってーの」
「いいえ、私の分はゲット様が出してくれてます。権利は平等です」
「僕はぜーったい、隣で寝るから」
俺を取り合う争いは嬉しいけど、このままでは決まらない。
こういう時は、俺の意見は完全にスルーされる。
むしろ、火に油を注ぐ可能性すらあり、黙って見てるしかない。
「奥手のゲット様が、寝ているフリをする私に手を伸ばすのを、躊躇いすぎて、空が白み始めてしまい、苦笑いしながら、2人で夜明けのコーヒーを飲むんです」
「なんで、2人きりの設定なんだよ。それに、テメエはコーヒー飲めねぇじゃねーか」
妄想を語りだすレンズに、カタナがキレかける。
レンズの妄想を、いいなぁという顔でクックが指をくわえた。
「お兄ちゃん、コーヒー牛乳でもいい?」
いいよ、コーヒー牛乳でも、イチゴ牛乳でも。
さ、寝ような。
手を繋いでベッドに向かう俺とクックを、キッと怖い顔をする2人に止められる。
「なにが気に入らないのですか。夜明けに飲むコーヒーなら、砂糖とミルクをたくさん入れるので、心配はいりません」
「そこじゃねぇよ。まずその、夜明けのなんとかを、止めろ。イライラすんだよそれ」
ガミガミ言い合う2人は譲らない。
もちろん、クックもだ。
殴り合いに発展しかけて、ギリギリの妥協案を話し合った結果、みんなは普通にベッドに寝て、俺はソファに寝る事になった。
もうこれでいいです。
眠れるか心配もあったが、横になると自然と瞼が重くなってくる。
みんなはどうか見ると、カタナを真ん中に、レンズもクックも、腕枕でくーくー寝息をたてていた。
2人に腕を枕にされているカタナと目が合うと、少し邪魔そうだけど、悪くない顔をしてる。
おやすみと目で合図して、目を閉じた。
「ログインボーナスが来ましたよ。ガチャの時間です」
やたらとテンションの高いレンズの声で、無理矢理に起こされる。
今は何時と聞いても、時計がなく、この世界の時間を聞いても意味がないと、寝惚けた頭で思い出す。
カタナとクックも、うつらうつらしてる。
「あとでも、いいだろ。ガチャは逃げないって」
俺もそれに賛成だ。
クックは2度寝に入ろうとしてる。
「ダメです。今ならURが出る気がします」
そう言って、まだ寝ていたい俺達を引っ張り、ガチャに向かった。
これで、出なかったら怒るからなと、カタナが不機嫌そうに言った。
ログインボーナスは、レンズの読み通り2枚だった。
全員分を合わせれば、8枚になる。
いくらなんでも、普通のレアくらいは出てくれると思う。
というか、頼むから出てくれ。
ガチャ券を、トロンとした目で眺めるレンズは、とっても幸せそうだ。
「今度こそ大丈夫です。ある人が言ってました。諦めない心こそが、最強の武器だと」
いや、ガチャにおいては、それは自分を破滅に追い込む、諸刃の武器だと思います。
カタナが天を仰ぎ、クックは眠そうな目で祈る中、レンズがガチャを回し始めた。
「うぐっ……グス」
なんとなく知ってたよ、この結果になる事が。
どうして、レアすら引けないのか、不思議に思う。
8連続で、店売りの武器って酷すぎる。
「グス……、諦めない心が、最強の武器って言ってたのに」
泣きながら、ハズレ武器を投げ散らかす。
当たれば致命傷になりそうな速度で、飛んでいき視界から消えた。
「もうさ、その諦めない心とやらで戦えよ。最強の武器なんだろ」
慰めるのが、面倒になったようだ。
クックは何も言えず、考え込んでる。
「イヤです。URを引きたいです。引くまで止めません」
涙を拭いながら、最強の武器を振り回す。
ほんとに、厄介で負けず嫌いで、可愛らしい。
泣き止まない女の子に、カッコいい男ならどうするか。
そんなの、決まってる。
笑えるようにしてやる事だ。
「レンズ、次も全部ハズレだったら、夜明けのコーヒーを一緒に飲んでやる。だから、笑って次に行こう」
涙を拭う手を止め、ほんとですかと聞いてくる。
約束だと言うと、涙で濡れた顔でニッコリ笑ってくれた。
そして、少しだけズルい顔で、カタナとクックをチラチラと見る。
2人は面倒臭そうに、もうそれでいいよと諦めたように言ってくれた。
嘘みたいに元気を取り戻したレンズを先頭に、ガチャ券を目指して、イベントに向かった。
次のイベントは、大量発生した怪物を100匹、退治するという物だ。
レンズがいれば、一瞬で終わると思っていたけど、敵の情報を確かめると、今回は時間がかかりそうだ。
怪物の住処は、深い森の中で足場も悪い。
こういう地形ではレンズの能力は、かなり制限される。
みんなで手分けをした方がいいと決めて、森に足を踏み入れた。
森の中は、木が重なるようにして日の光を遮り、夜よりも暗く、霧のような靄を漂わせていた。
不気味な声で鳴く鳥が、俺達を見下ろしている。
怖がりのカタナとレンズが、ガッチリと俺の腕を掴む。
クックを先頭に、獣道を進み、怪物の群れを遠目に見つけた。
この距離ではハッキリ見えないが、けっこうな数がいる。
奇襲をかけて無双するか、少しずつ誘い出して各個撃破にするかの作戦会議をしていると、上からなにかが降ってきた。
ドンと地面を揺らし、俺達の前に現れたのは、ゲームではお馴染みのオークだった。
オークは持っていたこん棒を、カタナに向けて叩きつけた。
「ダメだ」
オークよりも、俺の声に驚いたカタナがビクッと体を硬直させた。
そのまま、頭に当たると思われたこん棒は、カタナの体を一瞬の内に覆った、紫色の光に止められた。
右手の指輪が発生源に見える。
カタナが反撃をする前に、オークの首が横に滑り落ちた。
後ろに立つレンズが、驚いた顔をしている。
レンズの靴からは、黒い剣が生えていた。
いいですねと楽しそうに笑い、刀身が消えた。
レンズの履いてる、魔剣靴は、攻撃の瞬間に、剣を生成するアイテムだった。
それに、カタナの魔塞の盾は、自身を守る光の盾を作り出すようだ。
ビックリしただろと、カタナは俺に文句を言った。
「いや、だってさ、女戦士はオークには、勝てないんだよ」
なんでだよと聞かれると、答えに困る。
なんとなくと言うと、俺の心を読んだのか、帰ったら調べてやると、意地悪っぽい顔をした。
それはと、言い訳をする前に、レンズが次が来ますと鋭い声を出した。
どこか楽しげなレンズは、走って来るオークに向かって、足を横に振った。
レンズの足の軌跡そのままに、オークの体が2つになった。
「これ凄いですね。射程は2メートルという所ですか。自分の意志で、長さも制御できますし」
爪先には、長い黒剣が付いている。
刀身が消えると、今度は踵から剣が生えた。
うんと頷き、魔剣靴の使い方を理解したレンズは、得意気に笑った。
「さっさと片付けて、ガチャに行きましょう」
新しいオモチャを手にした子供みたいに、無邪気な顔をした。
やるかと気合いを入れたカタナと一緒に、オークの群れに突っ込んで行く。
クックは俺を守る為に、側に居てくれた。
この世界でも、俺は守られるのかと、少しだけイヤな気持ちが湧く。
そっと手を握ってくれたクックは、羨ましそうな目で2人を見ていた。
小さな手を優しく握り返し、イベントをクリアした。