罠と……ガチャ 1
学校から戻ると、レンズが上機嫌で俺を待っていた。
けっこう前から、今日はゲーセンに行くと約束をしていた。
クックもニコニコしてる。
カタナが帰ってきたら、直ぐに行こうと話はついていた。
昨日は、レンズがこのゲームを、どれだけ楽しみに待っていたかを、朝まで熱く語られた。
それと、今日の解禁日の為に、レンズは色々と準備をしていた。
潰れかけのゲーセンに、無償で手伝いに行き、経験から得た知識を使い、ガラガラだったお店を、今では人気店にまで押し上げた。
「お礼に、私達4人の専用筐体の権利が貰えました」
ふふんと、誇らしげに胸を張った。
専用筐体の権利とは、前の日から予約をしておけば、その日は俺達だけが使えるという物だ。
この権利を得る為に、仕事が終わってからや、空いた時間に頑張っていたようだ。
レンズが何度も時計を見ながら、カタナを待って、帰ってくると同時に家を出た。
ワクワクするレンズは、ゲームの説明を興奮しながら、店に着くまで喋り続けてた。
ゲーセンに着いて、常連の振る舞いで店長に挨拶をして、俺達用のIDカードを貰った。
「ふふ。特殊なカードなので、無くさないようにして下さいね」
とってもイイ顔でカードをくれた。
渡されたカードは、ラミ加工でキラキラしていて、クックが嬉しそうに角度を変えながら眺め、カタナが早くやろうぜと急かした。
これからやるゲームは、かなり特別だ。
なんでも、ある特殊な人達のチームが作ったVRのRPGだ。
まるで、現実の世界のように冒険を楽しめる、アニメとか映画に出てくるような、未来仕様のゲーム。
このチームの作ったゲームは、ハズレなしとレンズが胸を張って教えてくれた。
レンズに案内され、筐体を見ると、なんとなくイヤな予感がした。
コックピットの形が、棺桶みたいっていうか、横に伸ばした棺桶そのものだ。
「あのさ、言いたくないけど、罠じゃないよね?」
意味が解らないと、レンズは首を振った。
「ゲーセンにどんな罠があるのですか?ああ、課金の罠はありますね」
まあそうだけどと、言う間もなく、はいはいと背中を押され、中に押し込まれた。
棺桶型のコックピットに入り、リクライニングの椅子に座ると、正面のプロジェクターが、IDカードを入れろと説明が映し出された。
指示に従ってカードを差すと、備え付けのヘルメットの説明に変わり、続いて操作マニュアルが表示された。
この辺りは、レンズに教えられてるから大丈夫と飛ばした。
ヘルメットを被り、横にあるボタンを押すと、
宇宙空間のような場所に、世界が変わった。
ほんとに現実のように感じる。
最近の技術は、ここまで出来るのかと感心する。
周りをキョロキョロしていると、黒い服を纏った案内人が現れた。
「ここは、精神の世界だ。己の魂の形を示せ」
これも聞いてる。
要するに、自分のアバターを作れという事だ。
見栄を張るワケじゃないが、やっぱりゲームの中でくらいは、イケメンになりたいし、職業は勇者に決めていた。
理想のキャラを作り、案内人にこれでいいと言うと、変な間が空き、視界が白く染まった。
視界が戻ると、中世ヨーロッパの雰囲気を感じさせる、石畳とレンガ造りの家並みが広がる街の入り口にいた。
ここが、冒険の始まりの場所か。
自分の姿を確認すると、なんだろうか、その辺にいるNPCと同じようなっていうか、モブ服じゃねえか。
勇者を選んだのに、なんでだ。
やり直すか考えてると、街の先の方に、みんなの姿を見つけた。
駆け寄って、レンズに聞いてみる。
「なあ、勇者ってこんな地味なの?」
レンズは俺を見て、首を傾げて、ああと頷いた。
「ゲット様ですか。名前が出てなかったので、NPCかと思いました」
言われてみれば、みんなの頭の上には、名前が出てる。
そういえば、名前を入力してない。
これじゃ、まんま村人だよ。
にしても、みんな可愛いし、よく似合ってる。
カタナは女戦士だ。
赤いビキニアーマーの面積が、防具の意味があるのか聞きたいくらい、小さくて際どい。
「俺さ、踊娘を選んだんだけど、なんでか戦士なんだよ」
まあいっかと、溢れ落ちそうな胸を見せつける。
ゲームの中でも、その胸は凄い魅力的ですね。
レンズは女武闘家だ。
紺色のチャイナドレスの、腰の絞りと深めのスリットがとってもイイし、髪のお団子もバッチリだ。
「賢者を選んだはずなのですが、こっちも……」
胸元をペタペタ確認して、がっかりしてる。
気持ちは解ります、ゲームでくらい理想の自分になりたいですよね。
クックは、なんだろうか。
変わった白色のマントを羽織って、首から小さな鏡を提げている。
「うんとね、鏡似師って言われたの」
なにする人と、レンズに聞いてる。
なんとなく解るけど、自分で選んでないよね。
「んでさ、ゲットはなんで、村人Aなんだ?Bだったらゴメン」
だから、みんなと一緒で、選んだのと違うと言うと、レンズが分析をしてくれた。
「きっと、本人の適正を、機械が判断したのでしょうね」
村人が適正ってなんだよと、カタナが吹き出した。
しょぼんとする俺を、レンズとクックがフォローを入れてくれた。
「ゆ、勇者だって、元は村人ですから」
「お兄ちゃんは、町に住んでるから、町人だよ」
もういいよ、やり直すから。
名前も入れてないし。
戻ろうとする俺を、レンズが慌てて止めた。
「ガチャをやってから、やり直しましょう」
なるほど、初回無料のガチャを回してからというワケだ。
とっても、レンズらしい。
ガチャ好きのレンズが、最高レアが出たら、自分で使うか、お金に代えるかずっと喋りながら向かった。
たぶん、宝くじが当たったらの話は大好きだと思う。
着いた場所は、魔方陣が描かれている妖しくて不思議な家だった。
中に入ると、自動販売機のような物が並んでいて、IDカードを使いガチャを回すと、レンズが説明してくれて、嬉しそうに初回無料と書かれた張り紙を見た。
その張り紙には、初回はUR確率が10倍とある。
「ドキドキしますね」
レンズが、はぁはぁ言いながら、カードを握った手を震わせている。
じゃやるかとカードを入れて、ハンドルを回した。
ピロンと音が鳴り、デデーンと偉そうな効果音を従えて、機械にURと表示され黒い靴が出てきた。
なんだこれと説明を見ると、魔剣靴と書いてある。
「わー、URじゃないですか。やっぱり初回は緩いですね」
剣なのか靴なのかは解らないが、レンズの様子から、大当たりなのは理解できた。
カタナとクックも、デデーンと音をだして、URを出していた。
「魔塞の盾だってよ。でもさ、これ、指輪だよな」
盾と書いてるけど、指輪にしか見えず、デザインがいいからいいやと、カタナは右手の薬指に嵌めた。
「魔運石のイヤリングー。使い方わかんないけど、かわいい」
赤く熱した鉄のような光を湛える水晶がついたイヤリングを、クックは耳に着けた。
どうでもいいけど、全部に魔って付くのが不吉に感じるが、まあいいや。
2人とも似合ってると話していると、エグエグ泣いてる声が聞こえてきた。
「レンズはなにが出た?」
泣いてるレンズの手には、斧が握られている。
明らかに、レア度が低そうなというか、店売りの武器だ。
レンズだけ、運が無さすぎる。
泣くなよとカタナが慰めると、課金しますと言って斧をぶん投げた。
「お金をチャージしてくるので、戻ります」
ヤバい、このパターンは、限界までガチャをやって、お金がなくなるやつだ。
慌てて、俺とカタナが止めた。
そのまま戻ると思ったが、レンズはキョロキョロと辺りを見て、考え込むように頭を触った。
「あの、ヘルメットを知りませんか?」
そういえば、被っている感じが全くない。
こういう物だと思ってたけど、感触すらないのはおかしい。
すっごくイヤな予感がする。
「困りました。戻れないです」
あーあ、この展開は予想できたのに。
カタナもため息を吐いた。
クックは状況が解っておらず、イヤリングを楽しそうに揺らしてる。
聞きたくないけど、制作した人達の事を尋ねると、どうしてレンズが、賢者になれないかよく解った。
「チーム・死神という方達です。もしかしたら、罠に嵌められたかもです」
嵌められたんじゃなくて、こっちから嵌まりに行ったんだよ。
もうね、ある意味で賢者ですよ。
カタナが認定してくれてます。
「ふざけんじゃねーよ」