金縛りと……呟き
初めての敵をクリアしてから一夜が開けた。
特に何もしてないから、いまいち実感が薄い。
俺がやった事と言えば、呟き掲示板に、俺だけお寿司を食べられなかったなぁと、書き込んだくらいだ。
フォロワーが2人しかいないし、ぐう~となる腹がとても淋しい。
なにか食べるかとキッチンに向かい、冷蔵庫を開けると、中は3つの物でぎゅうぎゅうになっていた。
お酒と飲むゼリーとレトルトのご飯。
ええと、これはなんですかね。
買った覚えがありません。
冷蔵庫の前で考えていると、カタナが濡れた髪を拭きながらやってきた。
「冷蔵庫を開けっぱにすんなよ。温くなんだろ」
そう言って、冷蔵庫の中からビールを取った。
お風呂上がりのカタナは石鹸の香りがして、とっても色っぽい。
女の子のお風呂上がりっていいですね。
大好物でございます。
俺の顔を見て、カタナはニヤリと笑った。
「レンズはいないし、クックは寝てるから丁度いいな。おまけに、風呂上がりだ。ほら」
カタナは誘うような顔で胸をはだけさせた。
そして、両手で胸を持ち上げる。
とっても柔らかそうで重そうです。
胸の重さ=幸せという式が、男の子なら知ってますよね。
男の子なら、我慢とか出来ないですよね。
はい、出来ません。
俺はいそいそと服を脱いだ。
よしと、トランクスに手をかけると、カタナの言葉に凍りつく。
「俺は大きさとか気にしねえから。あんま気にすんな。昨日のお礼だからさ」
はい?
あの、なんの話でしょうか……?
もう脱ぐに脱げない。
「ほうら、早く」
更に胸を持ち上げ、色気たっぷりにカタナが急かしてくる。
よし、考え方を変えよう。
これはチャンスなんだ。
ありがたい事に、相手が気にしないと言ってくれている。
それに、ここで止めては女の子に恥をかかせてしまう。
やったると決め、トランクスに手をかけると、カタナの後ろに立つレンズと目が合った。
あの、いつからそこに?
レンズの冷たい目が俺を金縛りにする。
カタナも俺の様子に気付いたのか、振り返り驚いた。
「き、気の効かねえ奴だな。終わるまで帰ってくんなよ」
なんとなくカタナも焦っている。
俺は金縛り継続中だ。
レンズはおでこに手を当て、ため息をついた。
やっと、レンズの冷たい目から解放された俺は、いつから見てたのとか、ごめんなさいと言うしかなかった。
「私がいない時に、その下品な胸で、ゲット様を誘惑するなと言いましたよね」
レンズさん怖いです。
俺はまた金縛りに。
「お風呂上がりだから丁度良いとか言って、誘ったのでしょう。女の子に恥をかかせてはいけないという、ゲット様の優しさを利用するなんて最低ですね」
すいません。
なんとなく合ってますが、俺もっと最低です。
「それに、大きさの事を本人の前で言うのは可哀想です。貴方には常識がないのですか」
ああ、そんな前から見てたんですね。
もう逃げ出したいです。
黙って聞いていたカタナも、チッと舌打ちをして言い返す。
「言ってやった方が本人の為だろ。それに、下品な胸ってなんだよ。胸なしの嫉妬か、あっ、小さいから大きさの話で怒ってるのか。大きくてごめんなー」
自分のペースを取り戻したカタナは、ドヤ顔でレンズを挑発した。
レンズはキッと歯を食い縛った。
そして、真面目な顔で俺に聞いてきた。
「小さい胸は、お嫌いでしょうか?あと、私はゲット様の大きさなんて気にしません。だって眼鏡にアレするのに、大きさなんて関係ないですから」
恥ずかしそうに言うレンズは、顔も耳も真っ赤だった。
なんですか、このギャップは。
めちゃくちゃ可愛いです。
上目遣いのレンズと見つめ合ったまま、動けない。
さっきとは違う金縛りだ。
やがて、レンズはどうぞと言い、目を瞑り座った。
自然とトランクスに手をかけた瞬間に殴られた。
「ざけんな。なんだこの雰囲気」
カタナが喚いてレンズを立たせた。
俺もレンズも正気に戻される。
カタナの声に起きたのか、クックが目を擦りながらやってきた。
「おはよう。なんか楽しそうだね。僕も混ぜて」
クックは無邪気に笑っている。
今更に、気付いたけど、クックはスニーカーを履いたままだった。
あの、一応、土足はちょっと禁止しているのですが。
俺の視線に気付き、ほらとスニーカーの靴底を見せてくれた。
「ほらほら、大丈夫。綺麗だよ。お外では履かないから」
けんけんしながら、片方ずつ見せてくれるクック。
なんでしょうか、この可愛らしい生き物は。
目が離せず、また金縛り。
クックはにっこりと笑い、いいよと足を差し出した。
自然とトランクスに手をかけ、カタナとレンズから殴られた。
クックが楽しそうに笑った。
「お兄ちゃんが小さくても、僕は気にしないからね。クンクンするのに困らないもんね」
八重歯を見せて100点満点の笑顔だけど、またサイズのお話ですか。
この子達はいつ、俺のサイズを確認したんでしょうか。
もう止めて下さい。
なんてやり取りをしていると、カタナとレンズの言い争いが始まっていた。
「お前が帰ってこなきゃ上手く行ったんだよ。出てけよ、胸なし」
「いいえ、良いタイミングだったと思いますけどね。それに、私が本当に怒っているのは、大きさの話です。」
あーあと。
どうやって止めようか考えていると、仕方ないなぁと呟き、クックがすたすたと二人の間に立った。
「お兄ちゃん困ってるよ。止めないと怒るよ」
カタナとレンズがビクッと動きを止めた。
二人はぎこちなく何度か頷き喧嘩を止めた。
うん?
俺の方からはクックの顔は見えなかった。
クックさん、なにしたんですか?
「二人とも止めてくれたよ。良かったね」
振り返り、また100点の笑顔を見せるクック。
まあいいかと、クックの頭を撫でてお礼を言っておしまいに。
それから、三人が謝りたいとの事に。
「ああと、器が小さいとか言って、ごめん」
「ゲット様、器のお話は撤回させて下さい」
「お兄ちゃん、ごめんなさい。でも、僕は本当に気にしないからね」
ああ、器の話だったんですね。
なんか良かったです。
でも、なんで器が小さいと思われたんですかね。
うーん、まあいいかと、呟き掲示板を開くと、答えありました。
【旨かった、ごちそうさん。絶対に守ってやるからな】
【高価なお寿司、本当にご馳走さまでした。何に代えてもお守り致します】
【おすし美味しかったよ。また食べたいな。お兄ちゃんは、僕が守るからね】
フォロワーの数が、2人から5人になってました。
誰が増えたか、アイコンなんか見なくても直ぐ分かります。
器の小さいと思われた呟きが恥ずかしくて消したいですが、返ってきたリプが嬉しくて消せませんね。
色々と考えましたが、沢山の気持ちを込めて、ありがとうと呟きました。