親バレと……推しメン
夕飯の片付けを終えて、レンズとゲームをするか、クックと一緒に本を読むか、どちらの誘いを受けようか考えていると、ピンポーンと鳴って、嬉しくないお客さんが来た事を知らされた。
時間的に考えて、かなりの確率で死神さんだ。
カタナとレンズが、どちらが行くか、じゃんけんを始め、クックは読んで欲しい本を迷ってる。
玄関に向かい、スコープを覗くと、マジでと固まってしまう。
ヤバいの来た。
どうする、ここは俺が食い止め、みんなが逃げる時間を稼ぐしかないか。
「逃げろ。っていうか、お願い逃げて」
俺の尋常じゃない焦りを察した3人が、慌てて玄関に集まる。
じゃなくて、ほんとに、どこかに行って下さいよ。
「開けろコラ。居んの解ってんだよ」
ドアをガンガン叩く、乱暴な声が怖い。
みんな臨戦体制に入るけど、そういうのいらないから。
「1数える前に開けなきゃ、解ってんだろな」
ちょっと、たったの1秒で、なにを解ればいいんだ。
はい、1と数えて鍵が開く音がして、バンとドアを開かれた。
合鍵を持ってんのと驚くを俺を、キツイ目で睨む女の人は、玄関に入り、戦闘モードの3人に視線を移した。
3人も負けじと睨み返す。
「やるなら表出な」
カタナが上等だと、外に行こうするのを、待ってと止める。
どっちを止めた方が早いか。
絶対に、こっちだ。
「母さん、止めて。話しよ、ね」
俺の言葉に、えーと言って驚く3人が金縛りに。
なんで早く開けなかったと睨まれて、俺も金縛りになりかける。
「母さんが、急に来て、ビックリしたのかな?」
なんとか、勇気を振り絞り言ってみる。
「私に聞いてどうすんだよ」
そうですね、その通りでごさいます。
このテンションの時の母さんには、逆らってはダメだと、骨身に染みてる。
クックはまだ金縛りが解けておらず、カタナとレンズは、いなくなっていた。
とりあえず上がってもらい、言い訳をするしかないと、腹を括った。
まだ固まってるクックの手を引いて、母さんをリビングに連れて行くと、カタナとレンズが、バッチリメイクと勝負服で座っていた。
「カタナと申します。ゲットさんとは、結婚を前提にというか、式はもう挙げました」
「ご挨拶が遅れまして、すみません。レンズと申します。ゲット様と、お付き合いをさせて頂いております」
手をついて挨拶をする2人が、とってもややこしくなる事を言いやがる。
母さんはチラリとカタナを見て、クックに視線を移した。
「名前も言えねえのか、ないのかどっちだ?」
俺の背に隠れるクックが気の毒だが、頑張ってもらうしかない。
ほらと手を引くと、オズオズと前に出て、ペコリと頭を下げた。
「僕、クックっていいます。お兄ちゃんに似てないね」
頑張ったけど、最後は余計じゃないかな。
母さんは気にせず、お前ら名前、変わってんなと笑った。
「私は、物部冷亜だ。月仁の母親やってる。好きに呼べよ」
ずっと思ってたけど、俺も母さんも、名前はかなり変わってるよ。
自覚はないみたいだけど。
「お母様なんですか。ゲット様の、お姉様だと思いました」
レンズがご機嫌を取るように、アゲアゲ作戦を決行するけど、それは悪手なんだよ。
「あ、心にもねぇこと言うなよ。媚を売る奴はキライだ」
ほら、やっぱり。
しょぼんとするレンズが可哀想だ。
危なかったと、カタナが胸を撫で下ろした。
「で、お前らはさ、なんでここにいるんだ?」
あーあ、なんて言おうか。
母親として、当たり前の質問だけど、説明が凄くしにくい。
みんなは付喪神で、死神から守ってくれてる、なんて言えるはずないし。
「嫁が側にいるのは、当たり前です」
「彼女ですから、1番近くにいたいからです」
ああ、そっちを言いますか。
俺の後ろに隠れるクックは、母さんの顔をじっと見ていた。
「それは、さっき聞いたよ。お前らは、嫁だ彼女だと、関係だけで、ここにいるのか?」
質問の意図を理解した3人が、真面目な顔で、気持ちを口にした。
「愛して欲しいからです」
「愛してるからです」
「大好きなの」
カタナとレンズはもちろん、クックも一生懸命に伝えた。
母さんは目を細め、下唇を指でなぞった。
これは、母さんが嬉しい事が有った時にする癖だ。
なんとか、乗り切れるかも知れない。
「3人ってのが、気に入らないけど、息子を想ってくれて、ありがとうな」
3人もいたら、普通はそう思いますよね。
そこは、どうするか。
「たった3人か。育て方を間違ったな」
人数が少ないのが、気に入らないようだ。
やっぱり、母さんは変わってる。
「おい、小遣いやるから、外に行ってこい」
いや、なんでかな。
理由もなにも言わないまま、お金を渡され、俺だけ追い出された。
なにを話すのか、気になるし怖い。
鍵をかけられたから、戻るのはムリだった。
仕方なく、本屋さんに行ったり、ゲーセンで時間を潰していると、携帯に電話がかかってきて、帰ってもいいと許可が出た。
なにを話したのか気になって、早足で帰ると、みんな笑ってた。
母さんの両隣には、カタナとレンズがいて、あぐらをかいた足の上にクックが座ってる。
なにがあったら、そんな急に仲良くなれるんだ。
「ただいまは?そんな事も言えねぇのか」
母さんの怖い顔に、慌ててただいまと言った。
あれだけ躾たのにと、ため息を吐いた。
「まあいい、そろそろ帰るかな」
そう言って、立ち上がる母さんを、3人が腕を掴んだり、袖を持って引き止めた。
「泊まって行けばいいですよ」
「そうです。ゆっくりして下さい」
「うん、帰っちゃやだ」
ほんとに、なにがあったんだよ。
洗脳でもされたのか、疑ってしまうような仲の良さだ。
母さんは笑って、また来るからなと3人を抱き締めた。
3人はポロポロと涙を溢して、お母さんと呼んだ。
なんでだろうか、少しだけ、嫉妬みたいな気持ちが湧いて、頭を振ってごまかした。
またなと言って、玄関に向かう母さんが、なにかを思い出したように振り返り、不思議な事をカタナに聞いた。
「前にさ、幼い女の子を、あの世から助けた事はないか?」
カタナは、ゆっくり首を振った。
そっかと言う母さんと、カタナの口元には、微笑みが浮かんでいた。
じゃあねと手を振ると、母さんは、ほんとに、コイツでいいのかと、みんなに聞いた。
「夜道に女を1人で歩かせんのかよ?カッコいい男は、こんな時どうするか言ってみな」
そうだそうだと、みんな母さんの味方をしてる。
気が付かなくて、すいません。
送らせてもらいます。
家を出て、少し歩くと、母さんがニヤニヤしながら言ってきた。
「お前、カタナが1番好きだろ?」
「い、いや、なんで急に。あと、最後に聞いてたのはなんの話」
ドモりながら、話を反らした。
テンパる俺を笑って、話を聞かせてくれた。
母さんの母親、つまり俺の祖母は幼い頃に、黒い服を着て大きな鎌を持った人に、おかしな食べ物をもらった事があった。
それを口にし、死にかけ夢を見たらしい。
その夢とは、なにもない河原で、黒い服の人に、お前は死んだと言われる。
泣きながら、イヤだと抵抗している所に、体を半分、黒く染めた女の人が現れ、おにぎりを渡された。
早く食べろと合図されて、おにぎりを食べると、夢から覚めた。
目を醒ますと、夢の女の人が、心配そうに側に居た。
頭を撫でて、行ってしまう女の人に、名前を聞くと……
「何回も聞かされたよ。その話に出てくる、女の名前が、カタナって言ってたけど、歳を考えたら違うか。珍しい名前だから気になってな」
いや、絶対それ、同一人物だから。
前に本人が、幼い女の子を助けたって言ってたし。
あと、そこに行った事もあるんです。
カタナが首を振っていたから、言わないけど。
「あいつらが、何者なのかはどうでもいい。ただ、苦労してきたのは解ったよ。愛想尽かされる前に、カッコいい男になれよ」
これは命令だと、真剣な顔で言われた。
俺はもちろん、解ったと答えた。
「でさ、カタナが1番好きだろ?レンズもクックも、すっげーいい子だけどよ、本命はカタナだよな」
やたらとカタナを推してくる。
悪ノリに入ると、とにかくしつこい、なにかごまかす話はないか。
「そういえばさ、なにしに来たの?」
「チッ。用事がなきゃダメかよ。自分のガキの顔が見たくなったんだよ。悪いか」
嬉しかったけど、恥ずかしくて、いいよと素っ気なく返した。
こんな時、カッコいい男はと、母さんの口癖が始まり、なんて言うんだろうなと、一緒に悩んで、次までに考えとけよと宿題を出され、母さんはタクシーを拾い、行ってしまった。
家に戻ると、3人が母さんを誉めまくった。
なんで、こんなにと思ってしまうくらいに。
「絶対に籍入れて、俺の義母さんにすっからな」
「ほんとに、素敵な人ですね。ゲット様が羨ましいです」
「お母さんって、呼んじゃった。へへ、僕のお母さん」
そうか、みんなは親がいないから。
俺にとっては、当たり前だけど、みんなには特別な事だ。
改めて、自分は幸せだと、確認ができてよかった。
俺が外に行ってる時に、なにを話してたか聞いたけど、秘密と言って、教えてくれなかった。
すっごく気になりましたが、女の子からムリに聞き出すのは、カッコいい男のする事じゃないので、諦めました。
今日は久し振りに会った、母さんの事を考えながら、布団に入りました。
母さんはカタナを推してたけど、俺は誰が1番好きなんだ、なんて思いながら、寝るとします。