バイトと……迷い家 後編
リビングを出る前に、キッチンで塩を探したが、見つからなかった。
不安に思ったが、もう終わったと言い聞かせて、声が聞こえる2階に向かった。
そういえば、階段に落ちていた紙の、開けるなって、なんだったんだろと考えながら、階段を登ると、答えありました。
矢印が書かれた紙が落ちていて、お菓子が有った部屋を指している。
あの紙は、2枚組だった。
来た時に開けたから、さっきの幽霊が出てきたワケだ。
ドアを開けないと紙が落ちない仕掛けに、悪意を感じて腹が立つ。
グシャグシャにしようとすると、裏にまだなにか書いてある。
えーと、絶対に3度開けるな。
ちょっと、考えよう。
来た時に、クックが探険して開けたのが、1回目で、みんなで確認した時に、2回目だろ。
そして、3バカの声が聞こえるから、3回目と。
もうね、リビングに戻って、クックだけ連れて、帰りたいです。
帰りたい衝動を我慢して、音がしないように、少しだけドアを開けて、中の様子を見て、そのまま閉めた。
帰りたい気持ちが倍になったよ。
3人が仲良く、首を絞められていて、数え切れないくらいの幽霊がいるし、なぜか笑ってるしで、どうすればいい。
覚悟を決めるか、逃げるか、カッコいい男の選択は、もちろん行くしかない。
飛び込もうとすると、照明が一斉に消えた。
幽霊あるあるに、覚悟が鈍りそうになる。
危ないから懐中電灯を取りに戻りたい。
いや、行くと思ったと同時に、後ろから袖を引かれて、息が止まりそうになった。
「お兄ちゃん」
俺を驚かせたのは、懐中電灯を持ったクックだった。
ほんとに、ビックリしたよ。
「これ、欲しいって言ってたから」
ゴソゴソとリュックを探り、塩の入った袋を取り出した。
クックが壁にダイブする前に、取ってきてと、お願いしたね。
覚えていてくれたんだ。
「僕ね、幽霊さんには、お塩が効くって、マンガで読んだの」
ありがとう、俺の天使さん。
塩じゃなくて、クックの存在が俺にとっての希望だよ。
さて、武器が手に入った。
手榴弾ヨロシク、部屋に投げるか、俺が被って無双するか。
早く決めないと、3バカの声が、笑いから苦鳴に変わってる。
よし、半々で行こう。
塩の半分を頭から被り、もう半分をドアを少し開けて、投げ込んだ。
5つ数えて、部屋に飛び込む。
一斉に幽霊の視線が、俺に集まった。
投げ込んだ塩の効果は、ないのかな。
オーケー、上等だ。
やってやると、構える体の動きがおかしい。
金縛りとも違う、上手く体が動かせない。
焦る俺をムシして、口が勝手に動き、知らない言葉が溢れた。
そのまま、呪文みたいな言葉を発しながら、変な歩き方で部屋の中央まで移動した。
幽霊達は、苦しんでいるように見える。
最後に大きな声を出し、ドンと強く足を床に叩き付けた。
白い光が部屋に溢れ、幽霊達は空気に飲まれるように消えて行った。
立っていられず座り込み、体の自由が戻った。
照明も点き、完全に終わった気がした。
お兄ちゃん凄いと、クックが誉めてくれたが、ワケが解らない。
ガクガクする足で、3人をリビングに運び、クックにお礼を言った。
しばらくクックは起きていたが、ウトウトし始め寝てしまった。
もうすぐ、朝になる。
このまま、なにも起きるな、あと、3バカも絶対に起きるなと祈っていると、玄関の方から物音が聞こえた。
まだ終われないのかと、うんざりしながら、身構えていると、リビングのドアを開けて、綺麗なお姉さんが入ってきた。
「お疲れ様。起きてるのは、貴方だけね」
全員の様子を確かめながら、クスクスと笑った。
前の幽霊退治の時にも会ったお姉さんだ。
正直、この人があまり好きじゃない。
「仕事の終わる時間まで、あと少しあるわね。お話をしましょうか」
探るような視線で俺を見て、タバコに火を点けた。
気に入らないが、灰皿を探してテーブルに置き、話をする事にした。
またクスクス笑い、今回の仕事の事を聞かせてくれた。
この家は、迷い家と言うらしい。
行き場をなくした人や、生きる事に絶望した人に、一時の安らぎを与えてくれる場所。
美味しい食事と、温かい寝床に癒され、希望を取り戻し、家を出る。
それが、この家の役目だった。
「生きてる人の為なんだけど、幽霊が住みついて困ってたの」
まあ、幽霊の気持ちも解る。
それから、幽霊の事も教えてくれた。
冷蔵庫の奴は料理好きで、たくさんの食材を眺めるのが楽しくて住み着いた。
お菓子の部屋のは、部屋じゃなくて、廊下がヤバかったみたいだ。
ドアを開けなければ、廊下をウロウロしてるだけだが、食べ物を見ると、豹変してしまう。
餓鬼と呼ばれる、食べる事しか頭にない、地獄に片足を突っ込んでる幽霊達だった。
だから、廊下に彷徨かせる為の罠として、部屋にお菓子を置いていた。
それを何度も開けて、食べ物を見せたから、大変な状況になったワケだ。
そんな危ない幽霊を、どうして俺が追い払えたのか。
少しだけ覚えている、口が勝手に発した言葉を聞いてみた。
「確かそれは、大祓詞ね。前世に、神主でもやってたのかしらね」
どうやら、俺が口にしたのは、神社とかの神主が唱える祝詞らしい。
それに、塩単体では効果がないとも教えてくれた。
どうして効いたのかというと、俺と塩のコラボだったから。
それと、ベルも死神だから効いたみたいだ。
「そろそろ時間ね。そこの死神さんに言って、適当に帰っていいわよ」
腕時計を確認して、バッグから封筒を取り出し、悪意を含んだ笑顔で渡された。
ほんとに、この人は苦手だ。
最後にお疲れ様と言って、出て行った。
すぐに帰るか、一眠りしてからにするか、考えるまでもなかった。
部屋の輪郭が薄くなり、深い霧に包まれたように白く染まり、スッと消えた。
迷い家が消え、俺達は外にいた。
時間切れか、仕事が終わったからなのかは解らない。
まあ、報酬は貰えたからいいか。
地面に直で寝ている、みんなを起こして、俺の部屋に継扉で戻った。
報酬を分ける為に、封筒を開けると、1万円しか入ってなかった。
なんでだよと言うと、カタナが忘れてたと舌打ちをした。
「報酬は手渡しでしか、出さないって言ってたわ」
なんだそれ、起こして配ればいいだろ。
くそ、だから寝ているみんなを、笑いながら見てたのか。
ベルが暗い顔で俯いた。
それはそうだ、貧乏な死神にとって、今回の報酬はデカイ。
主食は食パンって言ってたし、今回の仕事の報酬を、1番楽しみにしてたのは、間違いなくベルだから。
「ベル。笑った顔を見せてくれないか。きっと、イイ事があるよ」
は、はいと、言われるままに、ムリに笑顔を作ってくれた。
よしと言って、ベルの手に封筒を握らせた。
「え、え?どうして……ですか?」
「野暮な事を聞くんじゃねーよ。カッコいいだろ?それでいいじゃん」
代わりに、カタナが答えてくれた。
俺のカッコつけに、レンズもクックも、なにも文句は言わなかった。
ウルウルするベルが、とってもイイ顔を見せてくれて、カッコいいですと言ってくれた。
それだけで、俺には十分な報酬だった。
今日のご飯はナシかと、心配する必要はなかった。
カタナとレンズが、高級食材をたっぷり、リュックにテイクアウトしてきていた。
おまけに、お酒とお菓子まで。
3人がいなくなった時、例の部屋でお菓子を肴に、お酒を飲んでいたらしい。
なんでも、レンズが迷い家だと気付いて、だったら楽しまないと損だと思ったようだ。
エライ事になりかけたけど、まあいいや。
お金はないのに、持ってきた高級食材のおかげで、いつもより豪華なご飯を、カタナが作ってくれた。
もちろん、ベルも誘った。
美味しいねと食べながら、レンズに眼鏡洗浄器の事を聞くと、あたふたしながら言い訳をした。
「あのですね、死ぬ前に、もう1度と思いまして」
わざわざメイド服に着替えてと、クックが聞くと、レンズは赤くなって黙ってしまった。
「あのタイミングは、意味わかんねぇよな」
カタナが更にツッコミを入れると、テンパりまくり、わーわー騒いだ。
話が解らないベルが、眼鏡洗浄器ってなんの事ですかと聞いたけど、レンズがテンパったままのテンションでごまかした。
感謝でいっぱいのベルを見送り、もうあの人からの仕事は、やりたくないと話をしました。
茹でダコのレンズの隣で、お酒を飲んでるカタナが、報酬をベルにあげた事を、誉めてくれました。
「武士は食わねど高楊枝だな。主様も、貧乏なくせに、同じ事をしてたわ。カッコよかったぜ」
カタナもイイ顔を見せてくれて、今日は報酬を貰いすぎだ、なんて考えながら布団に入りました。
今日は、迷い家がこれから助ける人と、貰いすぎた報酬を思いながら、寝るとします。